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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
魔の森の民

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結論


「どう、してでしょうか? たった五〇名ではありませんか」


 ダーマードから護衛の人員は出せないと言われ、ジノーファは困惑の表情を浮かべた。そんな彼にダーマードは自虐的な笑みを浮かべながらさらにこう告げる。


「ニルヴァ殿は、少し勘違いをしておられる」


 ジノーファの言う兵士とは、つまりロストク帝国皇帝直轄軍の兵士を基準にしている。また確かに、ダンジョン内で女子供の護衛をするとなれば、それくらいの練度は必要になるだろう。しかしそれだけの練度を持つ兵士は、ネヴィーシェル辺境伯領軍の中でも限られている。


 そのネヴィーシェル辺境伯領軍であるが、現在、防衛線などに動員している領軍は合計でおよそ二万。ただしこの内、いわゆる職業兵の数は五〇〇〇に満たない。残りの一万五〇〇〇以上は徴用した農兵である。


 一部傭兵も混じっているが、その数は決して多くない。彼らは普段、領内に存在するダンジョンの攻略を行っており、そちらの人手を減らすことはなるべくさけたいからだ。これはスタンピードを起こさないためであるし、また採掘される資源の量や税収を減らさないためでもある。


 さて、領軍の中でジノーファが求める水準を満たしているのは、ダーマードが思うに職業兵の内の半分未満であろう。それでも確かに二〇〇〇名程度はいるだろうが、しかし彼らはただの一兵卒ではない。徴用された農兵を率いる指揮官であったり、戦力の中核をなす精鋭部隊であったりするのだ。つまりこれを引き抜くことは、人数以上に大きな影響となるのである。


 ちなみに、これはジノーファもダーマードも分かっていないことだが、ジノーファが一緒に行動してきた直轄軍の兵士たちと言うのは、精鋭揃いと呼ばれる中でもさらにその上澄みと言える者たちだった。これはもちろん、ダンダリオンが意図的にそうしてきたからだ。だからこの時ジノーファが求めていた戦力は、ダーマードが考えている以上のものだったと言っていいだろう。


 ともかく、そのような戦力を用意することはできない、とダーマードは言う。防衛線の維持だけでも手一杯であるのに、領内に侵入したモンスターの討伐も行わなければならないからだ。


「なんとか、なりませんか? 五〇ではなく三〇くらいなら……」


「三〇でも無理です。兵はお貸しできません」


 ジノーファは食い下がったが、ダーマードの答えは同じだった。もしモンスターの襲来がないと言い切れるのなら、五〇の精鋭を貸し与える余地はあるだろう。しかし現状、そんな保証はどこにもない。むしろ連日、どこかしらでモンスターの襲来がある。その状況で精鋭を動かすことはできない。


 アヤロンの民が移住してきてダンジョンの攻略が始まれば、この苦しい状況も好転へ向かうかもしれない。ダーマードもそのことはもちろん承知している。だが、だからと言って現状を破綻させかねないことはできないのだ。


「ジ……、んん、ニルヴァ、大丈夫だ」


 諦めきれない様子のジノーファに、シグムントはそう声をかけた。そしてさらにこう言葉を続ける。


「これはもともと我らの問題。こうして目指すべき場所を得られただけでも、十分すぎるほど僥倖だ。後は自分たちで何とかする」


「……すまない、とは思っている」


 さっぱりとした顔で覚悟を述べるシグムントに、ダーマードはいささか苦い顔をしながらそう声をかけた。それからまた彼らは細々とした話し合いをした。そうやって決めるべきことを決めてしまうと、ダーマードは最後にこう尋ねた。


「いつ、出立する?」


「明日の朝、出立したく存じます。同胞たちをあまり待たせるわけにもいきませんので」


「そうか。では何か土産を用意しておこう。良い品を貰ったからな、その礼だ。遠慮は要らぬぞ。何がよい?」


「……では、食糧をお願いいたします」


 シグムントがそう言うと、ダーマードは鷹揚に頷き「用意しておこう」と言った。話がまとまったところで、ダーマードは慌しく退席した。彼にはまだ、行うべき仕事が残っているのだ。


