その28 狙撃手と剣姫18
どうする……!?
このままじゃまずい。そもそも内の近接戦闘の直近を担っている如月が満身創痍で、
加えて頼みの綱の逃げ足と能力もここでは使えそうにない。
「ぅ……運転手……。聞いてくれ、『逆』だったんだ……」
「喋るな! 傷に響くぞ、なんとかしてやるから……!! おいアイリス! てめぇよくもやりやがったな!」
万事休す。
このままでは戦わずして負けてしまいそうだ。そう、攻めて希薄では相手を圧倒しようと、エクスは大声を張り上げた。
その時である。急激に周囲の温度が上昇していくのが感じられた。肌に食いつくような熱気。対照的に背筋がゾクリと冷たさを帯びる。
アイリスは一歩踏み出した。
「な……なぜ……!?」
直後、轟音。
「!? うわあああっ!!」
エクスの視界が赤一色に迫る。自分が逃げることよりもまず、ほとんど無意識的に彼は如月を守ることを選んだ。覆いかぶさるようにして、炎から自身を盾とする。
煙で視界が滲み、それは一瞬だった。次の瞬間には皮膚を焼く鋭い痛み、肉を焦がすなんとも嫌な臭いが、
こない。
あれ? そう思うのもつかの間。彼が不自然さを感じた時にはもう、体がふわりと浮いていた。
不審に思う間もなく、頬を撫ぜる寒気。それまでの熱気が嘘のように……いや、その熱気は後方に感じられた。
ようやく理解する。投げ出されたのだ。窓の外。周囲は割れたガラスが飛散していた。
「え、ええ……? って、おい待て!! 落ちるっ! ぎゃあっ!」
孤児院が二階という高さであったこと、そして真下がちょうどゴミ置き場だったことが幸いした。
地面に叩きつけられるということはなく、それでも衝撃で彼は悲鳴をあげる。
自分をクッションにすることでなんとか如月がこれ以上負傷することを防ぎ…そこでエクスは慌てて如月を確認した。大丈夫だ。息はある。
と、思う間もなく今度は首根っこを引っつかまれた。バタバタと引きずられると、扉を開けて孤児院の廊下へ。ちょうど先ほど自分たちが侵入したところではないか。
「ちょっと待て! なんだ一体さっきから! おい! 誰だおま……」
投げ飛ばしたり、はたまた引きずったり。ようやく我に返ったエクスはそこで声を荒げた。
「……怒りたいのはこちらですわ」
「あ、アイリス!?」
!!!???
なんでここにこいつが……いや待て、彼女がここにいるということは。
二階全体を焼く尽くすような炎から窓を突き破って外に出ることで回避し、
加えて、追撃を避けるため再び屋内に身を隠す。えっ、剣姫がやってくれたのか?
エクスの脳裏にいくつもの疑問符が浮かぶ。
「ちょっと待てよ! なんでお前が」
「だから! それはあなた方が奴隷を売買しているからでしょう! 聞きたいのはこっちですわ、どうしてその新入りが負傷しているんです!」
『新入り』とは無論如月のことだ。剣征会で一度地稽古を行った際彼女はそう名乗っている。
エクスはようやっと合点がいった。だが、そんなことはどうでもいい。
こいつ今なんと言った?
「奴隷を……? えっ。いやいやあの、え?」
思わず目を丸くする。
「それお前だろ? お前がデーモアと結託して、ここの孤児達を次々闇ギルドに流してるって話じゃあないか」
今度はアイリスが絶句した。「な、なにをおっしゃっているの」
そこまで言った時だ。再び轟音。うわっ! またアレだ。今度はエクスも反応できた。正体不明の炎が襲い来る、
アイリスに補助されるまでもなく、如月をかばいつつ隣の倉庫の中へ。素早く飛び込んだアイリスが扉を閉めた。
「「お前(貴方)が奴隷を売買してるんでしょ?」」
「俺じゃねーよ!」
「わたくしじゃありませんわよ!」
ほとんど同時だった。エクスとアイリスは互いに顔を見合わせて、互いに否定する。先ほどは疑問符はエクスの頭上にのみしかなかったが、
今度はアイリスの頭の上にも浮かんでいる。待て待て待てよ……エクスは頭を抱えたい気持ちになった。
「おい剣姫、一回状況を整理しようぜ。いいか、お前が『覚醒』して、サラマンドラ? とかいうやつで如月を襲ったんだろう?
