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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
魔の森のダンジョン

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ダンジョンの通じる先


 遅い昼食を食べ終え、短い休憩を挟んでから、ジノーファたちはダンジョンの探索と攻略を再開した。水場からメインの広くて大きな通路に戻り、そこをさらに奥へ進む。相変わらずモンスターは多いが、全て階層相応の強さで、彼らの敵ではなかった。


「イゼル、マッピングはどうだ?」


「順調です。ご覧になりますか?」


 ジノーファは一つ頷くと、イゼルが描いた地図を受け取った。そこにはくねくねと蛇行した道が描かれており、またこれまでに発見した分岐ルートも、その枝分かれの位置がちゃんと記されている。


 ジノーファはその地図を見てから、次にノーラのほうに視線をやった。それに気付くと、彼女は小さく頷く。実はノーラもマッピングをしており、イゼルのものと大よそ同じであることを確認したのだ。


 四人しかいないパーティーで、その内の二人もマッピングをしているのは、その情報の提出先が違うからだ。イゼルはダーマードに、ノーラはジェラルドにそれぞれマッピング情報を報告することになる。


 イゼルからしてみれば、あまり面白いことではない。ただ現実問題として、ロストク帝国がこのダンジョンに手を伸ばす可能性は極めて低い。だからもしそんな時が来るとすれば、その時にはネヴィーシェル辺境伯領そのものが、今のままではすまないだろう。


 そもそもダーマードがそれを、つまりこのダンジョンの位置とマッピング情報をロストク帝国に知られることを容認している。ジノーファに探索と攻略を頼んだ時点で覚悟の上、というわけだ。そうであるなら、イゼルが言うことは何もなかった。


 さて、ジノーファたちがダンジョンの中を進んでいると、唐突に彼らが進んでいたメイン通路が途切れた。途切れた先には、分岐ルートが全部で四つある。それらのルートを見て、ジノーファは腕を組んで「ふむ」と呟いた。


「大広間には通じていなかったか……。イゼル、地図を見せてくれ」


 ジノーファはイゼルが差し出した地図を受け取ると、もう一度「ふむ」と呟いた。モンスターが多く、また途中で休憩を挟んだので幾分時間がかかっているが、入り口からここまで普通に攻略すれば一時間弱といったところか。途中に一つくらい大広間があってもよさそうなものだが、残念ながらここまでの間にはなかった。


「戻って、大広間を探されますか?」


 ユスフがそう尋ねた。ダンジョンを沈静化させるには、多数のエリアボスを討伐するのが最も効率が良いとされる。彼の提案はそれを踏まえてのことだ。水場はまだ一つしか見つけていないし、そこを拠点にするのであれば、ここで一旦戻るのは有効な選択肢だろう。ただジノーファはすぐには答えず、ノーラに視線を向けてこう尋ねた。


「そうだな……。ノーラ、この辺りはまだ上層かな?」


「はい。先ほどの魔石を見る限りでは、恐らく」


 それを聞いて、ジノーファは一つ頷いた。それから次に、今度はイゼルのほうへ視線を向ける。そして彼女にこう尋ねた。


「イゼルは、どう思う?」


「ジノーファ様にお任せいたします」


 イゼルはそう答えた。どのようなルートであろうと、開拓されたマッピング情報には大きな価値がある。入り口の近くで大広間を見つけることは重要だが、それと同じくらい中層へのルート開拓することも、スタンピードを抑制する上では重要なのだ。


「ふむ……。それじゃあ、進んでみようか。ラヴィーネ、水場を見つけたら教えてくれ」


「ワンッ」


 元気良く返事をするラヴィーネの頭を撫でてから、ジノーファたちは分岐ルートの探索と攻略を開始した。最初に選んだのは、向かって一番左側にある分岐ルート。ただ、このルートは少し進んだ先が十メートルほどの断崖になっており、そこを降りなければ先に進めなくなっていた。


 ジノーファたちだけなら、この程度の断崖を降りるのは容易い。帝都ガルガンドーのダンジョンでなら、ジノーファはむしろこういうルートを選んで進んでいた。その方が他のパーティーとブッキングする回数が少なくなり、効率よく稼げるからだ。加えて、人目を気にしなくていいので気楽である。