 ダーマードを見送ってから、ジノーファたちも部屋へ戻る。シグムントは機嫌がいい。たぶん思っていたよりもいい条件だったのだろう。しかしその一方でジノーファの表情は冴えない。原因は言うまでもなく、護衛の人員を断られたことだ。


 ダーマードの言い分も分かる。彼は領主。土地と領民を守る義務がある。腕の長さと掌の大きさには限りがあるのだから、優先順位を定めるのは当然だ。それが分かるから、ジノーファも無理に食い下がりはしなかった。


 理解はしているのだ。しかしやりきれない想いは募る。アヤロンの民がダンジョンの中を移動すれば、モンスターに襲われて死傷するものが必ず出る。それが簡単に想像できるから、ジノーファの顔色は優れない。


 魔の森からの脱出は、アヤロンの民の悲願だという。さもありなん。誰だってあんな人外魔境で暮らしたいとは思わないし、暮らさざるを得なくても逃げ出したいだろう。しかし新天地を夢見て一歩を踏み出したのに、その半ばでモンスターに喰われて死ぬというのなら、それはただの悲劇だ。しかも真っ先に狙われるのは弱者、女子供である。


(甘い、のだろうけれど……)


 ジノーファは内心で嘆息する。この世界では、命は軽い。ましてダンジョンを通り抜けようと言うのだから、命の危険があるのは当たり前だ。それは彼も良く分かっている。だがラグナの話を聞いたからなのか、それとも自分が父親になるからなのか、それを「必要な犠牲」として受け入れることには葛藤があった。


「シグムント。その、本当に良かったのか?」


「護衛のことなら、ダーマード閣下にも言ったとおりだ。自分たちで何とかするさ」


「だが……」


「ああ。死人が出るだろうな。俺の嫁が死ぬかもしれないし、もしかしたら兄者の子供が死ぬかもしれない」


 さばさばと、まるで他人事のようにシグムントはそう応えた。彼は決して、「そんなことは起こらない」と思って話しているわけではない。むしろ逆だろう。付き合いの短いジノーファでも、それは分かった。


「だったら……!」


「だがその程度のことは、あの森で暮らしていればいつだって起こりえる。それを最後にできるのなら、里の同胞たちも納得するだろう」


 そう言われ、ジノーファは何も言えなくなった。結局、犠牲を払うのはアヤロンの民であり、彼らがそれを容認するというのなら、ジノーファがあれこれ言うのは筋違いなのだ。それでも何か言いたいのであれば、まずは自分は何ができるのかを示す必要がある。だがそもそも自分で全てを守れるなら、ジノーファは護衛を頼みはしなかっただろう。


(わたしは……、無力だな……)


 胸中でそう呟き、ジノーファは拳を握った。聖痕(スティグマ)持ちなどと言われてみたところで、所詮はただ一人。できる事は限られる。その現実を突きつけられて、彼は歯噛みした。


 さて、その翌日。ジノーファたちは準備を整えて外へ出た。ダーマードは約束通り食糧を用意してくれていて、それらは全てジノーファのシャドーホールに収納された。その様子を見てダーマードは感嘆の声を上げる。


「おお……! これは……!」


 収納魔法については、イゼルからも報告を受けていた。有用であるとは思っていたが、これまで自分の目で確かめてみたことはない。それでいい機会だと思い見学に来たのだが、想像以上だった。


 多量の食糧がすっかり消えてしまったのを見て、ダーマードは大きく頷いた。確かにこの魔法があれば、表層域での活動の幅が一気に広がる。上手く使えば、補給線の負担は軽くなるだろう。


 魔の森のダンジョンの攻略も、当初はアヤロンの民に任せるつもりだったが、領軍からも兵を出してより大規模に行えるかもしれない。まあ、どのちみそれは現在の窮状を脱してからの話になるが。


「いやはや……。報告には聞いていましたが、これは素晴らしい。最大で、どれほどの量を収納できるのですかな?」


「さて、あふれ出たことがないので、よく分かりません」


 いつぞやダンダリオンから尋ねられたときと同じようにジノーファは答えた。あの時と比べ、彼自身も成長している。シャドーホールの容量もさらに増えている可能性があったが、どちらにしても最大値が分からないので確認のしようがなかった。


