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閑話 ウール 2

 ◇




「……シューイチさんに、お水を持っていってあげたんです」

「……うん」


 ようやく泣き止んだノーラが、ポツリポツリと話し始める。

 一体何があったのか、どうしてこれほど苦しんでいるのか、を。


 修一の部屋に、親切心から水を持っていった事。


 修一の寝顔を見て、ついイタズラ心が湧いた事。


 修一の髪の毛や、額の傷を弄って遊んでいた事。


 そうしていると心が弾み、とても楽しかった事、などだ。


「も、もちろん、変な事をするつもりなんてありませんでした、ただ、シューイチさんの寝顔を見ていると、つい、その」

「あーはいはい、分かってるよ、それくらい。 ……それで?」

「……それで、ですね」


 ノーラの弁明を軽く流しながら、ウールは続きを促す。

 ノーラは、ウールに抱き締められたまま、恥ずかしそうに続きを述べた。


 最後にもう一度寝顔を見ようと顔を近付けたら、修一が目を開けた事。


 慌てて離れようとしたら、いきなり修一に抱き締められてしまった事。


 それだけで言い様もなくドキドキして、頭がぼうっとしてしまった事。


 修一の男らしい体つきと、少し高めの体温を感じ興奮してしまった事。


 汗混じりの修一の匂いを嗅ぎ、本当に良い匂いだと思ってしまった事。



 修一に耳元で「愛してる」と囁かれ、――心の底から悦びを覚えた事、などを。



「愛してる、ねえ」

「私は、その一言で舞い上がりました。まさかシューイチさんがそんな事を言ってくれるとは、思っていませんでしたから。

 そしてその言葉を聞いて、自分の気持ちをはっきりと自覚しました。

 私も、……シューイチさんの事を、その、………愛してるんだと」

「う、うん」


 顔を真っ赤にして見上げてくるノーラは、なかなかに破壊力が高かった。

 ウールはさりげなく目線を逸らして直撃を避けた。


「だから私も、勇気を出そうと思ったんです。

 勇気を出して、自分の気持ちを伝えようと。

 勿論、シューイチさんが寝惚けているだけなのだとは、重々承知の上でしたが、それでも、伝えておきたかったんです」

「……うん」

「ですが、いざ伝えようとしたところで、シューイチさんが言ったのです、『愛してるんだ、リコ(・ ・)』、と」

「……」


 ノーラは自嘲気味に笑う。

 自身のあまりの滑稽さに、呆れ果ててしまったとばかりに。


「……シューイチさんは最初から、私ではなく、その人に向けて愛を囁いていたのです。

 それを私が、勝手に勘違いして、勝手に舞い上がって、……はは、馬鹿みたいですね、私」

「ノーラ……」


 それからの事は、ノーラもよく覚えていなかった。

 その言葉を聞いた途端、頭の中が真っ白になって、目の前が真っ暗になって、力の限り修一の拘束を振り切ってから部屋を飛び出したように思う。


 二階のお手洗いにある洗面台に飛び付き、こみ上げてくるモノを残らず吐き出した。

 酒を飲み過ぎていたのかもしれないし、そうでないかもしれない。

 ただ、胃と言わず胸と言わず、あらゆるところから、いろんなモノが突き上がってきた。

 言葉は出なかった。

 なのに涙は止まらなかったように思う。

 他の客が来ないのを良い事に、ノーラはしばらくの間洗面台の前で泣き続けたのだ。

 やがて涙も枯れ果てたのか、それとも感情ごと全部流し切ってしまったのか、涙の出なくなった目元を水で洗い、それからフラフラと食堂に戻ったところでウールに声を掛けられたらしい。


