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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
魔の森

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石材回収作戦3


「そうか、ご苦労」


 アーベルから巨大ワーム討伐の報告を受け、ルドガーは短くそう応えた。その周囲では兵士たちが忙しく動き回っている。彼らはルドガーが率いていた第二班の兵士たち。第一班の兵士たちは、警戒は続けているものの、積極的には動かない。半分休んでいるような状態だった。


 巨大ワームとの戦闘は、大きな被害を出さずに済んだ。ただ、無傷の勝利では決してない。ワームは何度も地中と地上を行ったり来たりしていたのだが、そのたびに石畳の破片などが周囲に飛び散り、それらの直撃を喰らった者が少なからず負傷していた。


 最も重症だったのが腕の骨折で、他に打撲や裂傷を負った者が多数いる。瓦礫に足を取られて捻挫した者や、顔面から倒れたのか鼻血を流している者もいた。とはいえここはダンジョンの中。そしてヒーラーは各班に配属されている。彼らの出番だった。


『ようやく仕事ができます』


 治療に取り掛かるヒーラーは、そう言って苦笑していた。実際、先陣を切ったにも関わらず、第一班の負傷率は低い。言うまでもなく、ジノーファのおかげだ。それ自体は歓迎すべきことなのだが、そのおかげでヒーラーは無聊を託っていたらしい。水を得た魚のように仕事をしていた。


 そうこうしている内に、ルドガー率いる第二班が到着し、第一班と合流したのである。ワームが暴れて穴だらけになった廃墟エリアの様子を見て、ルドガーはすぐに激戦があったことを察した。戦死者が出ていることも覚悟したのだが、被害は回復魔法で治療できる範囲だと知り、彼は胸を撫で下ろしたのだった。


「ともかく、戦死者が出なかったのは僥倖だった。それにしても、巨大ワームか……」


 ルドガーは眉間にシワを寄せて考え込んだ。以前、廃墟エリアに強力なワイバーンが出現した事は彼も知っている。ただ二年近く前の話であるし、その後飛びぬけて強力なモンスターが現れたという話は聞いていない。


 それで、そのようなモンスターは例外であるとして、今回の作戦では考慮に入れていなかった。廃墟エリアに出現するのはゴブリンやスケルトン、ブラックウルフなど小型から中型のモンスターが主であるとして準備をしてきたのだ。その前提がいきなり狂ってしまい、ルドガーは頭を抱えた。


「ジノーファ殿。そのワームのようなモンスターが、また現れると思うか?」


「分かりません。可能性自体はゼロではないと思いますが、今回の作戦中に出てくるかはなんとも」


 ジノーファは肩をすくめてそう答えた。そうとしか答えられないわけだが、ルドガーもそれは承知しているので、苦笑を浮かべて一つ頷いた。


(なんにしても……)


 なんにしても、この場にジノーファがいるのは僥倖だ。仮にまたエリアボスクラスのモンスターが出現したとしても、ジノーファがいれば被害を抑えつつ討伐できる。今回の作戦に彼を加えさせたダンダリオンの慧眼に、ルドガーは改めて感服するのだった。


「将軍、あらかた完了しました」


 さて、ワームについての報告がちょうど終わったころ、第二班の兵士の一人がやって来て、ルドガーにそう告げた。第二班は第一班の作業を引き継ぎ、噴水広場周辺の廃墟を取り壊していたのだが、その作業が一段落ついたのである。


 周囲を見渡すと、かなり見晴らしが良くなっている。もちろん廃墟はまだたくさんあるのだが、噴水広場の周辺に限ると、あらかた片付けられていていた。これで弓や魔法で狙撃される危険を、かなりの程度軽減できるはずだ。


 ちなみに、廃墟を取り壊して後に残った石材は、もちろん回収する予定なのだが、今はまだ放置されている。石材の回収は、第三班以降が到着してから行う予定だ。なにより、その前にやっておかなければならないことがあった。


「よし。次の作業に移れ」


 周りの様子を見て一つ頷くと、ルドガーはそう命じた。それを受け、兵士たちが動き出す。第二班の兵士たちだけではなく、第一班の兵士たちも同様だ。彼らはそれぞれ広場の周囲に散らばると、その場所を隙なく警護して周辺を警戒する。そして兵士たちが配置に付いたのを見て、ルドガーはさらにこう命令を下した。