「それはそれは……。ところでシグムント殿、アヤロンの里の使い手たちは、どれほどの容量を収納できるのだ?」


「人によりまする。ただ、用意していただいた食糧くらいなら、ほとんどの使い手が収納可能でしょう。……覚えたての者は難しいかもしれませぬが」


「なるほど、なるほど」


 ダーマードは満足げに頷いた。彼が用意させたのは、三五〇名を三日間養えるだけの食糧だ。ただこれは成人男性を基準にしているので、女子供を含むアヤロンの民にとってはもう少し多く感じられるだろう。


 何にしても、これだけの分を問題なく収納できるのなら、収納魔法の使い方は色々と思い浮かぶ。アヤロンの民が来てくれれば、防衛線の立て直しも容易になるだろう。ダーマードはその思いを強くした。


「もう少し、食糧を用意すれば良かったな」


 彼は機嫌よくそう言った。防衛線が破られて以来、いや魔の森が活性化して以来、ようやく光明が見えてきたように感じた。


 さて食糧を受け取ると、ダーマードらに見送られて、ジノーファたちは出発した。森の中の出入り口からダンジョンの中に入り、モンスターを蹴散らしながらアヤロンの里を目指す。


 途中、避けては通れない大広間が二つあり、エリアボスが復活していたために幾分時間を取られたが、おおよそ予定通りの時間でダンジョンを抜けることができた。それから湖畔を歩いて桟橋のある場所へ向かう。ただ、島へ渡るための小船がないので、桟橋から少し距離を取って狼煙を上げた。


「おお、良くぞ戻った!」


 狼煙を上げ、待つこと十数分。島から二艘の小船がやってきた。片方にはラグナも乗っていて、彼はジノーファたちの姿を認めると大きな声を出しながら手を振る。その姿を認めてシグムントが小さく安堵の息を吐いたが、ジノーファは礼儀正しく気付かなかったふりをした。


「兄者。留守中、何か変わったことはなかったか?」


 小船に乗り、島へ渡る途中、シグムントがラグナにそう尋ねた。彼には嫁がいるという話だったし、恐らくは子供もいるだろうから、やはり心配なのだろう。それに対し、ラグナは鷹揚に頷いてこう答えた。


「安心せよ。みな、大事無い。熊の魔獣が桟橋のところまで来たがな、真っ二つにしてやったぞ。もう少し綺麗に狩れと文句を言われたがな!」


 そう言って、ラグナは「がははは!」と大声で笑った。そうやって彼が笑っていると、この魔の森のただなかでさえ安全に思えてくるから不思議だ。きっとアヤロンの人たちも同じなのだろう。


「……それはそうとラグナ、説得の方はどうなった?」


「うむ、上々であるぞ。ただやはり、まったく未知の場所であるというのが、不安らしくてな。結論を出すのは、シグムントの話を聞いてから、と言うことになっておる」


 それを聞いて、ジノーファも納得の表情を浮かべた。いくら魔の森から脱出できるとはいえ、未知の土地へ移住するのを不安に思うのは当然だろう。


「それで、そちらはどうであった?」


 次にラグナがそう尋ねると、ジノーファとシグムントは互いに目を見合わせ、それから一つ頷いた。自信ありげな彼らの様子を見て、ラグナは「ほう」と呟いてにやりと笑う。そんな兄にシグムントはこう答えた。


「こちらも上々だ。詳しいことは、後で説明する」


「うむ。長老衆と主だった者たちを集めてある。そこで説明するが良い」


 ラグナは腕を組み、そう応えた。そんな話をしている内に、二艘の小船は島へ到着する。警備の守人がいたが、初めて来たときのように不審がられることはない。軽く挨拶を交わしてから、ラグナに先導され、一行は里を目指した。


 里へ到着すると、ラグナはジノーファたちを長老衆のいる建物へ連れて行った。中に入ると、そこには長老衆以外の者たちの姿もある。彼らがラグナの言っていた「主だった者たち」なのだろう。身体つきからして、ほとんどは守人であるように思われた。


 ジノーファらに向ける、彼らの視線は鋭い。アヤロンの民の命運がかかっているのだから当然だ。重く厳粛な空気の中、ジノーファたちは堂々と進み、そして用意されていた席に着く。当たり前だが、真ん中に座るのはシグムントだ。