 それを聞いてウールは、一人でどっかに行ったりしてなくて良かった、と思った。

 人間、受けたショックが大き過ぎると、訳の分からない行動をしてしまったりするものだ。

 もしウールが見つける前にノーラが宿を出て行ってしまっていたら。


 ここは港町だ。

 海が近いのだ。

 良からぬ事を考えてしまう可能性だって、否定できなかった。


 そんな風に悪い想像を働かせていたウールに、ノーラがポツリと一言。


「私はこれから、どうするべきなのでしょうか?」

「……どう、かい?」


 ノーラは、再びこみ上げてきた不安を堪えるようにしながら、ウールに問う。

 歳がいくつも下だとか、一切関係ない。

 今はこの少女しか、自分の心情を打ち明けられる存在がいないのだから。


「明日の昼過ぎには、首都スターツに到着します。それから私は実家に帰ることになりますが、……シューイチさんとの契約は、私が無事に実家に帰れるように護衛をするというものでした。だから実家まで辿り着ければ、契約は終了します。そうなれば、シューイチさんと私は、もはや何の関係もなくなってしまいます」

「……そんな事は、ないと思うけど」


 ノーラはふるふると首を振る。


「勿論シューイチさんだって、首都に着いてからやるべき事があります。だからそれが終わるまではスターツに居てくれるでしょう。しかしそれらが終わってしまえば、もう用はありません。

 シューイチさんはいつも言っていました、故郷に帰りたい、と。

 だからあの人は、故郷に帰る手立てが見つかれば、そのまま帰ってしまうでしょう。

 そして故郷に帰ってしまえば、もう本当に、二度とは会えなくなります。

 ……私は、それが恐ろしくてたまらないのです。

 せっかく出会えたのに、やっと、この気持ちを知る事が出来たのに、何も出来ないままお別れをする事になってしまいそうで、そう考えるだけで胸の奥が締め付けられるように痛むのです」

「……ノーラ」

「……私だって(・ ・ ・ ・)、愛する人と離れたくありません。でも、今この痛みを、シューイチさんも感じているのだとすれば、少しでも早く故郷に帰りたいというシューイチさんの言葉は、痛いほどよく分かります」


 ノーラは無意識にか、ウールの神官服を握り締めた。


「そして、だからこそ、どうすれば良いのか分からないのです。私は、シューイチさんと離れたくありませんが、シューイチさんにとっては、そう思われる事自体が望まぬことなのでしょう。あの人はとんでもないお人好しですから、そういう風に言われれば必ず迷いを覚えてしまいます。それは、私がきちんと故郷に帰れるように頑張ってくれているシューイチさんに対して与えて良い迷いではないのです」

「……」

「いっそのこと、レイのように、私も貴方の故郷に連れていってほしい、と言ってしまえればいいのに……」

「……言えば良いじゃないか」


 ウールはそう呟くが、ノーラはやはり首を横に振った。


「そういう訳にはいきません。私は一人っ子ですから、私がいなくなれば両親はとても悲しみます。父にも母にも、そんな思いはさせたくありません」

「……」

「それに、……レイに対しても言っていましたが、シューイチさんの故郷は本当に遠いところにあります。まずもって、付いていけるのかすら分からない程に。どちらにせよ、私がシューイチさんの故郷に付いていくのは不可能でしょう」

「……うーん」


 何かを考え込むウールに、ノーラは力なく笑ってみせた。


「本当にどうすれば良いでしょうね? ――もしかしたら、このままこの気持ちに蓋をして、見て見ぬふりをすれば良いのでしょうか」

「……!」


 その一言にウールは敏感に反応するが、ノーラは気付かずに言葉を繋いだ。


「幸いにして、まだシューイチさんはこの事を知りません。いえ、シューイチさんだけではありませんか、ウール、貴女以外には誰にも明かしていませんから。

 ですから、そのまま黙っていれば、もうこの事で思い悩むこともなくなるのでしょうかね?

