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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
魔の森の民

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話し合い


「ぬう……! まさか我が剣が砕けるとは……!」


 柄だけになった自分の大剣を見て、ラグナは悔しそうに唸った。距離を取ったジノーファは、しかしまだ剣を構えたままで、警戒を解かない。確かにラグナの得物を破壊しはしたが、彼自身に決定打を入れたわけではないのだ。


 そして恐らく、ラグナは徒手空拳でも十分に強い。実際、彼は柄だけになった大剣を投げ捨てると、拳を構えてジノーファと向き合った。彼の口元に浮かぶ笑みは相変わらず獰猛で、その戦意はいささかも衰えていない。


「こうなっては致し方なし。後は拳で語るとしようぞ!」


「…………」


 拳を構えるラグナに対し、ジノーファもまた剣を半身になって構えて応じる。二人が再び緊張を高めていると、そこへラグナの仲間たちが慌てた様子で割って入った。


「いや、そこまで!? そこまで!」


「もう十分じゃ!」


 それを見てジノーファは構えを解き、剣を鞘に納めた。放り投げていた剣も回収し、同じようにする。彼のその様子を見て、ラグナは不満げに「むう……」と唸った。しかし仲間たちが彼を宥めると、ようやく拳を降ろして構えを解く。そして一つ息を吐くと、一転、さっぱりとした顔をして大きな声を上げて笑った。


「がはははは、つい熱くなってしもうたわい! うむ、その剣に卑しきところなし! だが、まだもう一つ確かめておかなければならぬことがある」


「何でしょうか?」


「そなた、御印を持っておるな?」


 ラグナの口調は、質問と言うより確認だった。先ほどまでの決闘の中で、ジノーファが御印、つまり聖痕(スティグマ)を持っていることを彼はほぼ確信しているのだ。だが彼の仲間たちはその言葉にギョッとした顔をする。そして彼らはラグナとジノーファの顔を交互にまじまじと眺めた。


「御印というのが聖痕(スティグマ)のことであるなら、わたしは確かにそれを持っています」


 視線を集める中、ジノーファはそう答えた。ラグナの仲間たちがざわめく。そんな中、ラグナは動じることなく一つ頷き、それから「見せてみよ」と言った。ジノーファはそれに頷き、服を脱いでから背中を彼に向ける。そして聖痕(スティグマ)を発動させた。


「おお……!」


「これは、確かに……!」


 ラグナの仲間たちが感嘆の声を漏らす。ジノーファの背中には、翼を広げた鳥のような紋様が、確かに青く輝いている。ラグナのものとは意匠が違うが、しかし一目見て同質のものと分かる。すなわち、彼らのいう御印に間違いない。


「ふはははは! まさか森の外から使徒がやってこようとは! よろしい、汝を我が客としようぞ!」


 ラグナの言葉に、彼の仲間たちも揃って頷く。その顔色に不満げなところは少しもない。ラグナとの決闘を間近で見て、そしてなにより背中の聖痕(スティグマ)を見て、彼らもジノーファのことを認めたのだ。


 そんな彼らの反応を見て、ジノーファは苦笑を浮かべた。そういえば、もともとはそんな話だった。決闘があまりにも苛烈だったので、すっかり忘れていたのだ。ユスフたちも安堵したように息を吐いているが、これは認めてもらえたことよりも、ジノーファが無事だったことへの安堵だろう。


 ともあれ、認めてもらえたことにより、その後の話し合いはスムーズに進んだ。彼らの説明によれば、ラグナたちアヤロンの民は、思ったとおり魔の森で暮らしているのだという。予想していたこととはいえ、改めて彼らの口からそれを聞くと、やはり驚きが先に立つ。そして驚いているのは、ラグナたちも同じだった。


「うぅむ……。森の外はそのようになっておったとは……。まるで別世界のようではないか」


 ジノーファたちから森の外の様子を聞くと、ラグナは腕を組んで唸るようにそう呟いた。モンスターが出現することはないが、同時に魔法も使えない土地。広大な土地と膨大な人口を持つ国家と、それを治める王や皇帝。ジノーファたちも簡単にしか説明できていないが、それでもラグナたちを驚かせるには十分だった。


