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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
魔の森のダンジョン

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ダンジョンを探して


 魔の森で発生したスタンピードは、遠征軍に大きな傷跡を残した。


 戦死者、四七六名。負傷などの理由ですぐさま戦線復帰することが難しい者、二四八九名。さらにこの内、四肢の欠損などで本国へ帰還せざるをえない者、四一三名。参戦可能数だけで見ると、実に六割近くも削られたことになる。大損害、と言っていい。


 ただ、ヒーラーの魔力が回復すれば、負傷者の大部分は順次戦線に復帰できる。要するに、怪我人が多すぎて回復が間に合わなかったのだ。ポーションの備蓄もほぼ使い果たしている。まさに激戦だった。


 魔石の回収作業はまだ続いているが、モンスターの総数は二万を越えていたと思われる。さらにエリアボスクラスのモンスターが、少なくとも五体はいた。そしてその内の三体を討伐したのは、他でもないジノーファだった。


 その内の一体、あの巨大な陸亀は、アレだけで防衛陣地を踏み潰せそうな強敵だった。ジノーファが倒してくれたから良かったようなものの、彼抜きであったらどれだけの被害が出たか分からない。ちなみにドロップアイテムの巨大な甲羅は、シャドーホールの中に収納してある。収納できたことに、本人を含め、全軍が驚いた。


(辛勝、といったところか……)


 ジェラルドは今回の戦いをそう評価した。勝つことは勝った。この地に踏みとどまるだけの戦力も、なんとか残った。しかし言ってしまえばそれだけだ。しばらくの間、遠征軍は本格的な軍事行動は取れない。それでは何のためにここにいるのか分からない。


 いや、状況はさらに悪い。遠征軍がガタガタの状態であるのに、モンスターの脅威はなくなっていないからだ。むしろスタンピードが起こる前と比べ、増しているというべきだろう。つまり、倒した分が全てであるとは限らない、ということだ。


 高濃度のマナが広範囲に拡散したことも、ジノーファが確認している。今後、数百から数千規模のモンスターの大群が、再びこの防衛陣地に押し寄せてくる可能性は十分にある。ジェラルドは頭痛を堪えながらため息を吐いた。


 抜本的な解決策は、今のところ無い。せいぜい、負傷者の戦線復帰と防衛陣地の修復を急がせるくらいだ。幸いと言うか、すでに補給と交代要員は手配してある。それが到着するまで持ちこたえれば、陣地の維持は可能だろう。


 ただし、もう一度スタンピードが起これば、そんな前提は吹き飛ぶ。補給が到着する前のタイミングなら、今度こそ全滅だろう。それも、軍事的な意味ではなく、文字通りの意味で。もしかしたらジノーファくらいは生き残るかもしれないが、しかし生き抜くことはさらに困難であるに違いない。


「はぁ」


 ジェラルドはもう一度ため息を吐いた。撤退の選択肢が現実味を帯びる。ここで撤退すれば半ば逃げ帰るようなものだが、無理に戦い続けて兵を損ずるよりはいいだろう。今回の分を合わせ、これまでに六万体以上のモンスターを討伐したという実績もある。


 あとはそれを声高に喧伝してやればいい。スタンピードの大群を殲滅したというのも、いい宣伝になるだろう。帝位継承を見越したジェラルドの箔付けと言う意味ではそれでもう十分だ。


 ただ、撤退するにしても、どのみち次の補給まで待たねばならない。船の数が足りないからだ。欲を言えば、次の次で撤退するのが望ましい。そうすれば、もろもろの手配をおこなうことができる。


(いずれにしても……)


 いずれにしても、まずは次の補給が来るまで耐えることだ。ジェラルドは短期目標をそう定めた。そしてそのために行うべきことを整理する。彼が紙にペンを走らせていると、警護の兵士が来客を告げる。ジノーファだ。


「失礼します、ジェラルド殿下」


「ジノーファか。卿の働きには感謝している。……それで、何か用か?」


「はい。ご提案したいことがあります。上手くいけば、魔の森を沈静化する、その取っ掛かりくらいは掴めるかも知れません」


「……聞かせてもらう」


 ジノーファの提案とは、一言で言えば「魔の森の探索」だった。スタンピードが起こってから実際にモンスターの大群が現れるまでの時間差から考えて、この近くにダンジョンの入り口が存在すると思われる。それを見つけるのが探索の目的だった。