 ……あ、ま、まさかとは思いますが、シューイチさんに後でこっそり告げようだなんて事は」

「思ってないよ、そんな事」


 自分の気持ちを誰かに伝えるという事は、自分にのみ許された権利だ。

 それを邪魔しようだなんて、ウールはこれっぽっちも考えてはいない。


「そうですか? それならやはり――」

「思ってないけどさ、……ノーラ」

「はい?」



 だが、それとこれとは話が別だ。



「今、ノーラが考えているような方法は、あたしは絶対に許さないよ」

「えっ……?」

「……これはあたしの持論なんだけどさ」


 ウールは、静かに持論を語る。

 それはまるで、神の教えを触れて回る宣教師のような、神聖さを湛えた声音であった。


「本来的に、人が人を愛するという気持ちは真に尊いものなんだよ、ノーラ。そもそもの話、自分以外の誰かを想い、その誰かの為に何か出来るというのは、人間だけじゃあない、生きとし生ける者全てが成し得る善だ。そこには一点の曇りだってありゃしないし、それは生きるうえで当然の行いなんだよ」

「は、はあ……」


 ノーラは、ウールの言葉に気圧されたようになるが、神官少女の滔々とした言葉は止まらない。


「ただその中で、人間の愛というものは少々複雑になってしまっていてねえ、あたしたちは愛以外の色々な物に縛られるんだ。やれ金銭だの地位だの権力だの、嫉妬だの猜疑だの憎悪だの、打算的な思いもあれば感情的な思いだってあるだろうさ、文化や慣習が立ち塞がる事もあるし、法律や社会が認めない時もある。あたしたちのソレは、他の動物やなんかと比べても非常に面倒だ。それは仕方のない面もあるんだよ、……でも!」

「……!」

「それでもあたしたちは、もっと、愛そのものを大切にするべきなんだよ。いろんな付加価値を求めて、本質を蔑ろにしちゃあダメなんだよ。愛という感情を、エネルギーを、もっと信じてあげるべきなんだ」

「……」


 ウールは、尚も言い募る。

 ノーラを励ますために、ノーラの考えを正すために。

 ノーラが言おうとした言葉は、ウールには看過できるものではないのだから。


「だからさノーラ、そんな風に何もかも諦めたような顔で自分の思いをなかった事にしようだなんて、思っちゃ駄目なんだよ。シューイチの事を愛しているんだって、本当にそう思っているんなら、それは尊重されるべきなんだ。少なくとも、些細な事に心を囚われて、それで愛するという気持ちをなかった事にしようとするなんて、あたしは許せないんだよ」

「しかし」

「ノーラだって、その想いが届くのと届かないのとなら、届いてくれた方が良いんだろ?」

「それは、……そうですが」

「なら、届かせるべきだよ。絶対に」


 ウールが、断言する。力強く、それでいて優しく。


「…………ですが、それならどうやって?」

「簡単さ、シューイチの心がその、リコってのに向いてるんなら、ノーラの方を向いてもらえるようにするんだよ」

「私の方に?」

「そうさ、リコとやらがどんな女なのかは知らないけど、そんな女よりノーラの方がよっぽど良いオンナだって思わせて、気持ちをこっちに向けさせるんだ。そして十分こっちに引き寄せた時点で、満を持して告白しちゃえばいいんだよ。そうすればシューイチだって断らないさ」

「そうでしょうか?」


 ノーラにはいまいち信じられなかった。

 そのためウールは、もう一押しする事にした。


「信じられないって顔してるね」

「まあ、俄かには」

「じゃあ実例を教えてげるよ」

「実例?」

「例えばあたしはね、カブの事が好きだよ」

「……はい、それは」


 今更言われずとも、と思うより早く、ウールは続きを述べる。


「でもカブは、あたしの事を別に好きでも何でもなかったんだよ」

「……へ?」


 ノーラは、思わず呆気に取られた。

 そんな馬鹿な、と言いかけたほどだ。


「アイツは昔から、大人びた女の人が好きだったからねえ。カブの初恋なんて七つか八つの時に近所のお姉さんだったよ、十以上歳上の綺麗なお姉さんだったさね。まあ、あたしもその時は、カブの事はいつも一緒に遊んでいる幼馴染みくらいにしか思ってなくて、だからカブが、そのお姉さんと道ですれ違うたびにデレデレした顔をしても何とも思わなかったけどさ」

「は、はあ……」

「その人が結婚しちゃった時にさあ、カブの奴を慰めるつもりで言ったんだよ。『ざんねんだったねえカブ、アンタの大好きなお姉ちゃんは、アンタよりカッコ良い人とケッコンしちゃったよ、どんな気分だい?』って」