 とはいえ、彼らがいま行っている攻略は、彼ら自身のためのものではない。彼らの後に続く者たちのために情報を収集する。それがいま行っている探索と攻略の目的だ。つまり普通のパーティーが使えないようなルートを開拓しても意味がない。


「仕方がない。戻ろうか」


「そうですね、っと」


 返事をしながら、ユスフが弓を引いてライトアローを放つ。天井付近から襲来したガーゴイルが、その光の矢に貫かれて墜落する。断崖の下を覗き込んでみると、姿が無かったので倒したと思うのだが、下に降りて魔石やドロップアイテムを回収する気にはならなかった。


 来た道を引き返し、再び四つの分岐がある地点へ戻ってきた。そして今度は向かって一番右側にあるルートを選び、攻略を開始する。しばらく進むと死角になっていた位置にラヴィーネが水場の入り口を見つけたが、今はまだ休まずもう少し探索を続けることにした。


 ジノーファたちが進むルートは、やはり途中に分岐のルートが存在する。ただ彼らはこれまで通り一番大きな通路を進んだ。そして水場を見つけてから四十分ほど経っただろうか。彼らはようやく目当てのモノを見つけた。大広間である。


 ジノーファたちは無言のままお互いに目配せし、そして揃って一つ頷いた。それからジノーファを先頭にして大広間へ足を踏み入れる。次の瞬間、大広間のマナが渦巻き、大きな音を立てながら床を突き破ってエリアボスが現れた。


「ギョォォォォォオオ……!」


「珍しいのが出てきたな……」


 現れたエリアボスを観察しながら、ジノーファは小声でそう呟いた。出てきたのは植物タイプのモンスターだ。昔、図鑑でみた食虫植物に似ている。ただしこのエリアボスが喰らうのは虫ではなくて人間だ。当然、図体もそれ相応に大きくて、上から下まで四、五メートルほどもある。


 長いツルを二本持っていて、それぞれその先に二枚一組で口のようになった葉がついている。葉と言ったが、粘液がまるで涎のように垂れているので、獰猛な獣の顎のようだ。この葉で人間を捕まえるのだろうが、あのトゲの鋭さではそのままバラバラに噛み砕いてしまいかねない。


 さらにソレとは別に、エリアボスは大きな袋状の器官を三つ持っていた。獲物をそこに放り込んで溶かしてしまうのだろうとジノーファは思ったのだが、しかしその予測は外れた。エリアボスが身体を震わせたかと思うと、その袋から次々にモンスターが飛び出してきたのである。


王種(キング・タイプ)か!」


 ジノーファはそう声を上げた。ただ王種は通常、自分と同種のモンスターを配下として生み出すものだが、この巨大食虫植物が吐き出したのは、ゴブリンやブラックウルフなど、自分とはまるで似つかないモンスターばかり。もしかしたら以前に捕食したモンスターなのかとジノーファは思ったが、「今さっき出現したばかりでそれはないな」と思い直した。


 ともかく、このエリアボスはモンスターを生み出す能力を持っているらしい。その点では王種と同じで、討伐のセオリーもまた似通ってくる。つまり「取り巻きが増えすぎないよう気をつけながら、なるべく早くエリアボスを討伐する」というのが方針になる。


「わたしがエリアボスを叩く。他は任せたぞ」


「「「はっ」」」


 ジノーファが指示を出すと、三人の返事が重なった。それを聞いて小さく頷くと、ジノーファは竜牙の双剣を構えて背中の聖痕(スティグマ)を発動させる。そして鋭く踏み込み、エリアボス目掛けて駆け出した。


 飛び掛ってきたゴブリンを、ジノーファはまったく速度を落さず、鎧袖一触に切り捨てる。ただその後ろから、粘液を垂らす二枚組みの葉が二つ、大きく口を開けて襲いかかってくるのを見て、彼はわずかに顔をしかめた。


 双剣を振るい、伸閃を放つ。その不可視の刃は迫り来る二枚組みの葉をしたたか打ち据えたが、しかし切り裂くには至らない。どうやらかなりの硬度があるらしい。動きは鈍ったものの止まらず、そのままジノーファに噛み付いた。