「これで全員揃ったな。しからばシグムントよ、森の外で見聞きしてきたことを話すがよい」


 ラグナがそう促す。シグムントは一つ頷いてから、少し緊張した面持ちで話し始めた。


「まず、森を抜けて最初に見たのは、まるで岩山のような建物だった」


 彼の言う「岩山のような建物」とは、指令所のことだろう。石造りの立派な城砦だが、シグムントにはそれが「岩山」に見えたというのが、ジノーファには少し面白い。


「岩山じゃと? そんなにでかいのか?」


「ああ。五〇〇〇人が寝起きできると聞いた」


「五〇〇〇人……!」


 ざわめきが起こる。アヤロンの民の人口は四〇〇人に届かない。これまでずっとその程度の規模で暮らしてきた彼らにとって、五〇〇〇人というのはかなりインパクトのある数字だったようだ。


 それから、シグムントはダーマードと話し合って決めてきた事柄を報告した。ジノーファとイゼルが時おり補足を入れる。なお、ノーラとユスフは隅っこで静かにしているし、ラヴィーネは建物の外で待機中だ。またロロがちょっかい出して泣かされてやしないかと、ジノーファはちょっと心配だった。


「……入植後は、一年間の援助と五年間の租税免除の約束をしてもらった。あと細かい点がいくつかあるが、おおよそは以上だ」


 シグムントが報告と説明を終えると、その場にいた者たちはみな難しい顔をして考え込んだ。初めての話ということもあり、咄嗟に判断が付かないのだ。みなが静まり返ってしまった中で、ラグナはおもむろにこう発言した。


「……ともかく、森の外での生活には目途が立った。これは大きな前進と考えるが、どうか?」


「じゃがのう、目途が立ったとはいえ、仮住まいではないか」


「んだのう。新たな居住地はこれから探すという話じゃったが、ということはそのダーマードとかいう御仁の胸三寸ということ。こちらは住み慣れた土地を捨てていくというのに、それではちとのう……」


 出てくる意見は、やはり今後の生活を不安視するものが多かった。彼らは曲がりなりにも今までここで暮らしてきたのだ。そして今後も暮らしていけると思っている。その暮らしぶりを一変させることには、やはり不安が根強い。


 しかしその一方で、この機会を逃せば魔の森から抜け出すことはできない、と主張する者たちもいる。確かにここで暮らしてはいける。しかしそれは同胞の犠牲の上に成り立つ暮らしだ。果してそれが、幸福と言えるのか。


「ジノーファは此度の条件、どう思う?」


 議論が紛糾し始めてきた頃、ラグナはジノーファに意見を求めた。彼は小さく頷くと、言葉を選びながらこう答えた。


「……ダーマード殿が提示した条件は、現時点ではこれ以上ないものでしょう。そしてダーマード殿がアヤロンの民に何より期待しているのは、ダンジョン、つまり魔窟の攻略です。そこで成果を出せば、ダーマード殿も皆さんを粗略には扱わないでしょう」


 ジノーファの発言を聞き、集まっていた者たちは少し落ち着いた。この場には守人も多い。魔窟の攻略には自信がある。その自信のある分野で成果を出せばいいのだといわれ、将来の展望を描きやすくなったのだ。


 ただそれでも、決断を下すのは容易ではないらしい。また沈黙が広がった。その中で、ある者がジノーファにこう言った。


「……ジノーファ、と言ったか。そなたはラグナと同じく使徒であると聞いた。長老衆は御印を見たというが、この場にはまだ見ていない者も多い。今一度、見せてはもらえないだろうか?」


「分かりました」


 求めに応じ、ジノーファは服を脱いで背中を向けた。そして聖痕(スティグマ)を発動させる。次の瞬間、後ろから「おお……」と感嘆の声が上がった。


「使徒殿が導かれるのだ。その道をいこう」


 それが、結論となった。


シグムント「ロロの姿が見えないが……」

ラグナ「ロロならば修行中だ!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんでロストクに連れてく選択肢がないんだろう 五十でさえ兵出せないんだったらロストクから連れてきますよ?くらい脅してもいいと思うんだけど
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