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貰いもの

 聖女候補たちには特別な棟――通称『静かの棟』が用意され、そこで生活を行う。

 それは貞淑な女性像を守るためでもあったし、貴重な人材を逃がさないための檻でもあった。


 その棟の中で。

 身体を清めて来たばかりの十代になったばかりの少女――パメラ・ドゥーは水滴が滴る髪を適当にぬぐいながら自分の部屋に戻る途中だった。

 一室を通り過ぎた時、その部屋が大きな音を立てて開く。中から出てきたのはラナン・キュラスだ。


「こらっ! パメラ! また髪を乾かさないで!」

「……」


 一瞥するとパメラはそそくさと逃げる。が、後ろから羽交い絞めにされて逃亡はあえなく失敗に終わった。

 相手がラマリスやハンデルであったなら爆発のひとつやふたつは生じていただろうが今の彼女は大人しくされるがままだ。「静かの棟で無駄に騒ぎを起こすな」と彼女の先生たちに言いつけられていたので。

 そのままずるずるとラナンの部屋へ連行され、椅子に座らせられる。もう何度も繰り返されたやりとりなのでどちらも慣れたものだ。


「せっかくのきれいな髪がぼさぼさじゃない」


 丁寧に髪を乾かすと、香油を銀の髪に馴染ませてブラシで梳いていく。


「木の櫛より豚の毛を使ったものがいいわよ? 歯が欠けているから使いにくいでしょう」

「うん」

「香油もね。一番安いのでいいから、ちょっとつけるだけでも今とは全然違うと思うの」

「うん」


 生返事に呆れながらラナンはつややかになったパメラの髪を満足げに眺めた。


「ありがと」

「どういたしまして。ああ、ちょっと待ってパメラ」


 さっさと部屋を出ていこうとするパメラを呼び止め、小箱を差し出した。

 上等な藍色の布が貼られた箱の中には銀細工の髪飾りが鎮座している。中央には橙色の宝石が埋め込まれていた。


「お父様、わたしの機嫌を取ろうとして最近こんなものばかり寄越すの。良かったらパメラが使わない?」

「使えない」

「シスターベールに隠れるから気づかれないわよ。他の聖女候補だってこっそり髪を弄ったり化粧しているんだから」


 残酷な言葉を吐いていると、ラナンは気づかない。

 歯の欠けた櫛はラマリスからのおさがりであった。ラマリスもまたおさがりだったというのだからずいぶんと古いものになる。

 豚毛の櫛と香油は孤児院出身のパメラにとても買えるものではない。また、そういうものは貴族のための店で売っているので入店することも敵わないだろう。

 そして――家族のいないパメラには、機嫌を取って高価な装飾品を寄越す身内はいない。髪飾りなどこれまでひとつも持っていなかったのだからそもそもどう使えばいいかも分からなかった。

 孤児のパメラへあれこれと世話を焼いているラナンではあったが、身分の差やパメラの不安定な立ち位置にまで考えが行っていないのだ。

 パメラはただ黙って受け入れる。そのほうが面倒なことにならないと学んでいるから。


 自室に戻ったパメラは改めて髪飾りを見た。

 宝石はラナンの瞳の色だ。また、それとなくキュラス家の家紋が掘られている。

 どう見てもラナンのために作られた代物であるからそんなものを誰かに渡したり売ったりすれば大騒ぎになることは火を見るよりも明らかだろう。

 そんなわけでパメラは使用することなく小箱を机の引き出しの奥に隠した。そして数年後に彼女が部屋を去るときにはすっかりと忘れられ、今もそこにある。



 ゴトゴト国。

 旅の買い出しやグローシェの新しい魔導大板を見に行ったあと、ドヴェルグの工房へパメラ達は向かった。


「ほれ」


 ドヴェルグ――ヨックからぶっきらぼうにパメラへ手渡されたのは、親指ほどの大きさの笛だった。

 ユニコーンの角の先端を使っており先端はまるく整えられていた。音階のための穴はあけられておらず、ただ音を鳴らすだけのものだ。


「ありがとうございます」

「ユニコーンの角なんざ難しいモンもってきやがって。並みの職人じゃまず切り出しのところから出来やしねえ」


 そう言いながらもヨックは弾んだ声音だった。

 職人魂と珍しいものを加工できた喜びがにじみ出ているようだ。

 

