表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
魔の森の民

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/364

三人目

令和一発目

今後もよろしくお願いします。


 魔の森は、無人地帯である。


 ロストク帝国の遠征軍や、ネヴィーシェル辺境伯子飼いの密偵イゼルのように、魔の森でなにかしらの活動を行っている者たちは確かに存在する。だが、前者は補給物資を本国から運んできているし、後者も必要な物資はほぼ全て森の外で用意している。それで「魔の森で暮らしている者はいない」と言う意味で、そこは無人地帯なのだ。


 より正確には、「いないと考えられている」と言うべきか。何しろ、魔の森をくまなく探って確かめたわけではないから、推測するしかない。だがスタンピードが頻発し、モンスターが跋扈するような土地で、一体誰がどのようにして生活を成り立たせるというのか。無人と考えるほうが常識的だ。


 しかしながら、過酷な環境で生活している人々というのは、確かに存在する。不毛の大地をさすらう遊牧民や、一年の半分は日が昇らない極地に住まう部族など、人が生活するのにはおよそ適さない場所であっても、そこでは確かにある人たちが暮らしているのだ。


 逆をいえば、どんなに過酷な環境であろうとも、一定の条件を満たせばそこで生活することは可能なのだ。ひるがえって、魔の森は確かに人外魔境である。そこで生きていくことなど、不可能に思える。


 だがもしかしたら、砂漠のオアシスのように、人が暮らしていける場所は存在しているのかもしれない。それがどのような場所なのかは分からない。ただもしそんな場所があったとして。そこには一体、どんな人たちが暮らしているのだろうか。



 □ ■ □ ■



 ネヴィーシェル辺境伯ダーマードから依頼されたダンジョンの探索。その仕事に取り組んでいるジノーファたち四人と一匹は、大広間で最初のエリアボスを討伐してから、途中に見つけておいた水場へ戻り、そこで仮眠を取った。


 仮眠を終えたところで彼らはさらに来た道を戻り、最初に探索を行ったメイン通路の行き止まりの場所まで戻った。そこには分岐ルートが四つあるのだが、そのうち両端のルートにはすでに足を踏み入れている。それで今度は向かって左から二番目のルートを選び、そこを進むことにした。


 相変わらず、ダンジョンの中はモンスターが多い。次々に襲いかかってくるモンスターを切り伏せながら、ジノーファたちは奥へと進んだ。ラヴィーネはひっきりなしに動き回っている。マナスポットからマナを吸収するためなのだが、事情を知らないイゼルはジノーファの説明を鵜呑みにして、苦笑しながらこう呟いた。


「やっぱり隠し通路など、そうそうあるものではありませんね」


「まあ、今までも数えるほどしかなかったからね」


 若干視線を泳がせながら、ジノーファはそう応える。妖精眼やマナスポットのことを隠しているのは、少々心苦しい。とはいえ本当に隠し通路があればラヴィーネは教えてくれるので、それを探しているというのもまったくウソと言うわけではないのだが。


 それにしてもこれまで見つけた隠し通路といえば、帝都ガルガンドーのダンジョンで一つと、遠征軍の陣地の近くにあるダンジョンで一つの、合計で二つ。どちらもラヴィーネが見つけたものだ。


 彼女がいなければ隠し通路が見つかることはほぼない。隠し通路が見つかれば新たなルートの開拓にも繋がるし、イゼルも見つかればいいとは思っている。ただ同時に、そもそも本当に隠し通路なんてものがあるのか、疑問に思ってもいた。


 そんなイゼルの疑問に答えたわけではないのだろうが、ダンジョンの中を進んでいると、不意にラヴィーネがそれまでと違う反応を見せた。突然立ち止まったかと思うと、耳をピンと立ててある方向をじっと見つめはじめたのである。


 彼女の視線の先にあるのは、何の変哲もないダンジョンの壁面だ。他となんら変わりがあるようには見えない。ジノーファがこっそり妖精眼を使って確認してみるが、やはり他と違いがあるようには見えなかった。


 しかしラヴィーネは確かにそこに反応していた。彼女はゆっくり歩いて壁に近づくと、壁面とジノーファを交互に見つめる。ジノーファはラヴィーネの傍にしゃがむと彼女の頭を撫で、それから彼女と同じように壁面を見つめた。


