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第4章 10

 ◇




 デザイアが使用している「波濤」と名付けられた装飾剣は、内部に術式が組み込まれた魔化武器であると同時に、剣そのものが使い手を選ぶと言われている魔剣・・でもある。


 この魔剣というものは、例え術式など無かったとしてもそこらの名剣にも劣らぬ切れ味と耐久力を誇り、ブリジスタという国を守る騎士団において、最高戦力の一人たる騎士団長が扱うに相応しい業物なのである。


 さて、そんな魔剣であるところの「波濤」に組み込まれた術式を、一番単純に言い表すとしたならば、


 格闘ゲーム(・・・・・)必殺技ゲージ(・・・・・・)、となる。


 この剣は鞘から抜いた時点で術式が発動し、鞘に納めるまでの間効果が継続する。

 そして、装飾剣を使って攻撃する度に少しずつ蒼い光が増していき、一定以上の光量、すなわちゲージを貯めることで大技を使う事が出来るという仕組みになっている。

 ちなみに、使うゲージの量に応じて技が変化するロマン機能付きだ。



 話だけを聞けばこんなものなのかと思ってしまうほど簡単なもので、これがどれほど凄い事なのかは使ってみなければ分からないことなのだろう。


 ただ、デザイアはこの剣を手に入れてから現在の戦闘スタイルを確立しており、それが自分自身に良く馴染んだからこそ、騎士団長の名に恥じない実力を手にすることが出来たと本人は考えている。


 勿論そこにはデザイア自身の血の滲むような努力が存在していて、魔剣を持っていれば誰でも団長になれるほどこの国の騎士団は温くない。


 正確に表すなら、この魔剣を正しく活用するためには最低限、騎士団長になれるだけ実力を必要としていたのである。




 さて、そんなデザイアの目の前には折れた剣を持った黒髪の男が立っており、苦々しげな表情でデザイアを睨み付けていたのだが、やがて顔を俯かせる。


 戦う前から亀裂の入っていた剣を使っておいて折れるのは当然の事だろう、とデザイアは考えているのだが、兎も角これで目の前の男は武器を失い、勝負は決したも同然。

 勝負ありともなれば、自然と軽口の一つも出てくるというものだ。


「よう、残念だったな。俺の勝ちだ」

「…………」

「さて、大人しく拘束されてくれるならいいんだが、……そうもいかなそうなんでな」


 デザイアは、軽口を叩きながらも油断なく修一の動きを観察している。

 右手に折れた剣を持ったまま両腕を垂らし顔を俯かせた姿は、傍目から見ればすでに勝負を諦めたようにも見える。

 しかし。


 ――臨戦態勢を解いていない、な。ということはまだ何かするつもりか。他に何を隠しているのかは知らんが、まだ諦めていないのなら、動けん程度には叩きのめしておかなくてはならないな。


 黙ったままではあるが両膝を柔らかく曲げて立ち、必要のない力を体から抜いている様はまだまだ警戒に値するとデザイアの勘は告げている。


 だからデザイアはそのまま右手の装飾剣を持ち上げ、目の前の男を行動不能にするべく、残った光量ゲージの全てを使い切るつもりで剣を振り下ろすことにした。




 修一とデザイアの戦いを見ていた三人は、黒髪の男の剣が折れ飛んだ時点でそれぞれ表情を変えていた。


 副団長ことラパックスは安堵の笑みを浮かべ、ノーラとメイビーは驚愕の表情を浮かべる。

 更にノーラは団長が再び剣を振り上げた姿を見て顔を青褪めさせ、メイビーはトドメを刺そうとしているように見える団長を止めるべく、小剣を抜いて飛び出そうとする。



 しかし小剣を抜く直前、隣に立つ男から無言の圧力と戦意を感じて飛び出すのを躊躇ってしまう。

 副団長としては、この戦いの決着がきちんと着くまでは邪魔をされては困るのだ。

 だから、飛び出そうとしたメイビーに対して牽制の意味を込めて威圧する。


 ――もう少しだけ、大人しくしていて下さい。


 団長は話を聞くために騎士団本部に連れて行くと言っていたのだから、この場で命を取ることはない。


 ラパックスはこう考えていたからこそ団長の行動を見ても特に止めようとは思わなかったが、メイビーたちからすればそんな事は分かるはずもない。


 今の状況を端的に言い表すとすれば、勝負に負けた修一に、団長がトドメを刺そうとしているといったところなのだ。


「くっ……」

 ――マズいや、隙がない。このままじゃ……!