「モンスターが出てこないだと……? 楽土は本当にあったのか……」


「御伽噺とばかり思っておったが……」


「しかし、魔法が使えんのでは不便ではないか?」


「うむ。木を一本切り倒すのも、それを運ぶのも苦労しそうじゃ」


 彼らは口々に感想を述べる。その様子は真剣そのものだが、だからこそジノーファは少し不思議だった。それで、ラグナにこう尋ねる。


「あの、本当に信じてもらえるのですか?」


「うむ、信じるぞ。お主は信じるに値すると見極めたゆえな。それに、このようなものを見せられては、信じぬわけにもいくまいて」


 そう言ってラグナが視線を向けた先には、ジノーファたちが用意したティーセットが広げられている。どうやら彼らの里には、こういうものはないらしい。ラグナはその一つ一つを、特にお湯を沸かすための魔道具を、真剣な様子でじっくりと眺める。そしてしみじみとした様子でこう呟いた。


「まことに、お主たちは楽土より来たらしい……。その上で聞きたい。楽土に住まうお主たちが、なんの故あってこの呪われた森に足を踏み入れる?」


 そう尋ねたラグナに、ジノーファは魔の森が活性化していることを告げた。そして魔の森から溢れ出したモンスターが、自分達の生活圏を脅かしていることを説明する。


 実際のところ、ロストク帝国の人間であるジノーファの生活圏が直接脅かされているわけではないのだが、ダーマードの依頼で動いていることも踏まえ、今はアンタルヤ王国の立場で説明することにしたのだ。そしてジノーファの説明を聞くと、ラグナは思案げに顎を撫でた。


「ふぅむ……。森の活性化、であるか……」


「ラグナ殿にも、心当りがありますか?」


 ジノーファがそう尋ねると、ラグナは重々しく頷いた。彼が言うには、最近確かにモンスターの数が増えているという。実際にそれを感じているのであれば、魔の森の活性化も信じやすい話であったに違いない。そしてジノーファは最後にこう述べた。


「魔の森、この呪われた森には、ご存知の通り幾つかのダンジョンがあります。それらのダンジョンを攻略することで魔の森を沈静化する。それが目的です。もっともわたし達がしていたのは、そのための下準備ですが」


「なるほど……。確かにじいさま方から『魔窟をそのままにしておくと、いずれモンスターがあふれ出てくる』と、何度も聞かされたものよ」


 ラグナが少し懐かしそうにそう話すと、他の仲間たちも頷いた。彼らの言う「魔窟」とは、恐らくダンジョンのことだろう。「ダンジョンを放置するとスタンピードが起こる」という知識は、アヤロンの民の間でも伝わっているらしい。こうして聖痕(スティグマ)持ちが現れるくらいであるし、彼らも積極的にダンジョン攻略を行っているのだろう。


(そうであるとしたら……)


 そうであるとしたら、彼らが攻略を行っているダンジョンの周辺は、比較的落ち着いた状態なのかもしれない。だからこそ魔の森でも暮らすことができていると考えるのは、そう的外れではないはずだ。


「さてジノーファよ。お主たちを我らの里へ招こうぞ」


 ジノーファが少し考え込んでいると、ラグナがそう言って彼らのことを誘った。しかしジノーファが答えるより先に、彼の仲間が少し慌てた様子で割ってはいる。彼はラグナにこう尋ねた。


「ま、待ってくれ。本当に里へ連れて行く気なのか?」


「しかり。我輩が見定めた者たちだ。問題はあるまい。それに、せっかく得た森の外への(えにし)。ここで失うわけにはいかぬ」


「……分かった。使徒殿の言葉だ、信じよう」


 彼が得体の知れぬ不審者を警戒するのは、むしろ当然のことであろう。しかしラグナの言葉を聞いて、彼は引き下がった。他の仲間たちも、もう反対意見を述べることはしない。「使徒」であるラグナの言葉は、かなり重いことが窺える。そして仲間を説得し終えると、ラグナはもう一度ジノーファの方へ視線を向けた。


