アラクネー
『ゴトゴト国』の中心街、その通りに並ぶ建物のひとつ。
受付を通り過ぎた先の通路をパメラ達は歩いていた。
先導するのはルボ――ではなく、ディアラと名乗った女だ。白髪を頭の後ろで編み込み、目元はレースの布で覆っている。シンプルな黒色のワンピースをまとっており、スカート丈は床についてしまうのではないかと思うほどに長い。
滑るように歩くディアラの後ろを一行は無言で付いていく。
にじみ出る緊張を察したのか、彼女は立ち止まり、笑いながら振り向いた。
「アラクネットの管理人はそこまで怖い方ではありませんよ。今からそんな固くなっていると顔合わせする前に疲れてしまいますわ」
「そっすよ! たまにというかよくネチネチ言いますけどめっちゃくちゃ怖いってわけではありませんから! ね!」
「ルボはお茶を淹れてきてくれる? 会議室のほうに全員分持ってきてちょうだい」
「りょ!」
ルボは元気よく返事をして去っていった。
その背中を見送り、ディアラは頬に手を当てため息をつく。
「悪意のない、いい子なのですが……勢い任せの発言がたまにキズですわね」
「元気でいいと思いますよ。――彼と親しいご様子でしたが、ご関係を伺っても?」
「ふふ……。あの子が戻ったらお答えしましょう」
そう言ってディアラは再び歩き出す。しばらく行くと、『会議室1』とプレートのかけられたドアの前に着いたが、すでに誰かいる。鳥のような羽が背中に生えていた。
やや疲れがにじんだ顔をして自分の羽をいじっていた男は、ディアラが近づくと軽く会釈をした。
「まあ、シューイさん。会議お疲れ様。どうしましたか?」
「応接室に通してくれとのことです。――『聖女』と『魔王』のおふたりを」
「相変わらずそそっかしいですねえ」
腰に手を当て、呆れたような声音でつぶやいた後にディアラはパメラとクレハを見た。
「落ち着きが無くてごめんなさい。おふたりは管理人のところへ、他の方は会議室でお待ちください」
「はい。皆さんもよろしいですか?」
パメラが聞くと、ティトは少し悩んだあとに頷いた。グローシェも同じく首肯する。
分断されることに不安はあるものの、立場的に無理を押し通すのも得策ではない。ここは大人しく従うべきと判断した。
ひとの形を取るネクタはパメラにくっつこうとしたが、パメラから無言で説得を――裏で高速のチャットが行われていたが――されてしぶしぶグローシェの横に立った。
「では、パメラさんたちはわたしがご案内します。シューイさん、皆様をお部屋へお通ししてください。あとでルボがお茶を持ってくるので、来たら待機させてください」
「分かりました。んじゃ、そちらの方々はこちらへ」
シューイと呼ばれた男は会議室の鍵を開ける。中は机と椅子が並ぶだけの殺風景な空間だが、よく使われてはいるようで埃っぽさはない。
部屋に入る前、ティトはクレハに声をかけた。
「魔王様、潔く謝ってくださいね」
クレハは何も答えず、ただ嫌そうな顔だけをしただけだった。
◯
ディアラの案内でパメラとクレハはさらに上の階へ移動する。
先ほどまでの大人しい色調ではなく、この階はポップな色彩で壁や床が彩られていた。託児所と言われたらそう信じてしまいそうなほどに明るい。
「神の血を継ぐ民が養子をとって家族ごっこなんてね」
前置きもなにもなく、クレハはディアラの背中に話しかけた。
ディアラは振り向かなかったがかすかに笑ったようだ。それが気に食わなかったのか彼は眉間にシワを寄せる。
「ルボという青年にあれほどまで加護をつけながら手放そうとしているけど、なにが目的なんだ? 粗大ゴミ回収業者と間違えてはいないよね?」
「……クレハさん、やめましょう。失礼です」
パメラが口を挟むがクレハは止まらない。
「失礼なのはあっちだよ。案内人は擬態化して本来の姿を晒さない。なにかあると思うだろ、普通」
「擬態化……?」
「あら、まあ……。想像より疑い深いというか面倒なお方でしたか……。あとでちゃんとご紹介する予定でしたが」
頬に手を当ててため息をつくと、すらりとスカートをつまみ持ち上げる。
その下にあったのは――節足動物の足が八本――いや、七本。右の一番後ろの足は途中から欠損していた。
ガチガチとディアラの身体から軋むような音が鳴り、気がつくとそこには上半身はヒトの姿のままで下半身は巨大な蜘蛛の身体に変化していた。
天井にぶつかりそうになる頭を気にしながらディアラは言う。
「改めまして、わたくしははじまりの神の血を継いで生まれた民『編み上げる』アラクネー、その末席です」
言い終わるとゆるりとお辞儀をした。姿勢を戻したときにはすでにディアラはヒトの大きさに戻り、スカートのシワを払っていた。
目隠しに隠された瞳がどのくらいの温度でパメラたちを見ているのか――一切不明だ。
「これで満足ですか?」
落ち着き払った様子で短く言う。
まだなにか言いたげなクレハを抑えてパメラは目を泳がせながら深々と頭を下げる。
「あの、本当に申し訳ありません。あとでよく言って聞かせます」
「聖女ちゃんが僕になにを言うのさ。自分のこともろくに話さないくせに」
「なんでそんな喧嘩腰なのですか……」
呆れ返るパメラにクレハは答えなかった。
パメラから離れられず、パメラも安価という強制力に命じられているため『管理人に謝る』という行為からは逃げることができない。
まわりに当たり散らしているのはせめてもの抵抗だろう。
はたから見れば駄々をこねる子供でしかないが。
「大丈夫ですよ。たかが1500年ごときの癇癪などかわいいものですから」
穏やかな声音でディアラは言い切り、『応接室』とプレートが掲げられたドアを叩いた。




