十勇士
ジェラルドと幕僚たちの会議が終わると、ジノーファはノーラに呼ばれてそのテントへ向かった。彼が呼ばれたということは、要望した護衛の件について結論が出たに違いない。彼はいささか緊張しながらテントの中へ入った。
ジノーファがテントの中に入ってくると、ジェラルドは彼を用意した席に座らせた。そして護衛の件について、人員を出すことになったと彼に告げる。それを聞いて顔を輝かせる彼に、ジェラルドはさらにこう告げた。
「ただ、こちらにもあまり余裕はないのでな。貸してやれるのは十人だ」
「十人、でございますか……」
それでは十分な護衛ができないと思ったのだろう。十人という数を聞いて、ジノーファは一転顔色を曇らせた。そんな彼に、ジェラルドは口元に笑みを浮かべ、面白がるような視線を向けながらこう尋ねる。
「なんだ、成長限界に達した十人では、不満か?」
「っ!」
ジノーファは驚いたように顔を上げた。普通の兵士十人と、成長限界に達した十人では、同じ人数でも戦力に雲泥の差がある。加えて、ダンジョンの中を移動することを考えれば、少数精鋭であることが望ましい。
それで成長限界に達した十人というのは、ジノーファが当初考えていた以上の条件と言えるだろう。ロストク帝国皇帝直轄軍以外では、揃える事のできない戦力と言っても過言ではない。
「それならば、一〇〇〇の兵にも匹敵しましょう。殿下のご温情、感謝いたします」
「うむ。それで、兵糧はどうする?」
「三食肉でよいのなら、十分な量のドロップ肉がシャドーホールの中にあります」
「よし分かった。兵糧も融通してやるから、代わりにそのドロップ肉を置いていけ」
了解です、とジノーファは応えた。さらに他の物資についても、彼が得てきた魔石やドロップアイテムなどと交換で融通してもらえることになった。はっきり言って遠征軍は赤字だが、ジェラルドに気にした様子はない。護衛の件を了承した時点で、相応の費用がかかるのは覚悟の上、と言うことなのだろう。
それからさらに、諸々の確認が行われる。細かい話が多いが、兵を借りるためには必要なことだ。ジノーファは幾つかの書類に目を通し、そこに名前を書き込む。最後にジェラルドがそれをもう一度確認し、そして彼は小さく頷いた。
「……では十人の指揮権は卿に預ける。自由に使え」
「はっ、ありがとうございます」
「うむ。それから、ラグナ殿にもよろしくな」
ジェラルドの言葉にもう一度「はっ」と応えてから、ジノーファは彼の前を辞してテントの外に出た。そして小さく拳を握る。感じる喜びは、意外と小さい。それより「これから始まるのだ」という高揚感の方が大きかった。
さて、ジェラルドとの話し合いが終わると、ジノーファはさっそく指揮権を貸してもらった例の十人と顔合わせを行った。その中にはイーサンやボルストなど、ジノーファの見知った顔も含まれている。
全員が成長限界に達しているだけあって、それぞれ風格があり、また貫禄が滲み出ている。そんな者たちが十人も一箇所に集まっているのだから、迫力があるというか、近寄り難い雰囲気になっていて、一般の兵士たちは彼らを遠巻きに眺めていた。
これらの十人を選んだのはジェラルドで、戦力や指揮系統のことを勘案して選ばれている。それで今回、十人の中にメイジは含まれていなかった。拠点防衛のための戦力として、成長限界に達したメイジは外せなかったのだ。
そもそもジノーファがいるので、エリアボス戦を想定するとしても、これ以上の火力は必要ないと判断されたのかもしれない。そして恐らくは同じ理由で、収納魔法の使い手も配属されていなかった。
その代わりなのか、ヒーラーが二人配属されていた。ノーラも引き続き行動を共にするので、ヒーラーは全部で三人になる。少々過剰だが、ダンジョン内を移動中、護衛対象であるアヤロンの民には負傷者が多数出ることが予想される。それを見越してのことのようにも考えられたし、また「誰一人欠けることなく帰って来い」というメッセージであるようにも思えた。
「時間もちょうどいいですし、食事をしながら話しましょう」
周りの様子も見ながら、ジノーファがそう提案する。反対意見は出なかったので、彼はユスフとノーラに命じて食事の支度をさせた。とはいえ彼らが作るわけではなく、遠征軍の給食班から人数分の食事を受け取ってくるだけだ。
ただそれだけでは少々味気ないので、ジノーファはドロップ肉を取り出し、それをいそいそと焼き始めた。少し待っていてくれと言われた十人は、唐突な展開に少々呆れ気味である。それでも肉の焼けるいい香りが漂い始めると、食欲には勝てないようで、みな口元が緩むのを止められないでいた。
「お待たせしました……、って、もう食べてるんですか?」
「おお、すまん、すまん! あまりに美味そうでな!」
ユスフとノーラと、さらに給仕の兵士二人が全員分の食事を運んでくると、十人の猛者たちはすでにドロップ肉を食べ始めていた。消費のスピードが速いので、ジノーファはせっせと肉を焼いている。肉を食べていた一人が給仕の二人に、「お前たちも少し食べていけ」と勧めたので、どうやらさらに肉を焼く必要がありそうだった。