「どうであろうか?」


「ぜひ、案内してください」


 ジノーファがそう答えると、ラグナは満足そうに頷いた。そして善は急げとばかりに早速立ち上がる。それを見て、ジノーファたちは慌ててティーセットを片付けた。その際、ジノーファはふと気になったことがあって、ラグナにこう尋ねた。


「武器が駄目になってしまいましたが、代えの武器はあるのですか?」


「ない!」


 ラグナは腕を組み、偉そうにそう答えた。あまりにも堂々としたその答えに、ジノーファはやや唖然とする。そこへラグナの仲間の一人が苦笑を浮かべながら、こう言って割って入った。


「いや、あるにはあるのだ。だが、コイツの馬鹿力に耐えられそうな武器はなくてな」


「どうせ壊れるなら、使わないほうがましである。そんな脆い武器より、我輩のこの拳のほうがよほど頼りになるというものよ!」


 ラグナはそう言って拳を握って見せ、「がははは」と大声で笑った。その言い分にジノーファは呆れると同時に納得もした。確かにあの迅雷のような、ラグナの荒い使い方に耐えられる武器はそうないだろう。


 しかしそうなるとラグナが使っていた、骨や牙から直接削り出したかのようなあの無骨な大剣は、なかなか得難い武器だったことになる。それを破壊してしまった張本人として、ジノーファは少なからず責任を覚えた。


「では、コレを使ってみませんか?」


 そう言ってジノーファがシャドーホールから取り出したのは漆黒の大剣だった。かつてエリアボスとして出現した黒騎士がドロップしたもので、一目見ただけで業物と分かる一品だ。それを見てラグナは「ほう」と呟いた。


「よいのか、我輩が使っても?」


「はい。わたしには少し大きすぎますが、ラグナ殿にはちょうどいいでしょう」


「うむ。確かに」


 そう言ってラグナは受け取った漆黒の大剣を軽く振るった。それだけで鋭い風切りの音が鳴る。ラグナはその大剣が気に入ったのかしっかりと頷き、それを見てジノーファも満足げに頷く。そしてさらにこう言った。


「実は盾もあるのですが……」


「盾もあるのか!?」


 ラグナが勢い良く食いつく。その勢いに少々圧倒されながら、ジノーファは「はい」と言って頷いた。そしてシャドーホールから漆黒の大盾を取り出す。それを見てラグナは目を輝かせた。


「おお……! コレは良い盾だ……!」


「気に入ったのなら、大剣と一緒にどうぞ。差し上げます」


「二つとも、貰ってしまって良いのか!?」


「はい。それに、お招きいただきながら手土産の一つもないようでは、礼儀知らずと言われてしまいます」


「ふははは、それが森の外の礼というわけか。ならば遠慮なく貰っておこうぞ」


 そう言ってラグナは右手に漆黒の大剣を、左手に漆黒の大盾を構えた。そうやって装備を整えると、醸し出される迫力がさらに増す。半裸であるためか、まるで剣闘士のようにも見えるが、少なくともジノーファは彼と決闘するなど二度と御免だった。


 さて、準備が整うと、ジノーファたちはラグナたちに先導されてダンジョンの中を進んだ。道中の戦闘は、全てラグナたちが担当することになっている。これは別に押し付けたわけではない。彼らたっての申し出だった。


 曰く「今日の成果がまだ十分ではない」


 彼らとて、遊びでダンジョン攻略をしているわけではないのだ。むしろ資源を、ひいては生活の糧を得るために攻略をしている。そのあたりの事情は、森の中でも外でも変わらないらしい。


 ラグナたちは来た道を戻っているはずなのだが、しかしダンジョン内のマナ濃度は依然として高い。ジノーファとしてはもう少しマナ濃度が下がっているのではと思っていたのだが、少し期待はずれだ。アヤロンの民が定期的に攻略しているはずなのだが、やはりダンジョンを鎮めるのはそう簡単ではないらしい。