 メイビーはどうにかして牽制を掻い潜りデザイアを止めようとするが、ラパックスがそれを許さない。

 装飾剣から蒼い光が溢れ出し、もう数瞬の後に団長の剣が振り下ろされてしまうだろう。

 そうなれば修一の運命など決まったようなものだ。


 その事を察したノーラが、目に涙を浮かべながら叫ぶ。


「シューイチさん!!」


 そして、今まさにデザイアが装飾剣を振り下ろそうとしたその時。



 俯いていた修一が顔を上げる。

 その顔に浮かんでいたのは、敗北によってもたらされる負の表情、ではない。


 ――やはりか。こいつは、まだ……!



 まるで、勝負はこれからだと言わんばかりに爛々と輝く目を見開き、


口角を吊り上げた笑顔を浮かべていた。


 ――心配すんなよ、ノーラ、メイビー。



 修一がデザイアと視線を交わし、その視線を受けてデザイアが剣を振り下ろすと同時に、



 ――白峰一刀流剣術奥義ノ二、




陽炎かげろう




 修一の姿が掻き消えた(・・・・・)




 デザイアの装飾剣から放たれた蒼い光は何物にも衝突することなく突き進み、やがて広場の端に至る手前で消滅する。


 それを見て、何が起こったか分からないといった表情をするノーラたち三人と、ゆっくりと振り返る団長。

 修一は先ほどまで立っていた場所から数メートル先、デザイアの真後ろにあたる場所に直前までと変わらない体勢で立っていた。


 まるでそれが当たり前の事だと言わんばかりに悠然と向き直る団長に対し、副団長は本当に何が起こったのか分からなかった。

 修一の姿が一瞬ブレたように見えたと思えば、いつの間にか移動していたのだ。 


 なんらかの魔術や幻覚の類いかとも考えたが、それなら団長は剣を振り下ろす前に気付き、攻撃を外すことなど無かっただろう。

 つまり修一は、団長が繰り出した波濤を躱したうえで団長の背後に回り込んだという事になるわけだ。


 そしてデザイアも目で追い切れておらず、自らの鼻を以て修一がどこに行ったのかは分かったが、何が起きたのかまでは把握出来なかった。

 だからこそ団長は、目の前の黒髪の男に問う。


「今、どうやって避けた? 今の技は何だ?」

「ウチの流派の、奥義の一つだよ。

 足捌きと体捌きと脱力と重心の移動、これらの効果的且つ複合的な運用って奴だ。

 相手と呼吸を合わせて視線を読み、意識の外にすり抜けるつもりで……、って」


 そこまで説明して、修一はデザイアを半眼で睨む。


「悪いが、一応奥義なんだ、これ以上知りたいなら入門してくれ」

「入門したら教えてくれるのか?」

「その代わり、師範代である俺の言う事は聞いてもらうぞ」

「じゃあ止めとこう」


 そうして再び両手の剣を握り直すデザイア。

 すでに装飾剣の蒼い光は消えてしまっているが、デザイアにとっては些末な事だ。


「ところでシラミネ、まだ戦うつもりなのか?」

「当たり前だろ、まだ負けてないからな」

「武器はどうする?」


 修一は「ああ」と頷き、右手に持ったままの折れた直剣を見た。

 そこから鍔元を握っていたそれを胸元まで持ち上げると、剣を振り伸ばして握る位置を柄尻に変える。


「これを使う」

「そんな、壊れた剣をか?」

「そうだよ、――丁度いい位の長さになったしな」

 ――メイビーの小剣と同じ位の長さにな。


 そう言って修一は、相手と正対する正眼の構えとは違い右半身を前にして半身はんみになり、左手を腹の前で柔らかく開いて構え、右手一本で持った剣を大きく前方に突き出す。

 そうすることで修一の身体全体が剣の奥に隠れるようになり、まるで剣を盾にしているかのような構えが出来上がる。


 そして、戦いを見ているはずのメイビーに呼び掛けた。

「メイビー!」

「えっ!? な、何!?」