 その噛み付きを、ジノーファは跳躍して回避する。そして宙を舞いながら、再び伸閃を放つ。今度の狙いは、長い二本のツルだ。ツルは葉ほど丈夫ではなかったらしく、中ほどから切断された。


 ツルを切断すると、切断されたその先が灰のようになって崩れ落ちる。二枚組みの葉も同様だ。ジノーファがこれで動きやすくなったと思ったのも束の間。短くなったツルがもぞもぞと動いたかと思うと猛烈な勢いで伸び始め、二枚組みの葉も含めあっという間に再生してしまった。


 それを見てジノーファは顔をしかめた。どうやらこのエリアボスはモンスターを生み出すだけでなく、高い再生能力を持つらしい。厄介なことだと思ったが、それでもやることは変わらない。彼はまた双剣を振るい、伸閃を放った。


 再生したばかりのツルがまた切り落される。すぐに再生が始まるが、そのわずかな合間を狙い、彼は本体との間合いを詰めた。そして右手の剣を縦に鋭く振り下ろし伸閃を放つ。狙いは三つある袋状の器官の、その一つだ。


 ジノーファが放った不可視の刃は、狙い通り袋状の器官の一つを付け根の辺りから切り落とした。切り落とされた袋状の器官は落下し、灰のようになって崩れ落ちる。ジノーファは双剣をふるってツルに対処しつつしばらく様子を見たが、袋状の器官が再生する様子はない。


 それを見て取り、ジノーファはエリアボスに猛攻を仕掛けた。数匹のモンスターが飛び出してくるが、彼の足止めをするには手数が足りない。瞬く間に切り捨てられる。そして彼の放った不可視の刃が、二つ残った袋状の器官を切り裂いた。


 ドロリとした粘液が切り口から流れ出る。そして大きく切り口が開いたかと思うと、生まれる前のモンスターが零れ落ちた。そのモンスターは呻くように声を上げて身体を震わせたが、しかしすぐに力を失い、灰のようになって崩れ落ちた。


 その光景を見て、ジノーファは無言のまま眉をひそめた。ひどく冒涜的なものを見た気がする。命がどうのと言う気はないが、しかしそれでも気分は悪い。


 ジノーファはまたツルを切り飛ばすと、エリアボスの、先ほど袋状の器官を切り落とした側へと回りこんだ。そしてむき出しになった茎を、伸閃で切りつける。植物タイプだからなのか、血は出ない。ただ、ツルの動きは目に見えて鈍った。


 それを横目で確認しつつ、彼はさらに攻撃を加えた。茎は繊維が詰まっていて硬いが、しかし所詮は植物。ジノーファの斬撃なら十分に通用する。十に満たない斬撃をくれてやったところで、ついにエリアボスは二本のツルを力なく地面に垂れさせた。茎も大きく傾け、そのまま灰のようになって崩れ落ちていく。後には大きな魔石だけが残った。


「ふう」


 エリアボスを倒すと、ジノーファは小さく息を吐いた。ただ、双剣を鞘に納めることはまだしない。ユスフたちの戦闘がまだ続いているからだ。とはいえ彼らの戦いぶりは危なげなく、ジノーファが手を出すことなく終わった。


 魔石を回収し、マナを吸収する。マナを吸収し終えた魔石を全てシャドーホールに収納すると、ジノーファは一つ頷いてから大広間をぐるりと見渡した。入り口のほかに、出口がもう一つ。それだけ確認すると、しかし先へは進まず、彼らは来た道を引き返して、先ほどラヴィーネが見つけた水場へ向かった。


「食事をとってから、ここで仮眠を取ろう」


 ジノーファがそう言うと、他のメンバーも揃って頷いた。彼らが水場に入ると、ジノーファはもう一度その入り口を確認する。腰を屈める必要はなかったものの、人ひとりが通るだけで精一杯の大きさだ。


「ジノーファ様、どうかされましたか?」


「いや、これくらいなら塞げるんじゃないかと思ったんだ」


 いぶかしげにするノーラに、ジノーファはそう答えた。この水場が他に出入り口の無い小部屋であることはすでに確認済みだ。つまりこの入り口さえ塞いでしまえれば、モンスターが中に入ってくる可能性はかなり低くなる。


