その24 狙撃手と剣姫14
「く、くそ……」
まるで壊れた噴水のように、どうどうと赤色の液体を吐き出す。
ふらふらとおぼつかない足取りで、ついぞその場に崩れ落ちた。
「…………は、惜しかったな」
刀身に着いた血を振り飛ばす。
セーラはその屍体を無機質に見下ろした。鮮やかな橙色の瞳には、おおよそ今までの彼女からは想像もつかないような冷徹な輝きがあった。
彼女は思う。さて、あと一人か。
「な……! 何をやりやがったんだお前……!!」
その一人。引け腰で、得物を持つ両手が震えていた。
無理もないだろう。仲間が『覚醒』し、超高速の斬撃を見舞った。視認不可能なほどの高速だ。直撃するはずだった。
ところが、である。
剣将はその背後にいたのだ。軽く『エリュシオン』を払い、上半身下半身を文字通り『真っ二つ』にしたのである。
グロテスクなその屍体に、仮面の男は吐き気を覚えていた。
「なんだ、『斬空』は知ってる癖に『神速』は知らねえのか」
「し、しんそく……?」
セーラは言う「歩法だよ」
『神速』。
真打ちは幾つかの高等な技能の類を保有している。
普通の剣士ならおおよそ必殺技になりそうな剣技を『基礎技』とするあたり、構成員の実力の度合いが計ることができるだろう。
例を挙げるなら先ほどセーラが扱った、剣気を刃に練り込み飛ぶ斬撃として打ち出す『斬空』もその一つだった。
『神速』は、
中でも持っても基本的、かつ多様するであろう『移動』の技である。
重いオリハルコンの長剣を片手で降り合わす腕力、それを持ったまま足場の悪い森林の大地を飛び回る脚力。
それらを可能とする身体能力で、前方へ推進するために地を蹴ればどうなるか。
「こういうことだ。おら、いつまでそっち見てんだお前」
「!?」
剣将は及び腰の仮面の男の、すぐ真後ろにいた。
このとき彼は思う。
敵わない。
甘かった。勝てると思っていた。真打ちであっても、訓練を受けた我々戦闘の達人複数人で持ってすれば、なんとかなるだろうと。
そのような『希望的観測』がただの戯言だと分かったのは、月光に照らされた淡橙色の斬撃が振り上げられたときである。
「ま、待て、一つ聞かせて欲しい。なぜ我々の不意打ちに気づくことができた?」
疑問点はまだあった。
そもそも完全に隠匿し、追跡できている自信があったのだ。わざわざ馬車の運転手を買収し、月光の注ぎにくいと自他場所に誘導する。
まず音と光の発生しない魔導弾丸で負傷させ、確実に仕留めるつもりであったのだが。
「真打ちが剣気をいろんなことに応用するのは知ってるな。『剣気術』って言うんだが」
ならそれが答えだ。
冥土の土産にそこまで教えてやる。セーラは言った。
それは『魔導』や『魔力』と似たような分類の代物であった。達人の剣士専用の魔力とでも言えばわかりやすいだろうか。
凡庸な剣客なら扱うことはできない。もともと剣気とは読んで字のごとく、『気迫』や『殺気』の類なのである。
「『『動』の剣気』と『『静』の剣気』って、二種類に分けられてな。それぞれ得手不得手がある」
『動』の剣気は攻撃的な運用方法である。それこそ、剣にまとわせて一撃の威力をあげたり、『斬空』のように飛ぶ斬撃として間合いの外を切ったり、はたまた威圧して相手を気絶させたり。
セーラが得意としているのはこちらであった。少し前も、それこそ数十人の空賊をバタバタと気絶させたところだ。
『静』の剣気は、
もう推測できるだろうが、それとは対極。主に防御に用いる。
例えば、硬化させてその身に纏うことで相手の攻撃を防いだり、例えば、精神を統一して相手の動作を読んだりなど。
いわば高水準の知覚能力であった。予知能力と空間把握能力の複合だ。アイリスが闘技場で『剣星』の斬撃を見切ったのも、実を言うとこれを用いている。
五感や、あらゆる認識に関する能力の拡大。そういえばわかりやすいかもしれない。身体能力の向上もこちらに含まれる。
「私は『静の剣気』を使うのはちと苦手なんだけどよ。それでもだ、あんな単純な不意打ちは感知できるし、今お前が後ろ手で銃を握ってるのもわかる」
「……!!」
「てめェに教えといてやる。単純な不意打ちや死角からの攻撃で真打ち(わたしら)をとれると思うな。達人級の剣士の戦闘は、斬り合い以外に剣気の扱い方も重要になるんだ」
「くっ……!!! くそおおおおおお!!」
セーラはそこで慟哭する男の首を切り落とした。
水音ののち静寂が場を支配する。剣気を図るに、どうやらガースとクロウもうまくやったらしい。
ようやく落ち着けるな。それから血の滴る『エリュシオン』をそのままに、彼女は茂みの奥を見た。
「おい、」
「そういうわけだ。いつまでそこにいる。さっさと出てこい」
***
「なるほど、認知能力と先読みですか。それで高速戦闘にも対応できると」
「ああ。まあ『剣』気だから、自分の得物を手に持ってないといけないんだけどよ。で……」