俺はお前がデーモアと結託して奴隷を売買していると聞いたんだ」
アイリスは首を振った。
「あなた方がサラと結託して奴隷を売買しているんでしょう。闇ギルド所属の殺し屋! だいたい、わたくしの精霊はサラマンドラじゃありませんわよ」
今度はエクスが首を振る。闇ギルド!? 冗談じゃない。そんなところに所属してなぞいるものか。
「……なるほど。おい、どういうことかわかったぜ」
精霊の名前が違うという。
となると、あの『覚醒』はそもそもアイリスのものではなかったということだ。
なるほどそういうことか。エクスは合点が行ったというように頷いた。
自分たちは知り得ない第三者の襲撃を受けたというわけである。では、誰か。
そこで扉を乱暴に開ける音。
アイリスとエクスはほとんど同時にそちらを見た。逆光になって分かりにくいが、すらりと伸びた長身。背格好からするに男性であろう。
その背後には、地獄を思わせる赤色の炎。明滅し眩しいほどの光量を放つ巨大な『火で形成された蜥蜴』が、鎌首をもたげてこちらを睨んでいた。
「お前は……」
現れた第三者は、先ほど攻撃してきた人間と見て間違いないだろう。炎のとかげを従え、それがエクスたちのいる二階を焼いたのだ。
上階から黙々と上がる黒煙。そして熱の余波が伝わって来る。サラマンドラは燃える瞳でエクスたちを見た。一歩足を動かすたびに壁が黒く焦げ、尾をしならせるたびに周囲に火が引火している。
「ご心配なく。子供も職員も全員避難してますから。今ここにはあなた方と私しかいません」
「……あくまでわたくしたちを殺すつもり、と」
アイリスは唸った。サラマンドラと同じように……いや、それ以上に赤い瞳が件の人物を見る。
「ええ、面白いものでしょう。奴隷の売買を行っていたのは私ではなく剣姫、あなたです。
デーモアと共に闇ギルドに孤児を流していた。そういう設定で焼け死ぬのです」
アイリスが何語をかを言い返そうとしたが、エクスの声がそこに割って入った。
「てめぇ! ソラさんに依頼したことと言ってることが違うじゃねえか! デーモアがアイリスと競合して孤児を売ってたんじゃないのかよ!」
「ええ。『銀色のスナイパー』もまた駒でしたよ。彼女がデーモアを殺してくれればもっと簡単に事は済んだんですがね」
彼女、随分と慎重な性格のようだ。
サラは言いながら肩をすくめる。エクスは歯ぎしりした。冗談じゃない。依頼者が黒幕だったなんて予想できるわけないだろう。
信じられない気持ちもあった。だが同時に、そう信じれば全て辻褄が行くという事も納得できる。
如月を襲撃したのもサラなのだろう。彼は思う。依頼者だからと気を許していた背後から一撃加えたのだ。そして、彼女は『逆』と言っていた。そう、『逆』だ。
「わたくしは……」
アイリスはエクスの方を見た。
「あなた方がサラと協力して、彼が奴隷の売買の証拠を摘もうとしている私たちを消そうとしていると……」
その時だ。周囲の空気がすぅっと流れてゆくのが感じられた。
アイリスはハッとしてそちらを見る。揺らめく牙、うごめく舌。炎の巨大な口が、これ以上ないほど開けられているところであった。
アイリスは驚きのあまり反応が遅れていた。「危ない!」その剣装を引っつかんでエクスは裏口を蹴破る。
直後に、火炎波が周囲を満たした。