「おっちゃんだから出来るってことですね!」

「ったりめーだ」


 ルボの言葉に気をよくしたのかフンと鼻を鳴らす。

 パメラの手にある笛を指さして唇を吊り上げた。


「大切にしろよ。あんたの持ってる宝に負けず劣らずの代物だからな」

「はい」

「他の連中はこれだ。紐に括って身に着けとけ、お守りにはなるだろ」


 無骨な手のひらに乗せられ、小さな輪っかが5つ差し出された。

 どれも滑らかに加工されており光に当たるとしっとりと輝く。ほのかに内から光っているようにも見えた。

 ティトが受け取りそれぞれに渡す。クレハは渋っていたがティトの無言の圧に根負けしたのか最終的には「預かる」という名目で手にした。


「髄を取ってちっとばかし見栄えよく整えたぐらいの代物だが――素材が素材だからな。これ以上の装飾は野暮ってもんだろ」

「ユニコーンにも髄ってあるんですねえ……」

「精霊でも肉体がある種族だからね」


 笛を弄っているパメラに近寄って興味深げにルボが眺める。


「これどんな音するんすか? 聞きたいっす!」

「そうですね……ここで吹いてみても?」

「構わん」


 短く息を吸い、スープを冷ますほどの強さで吹き込んだ。

 涼やかで美しい音色が広がる。聴いたものの感情がゆっくりと撫でつけられていくような――優しい音だ。


「これ……『底浚い』に近いと思うんですが、どうです?」


 ティトの言葉にネクタもこくこくと頷く。


「アタシは初めて聞いたな。なんだその『底浚い』って」

「ああ――マーフォークの王族が持ってる発声方法だっけ? 掲示板で言ってた気がする」

「なんでマーフォークの王族の声を知っとるんだお前らは……」

「色々ありまして……」


 「また色々か!」とヨックは呆れた顔を作った。

 気を取り直して笛を指さす。


「そいつには魔力が含まれている。ひとによって性質が変わるようだな。俺が確認で吹いたときは低い音で、今みたいな音とはまったく違っていた」

「え、マジすか? オレも吹いてみたいっす!」


 袖で吹口を拭った後にパメラはルボに笛を渡す。

 勇んで吹くが、一切音は鳴らなかった。何度か試しても同じ結果に終わる。

 じゃあと笛を押し付けられグローシェも吹いてみたが空気の漏れる音のみだ。次に笛を渡されそうになりネクタはぶんぶんと首を振った。ヒトのかたちであるがそこまでの芸当はできない。


「ふうん、さすが精霊。ドヴェルグの手が加わったのもあるか。魔道具になったんだね」

「持ち主をパメラ様と定めましたね。彼女以外では鳴るつもりはないということでしょう」

「えー!? おっちゃんは鳴ったって言ってたのに!」

「加工者の俺に対して空気を読んだか、その嬢ちゃんが持った瞬間に持ち主を決めたんだろうな。どちらにせよ大事にしてやってくれ」


 言いながらグローシェに革袋を渡す。中には角の欠片がいくつか入れられていた。想定より多い。


「主人、こんなに貰っていいのか」

「こんな高級品が大量に手元にあっても困るだけだ。ひとり占めしたところで徳にもならんしな――ルボ」

「はいはいなんすかおっちゃん」


 ふりふりと尻尾を振りながらルボはヨックの近くに行く。

 その肩を力強く叩きながらヨックは言った。


「国を出るって聞いたぞ。あの偏屈親父を相手によく納得させられたな」

「父ちゃんは感情論だと勝ち目ないすけど理屈攻めすればなんとかなるので」

「強かに育ったもんだ。ちゃんと飯食えよ」

「うん! おっちゃんもね!」


 あっさりとした別れのあいさつをしてルボは用が済んだとばかりに工房を出ていく。

 引き留めようとするパメラたちにヨックは首を振った。


「あいつはいつもああだ。懐いていた住人が出立するときもあんな感じだった」

「そうですか」

「突拍子もないことばかりするが悪いやつじゃない。ほどほどに相手してやってくれ」


 工房を出るとき、ぽつりと「さみしくなる」と聞こえた気がしたが――パメラは振り向かなかった。

 そこにわざわざ声をかけるほど彼女は野暮ではなかったので。


 

 その晩、宿の姿見の前で。

 パメラは鏡を覗き込みながら胸元を気にしている。首から下げられた笛は一見すればペンダントのようだ。


「いいじゃないか」


 グローシェに声をかけられ、鏡越しにパメラは困った顔をする。


「本当に私が頂いてよかったのでしょうか」

「……お嬢にしか扱えないものをお嬢以外が持つほうが変だと思うが……」

「もっとふさわしい持ち主がいるかもしれません」

「んー……。そうかもな」


 グローシェはしゃがみ、パメラと視線を合わせる。


「でもさ、ドヴェルグのおっさんも、他のみんなも、お嬢が持つのがいい思ったんだ。だからいつかそのふさわしい持ち主とやらが現れるまでは大切にしてやってくれ」

「……はい」


 難儀な性格だな、と呟きながらグローシェはパメラの背を叩いた。

 なんかちょっと骨が折れる音がしたのは気の所為だと思うことにした。

 

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― 新着の感想 ―
>なんかちょっと骨が折れる音がした 姐さん、背骨はヤバいですよ! 背骨でなくともヤバいけど!!
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