「今なら、モンスターが移動して来た跡が、まだはっきりと残っています。探索は容易でしょう」


 その言葉にジェラルドも頷く。さらにジノーファなら妖精眼も使える。探索はさらに容易になると考えていい。


 そしてダンジョンの入り口を見つけることができれば、確かに魔の森を沈静化する、その取っ掛かりにはなる。ダンジョンを攻略して沈静化すれば、周囲の表層域も多少は落ち着くだろう。魔の森全体は無理でも、その周辺に限れば効果は十分に見込めるはず。少なくともスタンピードの脅威は遠のくはずだ。


 今すぐ、ダンジョンの攻略に乗り出すのは無理だろう。しかし今後そうすることは、十分考慮に値する。そしてそのためには入り口の位置を調べておく必要があり、それをするならスタンピード直後の今が最適。ジェラルドもそれは認めた。


「……分かった。後で幕僚たちにも意見を聞いてみよう。下がれ」


「はっ」


 一礼して、ジノーファはジェラルドのテントを後にした。その背中を見送ってから、ジェラルドはまた紙の上にペンを走らせる。やるべきことは多い。今夜はいつ寝られるか、分からなかった。


 そして次の日。幕僚たちを集めた会議で、ジェラルドは彼らにジノーファの提案を諮った。幕僚たちの反応は様々だ。「是非やらせてみよう」と言う者もいれば、実効性があるのか懐疑的な者もいる。ただ全体として、今すぐジノーファを動かすことには否定的な意見が目立った。


「ジノーファ様を欠くとなると、拠点の防衛力の低下が懸念されます。無論、ただのモンスター相手であれば、我々も遅れを取るつもりはありません。ですが、エリアボスクラスが混じっているとなると……」


 少々、厳しい。それが遠征軍の実情だった。そしてそういう厳しい状況の中にあって、ジノーファの存在は戦力的な意味だけでなく、精神的な意味でも兵士たちの支えになっている。程度の差こそあれ、それは幕僚たちも同じなのだろう。だから今はまだ、ジノーファを動かしたくないのだ。


「ふむ。ルドガー、卿はどう思う?」


「探索はやる価値があると考えます。幸い、ヒーラーたちの働きもあって、負傷兵たちも続々と戦線に復帰しています。ある程度戦力が回復してから、探索してもらえばよいのではありませんか」


 結局、そういう事になった。そして三日後、負傷兵の半分以上が回復し、さらに防衛陣地の修復もおおよそ完了したところで、ジノーファはジェラルドから呼び出された。そして魔の森の探索を命じられたのである。


「すまないが兵を貸してやることはできない。代わりと言っては何だが、彼女を連れて行くといい。役に立つはずだ」


 そう言ってジェラルドはジノーファに一人の女性を紹介した。歳は十八くらいだろうか。シェリーよりは年下に見える。遠征軍の兵士ではないのだろう。鎧は装備しておらず軽装だ。髪は黒く、肩口の辺りまで伸ばされている。ちなみにジノーファの方が長い。


「ノーラ、と申します。どうぞお見知りおきを」


 そう挨拶するノーラの雰囲気は、どこかシェリーに似ているように思えた。実際、彼女はジェラルドがダンダリオンから借りた細作の一人である。


「ああ、よろしく頼む」


 ジノーファもそう応えた。それから場所を移し、ジノーファは彼女にユスフとラヴィーネを紹介する。この三人と一匹が、パーティーのメンバーだ。このパーティーで魔の森を探索することになる。


 役割分担などを打ち合わせ、彼らは明日からの探索に備える。話し合いはスムーズに進んだ。その中で、まずは日帰りできる範囲で探索を行うことになった。というよりダンジョンの入り口を見つけても、拠点から遠ければ攻略はままならない。それくらいの範囲が限界だろう。