さて食事をしつつ、ジノーファは十人からよく話を聞いた。彼らは優秀な兵士たちであるから、手続きがしっかりなされている以上、今回の任務に不満はない。皆、協力的な態度だった。
一通り話を聞き、食事も終わったところで、ジノーファは地図を広げた。ダンジョンの出入り口やアヤロンの里の位置が記された地図で、彼はどういうルートで移動することになるのかを説明する。その中で、アンタルヤ王国の防衛線に一度立ち寄ると彼は告げた。
「そこで案内役と合流します。ダーマード殿にも、一度挨拶しておいた方がいいでしょう。それと防衛線では、わたしのことはニルヴァと呼んでください」
ジノーファがそう説明すると、十人の猛者たちは少々困惑気味に頷いた。言葉の意味を理解できていないわけではない。アンタルヤ王国が管理する防衛線に、ロストク軍の士官である自分たちが堂々と乗り込む、という状況に戸惑っているのだ。しかしジノーファは何でもないようにこう説明を続けた。
「無論ですが、ロストク軍の名前を出すわけにはいきません。あくまで『ニルヴァなる人物が率いる私兵集団』という体裁にします。当然、向こうも気付いていると思いますが、通行手形もありますし、問題を起こさない限りは黙認してくれるでしょう」
「…………失礼、ジノーファ殿。その通行手形を拝見させてもらえますかな?」
ボルストが眉間を揉み解しながらそう発言する。ジノーファはシャドーホールから通行手形を取り出すと、「どうぞ」と言って彼にそれを手渡した。ボルストは他の仲間たちと一緒にその通行手形を検める。
名前は確かに「ニルヴァ」となっている。しかも本人だけでなく、同行する一団にも有効な代物だ。さらに正規の手形であることも一目瞭然で、確かにコレを使う限り、どれだけ怪しくとも相手方は黙認せざるを得ないだろう。
(こんなものまで用意してあるとは……)
ボルストは思わず、内心で舌を巻いた。なかなかどうして、用意がいい。あまりにも計画がずさんであれば、少々強引に修正することもやむなしと思っていたのだが、どうやらその必要はなさそうだ。
手形を返してもらってから、ジノーファはさらに説明を続ける。次に広げたのは、ノーラがマッピングしたダンジョンの地図だ。それを見せながら、どういう場所を進むのかを説明していく。
通路が細かったり、段差が大きくて通りにくかったりする場所が多数ある。ただ人数もさほど多くないし、ロープを使うなどして工夫すれば大きな問題はないだろう、ということになった。
(そういう意味では……)
そういう意味では、全部で十三名(イゼルが合流すると十四名)という数は、かえって都合が良かったかもしれない。ジノーファはそう思った。五十名も引き連れていくと、ダンジョンの中の移動もそうだが、なにより防衛線で色々と問題がありそうだ。だが十五名に満たない数なら、それほど警戒されることもないだろう。
「それで、ジノーファ殿。肝心の護衛は、どのようにされるのか?」
「それはまだ決めていません。アヤロンの里に到着してから、ラグナ殿や主だった方々と相談して決めることになるでしょう」
当然の疑問に、ジノーファはそう答えた。実際、アヤロンの民の陣容も分からないのに、その護衛の仕方など決めようがない。ただ、質問した者の懸念は別のところにあったらしい。彼は続けてこう言った。
「我々について言えば、日頃から共に訓練もしていますし、即席のパーティーでも連携を取ることは可能です。しかしアヤロンの民の戦力の中に組み込まれると、そういうわけにはいきません」
要するに、部隊を解体された挙句、顎で使われるのは御免被る、ということだ。彼らには彼らのプライドがあるし、またジノーファもそれで連携が取れるとは思わない。それで彼はしっかりと頷いてからこう答えた。
「分かりました。そういうことでしたら、先にパーティーを組んでおいて、基本的にパーティー単位で行動するようにしましょう」
反対意見は出なかったので、ジノーファはパーティー分けを始めた。パーティーは全部で三つ。一つはジノーファ、ユスフ、ノーラ、ラヴィーネといつものメンバー。戦力不足の指摘もあったが、連携に慣れているとの理由でこのメンバーとなった。
あとの二パーティーは、ボルストら十人を五人ずつに分けて作る。こちらのメンバー決めについて、ジノーファは特に口出しはしない。彼らのほうが互いのことを良く分かっているからだ。
実際、ジノーファから「任せます」と言われると、ボルストたちはすぐにパーティーを二つ作った。特に紛糾した様子もない。ヒーラーも一人ずつ配属されていて、バランスも良さそうだ。ジノーファは異論を挟まず、一つ頷いて了承した。
それからさらに、パーティーでの行動を基本として、作戦の細部の確認を行っていく。皆、歴戦の勇士であるし、人を率いることも多い立場の者たち。話し合いはスムーズに進んだ。