大木の裏に寄りかかっていた人物に、セーラは言葉を紡ぐ。
そう、仮面の人間達以外にそこに『もう一人』いることは最初からわかっていた。『静の剣気』による空間把握の賜物だ。
どのような人物がいるのかわからないが、しかし『誰かがいる』ということはわかる。そして、大方の察しも付いていた。
分かっていたからこそこちらまでやってきたのだ。
「しっかしなあ、相変わらず勘が鋭いよお前は。昔から変わってないみたいだな、そういう鼻が効くところはよ」
銀色の髪が月光に照らされる。
「それはどうも。まあ、そのくらいの勘は持ちあわせていないと殺し屋なんてやってられませんからね」
ソラは半分呆れ気味のセーラに、ニコリともせずに答えた。象牙色のコートについた木の葉を手で払った。
左手にはうっすらと白煙を上げるオートマチック拳銃。型番『n-71』。
ホライゾン社という有名な拳銃メーカーが作成したそれは、グリップのところに彫刻された黒雲を文字って『ボルト』と呼ばれていた。
「で、こいつらですが」
ソラはクルクルと『ボルト』を器用に回転させた。先端にはサイレンサーが取り付けられている。
彼女の足元には二つの屍体があった。いずれも正確に眉間を撃ち抜かれて絶命している。
本来だったらセーラ達を襲うはずだった、仮面の男の仲間であろう。彼女は思考した。まだ血が乾いておらず、どうやら自分とほぼ同じときに、ソラもまた戦っていたようである。
「孤児院の差し金だろ。いやあまいったまいった。予想していたとはいえよ、まさか馬車の運転手が裏切ってたとは……」
剣を鞘に収めてセーラは苦笑する。ところがだ、ソラは頷かなかった。
納刀に呼応するように『ボルト』をホルスターに収める。サイレンサーを外しても良かったが、何と無くまだ付けたままの方がいい気がしたのだ。
「本当に?」
彼女は尋ねる。質問の意味がわからず、セーラは怪訝な表情をした。「あん?」
「本当に孤児院でしょうか。考えてごらんなさいよ。連中はもともと戦闘専門の団体じゃないのですよ。ここまでの人数を雇えると思えませんが」
そう言われるとそうかもしれない。自分が孤児院の関係者か聞いたとき、否定も肯定もしなかったしな。
もっともセーラの思うことは、情報を相手に渡さないようにしていたとも言えるかもしれず。
ソラの予想外の言葉に、わずかに首をかしげた。
「じゃ、じゃあなんだって言うんだよ。あ、デーモアの裏にいる闇ギルドとか?」
「いくら金で動く闇ギルドとはいえ、『真打ち』にやすやす喧嘩売るようなことはしないと思いますがね」
慎重な闇ギルドならなおのこと。
ソラは言う。セーラは面倒臭そうに頭をかいた。
「ええいめんどうな。じゃあ一体なんだって言うんだ。そもそも、デーモアたちじゃなければどうして……」
「もっと上」
「はあ?」
ソラは一言だけそういうと、寄りかかっていた大木から離れた。
ちょうど暗雲の切れ目から現れた月が銀髪を照らす。
「孤児院でも、闇ギルドでもない。しかし、明らかに戦闘に慣れたものたちの集団。連中のもっと上と考えるのが妥当では?」
「もっと上って言ったってお前……」セーラはそこで言い淀んだ。
確かに、そう考えると少々辻褄が合わないことがないこともない。
例えば、一番気になるのは『あまりにも襲撃の手はずが整い過ぎている』ということである。セーラたちが孤児院で会食しているおおよそ数時間のうちに、
馬車の運転手を買収し移動用のルートを決めさせて、実際にそちらで待ち伏せする。いや、可能といえば可能かもしれないが。
確かに不自然と言われると不自然とも取れるのだ。つまるところ非常に微妙なのである。
そして、
不自然と仮定するならば。
「おい、ちょっと待てよ」
セーラはハッとしたようにソラに言った。
あるもう一つの『組織』の可能性が、浮上してくる。
声をかけたものの、続く言葉が浮かばない。あまりにも突拍子に思えたからである。
彼女は黙った。ただ目に緊張感を含んだまま、ソラを見つめている。今しがた自分の中に浮かんだ一つの結論。それは旧友のスナイパーの考えと同じであろうか。
「ええ」
ソラはゆっくりと頷いた。
「今それを確認するために、私の仲間が孤児院へ向かっています。んで私は狙撃のポイントを探してるのですが。ふーむ、いいところが見つからないですねえ」
言いながら周囲を見渡す。この辺の大きな気が邪魔だ。そんなことを呟いていた。
どうやらだいぶんここは孤児院から近いらしい。つまるところ円を描くように馬車は誘導されていたということか。
って、そんなことはどうでもいい! セーラはガシャンと背中の剣を揺らした。
「ちょっと待てよ、ソラ!」
呼びかけられて彼女は振り向く。
「……『帝国』は、……ジェイド帝国はもう、武力を放棄したはずだ。それをお前……」
「それが判明するのは」
再び旧友は言った。
「この一件が片付いてからです。それまでは何を議論したところで、結果は誰にもわかりません」