 さらに話し合いの中で、ジノーファは自分たちが使う魔法を説明し、それからノーラが使う魔法について尋ねた。ここは魔の森。探索する上で、魔法は大きな力となる。ただ彼女が使う魔法は、ジノーファにとって少し予想外のものだった。


「わたしは、回復魔法を使います。あとは、武技を少々」


「回復魔法?」


 思わずジノーファは聞き返した。回復魔法を使うと言うことは、ノーラはヒーラーということになる。そしてヒーラーの活躍の場は、基本的にダンジョンの中だ。しかし彼女は細作であったはず。細作が覚える魔法として、回復魔法は少しチグハグに思えた。


「細作であっても訓練のためにダンジョンを使います。回復魔法は、けっこう需要がありますよ。……それにここだけの話、回復魔法を覚えて同僚たちの訓練に付き合っていた方が、長生きできるような気がして……」


 後半を小声で付けたし、ノーラはそう説明した。それを聞いてジノーファとユスフは呆れながらも納得する。ただ、回復魔法が使える細作であったために、彼女はこうして魔の森に派遣されることになった。彼女の生存戦略が正しかったのかは、今のところちょっと微妙である。


 そして、そんな話し合いの翌日。夜明けと共に、それぞれの荷物をシャドーホールに収納し、ジノーファたちは防衛陣地を出発して魔の森へ向かった。方角で言えば、おおよそ西へ向かうことになる。いよいよ本格的に魔の森へ足を踏み入れるとあって、それぞれ緊張した面持ちだった。


 ただ魔の森へ入ると言っても、木々や枝葉をかき分けて進むようなまねはしない。モンスターの大群が移動した形跡はあちこちに残っており、それがいわば獣道のようになっているのだ。


 特に、あの巨大な陸亀が通ったであろうその跡には、木々も薙ぎ倒され広々とした一本道が出来上がっている。もちろん足場は良くないが原生林を歩くほどではないし、何よりも分かりやすい。ジノーファたちはひとまずそこを進むことにした。


 森の中を進むと、頻繁にモンスターの襲撃にあった。しかしこれは驚くにあたらない。スタンピードが起こって以来これまで、防衛陣地に対してモンスターの襲来は何度もあったからだ。


 エリアボスクラスのモンスターが紛れていたこともあり、そういう強敵は基本的にジノーファが対処した。また百数十体ほどの群れを一人で受け持ち、撫で斬りにしてやったこともある。


 こうして防衛陣地を空けてきたわけだが、向こうは大丈夫だろうかとジノーファは少し心配になる。しかし彼はすぐに頭を振った。自分以外はまともに戦えない、などと考えるのはいっそ侮辱的だろう。


(大丈夫だ……。陣地にはジェラルド殿下もルドガー殿もボルスト殿もいる)


 成長限界に達している武人たちの名前を上げ、ジノーファは自分を納得させた。それに人の心配をしている場合ではない。ここは文字通り、魔の森の真っただ中。前述したとおり、モンスターが頻繁に襲撃してくる。


 しかも、いくら巨大な陸亀の作った獣道を進んでいるとはいえ、死角は多く見晴らしは良くない。注意が必要だった。


 ただ決して、彼らは苦戦しているわけではなかった。ここにはジノーファとラヴィーネがいる。どちらも優れた探知能力を持っており、今のところモンスターに不意打ちを許したことはない。そしてまたラヴィーネが警鐘を鳴らすように吼え声を上げた。


「ウゥゥゥ……! ワンワンッ!」


「っ! 来るぞ、三時方向!」


 ジノーファの声に合わせ、メンバーは素早く戦闘隊形を取った。そして彼が言ったとおりの方向から、二体のモンスターが現れる。


「ギィ、ギギィ!」


「ギャギャギャ!」


 その内の一体、大きなコウモリに似たモンスターは、射線が開いた瞬間にユスフがライトアローで射抜いた。あらかじめ戦闘隊形を取っていたからの芸当だ。もう一体のモンスターはコボルトだったのが、そちらはノーラが大振りのダガーで仕留めた。


