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女神/トードリナ

 取り乱している――とはいえ、さきほどのような狂乱状態ではなく、なにか焦っているようなクレハを見てパメラは怪訝そうに首を傾げた。


「女の子がやすやすとこういうのしちゃ駄目だよ!?」

「なぜ?」

「……終わりにしよっか、この話は」


 くすくすと笑うディアラと片方の唇を吊り上げているキュロヒを不愉快そうに一瞥してから深く座りなおしてクレハは腕を組む。


「はぁ……。キュロヒ、続きを話してもいい?」

「許可を取れる程度の礼儀はあったみたいで驚きました。どうぞ? 互いに不都合な話もないでしょう?」


 クレハは小さく舌打ちをした。


「……トードリナは、技術の発展を望んでいた。別世界の知識を使って自分にとって都合のいい世界を創ろうとしていたんだ」

「別世界?」

「僕や君から王子を盗った異邦人と同じ。こことは違うところに世界が在って、僕らはそこから来たんだ。信じられないだろうけど」

「いえ、信じますよ」


 茶化しもせずパメラは返す。その場しのぎではない、まっすぐな言葉だった。

 少しやりにくそうにクレハは「ならいいけど」とつぶやいた。


「トードリナの思惑通り、一度は高度な技術が組み上げられた。魔法を凌駕するほどのものがね」

「でも、それは……」

「うん。僕やキュロヒ、ありとあらゆる種族の老若男女が被検体となった結果だ。むしろあそこまでひどい目に遭わされたら技術のひとつやふたつ進展してくれないと困る」

「……」


 自嘲気味な言葉に反応できずパメラはそっとキュロヒを見た。キュロヒはただ小さく肩をすくめただけだ。


「そんな中で、あれやこれや身体を弄くられてきた僕もいよいよ用済みとなった。連中は僕の魔力回路を弄くろうとして――まあ、そのあとは君の知るところだ」


 クレハは目を伏せる。かすかに震える手をごまかすように強く握りしめながら。

 すべての技術は、暴走したクレハにより国ごと消された。それを知るものも、資源も、何もかも跡形もなく。

 だからあの国がなにを目指していたか、トードリナが最終的になにを願っていたかは1000年以上経った今誰も分からない。

 

「そこのバカが実験と信仰者を国ごと吹き飛ばしたことでポンコツ女神は弱体化しました」


 つまらなさそうに髪をいじりながらキュロヒは言う。


「さらにはタイミングよく『勇者』が叩いてくれたことで封印できた。それでしばらくは穏やかな時代となっていたわけですが――」

「……暗黒竜が起きたことで、トードリナも目覚めてしまった……。そういうことでしょうか?」

「違います。大きな流れだけ見て“分かったつもり”になっちゃ困ります。ああ、責めはしませんよ、経験の不足した思考だとそうなりますもんね」


 バカにするようにキュロヒは自分のこめかみを指でたたく。


「『異邦人』という異物に思い当たりません? 王子の寵愛を受け、聖女候補のあなたを追い出した。そんなトントン拍子に事が進むのは出来すぎていると思いませんでしたか?」


 安価スレをしっかり読んでいたらしい。

 そもそものサーバーが落ちた原因がそこなので管理人が目を通すのも不思議ではない。

 だがあんなドブのようなクソのたまり場での発言を見られていたのかとパメラは背筋が寒くなる。読まれて困ることはないが、監視されている気分になる。

 まあ、アラクネット掲示板がそもそも無法地帯ではあるのだが。


「そ、それはイルデット様が私に愛想尽かしていて、異邦人の子のほうが愛らしかったからでは……」

「はぁ〜……。バカですか?」


 むっとした顔をするパメラにクレハは苦笑いで助け舟を出す。


「つまりね、異邦人はトードリナに助けてもらって今の状況を作り出しているんじゃないかってこと」

「えっ……。では、もう私が追放された時点でトードリナは異邦人の方と接触をしていた……?」

「初代聖女が僕にかけた封印があそこまで脆くなっていたんだよ? あの女神の封印もまたしかり、だ。暗黒竜の一件で完全復活を遂げたんだとは思うけど、それ以前からコソコソ動いていてもおかしくない」