 いきなり呼び掛けられて慌てて返事をするメイビー。

 彼女もまた、修一の使った奥義に目を丸くしていたのだが、修一の発言で更に目を丸くする。


「昨日、小剣術を教えてやるって言ったろ!

 ついでだ! 今、教えてやるよ!」

「ちょ、それってどういう意味なのさ!」

「いいから、良く見てろよ!!」

 ――白峰一刀流剣術、小太刀の型!



 修一は右半身みぎはんみの構えのままデザイアと一足一刀の間合いに立ち、小さなステップと上体の動きで前後に身体を動かす。手首から先の動きで剣を揺らしながらデザイアの間合いの内と外を細かく行き来し、何かのタイミングを計っているようにも見える。


 団長は、突然構えと動きが変化した黒髪の男に対し、冷静に動きを観察しながら考える。

 まだ諦めていないのは分かっていたが、折れた剣をそのまま使ってくるとは思っていなかった。

 構えを変えたのは、剣が折れて間合いが変わったからだろう。両手で持つ長剣から片手で扱う小剣程度の長さに。


 ただ、この構えに変わっても修一の戦意は些かも衰えていない。


 ――さっきの発言から考えて、間違いなく小剣での戦い方を知っているんだな。構えに隙がない。おそらく、長剣を使うのと同等程度には鍛練を積んでいやがる。さて、どう来る?



 そこまで考えたところで、修一がデザイアに飛び込んでいく。

 左足を僅かに前に出すと同時に地面を蹴り、大きく右足で踏み込みながらデザイアの懐に潜り込もうとする。

 すぐさま反応したデザイアが装飾剣を振り上げて迎撃するが、修一は頭を振ってすり抜けるように躱しながら振り上げられた右腕の下を潜る。

 そのまますれ違いざまに胴体を突くのだが、デザイアが身体を捻り躱したためそのままデザイアの背後まで走り抜けて振り返る。


 すでにデザイアも修一に向き合っており、先ほどまでと変わらず両手に把持する二本の剣を使って攻撃を繰り出そうとし、しかしそれを修一に阻まれる。


「なっ!」


 デザイアが剣を振るより速く、再び修一が飛び込んできたのだ。

 右腕を伸ばしたまま僅かに下げて力を溜め、踏み込みで接近すると同時に腕を伸ばして突く。

 先程と同様に胴体を突いてくる修一の攻撃を騎士剣で受け止め、そこから装飾剣で斬り付けようとした時には、修一はすでに駆け抜けた後だった。


 次に修一は肘を畳みながら右手に持った剣を振り上げデザイアに対し袈裟に斬り掛かる。

 それを見たデザイアが、今度こそ斬り返してやると剣を動かした瞬間、修一が後ろに跳び下がり間合いを切ってしまう。

 それを見て間合いを詰めようとデザイアが一歩踏み出すと、修一はそれを見計らったかのように踏み込んで上体を下げる。


 踏み込んで今まさに着地しようとしていたデザイアの右足、これを狙って剣を振り下ろし、それを察したデザイアが装飾剣を差し込んで防御すると、修一は返す刀で今度は真っ直ぐ前方に向かって剣を突き出す。

 顔面目掛けて伸びてくる折れた剣をデザイアが騎士剣で防御したところで、修一は「掛かった!」と内心でほくそ笑む。

 防御された瞬間に腰を回して右腕を引き、同時に左手で手刀を作るとそのまま貫手の要領でデザイアの鳩尾を突く。


「うらあ!」


 デザイアの顔が僅かに苦悶に歪み、修一は突いた左手を跳ね上げてそのままデザイアの右肩を掴む。

 両手の剣を防御に使い修一の左手を捌き切れなかったデザイアが右肩を掴まれた瞬間、更に腹部に鈍い痛みが走る。


「ぐっ」


 修一は肩を掴みながら左膝でデザイアの鳩尾を強かに蹴り上げると、デザイアの両腕が動く前に跳び下がりながら左肩目掛けて折れた長剣を二度叩きつける。

 騎士剣で防御させて左腕の動きを封じ、右腕の装飾剣の動きに注意しながら距離を取れば再び右半身の構えになり、前後に身体を動かしつつデザイアと一足一刀の間合いを作る。


 ――この野郎……!!