「…………」


 間違いなく慰めになってない、とノーラは思った。


「そしたらカブが半泣きになりながら『サイアクだよ、チクショウめっ!!』なんて言うからさ、あたしも楽しくなって『おお、かわいそうに、それならあたしの胸に飛び込んでおいで』って言ってあげたんだよ、…………なのにカブの奴、それを聞いた途端、あたしのここ(・ ・)を指差してさ――」

「……」


 ここ、とウールが指し示したのは、自身の豊かな胸だった。

 しかし表情は、屈辱に満ちていた。


「『お前みたいなペチャパイ、まっぴらゴメンだ! バーカバーカ!!』って、…………!」

「……ウ、ウール?」


 その時の事を思い出してか、ウールは歯を喰いしばって怒りを堪えていた。

 それでもすぐに平静を取り戻すと、ノーラにキッと向き合う。


「そりゃあ、あたしたちはあの時まだ十歳にもなってなかったからさ、胸なんてまな板みたいなもんだったし憧れのお姉さんは大きかったからカブもそんな事を言ったんだと思うよ。だけどさ、面と向かって指差してそんな事言われてあたしだって腹が立ったもんだから、絶対に、見返してやろうと思ったんだよ、カブの奴を」

「……見返す?」

「ああ、次の日からあたしは、毎朝毎朝朝日が昇ると同時に起き出しては太陽神様に祈ったんだよ、どうかあたしの胸を大きくしてください、って。それから、村の中でも胸の大きかった人たちにどうやったら大きくなるのか聞いたりしたし、教えてもらったマッサージとかを試したり、色々やったんだよ」

「……そんな事してたんですか?」


 勝手に育って大きくなった身の上としては、そういった努力はいまいち理解し難かったりもしたが、ともかく。


「そしてあたしは、成長する様を見せつけるべくそれまで以上にカブと一緒に遊んで、時々お姉さんたちに教えてもらった男を誘うポーズなんかを見せたりして、カブを挑発したのさ。

 最初のころは『こいつ何やってんだろう?』みたいな視線しか向けて来なかったけどさあ、あたしも歳とともに成長して、こんな風になってきたから――」


 ウールが自分の胸を持ち上げてみせる。

 ノーラに勝るとも劣らない立派な膨らみだ。


「段々とカブが、ここをチラチラ見てくるようになってきてねえ。そうなってくると、あたしもその為に頑張ってきてたんだから、嬉しくなったわけさ。どうだいアンタが馬鹿にしたこの胸も捨てたモンじゃなかっただろ、なんて思って悦に浸ったりもしてたよ。流石にそこまでは口にしなかったけどさ」

「……」

「ただ……、そんな風にカブの目を意識して色々やってる内に、なんだかこう、カブの事を男として見始めてしまっていたのは誤算といえば誤算だったかな? 一緒に冒険者になったのは、アイツと離れるのが嫌だから、っていう部分もあったからだったし」

「……ええと」

「まあ、それでもだよ、最初の内はあたしの事なんて何とも思ってなかったアイツが、段々と、女らしくしろだのお行儀良くしてろだのお前はもっと静かに出来ないのかだの言ってくるようになったのは、間違いなくあたしの事を女として意識し始めたからさ。つまり、あたしは長年の行動によってカブの気持ちを引き寄せつつあるという事だよ!」

「……はあ」


 ノーラは気のない返事を返した。

 そして、それはウールの普段の行いが悪いからカブが極一般的な思考の下窘めていただけなのではないだろうか、と思っていた。


「しかも今日なんて、とうとうキスまでしてやったからね。これはなかなかの進歩じゃあないかな? そもそも、いくら仲の良い異性だからって好きでもない相手からいきなりキスされたら怒るもんだけど、カブは動揺こそすれ怒らなかったからね。という事は、もう一押しでカブも観念するだろうさ、きっと」