「まあ、あの忌々しい卑怯な女神ならやりかねませんから」

「ね」


 かつての被検体たちは頷きあう。

 共通の敵の前では味方になるというのもあながち間違いではないらしい。


「次、行動を起こすとしたら聖女ちゃんを連れ戻して支配下に置こうとする、なのかもね」

「なぜ私を連れ戻す必要が?」


 『なぜ』ではないだろ、とクレハは心のなかで思う。

 行く先々で様々な種族のトラブルを解決し、本来対立しかねない神々と親交を深め、しかも『魔王』を倒すときた。

 その行いだけでも自分好みに世界を創り変えていた創世神は気に入らないだろう。

 自分にとって都合のいい物語に得体のしれない強者が紛れ込んでしまっては面白いわけがない。


「かつて自分を封印した、女神のちからを持った存在がうろうろしているんだよ? 脅威でしかない。僕なら目のつくところに置くか、消す。相手もそうだと思う」

「……」

「対抗策考えておいたほうがいいんじゃないですか? 何もしないで待ち構えたいって言うなら止めませんが、そんな蛮行ワタシはしたくありません」

「……」


 ずいぶん好き勝手言う。しかもパメラの反応を待たずに話を切り上げたので満足したらしい。

 ハイエルフだからとか魔王だからとかではなくこのふたり、単純に周囲を気にしないで自分のしたいことだけをする性格のようだ。


 一気に様々な情報を脳に注がれパメラは額に手をやる。今はいっぱいいっぱいだ。

 あとで話を整理することにし、パメラはディアラを見た。それまで静かに場を見守っていたディアラは、視線に気づくと微笑む。


「どうしました?」

「その……いきなり話が変わりますが、ルボさんのことについて、よろしいですか?」

「どうぞ」

「彼、私たちについていきたいと言っています」

「そうですね」

「……今の話のように、女神トードリナが襲ってくるかもしれません。それに、不慮の事故が起きないとも限りません」

「パメラさん。遠慮しないで、思っていることを話してほしいです」

「では、言います」


 パメラは生唾を飲み込む。


「今はたまたま全員死んでいないだけで、これから先は分かりません。私は、ルボさんを旅の中で……死なせてしなうかもしれません」

「ええ。あの子はただの短命の種族。そうなることもありましょう」

「……なので、ルボさんを私たちに預けるのは……」

「あー、はいはいはい。分かりました。ルボが死ぬ危険があるから旅に同行させるのは止めろ、とそう言いたいんですね?」


 キュロヒが雑に入ってきた。

 かなりストレートに言い放ってきたが、パメラは伝わった安堵感を顔に出して肯定する。


「はい」

「優しいですね、そんなにルボを気にしてくれて……しかし、わたくしたちは承知の上です。もちろんあの子も」


 柔らかな態度を崩さずディアラは続ける。


「ルボはいずれわたくし達から離れるべき息子で、巣立つのならばそれを見送るのが親の責務です」

「野垂れ死のうが、二度とワタシたちに会わなかろうが、それはルボの選択ですからね。自由にしようと決めたからこそ、あなたたちにルボを接触させたんですよ」


 つまりは、生きようが死のうがルボの勝手であると。

 人懐っこい息子に比べるとずいぶんドライだ。


「ルボの出身地には確かに連れて行ってほしいですが、そのあとはパメラさんたちもご自由にしてください。煮るなり焼くなりどうとでも」

「煮るなり焼くなり!?」

「出身の場所に行って鳴動くんがどうするか、それ以前に他の仲間がどういうかだね」


 言いながらクレハはゆっくりと立ち上がる。


「とりあえず、その話は後にしよう。僕もちゃんとやらなきゃなって思った」


 キュロヒと視線を合わせる。

 咳払いをしたあと、クレハはゆっくり口を開いた。


「アラクネット掲示板に多重にアクセスし負荷によりサーバーを落としたのは僕の一存によるものです。多大なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。また、奥方とご子息へ侮蔑的な発言をしたことを重ねてお詫びいたします」


 深々とクレハは頭を下げる。

 慌ててパメラも腰を浮かせるがクレハに片手で肩を押さえられ立てなかった。


「僕の責任だから。邪魔しないで」

「そうですよ、下げた頭の数だけ誠意が伝わるってわけでもないですからね。今は『魔王』がしおらしく頭を下げている様子を見て楽しんだほうがいいです」

「……謝りがいがねえな……」


 会話を聞きながらパメラの身体はじわじわソファに沈んでいく。

 たった今、安価で出された「魔王の謝罪の付き添い」が消化されたのだ。不本意ながら身体が次の安価を求めている。


「……安価、出します」

「どうぞ」


 弱々しく宣言して、パメラは不可視の掲示板を開いた。

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