その56 狙撃手と終焉4
「ルアが?」
「ええ」
彼女は確かにノアのバックアップ。
つまり本質的にはクークと思考や行動を共有するはずである。
考えてみればこの点は確かに矛盾している。クークは方舟計画を推進していたというのに、ルアはどうしてそれを止めようとしていたのだろうか。
だって考えても見ろ、確かに彼女は俺たちに行ったぞ。『協力して計画を止めてください』と。
「そうですよ」
クークは振り返る。『ノア』を見ながら続けた。
「私は思いました。何かがおかしい。ゼータポリスでも戦える者が、私の監視の目から逃れている。
裏で策略しているものがいるのは明白でした。そして、そもそも方舟計画の存在について手を出せるのは、私かルアしかいません」
『裏切り』が発見されるのは誰が見ても明らかであった。
ところがである、彼女は続ける。
対策を講じるよりも、まず驚いたのだという。
まあそうだろうな、だって自分と長年連れ添ってきたパートナーが…それも自分とほとんど、いや、全く同じ思考を持つ相方。
ある日彼女が突然言いだすのだから。『こんなことはよくない、国民を切り捨てるなんで非人道的だ』
『非人道的』
だが、
『合理的』
ではある。
どちらを選択するかは、目的を遂行するためだけに作られた機械ならば明白であろう。
論ずる余地すらない。クークはなおもいう。その表情が少し翳り、青白くなっていたのはきっと月光のせいではないだろう。
「ルアは……」
「―――――――――――――人間の心を持ってしまった」
残る言葉は、ソラさんが紡いだ。
え? 人間の心? 機械が? どういうこと?
疑問符を大量に浮かべる俺たちを尻目に、ところがだ。
彼女は振り返る。
「エクスさん、如月さん、車取ってきてもらえませんか。そろそろ出ましょう」
「はい? だって」
「大丈夫。もう出入りできるはずです。ねえ、そうでしょう? ノアさん」
ソラさんはクークにいう。
彼女はこれまた、俺たちの方を見ずにこっくりと頷いた。
「方舟計画が失敗してしまえば、もう外界との連絡を絶っても意味がありませんからね」
***
二人をその場から席を外させると、私は再び目の前のこの現況に向き直った。
「よくお分かりで」クークは言う。
「驚きましたよ。機械が人間の心を持つなんて……そんなことあるわけないでしょう?」
ですが、そうとしか考えられなかった。
「とりあえず、ルアの記憶を少しいじりました。私が『ノア』であること、そしてルア自身がノアのバックアップであること、この二つを一時的に消去したのです。
代わりに、『ルアのコア内にノアを破壊するプログラムがある』という偽のメモリーを植え込んでおきました。穴埋めとしてね」
なるほど。
如月さんが素性を問うても答えなかったと言っていた。
あれは『答えなかった』のではなく、その部分の記憶が抜け落ちていたため『答えられなかった』ということであろう。
私はその場にいなかったが、ふむ、確かにルアが人の心を持ったとすると全てつじつまが合う。
「………」
私は無言だった。少なくともこの時、目の前のこの機械、クークは本当に困惑しているように思える。
それほどまでに衝撃的だったのだろう。長年…それは人間における『一生』とはもっと異なる、その何倍も何倍も長い時間をかけた。
少なくとも……『国』一つの文明を担うほどの、悠久だ。
とまあ、
そんなことはここでは置いておこう。機械が科学者の遺言を遂行しようとしたように、私も殺し屋としての職務を全うしたい。
もっとも、そうせずとも目の前のこの機械は……
「自殺するおつもりですか」
私は言う。
今度はクークが無言になる番だ。
長い沈黙。どこか遠くで野犬が鳴き、再び月が黒雲の隙間に入り込んだ。
「……自殺ではありませんよ。消去です」
「プログラム遂行に失敗した中枢は、一定期間後に削除される。情報の保全や、ノアが一極集中型のプログラムであるために仕方のないことですから」
後はルアが継いでくれるでしょう。
人の心を持った、機械が。
「…………」
そうか。
続くクークの言葉を聞くと、もう私はこの場に必要ないことに気がついた。ポケットの中の、起こし掛けていた撃鉄をそっと元に戻す。
最後にノアを一瞥すると、私はゆっくりと踵を返した。現状この場にいる意味はなくなる。それに、クークも後少しで『死んで』しまうのだ。
残りの時間をこんな、どこぞの馬の骨ともわからない殺し屋と一緒にいるのは不本意であろう。
「待って」
ところが、私は呼び止められた。
「……一つだけ、私のお願いを聞いてもらえませんか」
読んでくださってありがとうございましたー




