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勇者亡き世で魔王退治を! 3

 潅水棒の先端で床を叩くとパメラの眼前に白銀の魔法陣が浮かんだ。

 音もなく攻撃が放たれ、魔獣の身体に穴を空ける。そこからどろりと粘性のある黒い液体が漏れ出すが、まわりの皮膚部分が見えない手に縫われるかのように繋げられていき数十秒もしないうちに傷口は塞がれた。

 パメラは負荷により垂れてきた鼻血を啜りながらさらに次の手段を試す。

 再度魔法陣を展開し、透明な刃で魔獣を切り裂く。しかした切り裂かれた箇所は腐り落ち、何事も無かったかのように新しい組織が現れる。

 続けざまに火を放つ。魔獣の身体の前面部を燃やしたが、焦げ臭さを残して再生する。

 反応を見る限り痛覚もないらしい。攻撃に怯むことはないということだ。


『僕のこと、倒せそう?』


 笑いを含んだ声だ。


『たしかに普通の魔獣なら5回ぐらいは死んでいたかも』

「……」

『あ、朗報だけど僕の接待用の身体にも限りはあるよ。再生の残機がなくなるまで頑張れば倒せるね』


 パメラは答えず、咳き込んだ。

 血の塊が喉奥から出てくる。


『その前に君が限界を迎えて終わりというのが現実的かな』

「……うるさいな」

『だって無茶苦茶しているんだもの。僕もヒトだったころ、『強制服従』の前身みたいな術をかけられていたけどそんな無茶は出来なかったな』

「……」

『逆らうたびに内臓がズタズタに切り裂かれているんじゃない? 本来なら『強制服従』は破れば死ぬものだからさ。君のアホみたいな治癒力で何事もないって感じだけど』


 パメラは答えない。

 それどころではないからだ。魔獣の言う通り、『強制服従』により身体には多大な負担がかかっている。潅水棒に縋りながら立つのがやっとのありさまだ。

 脂汗を浮かべながらパメラは足元に目をやる。ネクタは動かないままだ。半透明の体内に黒黒とした部分が現れていた。背後の瓦礫からも何ら物音はしない。


『よし。この提案、すごい悪っぽいけど仕方ないか――。聖女ちゃん、君このままだと僕には勝てないのは分かるね?』

「クソボケが……」

『事実を述べてるんだけど……。接待用にこんなに苦戦して、本体はどうするの?』


 パメラは一瞬息を止めた。

 まだあとに控えがいる――。

 本体が。

 『魔王』が。

 神々に喧嘩を売りつけた存在が。


『それはあとにして、まず交渉だ。『女神の輝石』を渡してくれるなら仲間は助けてあげる』

「……は?」

『君の憂慮はそこだろう? スライムちゃんはなんとかしよう。それから僧侶くんはダメそうだけど、姉御ちゃんは息があるんじゃないかな。オークってほら、耐久値が桁外れだから』


 饒舌で多弁だ。

 思考することを阻止するように絶えず魔獣は話をする。

 とっつきやすい口調に誤魔化されているが内容は相手に一切歩み寄ろうとしていない。

 常にこちらが冷静でなければ呑まれる。

 

「……応じないといえば?」

『残念だけど全員殺す』

「シンプルでいい」


 パメラは片方の口端を上げようとして、失敗した。

 そこまでの動きをできるほど余裕がない。


「友好的な態度を取っていたのはずっと演技だったのか」

『いや? 素だよ。僕は君が心配だから手を貸したし、君から『女神の輝石』を奪い取りたいからこうして敵対している。そこに裏表も打算もない。僕がそうしたかったからそうしただけ。さらに言うなら友好的と思っているのは君の主観だろう?』