「……そうだといいですね」


 観念とか言ってる時点で不安なのですが。

 という言葉が喉まで出掛かったが、呑み込んだ。


「…………」


 しかし、ウールの言う事も一理あるだろうか。要は、修一の思い人に負けないように自分をアピールして、修一の好意を勝ち取れば良いという事だ。

 些か乱暴だが、確かに単純である。

 ただ、懸念もあった。


「ちなみに聞きますが、もし仮にそれが成った場合は、修一さんの愛する人が泣く事になるのでは?」


 これに対するウールの回答は、次のとおりであった。


「そこは、ノーラがシューイチを振り向かせた後で考えればいいと思うけど、強いて言えばノーラが度量の広さを見せてやればいいんだよ。

 自分の事を一番に見てくれるならそっちと仲良くしても全然構いませんよ、って感じで、大人の余裕を見せてやりなよ」


 ノーラが眉根を寄せて呟く。


「それでは私が悪女みたいではありませんか……」


 ウールは、何を今更とばかりに笑った。


「はっは、男を寝取る算段しといてよく言うよ」

「!!?」



 そう言われて、ノーラは可哀想なくらい狼狽えたのだった。




 ◇




 夜も大分更けた。

 月はすでに中天近くに差し掛かっている。

 食堂に残っているのも気合いの入った連中だけで、後は皆、部屋に戻ったか酔い潰れてしまったかのどちらかである。

 部屋に戻った者たちも順次寝てしまっているし、よっていまだに部屋の明かりが点いているのは、ノーラとウールの部屋くらいのものであった。


 その部屋の中でウールは、達成感溢れる笑顔を浮かべながら酒瓶を手にしていた。

 対面に座るノーラに、ウキウキと酒を注ぐ。


「ま、何はともあれ、ノーラが元気になったみたいで良かった良かった」

「……ありがとうございます」


 ノーラは、何か腑に落ちないような思いを抱きながらも、その言葉には素直に礼を述べた。

 なんだかんだ言って、先程よりは救われたような気持ちになっているのだ。完全にとは言い難くとも、ウールの慰めと励ましは、確かにノーラの心を回復させたのである。


 その部分に関してはノーラも自覚があったので、ウールが注いでくる酒を断らなかった。

 グッと無理矢理飲み干して、涙目でウールにグラスを返す。

 するとウールが、酌を受けながらポツリと零した。


「まあ、ここからが始まりな訳だけどね」

「えっ?」

「シューイチの心を掴む為の戦いは」

「……」


 ノーラは静かに頷く。

 言われずとも、重々承知している。

 シューイチの想い人、梨子。

 会ったこともない彼女がどんな人物なのかなど知るよしもないが、少なくとも、寝言で「愛してる」などと言われるくらいには愛されていたのだろう。


 それを思うだけでノーラは、胸の奥がじくじくと疼くのだ。

 度し難い、とは自分でも思ってしまう。

 そんなノーラに、ウールは笑いながらグラスを返した。


「はっは、そんな怖い顔しなくてもいいと思うけどね、……ほら」

「あっ、すいません」


 そんな怖い顔をしていただろうか。

 ノーラは自分の顔をペタペタと触ってみるが、どうにも分からない。

 だから取り合えず、注がれた酒を飲んだ。

 濃すぎるくらいのアルコールが全身に回っていき、体温が上がる。

 明らかに飲み過ぎている、が、それでも良いと思えた。


「しかし、ノーラも意外と飲めるんだね。こんなに飲んだらそろそろ限界が来そうなものだけど」

「私だって自分の酒量くらい弁えていますよ、まだ、もう少しなら大丈夫です」

「……そうかい?」

「ええ」


 実際は、とっくに限界を越えているのだが、酔い過ぎてよく分からなくなっているのだ。

 ザルのウールはもう少し頭がマシに働いているため、ノーラの状況が何となくマズイかな、と判ると、それ以上注ぐのは止めにした。

 流石に、一晩に二回も洗面台にすがり付かせるのは酷だろうと思ったのだ。


 そしてその代わりにと。


「そうだ、ノーラ」

「なんでしょう?」

「折角だから、ちょっと練習をしておこうよ」

「練習……ですか?」


 ウールはニヤリと笑いながら。



「ああ、――シューイチのやつを誘惑するための扇情的なポーズの、ね」



 と、ほざいたのだった。




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