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その17 新緑の布5

「へえ、ゴブリンをねえ。ソラらしいな。そりゃ断るだろうさ」


「ええ。で、あんまり可哀相なんでなんとかならないかなと思いまして」


 なるほどそれで私を訪ねたのか。魔物に関することなら、夜遅くでも納得がいくというものだ。

 ようやっと落ち着いた彼女は、まずお茶を一口すする。精神的な、肉体的な疲労が癒えていくように感じた。

 さてどうしたものか。それから思考する。改心した魔物とは珍しい。しかも、『賢者』の召喚獣(元)となれば実力もいうまでもないだろう。

 自分の隊、すなわち一番隊入隊のために便宜を図ることはたやすい。全権は全てその隊の真打ちに任されている。

 だが、それをすんなりさせないだけの問題があった。ついさっきのことを思い出し、もう一度マグカップに口をつける。


「……ロロがね」


「やっぱりかぁ。いや、そうですよね。彼女がいるんじゃ難しいよなあ……」


 人外狩りの達人。剣の魔、ロロ・ペヨーテ。

 あいつは魔物を見ると喜び勇んで斬りに行く。そして斬りに行ったあと私と……セーラはその先を思い浮かべそうになり、慌てて首を振った。


「しかしなあ、ほっぽり出すのはかわいそうだな。話聞く限り本気で改心しようとしてるみたいじゃねえか。今時珍しいぜ。しかも魔物で」


 彼女の言葉に頷きながら、エクスもまた茶を一口飲む。安物のインスタントで淹れたわけだが、そこそこ飲めるな。


「剣征会じゃなくても、どっかないですかね。ほら、セーラさん顔広そうじゃないですか」


 そうだなあ、口に運びかけていたティーカップを置いて深く背にもたれる。

 顔が広いか。そういや何も剣征会じゃなくてもいいわけだな。うーん近くの、闇ギルドみたいな非合法じゃない組織か。

 しかもギルドはまずいと来ている。どこかないものか。ぼんやりと視線を彷徨わせながら、しかしだ。ふと思いつくことがあった。


「あ、そうだ。あるぞ」


「え? ほんとですか」


 エクスは身を乗り出した。それに伴ってセーラも体を起こす。橙色の鮮やかな髪がふわりと肩にかかった。いつもは後ろで二つ結びにしているが、今日はそのまま流している。


「ああ。というのもな、ちょうど明後日だ。『春のない国』というこの近隣の小国でよ、会議があるんだ」


 会議?

 エクスは聞き返す。


「ああ。帝国が武力蜂起した件についてな。エレメンタリアを始めとして、多くの帝国周辺の国の首脳が集まってな。内密にしといてくれよ」


 エクスは頷いた。「お前を信用して話すんだからな」セーラはさらに根を押す。


「で、だ。私の知り合いも何人かやってくるから、そいつらに掛け合ってみよう。うまくいくかわからないけどな」


「ほ、ほんとですか! そりゃよかった」


 さすがセーラさんだ。すごい。

 国のお偉いさんの知り合いがいるのか。いや本当に顔が広いんだな。

 そんなことを考えていると、セーラはさらに言葉を紡ぐ。


「ってなわけでだな。明日だ。そのゴブリンを……」

 

***


「ええ。アイリスさんの知り合いの方にね。二挺とも改造してもらいました」


 一方その頃ソラの部屋。

 ソラは数時間前に誕生した新しい自分の得物をくるくる回していた。


「へえ、それは良かった。リーダーがいつまでも手負いじゃ、うちも締まらないからな」


 如月は冷蔵庫を漁っていた。本当はエクスを探していたのだが、彼はどういうわけか不在である。

 ミネラルウォーターの瓶を取り出すと、ソファに腰を下ろした。

 ソラは双銃『ボルトランド』を机に置く。元はともに黒であったが、現在はどちらも銀色を基調としている。まだ真新しいそれは、なるほど色合いもよくソラに似合っているように思えた。


「改造前とどの辺が変わったんだ」


「『ランド』はバレルの長さが8インチほどになりました。命中精度と初速が向上しましてね。『ボルト』は7インチほどになりました。

 本来ならどちらも片手で打てないくらい反動が大きいんですけどね。その技師の方すごいですよ。私みたいな非力な女性でも連射できるように極限まで軽減されています。おまけに属性弾も……」


「ふーん」


 如月は慣れない手つきで瓶の蓋を開けると、湯飲みに注いだ。次いで話そうとするソラであったが、目の前の剣士ががあまり興味がなさそうであったのでそこでやめる。

 掛けていたコートの内ポケット、ホルスター、定位置にそれぞれ戻すと、今度はベッドに腰を下ろした。


「で、なんでしょう。何か話があるのでは」


「うむ。いやすまんな。実は私の羽織の件でな……エクスから話は聞いているだろう。」


 ちょうどこの間のことだ。孤児院での一戦、あれで如月は愛用していた青色の羽織を消失してしまった。代わりのものを探していたのである。

 如月はそういうと、おもむろに持ってきていた風呂敷を取り出した。膝元で結び目を解く。

 ソラは中から現れた『それ』に目を奪われた。如月が注いでくれた水のことも忘れてしまっている。


「これは……」


「『新緑の布』という。私の故郷……ああ、『十二の巻』というのだがな。そこでしか生産されていない貴重な生地なんだ」


 現れたのは、一枚の布地であった。ちょうど広げたら服一着分くらいになろうか。

 まさしく言葉の通り、新緑の葉のような深く、それでいて鮮やかな緑色。電灯の光を受けてキラキラと輝いている。

 手触りもとてもよさそうで、絹のようななめらかさと麻のような剛健さを両立している。ソラは布や衣服には詳しくないのだが、一目見ただけで高級であろうと推測できた。


「私の大切なものだ。布の国で羽織にしてもらおうと思っていたんだがな……」


 布の国。

 ソラは思い出した。魔法使いに襲撃されて、壊滅した小国のことである。

 如月もまた同じことを思い出していたのだろう。少し黙ると、それからソラを見た。


「これを羽織にしてもらえるようなところを知らないだろうか」


「えっ。私にそれを聞くんですか。知らないですよ」


 やっぱりそうか。そうだよなあ

 如月はため息をついた。いやそりゃそうか。そもそも知っていたのならソラなら教えてくれるだろうし。

 わかりきっていたことであったが、これで完全に頼みの綱が切れたことになるぞ。

 ミネラルウォーターに口をつける。乾いた喉を冷水が駆け抜けた。

 ソラは断ってから記事に手を伸ばす。『新緑の布』は虫食いもなく、織られたばかりを思わせるほどに手入れされていた。


「そもそも、そんな代物どうやって手に入れたんです。あなたの実家呉服屋ですか」


「まさか! はは、士族の出だよ。そうだな、これは……」


 そこで、ほんの一瞬である。如月は悲しそうな表情をした。

 正確には、郷愁の念に駆られる懐かしそうな表情の中に、ごく一瞬思い出したくないことを思い出してしまったような。

 ソラは持ち前の勘の良さと観察眼で、如月の表面に現れたそれを見逃さなかったのである。


「……これはな、父上に……お父さんにもらったんだ。懐かしいな。もうずいぶんと昔の話だ」


「……そうですか」


 そして、

 如月がそれを隠したがっていることも、察することができた。

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