「……では、明日、荷物を受け取ってから出発しましょう。騎兵の手配はお願いします」
「了解した」
打ち合わせが終わったのは、夜も更けた頃だった。解散して去っていくボルストらの背中を見送ってから、ジノーファははたと手を打つ。
アヤロンの民をネヴィーシェル辺境伯領まで送り届けて、それで終わり、というつもりはジノーファにはない。お節介かもしれないが、その先ももう少し、彼らの手助けをするつもりだ。これはジェラルドにも許可を取ってある。
それで正直、今の時点ではいつ帝都ガルガンドーに帰れるのか、見通しが立たっていなかった。もしかしたら数ヶ月間、帰ることができないかもしれない。そしてその間は、手紙のやり取りもできないだろう。
(シェリーに手紙を書いておこう)
そう思い、ジノーファはその夜、ペンを取った。事情を説明し、しばらく帰れないかもしれないことを謝罪する。「大切な時期だから身体を大事に」と書き添え、それから少し悩み、また紙にペンを走らせる。
書くのは、シェリーに言われて考えておいた子供の名前だ。男の子であれば「ベルノルト」、女の子であれば「エスターリア」。どちらもロストク風の名前だ。最後に「愛している」と書き加え、彼はペンを置いた。
□ ■ □ ■
次の日、用意してもらった物資をシャドーホールに放り込み、昨晩に書いた手紙を係の兵士に託すと、ジノーファたちは遠征軍の防衛陣地を出発した。手配を頼んでおいた騎兵の後ろに跨り、森の中に切り開かれた道を疾駆してダンジョンへ向かう。徒歩なら三時間はかかるところを、四十分もかからずに到着した。騎兵の足はやはり快足だ。
「では、お気をつけて。ご武運を」
「ああ、ありがとう」
ダンジョンの入り口前で馬を降り、礼を言ってから撤収する騎兵達の背中を見送る。蹄の音が遠くなったところで、ジノーファは身を翻した。そして自らが率いる部下たちを見渡す。皆、成長限界に達した、頼もしい仲間たちだ。
アヤロンの民を護衛し、魔の森から脱出させるのは困難な作戦になるだろう。しかし彼らとならばきっとやり遂げることができる。ジノーファは気負うことなく、そう思うことができた。
「じゃあ、行こう」
ジノーファが短くそう宣言する。彼の部下たちは揃って頷いた。そして彼らはジノーファを先頭にしてダンジョンの中へ入っていく。ちなみに彼が敬語でなくなったのは、昨日の打ち合わせのときに「我らに敬語を使う必要はありませぬぞ」と言われたからだ。部下に対して敬語では、示しがつかぬということらしかった。
さて、ダンジョンの中に入ると、彼らは三つのパーティーが交替で先頭を務めながら進んだ。それでジノーファも後ろから、特に借り受けた十人の戦いぶりを見ることができたのだが、全員歴戦の兵だけあって危なげがなく、彼が手を出す必要は皆無だった。
それどころか負傷することすらまれで、三人いるヒーラーはほとんど仕事がない。また人数が比較的少ないので、ダンジョン内でも目が行き届く。そのおかげで問題らしい問題は起こらず、彼らは順調に歩を進めることができた。
ちなみに、魔石やドロップアイテムなどはジノーファが総取りである。「シャドーホールに保管しておく」と言う意味ではなく、文字通り全て彼のものになるのだ。
これにはちゃんと理由がある。今回、貸してもらった十人は、ジェラルドの命令によってジノーファの指揮下に入っている。それで彼らにとってこの作戦は任務であり、そのため彼らは戦利品の受け取りを謝絶していた。
もっともジノーファも、これ幸いと全てを懐にねじ込んでしまうつもりはない。遠征軍からは物資を分けてもらっているし、今回の作戦中に得た戦利品は、すべて遠征軍に供出するつもりだった。
ただマナに関しては、少し取り扱いが違った。通常、マナはモンスターを倒した本人が吸収するか、パーティー内で分配するのが普通だ。だが今回、十三人中十人は成長限界に達していて、これ以上マナを吸収することができない。
「私たちのことは気にしなくても大丈夫だ」
そう言ってもらったので、マナはジノーファたち三人が全て吸収する形になった。(マナスポットはラヴィーネが独占している)。ジノーファは最初、彼らが倒した分は煌石(マナを吸収していない魔石)の状態で保管しておき、後で遠征軍に供出しようかと思ったのだが、そこまでする必要はないと言われたのだ。
「ジノーファ殿は、もう少し偉ぶってもよいのだぞ」
「うむ。腰が低すぎれば、部下に侮られる。規定上、その権利があるのだから、堂々と行使すればよい」
そんなふうにお説教、もとい忠告を貰う始末だ。それでも嫌な顔一つせず、真剣に聞いて礼までいうものだから、どちらが上官なのか分からない状態だった。
さて、休憩を挟みつつ、一行はダンジョンの中を進む。少しずつだが、彼らの緊張が高まっている。大広間が、エリアボス戦が近づいていた。
ボルスト「殿下! 身辺警護は厳重にお願いしますぞ! それと、くれぐれも前線には出られませんように!」
ジェラルド「お前は私のオカンか」
アーデルハイト「呼んだ?」