 この場にシェリーがいれば、彼女の魔法であるアネクラの糸を使って、入り口を塞ぐことができただろう。しかし彼女は今この場にはいない。塞ぐのであれば、別の方法を考える必要がある。そしてジノーファには一つ考えがあった。


「少し、下がっていてくれ」


 他のメンバーにそう告げてから、ジノーファはシャドーホールを発動させた。彼の影が一度波打ったかと思うと勢い良く広がり、そして盛り上がって繭のようになる。そして次の瞬間、繭が崩れると、そこには人の背丈ほどもある大きな岩石が鎮座して入り口を塞いでいた。


 ところどころわずかに隙間は空いているが、どれもモンスターが入ってこられるような大きさではない。これで水場の入り口はほぼ完全に塞がったと言っていいだろう。それを見てユスフは感嘆の声を上げた。


「これなら、ゆっくり休めそうですね。……ところで、その岩は……?」


「ああ、ダンジョンの出入り口を塞いでいた岩石だ。放り込んだままにしていたんだけど、いい使い道があった」


 そう言って、ジノーファは満足げに頷いた。もっとも、ノーラなどは呆れ顔である。ただでさえ貴重な収納魔法。その容量を岩石のために使うなど、本来であれば無駄でしかない。彼女はジェラルドの傍で他の収納魔法の使い手たちを見てきたから、その思いはひとしおだった。


 何にしても出入り口を塞いだことで、この水場の安全はかなりの程度確保された。もちろん見張りは必要だが、ダンジョン内で仮眠を取る環境として、恐らくこれ以上は望めない。今後の探索のことも考えると、かなり都合が良かった。とはいえ他のパーティーの参考にはならないだろうから、あくまでジノーファたちに限っての話である。


 さて、それから彼らは食事の準備を始めた。普通であれば味気ない保存食を水で流し込むだけなのだが、しかしここにはジノーファがいる。準備の際、ダーマードにはシャドーホールのことを話してたくさんの食材を用意してもらっていた。それらの新鮮な食材を取り出し、下ごしらえをしてから火にかける。作るのは温かいスープだ。当然、ドロップ肉も入っている。


 温かい食事はありがたい。それがダンジョンの中で食べられると言うのは、今更だが本当にウソのような話だ。ステーキも大概だが、新鮮な食材を使ったスープなど、本当にありえない。


「本当に、ジノーファ様と攻略をしていると、何度も常識を壊されます」


 ノーラはそうしみじみと呟いた。このパーティーの中で、一番「普通の攻略」というものを知っているのは彼女だ。だからこそ繰り出される数々の非常識に、彼女は呆れるのを通り越して感心さえしていた。


 食事を終えると、彼らは交替で仮眠を取る。普通なら地べたにそのまま寝るしかないのだが、ジノーファは笑顔で人数分の毛布を取り出した。半ば呆然としつつその毛布を受け取り、イゼルは思わずこう呟いてしまった。


「何から何まで、準備万端ですね……」


「準備不足だと、すぐに行き詰るからね。特に一人だと」


 何気ないその一言に、イゼルの心臓が大きく跳ね上がる。ジノーファがまだ王太子だった頃、彼が一人でダンジョン攻略をしていたのは有名な話だ。彼は聖痕(スティグマ)持ちだし、きっと散歩でもするように攻略をしていたのだろうと勝手に思っていたが、彼なりの苦労があったらしい。そんな当たり前のことにようやく思い至り、イゼルは少し恥ずかしくなった。


 全員が仮眠を取り終えると、ジノーファたちは探索と攻略を再開する。彼らはまずメインの通路の終点まで戻り、四つの分岐の内、今度は向かって左から二番目のルートを選んで進むことにした。


(採掘場でもあれば、辺境伯も攻略に本腰を入れるのだろうか……)


 ジェラルドの例を思い出し、ジノーファは冗談めかしつつ、内心でそう呟いた。採掘場があるのかないのか、あるいは別の何かを見つけることになるのか。それはまだ、誰にも分からないことである。



イゼルの一言報告書「収納魔法は超便利!」

ダーマード「誰かに覚えさせたいものだな」


―――――――――――


というわけで。

一旦ここで章を切ります。

続きは気長にお待ちください。

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