失っていたもの
「あの、今更で申し訳ありませんが、ルボさんに謝らなければいけません」
キュロヒへの謝罪が終わった後。
遅くまで開いている店をルボに案内してもらい、そのまま成り行きで共に夕食を取る中で、パメラは顔色悪く言った。喧騒に満ちた空間の中では彼女の冴えない表情は浮いている。
口いっぱいに肉を頬張っていたルボはきょとんとした顔で首を傾げた。飲み下すと水を一口飲んだ後に聞き返す。
「どうしたんすか?」
「最初にこちらのネクタを『聖女』として紹介しましたが、実は私が『聖女』でした。厳密には聖女ですらないのですが」
「あっ、聞いたっす! パメラさんが『聖女』だったんすよね!? オレ間違えちゃったなーって思って!」
重々しい雰囲気で謝ろうとするパメラとは対極にルボは軽い態度だ。
ティトが横から説明する。
「会議室でルボには俺の方から説明させていただきました。さすがにネタばらしをする必要があると思ったので」
「マジドッキリ大成功~って感じでウケました!」
「ウケたならいいのですが、騙してしまったことには変わりはないので……。ごめんなさい」
パメラは軽く頭を下げる。そんな彼女の様子を見て今は球体になっているネクタも心なしかしょんぼりしていた。
ルボはといえばけらけらと笑っていたが彼女たちの態度に慌てたように手を振る。
「えっ、えっ、そんな真面目にやらないでほしいっす! オレも自己紹介とかすっ飛ばして決めつけちゃったし、特にそれですっげー困るってこともなかったじゃないっすか!」
「一緒に旅に出る以上、ちゃんとするところはちゃんとしないといけないと思いまして」
「クソ真面目すぎますよぉ。気にしてないんで! 本当に! あれっすか、父ちゃんと話をしたからへこんでるんすか? いつもあんな感じなのであんまり気にしなくていいですからね?」
ルボの想定している義父との話と、パメラとクレハが実際に交わした話はおそらくかけ離れてはいるだろう。しかしキュロヒの態度の一部分は嫌味やわざとではなく自然体だったらしい。
興味なさげに会話を聞き、コップににじむ汗を眺めていたクレハは水滴から目を離さないままにルボに質問する。
「鳴動くんはなんで先にスライムちゃんを『聖女』と思ったの?」
「なんでって、ネクっちが一番『聖女』っぽかったんで……」
「どこらへんが?」
「白かったんで!」
具体性にあまりに欠けているが、ルボはまじめな顔で答えているので誰も「色で決めるな」とは言えなかった。
「白くて『聖女』っぽいならこっちの聖女ちゃんも同じでしょ。何か違いがあるの?」
「違いって言われても……。パメっちはちっちゃいし……ちんちくりんというか、子どもって感じがして違うじゃないすか?」
「ふふっ……そうだね。そもそも聖女ちゃんまだ子どもだからね」
「こう、ネクっちは神秘的っていうか? 大人の雰囲気があるんです」
「そうか……見た目で言うなら確かにスライムちゃんのほうがそれらしく思われるよね……んふふ……」
パメラは「ちんちくりん!?」と唖然とした顔をし、グローシェは適した言葉が見つからず目を泳がせ、クレハはテーブルに突っ伏して肩を震わせはじめた。
彼の足を机の下で強かに蹴りティトはこめかみを押さえる。一切の悪意や嫌味がない分、返す言葉が難しすぎる。
「いずれは背も伸びて嫌でも大人になりますよ」
ティトのありきたりなフォローでこの話は終わる。
――はずだった。
パメラの顔が強張り、フォークを掴んでいた手に力が入らなければ。
その様を見てティトは眉をひそめる。
「……パメラ様? すみません、俺何か悪いことを……」
「違います、そういうのではなくて……。その――私……いえ、大丈夫です。なんでもありません」
にこりと笑みを貼り付けパメラは水差しを取ろうとした。
それをルボが先に取る。渡すでもなく、じっと彼女を見つめた。
「パメっち、大丈夫とか言う人は大丈夫じゃないんすよ」
「……大丈夫なときもあります」
「あんまり自分の気持ち言うの上手なひとじゃないなーってのは見てて思ってたっす。父ちゃんもそうなんで」
「キュロヒさんと同等なんですか私……」
「母ちゃんによく聞かされてますけど、隠したいことでも言わないと駄目なときもあります。オレの勘ですけど、それ言った方がいいっすよ!」
グイグイと来られパメラは動揺しているようだった。
助けを求めるように他の顔ぶれを見ても、ただルボの言葉に同意として頷くだけだ。
「聖女ちゃん、言えば? 魔王城にわざわざついていくような奴らが今更巻き込まれたくないとか聞きたくないとか言うわけないじゃん」
「……」
パメラは俯く。髪が垂れ、表情が見えなくなる。
手持ち無沙汰に握っていたフォークを置き、唇を舐めてから彼女は口を開いた。
「――私の身体はもう成長しません」
パメラたちがいる席だけざわめきが一気に遠ざかったかのようだった。
水差しを置きながらルボは首を傾げる。
「どういうことっすか?」
「以前、根の国に行った時に……その……ちょっと変なもの食べてしまって、『成長』を代償にされたみたいなんです」
「ああ……」
頭痛をこらえるようにティトは目を瞑る。
あの時は「個人的なものです」と答えなかったが、たしかに『成長』を持っていかれましたと言われてもあの場では困惑しかできないだろう。
今もパメラとクレハ以外困惑はしているが。
「アタシはあんまり呪いとか分からないが、そういうのって普通は命じゃないのか?」
「聖女ちゃんは『女神の輝石』の器だからね。すでに命はないようなもので、だから代わりに『成長』を取られたんじゃない? 知らないけど」
水滴で濡れたテーブルで指先を遊ばせながらクレハはつまらなさそうに話す。
「別に、聖女ちゃんはそう長くはない命ではないんだから気にすることはないと思うけどね」
「そりゃヒト族は短命だからそうかもしれないが……」
「あ、違う違う。種族としての命の短さではなくて、彼女――あァっ!?」
パメラが虫を払うような動作をするとクレハは短い悲鳴とともにどろりと溶けて彼女の影へと引っ込められてしまった。
憮然とした顔で自身の足元を見た後にパメラは顔を上げる。ネクタが彼女の膝に乗っかった。
「……皆さんに不気味だと思われないか考えたら、言い出せなくて」
「お嬢」
グローシェが手を伸ばしパメラの頭をがしがしと乱暴に撫でる。
「大丈夫だ。大丈夫。アタシたちは、お嬢がどうなろうと遠ざけない」
「……はい」
「まあ、俺から強いて言うなら変なもん食べるのは止めてほしいですけどね……」
ルボから水差しを受け取りティトは自分とパメラのグラスに水を注いだ。
店員が空いた皿を回収していったあと、ずるりとクレハが影から抜け出した。腕を組んで冷ややかな目で言う。
「要するにさ、みんなに嫌われたくないんだろ。そういうのはっきり言わないとギャア」
再び影に押し込められた。