 やはり、何の変哲もないように見える。だがこれまでにラヴィーネが見つけた隠し通路は、すべてこれと同じように他と区別はつかなかった。なにより、悩むくらいならさっさと確かめてみれば良いのだ。


 ジノーファはそっと壁面に手を添えた。そして浸透勁を放つ。一度ではなく二度三度と放ち、それでも足りず七回八回と繰り返す。やがて壁面がヒビだらけになると、彼はシャドーホールからハンマーを取り出し、大きく振りかぶってそこへ叩き付けた。


 大きな音を立てながら壁が向こう側へ崩れ、そこに拳大の穴があく。それを見てイゼルは目を丸くした。隠し通路について聞いてはいたが、こうして実際に眼にすると、やはり驚きはひとしおだ。


「まさか、本当に……」


「こんな立て続けに見つかるのは、わたしも予想外だ」


 ハンマーを振るいながら、ジノーファはイゼルの呟きにそう応えた。これでラヴィーネが見つけた隠し通路は全部で三つ。その内の二つが魔の森のダンジョンで見つかっている。


 彼が把握している魔の森のダンジョンの出入り口は三つだが、その内の二つは内部(隠し通路)で繋がっていた。それで彼が魔の森で攻略したダンジョンは実質的に二つになるわけだが、その両方で隠し通路が見つかったことになる。


 ジノーファはダンダリオンに言いつけられ、ロストク帝国国内であちこちのダンジョンを攻略してきたが、見つけた隠し通路は結局一つだけ。それを考えると、これは特異なことと言えるだろう。


 もちろん、ラヴィーネのレベルアップを度外視して考えることはできない。つまり彼女の探知能力が向上したことで、それまで気付かなかった隠し通路に気付けるようになった、という側面は確かにあるだろう。隠し通路はないと思っていたダンジョンも、もう一度探索してみれば、もしかしたらあるかも知れない。


 ただ、ジノーファはこれが魔の森のダンジョン特有の性質ではないかと考えていた。魔の森のダンジョンは長らくまともに攻略されていないため、内部には高濃度のマナが充満している。その状態が長期間続くことで、内部構造が何かしらの影響を受けているのではないか。そんな気がしたのだ。


 もちろん、これは推測ですらない。ただの思い付きだ。そして確かめる方法もない。仮にあったとしても、ジノーファはわざわざ確かめたいとは思わなかった。今後、もしかしたらまたこんなふうに隠し通路があるかもしれない。頭の片すみでその可能性を少し考えたくらいだ。


 さて、ジノーファがハンマーを振るうたびに壁に空いた穴は大きくなり、そしてついに人が一人通れるだけの入り口が出来上がった。彼らは一つ頷くと、周囲を警戒しつつ、その隠し通路へ入っていく。


 隠し通路の先は、広い空間になっていた。ほんの数歩歩いた先が、巨大な吹き抜けになっている。しかもジノーファたちがいるのは、下ではなく上だった。


 もちろん彼らの位置から見ても天井はかなり高いのだが、しかし道は上ではなく下へと続いているのだ。スロープのような道が壁面に沿う形で存在しており、一番底まで続いている。広さからして底部はいわゆる大広間になっていると思われ、恐らく足を踏み入れればエリアボスが出現するだろう。


「縦穴広場か。珍しい」


 上から下を覗き込んで、ジノーファはそう呟いた。縦穴広場とは、このような巨大な円筒状の空間のことだ。今回のように上から下へとルートが続いていた場合、一気に深い階層へと降りることができる。攻略者たちに取ってはありがたい場所、またはルートであると言えた。


 反面、いきなり深い場所へ降りるわけだから、モンスターの強さもそれ相応に跳ね上がる。しかも縦穴広場は大広間をかねている場合が多い。つまりエリアボスが出てくるのだ。それで条件を満たした縦穴広場は、ボーナスルートであると同時に、危険なルートであることも知られていた。


 また、ジノーファが「珍しい」と呟いたように、縦穴広場はあまり目にすることのない場所だった。彼自身、知識としては知っていたが、実際に目にするのはこれが初めてだ。しかも都合よくルートが上から下へ続いているものとなると、数はさらに限られてくる。


