その34 保安官 ワイアット・アープ
程なくして、
ギルドは一面慌ただしさに包まれていた。
〝剣将〟セーラ・レアレンシスが魔物に襲われた。
たまたま見かけた目撃者の女性から全体へ通達されるのは、それほど遅くはなく。
当たり前ながら現在ギルドにいるのは会議のためにやってきていた各国の自警団。
「ほう」
「もう魔物が現れましたか」
フィンフィア・ジュエルコレクトはフォーカリアに用心棒として招いた武術の達人、如月 動水と別れてからまだ外の景色を眺めていた。ちょうどギルドの二階。先ほど会議が行われていた場所で、だ。椅子に一人座り、窓際で頬杖をついている。
もう夕陽が斜めに落ちようとしている。真っ赤な日の光が一面の雪を照らすこの模様は、彼女は嫌いではなかった。
『魔物はまだ見つかっていないだと!?』
『探せ! その辺にいるはずだ!』
ちょうど自分の部屋の外。
慌ただしい何処かの国の自警団の声が聞こえてくる。ドタバタと走り回る足音。どうもかなりの騒ぎになっているらしい。
当たり前か。エレメンタリアの剣征会と言えば自警団の中でもかなりの実力者揃い。その隊長がやられたというのだから。
一応自分も会議に出席したのなら、『自警団』ということになるんだろう。
すなわち、国の人々を守らねばならない。出向くべきだろうか。
「…………」
ア ホ く さ 。
どーでもいいか。
一瞬外に言ってみようか。そう考えないこともなかったのだが。
やっぱりやめる。フィンフィアはため息をついた。
「いやー、大変なことになりましたね。まさかもう魔物が出るとは。帝国は手が早い」
そこで人の気配。
振り返る。そこにはスーツをきっちりと着こなした一人の若い男性。
誰だったか。いや待て、すぐに思い出した。
「……大陸警察の頭脳がこんなところでのんびりしていてよろしいんです?」
ラミー・ヤーミ。大陸警察の幕僚。
そういえば先ほどの会議にも出席していたな。
「加勢したいところなんですが、僕は腕っ節の方はさっぱりで。はは、情けないことです。代わりに部下を出しました」
大陸警察は二大体制と聞いていた。
すなわち、ツートップ二人をトップとした体勢。
『武』のセファロタス・フォリキューラ。
『知』のヤミー・ラーミ。
なるほど。
飄々とした態度。そして仮面のように張り付いた穏やかな表情。
内情を探るのが得意なフィンフィアでさえ、その胸中を読むことは全くできない。彼女は同僚のあのいけ好かない幻術士を思い出していた。
「実はですね。お聞きしたいことがあるんです。フィンフィアさん、あなたにしかできないことです」
「はあ、なんでしょう?」
とぼけてはみたものの、実のところわかっている。
このタイミングでこの人物が声をかけてくる。ならばただ一つであろう。
「あなたの錬金技術の結晶。『人』を『魔』に変える石─────『歌姫』のことですよ」
***
「ほお、よく『歌姫』をご存知なんですか。よく知っていますね」
「ええ。他でもないあなたの同僚から聞きました。僕こう見えても顔は広いんです。あ、そうそう紅茶でも淹れましょうか。
セーラ氏を襲った魔物の方は心配ですが、我々非力なものは何もできませんから」
『同僚』と言ったところでラミーは一層声を低くした。
『賢者』の中に大陸警察とつながっている連中がいるのか。普通なら驚くべきことなのかもしれないが、フィンフィアは別段表情を変えなかった。
淡々とした反応が意外だったのだろう。隅の方に備え付けられていた魔導薬缶を操作していたラミーは、面食らったような表情をした。
「驚かないんですか。はいどうぞ。インスタントですけど結構美味しいですよ。僕紅茶の淹れ方には自信があるんです」
「……どうも」
どーでもいいか。
それがフィンフィアの率直な感想だった。なるほど『元老院』も一枚岩ではない。『賢者』の中に大陸警察とつながっているものがいる。
だからどうした。情報を小出しにする『揺さぶり』が効いていないようで。ラミーは拍子抜けしながら紅茶に口をつける。同時に、右手でバッジに触れた。
「お話しすることはまだ何もないんですが。『歌姫』は未完成です。いうなれば試供品だ。あなたの取引にも応じられそうにありません」
「ほお」
今度はラミーが驚く番であった。
一を言う前に百を知っている。目の前の魔法使いをしげしげと見つめた。
「ご存知だったんですか。『歌姫』を譲っていただこうと思ったんですけど」
「……『賢者』を舐めないでいただきたい」
そして、
同時に、ティーカップに口をつけることなくひっくり返した。
ルビー色の液体がダラダラと床に流れる。
ラミーがフィンフィアの足元に展開していた魔法陣に気がついたのは、その時である。
古代文字で『 無 効 』と記されたそれは、紅茶の中の精霊をドロドロに崩していた。
「……さすが」
「人からもらったものは手をつける前に魔術的組成を確かめる……錬金術師の性でしてね」
それを気にとめることもなく、もう話は終わったと言わんばかりにフィンフィアは背中を向けた。
「…………こういう小手調は、私ではなくそれこそ『銀色のスナイパー』にでもどうぞ。あなた方大陸警察の目的は彼女を殺すことなんでしょう。特にあなた方の大将、セファロタスにとっては」
「はは、これは一本取られました」
すご。
流石は『賢者』〝王水〟フィンフィア・ジュエルコレクト。
自分の精霊を容易く見抜かれたのは彼女が初めてであった。先ほど……セーラ・レアレンシスにはうまく効いたんだがな。
と、その時である。
魔導端末がぶるぶると震えた。退散しようとしていたラミーはポケットから取り出し耳に当てる。
「もしもしアープくん?。おお、魔物見つかりましたか。それは良かった。え? 今交戦中? ああ、もちろん。ぶっ殺しちゃっていいですよ。セーラさんを襲うなんて随分凶悪なヤツみたいですし」
「ふん……」
ちょうど夜になろうとしていた。
日が完全に沈み込む。
「…………とぼけたことを」
意気揚々と指示を出すラミーを横目に、フィンフィアはぽつりと呟いた。