「よく喋る」

『君が言葉足らずなだけだよ、聖女ちゃん。自分の思いを汲み取ってくれなんて贅沢極まりない。話し合わないと分からないんだからさ』

「ああ、もう、うるさい。本当にうるさい……。そんなのずっと、分かってる」


 呟きながら彼女は手のひらを魔獣に向ける。

 大きさも形もばらつきのある魔法陣が魔獣の周りに展開された。鼻と口から血を流し、眼球をも赤くさせながらパメラは握りしめるように手を閉じた。

 氷柱の形状をしたものが魔獣を突き刺し、爆発していく。一部がごっそりとえぐれ、黒い液体が飛び散り、肉片があちこちに落下した。

 それでもまだ、倒すには足りない。


 爆発で生じた塵と埃の中から触手が伸び、パメラの首と身体に巻き付く。

 そのまま宙に吊られ、足がぶらぶらと力なく揺れた。潅水棒が手から落ちて床に転がる。


「っ……!」

『聖女ちゃんはもう少し賢い女の子だと思っていたな』


 触手はぎちぎちと締め付けていく。息をするたびに肺が縮まり、吸える呼吸がすくなくなっていく。骨はひび割れ、軽い音を立てながら折れた。

 首に絡まった触手も同様にして細いのどを締めあげていった。折れるというよりは、そのまま潰すようにして切れてしまうだろう。

 より一層触手が彼女を締め付ける力を強めた時だった。


 ブーメランが飛び出し、触手を切り落とす。

 パメラはそのまま落下して床に叩きつけられ呻いたが、自身の状況など意にも介さずにブーメランが戻っていった方向を見る。


『ああ……エルフのブーメランか』


 ティトが、立っていた。上に掲げた手の中にブーメランが収まっている。

 頭から血を流してはいるが半ばやけくそ気味に笑っていた。


「……いやぁすみませんパメラ様。うっかり寝ちゃいました。寝床としては評価ゼロですね、二度と泊まりません」

 

 ガララ、と瓦礫が崩れる音ともに咳き込みながら毒づく声が聞こえた。

 そちらを見ればグローシェが外れた肩を戻しながら出てきたところだ。


「あークッソ痛い! だから触手は嫌いなんだよ、なんかぬめぬめしてるし痒いし」


 身体の抉れた魔獣と顔面が真っ赤なパメラを見比べ、ふたりはある程度の理解をしたようだった。

 グローシェがパメラに近寄り触手をもぎ取る。せきをする彼女の背をさすりながら魔獣を睨みつけた。


「すまんなお嬢。アタシたちがのんきに壁にめり込んでた間ひとりで大変だっただろう」


 声帯と肺の周りを間に合わせで修復し、パメラは声を絞り出した。


「ごめんなさい……切り裂いたり、穴開けても、ダメで、爆発させてえぐって、やっとあんな感じで……」

「すごいな」

「謝られること何もないんですが……。ま、いろんな攻撃の試しがいがあるってことですね。燃やしたり凍らせたりやってみましょう」


 ティトは言いながらネクタの様子を見る。治癒魔法をかけるが変わらない。わずかに表情を曇らせたが、悟られる前に表情を戻した。


「パメラ様の攻撃で抉れた部分がまだ修復されきっていないところを見ると、全体に一気にダメージを与えることが有効そうですね。なにかあるかなぁ」

「天井」


 グローシェは短く言った。


「天井を壊して、潰すのは?」

「やりましょう」

「俺がします」


 ティトは天井を指さす。

 その様子に気づいた触手が彼を突き刺そうとするがパメラの防御魔法ではじかれる。


「【我の神よ、お頼み申し上ぐ。我を哀れと思はば力を貸したまへ。かの天を崩したまはずや。悪しきものを押しつぶしたまはずや】」


 唱え終わると同時に天井のひび割れが大きくなる。

 みしみしと轟音をあげながら崩れ、巨大な石へと変わったそれは魔獣の上へと次々に落下していった。


『そ、そういうことしちゃう!?』


 雨のように降り注ぐ瓦礫はパメラ達にも同じように落ちる。

 パメラとティトの張った防御魔法に守られながら、潰されて原型を無くしていく魔獣を彼らはじっと見つめていた。

 安堵するにはまだ早い。ここまでしてなおも再生するのであれば、打つ手はないも当然だからだ。


「……ネクタは、どこに」


 グローシェに支えられて座っているのもやっとの状態ではあるが、パメラは首を巡らせた。

 ティトは傍らのネクタを指し示す。そして言いづらそうに目を伏せた。


「腐っています」

「え」

「強い魔力を注がれて、その拒否反応でしょう。かろうじて生命反応はありますが……」

「……」


 這うようにしてパメラはネクタに近づき、撫でる。

 弱弱しく彼女の指に絡みついたがすぐに解けてしまう。

 血を含ませてもそれを吸収することができないらしく、表面を垂れていくばかりだ。


「おい、どうにかならないのかティト」

「せめてダメージを受けたところを取り出せたらいいのですが、不定形の生き物ですからどこまでできるか……」


 音が止んだ。すべての瓦礫が落ちきったのだ。

 魔獣の様子を見なければいけないのは全員分かっていた。だが、命の終わりが明確に近づいているネクタを前に、パメラは動くことができない。

 項垂れるパメラの耳元で、幾重にも重なる声が囁く。


「なら、腐った箇所をもっていけばいいんだね?」


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― 新着の感想 ―
魔王は悪くないし、聖女ちゃんも悪ではない。 王族とダーリンとハニーは骨になって永遠に彷徨え。 クソ安価したスレ住人は……重度の痔になって10年くらいトイレを鮮血で染めればいいんじゃないかな?
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