 もっとも、ジノーファが「このダンジョン、魔窟からモンスターが溢れ出したことはあるのですか?」と尋ねたところ、ラグナは「我輩が知る限りではない」と言っていたので、少なくともスタンピードの抑制効果はあるのだろう。そしてそうであれば、魔の森のダンジョンを攻略する意味は、やはり大きいといっていい。


 さて、マナ濃度が高いということは、モンスターも頻繁に出現するということ。それでジノーファたちが移動を始めると、すぐにモンスターが出現した。現れたのはオークやトロールといった、大型で人型のモンスターたち。モンスターは全部で五体現れたのだが、比較的広い通路だったためか、それほど圧迫感は覚えない。


「ブギィィイイ!」


「ボォオ! ォオ!」


 モンスターたちが、人間ども目掛けて殺到する。しかしそれに臆する者はここにはいない。むしろラグナなどは口元に笑みを浮かべ、意気揚々と前に出た。


「ふんぬぬぅぅぅぅううう!」


 盾を構えたラグナがそのままモンスターに体当たりする。突出して前に出てきたオークだ。シールドバッシュをくらったそのオークは、大きく弾き飛ばされて後続のモンスターと衝突。だんごになって転がった。


「ふははは、やはり良い装備だ! ビクともせぬ!」


 そう言ってラグナは満足げに笑った。それを見てジノーファはなんだか納得する。きっと彼は今までずっとこんな具合に盾を使い、その度に壊してきたのだろう。目に浮かぶようだった。


 それはそうと、ラグナの新しい装備は漆黒の大盾だけではない。彼はトロールを袈裟切りにして漆黒の大剣の具合を確かめ、やはり満足げに頷いた。そして残った敵もあっという間に倒してしまう。その様子は、新しい玩具にはしゃぐ子供のように見えなくもなかった。


「ラグナ、我々の分も残しておけ」


「うむ、次からは気をつけるとしよう!」


 仲間の苦言に、ラグナは上機嫌な様子でそう答えた。この様子では、次もまた彼一人で片付けてしまいかねない。ジノーファはそう思ったのだが、苦言を呈した仲間たちも同じ意見だったようで、彼らは揃ってため息を吐いていた。


 さてモンスターを倒し、魔石やドロップアイテムを得ると、ラグナたちはそれを収納魔法に収めていく。荷物を持っていなかった時点で察しはついていたが、やはり彼らは収納魔法が使えるのだ。


 そういえば先ほども、彼らはジノーファのシャドーホールを見ても驚いた様子はなかった。むしろティーセットや、お湯を沸かす魔道具のほうに興味を示していたほどだ。彼らにとって収納魔法とはごく一般的であるか、そうでなくとも少し珍しい程度のものでしかないのだろう。


 ラグナたちが収納魔法を使えることを知ると、イゼルの目が少し据わった。まだ短い時間だが、ジノーファと攻略を行ったことで、彼女は収納魔法の利便性を理解している。それが使えれば、魔の森のダンジョンであっても、こうして攻略の目途が立つのだ。ダーマードの判断を仰ぐことになるだろうが、ぜひともその人材を引き抜きたいと思っているに違いない。


 そんなイゼルの内心を見透かしつつ、しかしジノーファは何も言わなかった。彼には彼の思惑がある。イゼルがそう考えていることは、むしろ彼にとっては好都合なのだ。


(あとはラグナ殿の思惑だけど……)


 そちらもジノーファはあまり心配していない。それにこれから彼らの里へ招待してくれるというのだ。そこで落ち着いて話をし、彼の考えを聞くことができるだろう。そしてジノーファの考えも伝えなければならない。


(わたしは……)


 自分には一体、何ができるのだろうか。ジノーファはふとそんなことを考えた。あるいは何もできないかもしれない。しかし何かしたいと思うのだ。追放され、いい思い出などほとんどない、それでも祖国たるかの国へ。


 そして、そんなジノーファの内心を知ればダンダリオンはこう言うに違いない。「お前はやはりアンタルヤの王太子だよ」と。



ノーラの一言報告書「収納魔法の使い手も確認」

ジェラルド「侮れない戦力だな」

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