 ただ今回は見事に条件が揃っていた。この縦穴広場を使えば、人員をより効率的に下の階層へ送り込むことができる。それはスタンピードの抑制、ひいてはダンジョンの沈静化に資するだろう。これを発見できたことは、かなりの成果と言っていい。


「下はたぶん、もう中層だ。エリアボスも出てくるだろうし、気を引き締めていこう」


 ジノーファがそう言うと、他のメンバーは真剣な面持ちで頷いた。そしていざ動こうとしたまさにその時、ラヴィーネが小さく唸り声を上げる。それに気付くと、ジノーファは反射的に腕を水平に伸ばして他のメンバーを止めた。


「どうした、ラヴィーネ?」


 ラヴィーネの頭を撫でながら、ジノーファはそう問い掛ける。彼女はどうやら、下のほうを警戒しているらしい。それでジノーファも縦穴広場の底部を覗き込んで注意深く確かめる。次の瞬間、彼は驚愕しておもわず息を飲んだ。


「…………っ」


 無言のまま、ジノーファは手招きをした。ユスフたちは怪訝な顔をしながらも、彼の横に並んで同じように下のほうを覗き込む。そして彼らもまた、息を飲んで言葉を失った。


「ジ……!」


 思わず大声を出しそうになったユスフの口を、ジノーファは少々乱暴に塞いだ。他のメンバーにも目配せして大声を出さないように指示してから、彼はユスフの口から手を離す。そして彼らはもう一度、揃って下を覗き込んだ。


 同時に、天井から何かが割れるような音が響く。そして次の瞬間、天井から巨大な円錐状の鍾乳石が落下する。落下した鍾乳石は下の広場の真ん中に突き刺さり、そしてその中から四枚羽のデーモンが出現した。


「ギョォォォオオオオ!!」


 四枚羽を大きく広げ、身体を仰け反らせながら、デーモンは雄叫びを上げた。ジノーファはそのデーモンを妖精眼で観察する。内包しているマナからして、間違いなくエリアボスだ。


 縦穴広場では、一番底の広場に足を踏み入れない限り、エリアボスは出現しないとジノーファは聞いている。ジノーファたちはまだ縦穴広場の上のほうにいるのだが、それでもエリアボスは出現してしまった。


 しかしそれは不思議でもなんでもない。なぜなら下に彼ら以外の人間がいるからだ。エリアボスはジノーファたちではなく、彼らに反応して出現したのだ。


 下の広場に現れた人間は、全部で五人。全員、ロストク人よりはアンタルヤ人に近い風貌だ。彼らは落ち着いた様子でそれぞれ得物を構える。そしてにらみ合うこともほとんどせず、エリアボスである四枚羽のデーモンを相手に戦闘へ突入した。


「あの、ジノーファ様……。どう、しましょうか……?」


 少し困った様子を見せながら、ノーラがジノーファに小声でそう尋ねる。思っても見なかった展開に、動揺が隠せない。驚いているのはジノーファも同じだったが、しかし彼はこの展開をむしろ好都合だと思っていた。


「少し、様子を見よう」


 ジノーファもまた、小声でそう答えた。下の広場に現れた五人の様子を観察するためだ。エリアボスとの戦いに集中している今なら、彼らがジノーファたちに気付くことはないだろう。


 ジノーファがイゼルのほうに視線を向けると、彼女は硬い表情をしつつ、無言で頷いた。彼女もまた、あの五人の素性が気になっているのだ。


 それも当然だろう。ダーマードは近い将来、兵を送り込んでこのダンジョンを攻略させることを考えているはず。その時、得体の知れない連中が入り込んでいるのはまずいのだ。どちらかというと彼らのほうが先客なのだが、ダーマードやイゼルにとっては辺境伯領の存亡に関わる問題である。神経質になるのは仕方がない。


 改めて、下でエリアボスと戦う五人の様子を観察する。ジノーファがまず注目したのは、彼らの装備だ。武器・防具ともに、ドロップアイテムの類を素材にしているように見受けられる。見た限り、質も悪くはなさそうだ。ただ、統一感はまるでない。それで正規兵というよりは、むしろ傭兵に近い印象を受けた。


(どこか人里に近い場所に、別の出入り口があったのか……?)