「ジノーファ様、終わりました、よ……?」


「ああ、お疲れ。こちらも終わったところだ」


 ユスフがジノーファの方を振り返ると、彼はちょうど竜牙の双剣を鞘に収めるところだった。彼の足元には魔石が三つ転がっている。どうやら別方向からも襲撃があったらしい。それをジノーファが切り伏せたのだ。


 回収した魔石からマナを吸収し、シャドーホールに放り込む。そしてまた彼らは森の奥へと進んだ。奥へ進むごとに、モンスターの数と襲撃の頻度が増していく。スタンピードが起こって間もないせいか、やはりここには多くのモンスターがいるのだ。いや、いるだけでなく、いつもより多く出現さえしているに違いない。


「あ、またあった」


 そして、それを象徴するかのような物も多数見つかっている。ジノーファが拾い上げたもの、それは魔石だ。しかもまだマナが吸収されていない煌石である。ここまでの間にも煌石は幾つか落ちていた。つまりそこでモンスターが倒されたのだ。


 恐らくは同士討ちであろう、とジノーファは思っている。モンスターの数が多くなるとそういうことが起こる、というのは知られた話だ。もしかしたら、あの巨大な陸亀に踏み潰された個体もいるのかもしれない。


(あるいは……)


 あるいは、トレントにやられたのかもしれない。ここはトレント・キングの森。その可能性は十分にある。


 それにしても、森の中に入ったというのに、トレントにはまだ遭遇していない。ここはあの陸亀が通った獣道だから踏み潰されたのかもしれないが、ジノーファはそもそもこの周辺にトレントがいないような気がしていた。


 根拠は何もない。強いて言えば、妖精眼で確認できる範囲にいないくらいのこと。ただの勘である。


 ただ魔の森が活性化していることを考えれば、その勘もあながち外れてはいないだろう。つまりモンスターの発生数が増えたために、トレント・キングとその配下との間でバランスが取れなくなり、後者が数を減らしているのだ。


 いや、それどころかトレント・キングさえすでに共食いの餌食になっているかもしれない。そう考え、ジノーファは背中に冷たいものを感じた。もしそうなら、人類にとって危機的な状況だ。国の一つや二つ、滅んでもおかしくはない。そして真っ先に滅ぶのは、魔の森と境を接している国々だ。例えばアンタルヤ王国のような。


 ジノーファは顔色を変えず、しかし左手を強く握った。トレント・キングがどうなったのか、確かなことは分からない。だがダンジョンの入り口を見つけ、攻略することによって少しでも表層域が落ち着くなら、それは巡りめぐってアンタルヤ王国のためにもなるだろう。彼はそう考え、ひとまず自分を納得させた。


 巨大な陸亀が作った一本道を、ジノーファたちは真っ直ぐ進む。何度目かの襲撃を退け、魔石とドロップアイテムを回収していると、ふとノーラがこんな疑問を呟いた。


「……それにしても、あんなに大きなモンスターが、どうやってダンジョンの外へ出たのでしょうか?」

「ダンジョンの天井を突き破って出てきたのか、もしくはそれだけ大きな出入り口があるのか……」


「ダンジョンの中ではなくて、表層で出現したのかもしれないよ?」


 ジノーファがそう言うと、ノーラもユスフも「まさか」という顔をした。ダンジョンでは深い階層ほど強力なモンスターが出現しやすい。そのルールは表層にも適用される。要するに表層で出現するモンスターは基本的に弱いのだ。であれば、あれほど強力なモンスターが表層で出現するのは考えにくい。


 ただ、それは通常状態での話だ。あの巨大な陸亀が現れる直前にはスタンピードが発生しており、それによって大量のマナが地表に噴出していた。モンスターはマナの塊だ。十分な量のマナさえあれば、表層であっても強力な個体が出現しないことはないだろう。


 そしてしばらく進むと、ジノーファの推論が正しいことが証明された。巨大な獣道の先に、大きなくぼ地が姿を現したのだ。それはあの陸亀が出現した、その跡地であるに違いなかった。



ノーラの一言報告書「これ、本当にやるんですか……?」

ジェラルド「様式美、だそうだ」

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[気になる点] 魔石を使ってだれをレベルアップするかの判断などの話がない 穴がない計画だったはずなのにこの程度で狼狽えている
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