 デザイアは、鳩尾に鈍い痛みを覚えながらも踏み込み、修一に斬り掛かる。

 自分から先手を取らなければ何も出来ないからだ。

 いつまでも、いいようにやられている訳にはいかないのだ。


 騎士剣を右から左へ横に薙ぐ。修一がしゃがんで躱したのを見て、今度は装飾剣を振り下ろす。

 デザイアは、受け止めるならそのまま押し潰してやると考えていたのだが、修一も以前と同じ轍を踏んだりしない。


 修一は、振り下ろされる装飾剣の刃が届かない位置へ飛び込むことにした。


 ただしそれは、側方や後方ではなく前方、すなわちデザイアの足元だ。

 デザイアの左足の外側に向けて上体から飛び込み、前方回転受け身を取りながらデザイアの側方へ回避する。

 そこから飛び込んだ勢いそのままに立ち上がり、振り向きざまに手にしていた剣を投げ付ける(・・・・・)

 修一の動きを目で追いながら振り返っていたデザイアは、いきなり投げ付けられた折れた剣を、左手の騎士剣で弾き飛ばした。



 そしてその一瞬が、今の修一と相対するにあたっては致命的な隙であった。



 ――白峰一刀流剣術、無手の型。



 剣を弾くために騎士剣を内から外に振り大きく腕を開いた状態になったデザイアに対し、修一は真っ直ぐに踏み込み、そして。


「ここっ!!」


 デザイアの左手首を右手で掴んだ。


「離せっ!!」


 当然デザイアはそれを振り払おうとし、右手の装飾剣で至近距離にいる修一の顔を突こうとする。


 修一は、掴んだ左手首を極めて動かせないようにしながら、同時に自分の全体重を掛けながら左腕ごと沈み込む。

 体重七十五キログラムの修一がその全体重をデザイアの左手首に掛けて引っ張ることで、姿勢の崩れたデザイアの剣は修一の頭上を通り空を切る。


 そして、自分の頭上に差し出された右手首を左手で掴むと、「しまっ……!」というデザイアの声を聞きながら相手の両足の間に自分の左足を滑り込ませ、右足裏を相手の下腹部に押し当てる。

 そこから更に両腕でデザイアの身体を引き、前方に姿勢が崩れた相手の重心が自分の足裏に掛かった事が分かれば、そのまま右足で蹴り上げ、自分は地面に背中を付ける。

 デザイアの身体は修一の巴投げ(・・・)によって宙を舞い、初めて体験する技の勢いに受け身を取る間もなく地面に叩きつけられた。


「ぐあっ!!」


 まるで肺の中の空気を全て絞り出したかのような声が漏れ、身体全体が大きく一回転したデザイアは、視界が青一色に染まってしまい一体自分がどこを向いているのか一瞬理解できなかった。

 そして自分が今、仰向けに地面に倒れているのだと理解すると同時に、何か黒い物が自分の頭上から視界に現れて、それの正体に気付いた。


「オラあああああ!!」


 修一はデザイアを投げたと同時に地面を蹴り、掴んだ両手首を支点にしてデザイアと同じ軌道で宙を舞うと、デザイアの鳩尾目掛け、揃えた両膝を叩き込んだのだ。


 修一が跳んできていたことに気付いたデザイアは瞬時に腹筋を固めていたが、ただでさえ肺の空気を吐き切っていたところで再び鳩尾を突かれ、堪え切れずに呻く。

 先程までの鈍い痛みとは違い、これは一気に体中の自由を奪っていくような、鋭い痛みだった。


「かはっ……!」


 息を吐き切り、かといって痛みのせいで息を吸うことも出来ず動きの止まってしまったデザイアを見て修一は、残った攻撃手段――頭部――を使い、デザイアの顔面目掛けて渾身の頭突きを繰り出した。