 五人がジノーファたちとは別の出入り口から中に入ったのは確実だろう。違う出入り口から入った者同士が中で遭遇することは、珍しいが決してないわけではない。そして傭兵が、しかもたった五人で魔の森に遠征してくるとは思えないので、彼らが拠点としている人里がそのダンジョンの出入り口の近くにあると思われる。


 ただ、そうであるならその人里は魔の森の活性化の影響を受けているはずだ。あるいは活性化の影響を受けたので、こうしてダンジョンを攻略しているという可能性もある。とはいえ何にしても推測、いや妄想の域を出ないが。


 そして次に、ジノーファは違和感を覚えた。彼自身、どこに違和感を覚えたのか判然としなかったが、しばらくしてはたと気付く。下で戦う五人は、全員が戦闘に参加している。つまり、荷物持ちがいない。


 もちろん、ジノーファが確認できる範囲にいないだけで、後方に待機している可能性はある。しかし彼はすぐに別の可能性を考えた。つまり「荷物を持つ必要がない」と言う可能性だ。


(彼らの中に、収納魔法の使い手がいるのか……?)


 もしそうであるなら、正規兵ではなさそうな彼らが、わざわざ魔の森にあるダンジョンを攻略している理由も説明できそうな気がした。つまり、効率の問題だ。大量の物資を持ち込み、かつ運び出すことができるなら、モンスターの数が多くライバルが少ないここは絶好の稼ぎ場だろう。


 ただ、それなら普通のダンジョンでも十分に稼げるはずだ。道中の危険や周辺環境の利便性を考慮に入れれば、やはりこんな所にまで出張ってくるのは異常に思える。もっと別の理由があるように思えた。


 下で戦う五人の素性は、まったくと言っていいほど見えてこない。ただダーマードやイゼルから話を聞いた限り、彼らは辺境伯領の人間ではないだろう。であれば一体どこの人間なのか。


(魔の森の、北に位置する国の者たちか……?)


 魔の森と接しているのは、何もアンタルヤ王国だけではない。王国は森の南に位置しているが、北側にも別の国々が存在している。もっとも森で隔てられているため王国との関わりはほとんどなく、ジノーファもわずかな知識を持つばかりだ。


 仮に彼らがアンタルヤ人でないのなら、五人がそれら北側の国々の出身である可能性は高くなる。ただやはり確証はなく、妄想の域をでない。やはり彼らの素性を確かめたいのなら、どうしてもじかに接触する必要があるだろう。


「…………! ……ッ!」


 下から声が響く。生憎と離れすぎていて何を言っているのかは聞き取れないが、声の調子や戦いぶりからして、五人はどうも苦戦しているようだった。四枚羽のデーモンは広い縦穴広場を自在に飛びまわっている。その機動力に翻弄されているのだ。


「……ッ!」


 五人の内の一人が、デーモンを見上げて盛大に顔をしかめる。巨漢で半裸の男だ。筋肉隆々の身体つきをしている。手に持つ得物はいわゆる大剣だが、しかし金属製ではなく、まるで巨大な骨か牙から直接削り出したかのようなシロモノだった。


 男は大剣を振るって四枚羽のデーモンを牽制しつつ、声を上げて味方を鼓舞する。しかしそれを嘲笑うかのように、デーモンは高度を上げて彼の手の届かない場所を飛んだ。そしてそこから火炎弾を手に浮かべて投げつける。


 男たちのパーティーにも、メイジらしい装備をした者はいる。ただ、デーモンは矢継ぎ早に火炎弾を放っていて、魔法を準備する余裕がない。「ジリ貧だな」と思ったジノーファの目の前で、巨漢の男が雄叫びを上げた。


「……ォォォォオオオオ!!」


 その瞬間、彼から巨大なプレッシャーが放たれ、縦穴広場をそっくり飲み込んだ。そして彼の身体に、黄金色に輝く紋様が現れる。ジノーファはそれを見て、自分の目を疑った。


 まったく同じものに見覚えはない。というより、同じものは二つとしてないのだろう。ただこうして現れる、輝く紋様には心当りがある。


 ――――すなわち、聖痕(スティグマ)。超越者の証である。



イゼルの一言報告書「不審者発見! しかも聖痕持ち!?」

ダーマード「マ・ジ・で!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