 額と額が激しくぶつかり合いゴンッという鈍い音が響き渡る。

 酸素が全く足りず、そのうえ頭部に強い衝撃を受けたデザイアの意識が一瞬飛びそうになり、左手の力が緩んだのを修一は見逃さなかった。


 全身の力を使ってデザイアの身体の上から飛び退きながら修一は、極めていた左手首から右手を滑らし、緩んだデザイアの左手から騎士剣を奪い取って距離を取ったのだった。




 修一が騎士剣を奪い取ったところで、戦いを見ていた三人は自分たちが息をすることも忘れて見入っていたことに気付く。

 そして、油断なく団長が立ち上がるのを待っている修一を見て、メイビーから自然と言葉が漏れる。


「……シューイチ、幾らなんでも参考にならないんだけど」

 ――見ておけって言ったくせに、途中から剣を放り投げちゃうし。僕はそんな事しないよ。大事な小剣なんだから。まあ、構え方とかは後で詳しく教えてもらおうかな。


 どうやらメイビーは戦いの内容に不満があるようだ。

 だが、ラパックスからすればそんな場合ではない。


「……シラミネ殿は、一体何をしたんですか?

 自分から倒れ込んだかと思えば、団長が宙を舞っていたのですが……」


 その疑問にはノーラもメイビーも答えられない。

 修一が使ったのは、柔道でいうところの真捨身技ますてみわざの一つ、巴投げだ。 

 あんな投げ方はこの世界には存在しないし、修一もこの世界で使うのは初めての技である。

 そもそも、知っていても今現在戦っている相手の部下に教えることも無いと思いメイビーが適当に答えた。


「さあね。まあ、あんまり気にすると禿げるよ」

「……止めて下さい、私ぐらいの歳になるとどうしても気になってくるのですから。

 ではなくて、団長は――」


 そこまで言ったところで、団長がゆっくりと上体を起こした。


 表情は、無い。全くの無表情といった様子で、ふらふらと立ち上がる。

 そして、騎士剣を両手に持って構える修一を見つけると、一気に表情を険しくさせて唸る。


「シラミネェェええええ…………、」


 それに対し修一は、まるで悪戯に成功した少年のようにニヤリと笑い、折られた剣の意趣返しのつもりで挑発してみた。

「よう、こっちの剣、ちょっと借りるぞ」


 すると、いけしゃあしゃあとそんな事を言い放つ修一に、デザイアがブチ切れた。


「ふざけるなぁああぁぁあああああ!!」

「うおっ!!」


 修一が驚くのも無理はない。

 デザイアの見開かれた目は瞳孔が開き切っており、牙を剥くかのように歪んだ唇の奥には尖った歯が覗いている。

 怒りのためか青い髪がざわざわと揺らめき、剣を奪われた左手が獲物を求めるように戦慄く。

 そして姿勢は前傾になり、まるで今にも飛び掛からんとする獣のように唸り続けているのだ。



 そこまで見て修一はデザイアの身体に違和感を感じたが、それが何なのか理解する前に唐突に黒い光がデザイアの眼前に現れた。


「んなっ!?」


 突然デザイアを襲った黒い光を見て一体何事かと驚く修一であったが、数秒後、光が晴れた後のデザイアは先程までの怒り狂った様子からは考えられないほど平静に戻っていた。


 修一には何が起こったのか分からなかったが、デザイアにはこの魔術の使い手に心当たりがあるようで、その人物に対して言葉を掛ける。


「悪い! 助かったぞ、ラパックス!!」

「ラパックスって、あそこにいる副団長かよ、……一体何をしたんだ?」


 そんな修一の疑問に答えることなく、デザイアは嬉々として修一に告げた。



「さあ、――勝負はここからだぞ、シラミネ!!」




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