「始めろ」


 その命令に従い、土魔法を使うメイジたちが魔力を練り始める。どうやら作業の中心となるのは彼らのようだ。そして彼らはタイミングを合わせつつ、丁寧に魔法を発動させる。すると地面が持ち上がり、瞬く間に噴水の広場をぐるりと囲う土塁が出来上がった。


「見事なものですね……」


「そうだろう。私も最初見たときは驚いたものだ」


 ジノーファが感嘆した様子で感想を漏らす。その横でルドガーが腕組をしつつ、少々自慢げにそう語った。どうやら事前にある程度予行練習をしていたらしい。本番でできなければ作戦が破綻しかねないので、当然と言えば当然である。


 土塁の直径はおよそ五十メートル、高さは三メートルもあるだろうか。立派な防壁である。この規模の壁を普通に作ろうとしたら、一体どれだけの手間とお金がかかるのだろう。それが、ほとんど一瞬でできてしまった。


 もちろん、一度の魔法で完成したわけではない。今もメイジたちを中心に、補修や補強をしたり、高さを均したりしている。しかし驚くべき速さであることに変わりはない。「魔法の力、恐るべし」と言うべきか。下層廃墟エリアのど真ん中に、忽然と防衛陣地が出現したのである。


「これが、ダンジョンの外でもできればいいのだがなぁ……」


 苦笑混じりにルドガーはそうぼやいた。彼の言うようにダンジョンの外でも同じことができれば、きっと戦争の概念が変わるだろう。もっとも、その前に世界が終わりそうな気もするが。ダンジョンの外でも魔法が使えるという事は、そこは表層であるということなのだから。


 まあそれはそれとして。この防衛陣地、つまり土塁と土塁で囲った広場こそ、今後廃墟エリアで作業するための拠点であり切り札だった。内側は噴水の広場、つまり水場であるためにモンスターは出現しない。そして土塁の高さは三メートル程度もあるから、ゴブリンやスケルトンでは侵入するのにかなり手こずるだろう。


 もちろん侵入できないわけではない。だが防壁に加え警備の兵を置けば、内側の安全はかなりの程度確保される。これなら陣地で休憩を取りつつ、長時間の作業が可能だ。仮に破られたとしても、修復は容易である。また土魔法を使えばよいのだから。


(これなら……)


 これなら、魔の森での作戦も上手くいくかもしれない。ジノーファはそう思った。計画では、「魔法を活用し、魔の森に拠点を築く」となっている。実のところ彼はその方針に懐疑的だった。だが、こうして現物を目にすることで、その考えは少し変わった。「これならやってみる価値はある」。広場を囲う土塁は、そう思わせる出来だった。


 さて、土塁が完成すると、そこにはしごが架けられた。収納魔法で持ち込んだはしごである。はしごを架けるとモンスターも侵入が容易になるが、土塁には門など開けられてはいないから、人間の出入りのためにはしごは必要だった。


 それから少しして、第三班が廃墟エリアに到着する。彼らは防壁の内側に入ると、食事の準備を始めた。ちなみに第二班は周辺の警戒、第一班は中で休憩だ。中層の大広間からこっち休みなしだったので、メンバーも少しホッとした様子だ。


 その後も時間を置いて、後続の班が続々と到着する。ユスフの第五班も無事に到着し、ジノーファは数時間ぶりの再会に胸を撫で下ろした。ラヴィーネも尻尾を振って彼を出迎える。


 それにしても、人数が多くなってくると、広々としているように思えた防衛陣地の中も手狭に感じる。警備の兵が外に出ているのにこれなのだ。全員が中に入って休むのは無理だろう。もっとも、その予定もないが。


 さて、全六班が揃ったところで、いよいよ本格的に石材の回収が始まった。防衛陣地の周囲には、取り壊した廃墟の石材がそのままに放置されている。まずはこれから取り掛かった。


 やり方は至って単純。つまり収納魔法に石材を放り込むだけだ。簡単ではあるが、その一方で重労働でもある。石材は当然重いし、作業する兵士たちは鎧を身に付け帯剣している。それでも文句を言わずに淡々と作業をこなすのはさすがと言うべきか。経験値(マナ)によるレベルアップの恩恵と、叩き込まれた規律精神の賜物であろう。


 もっとも、この作業には少々の“お楽しみ”があった。廃墟エリアにはもともと、換金できそうなアイテムがそこかしこにある。また廃墟を取り壊す際、巻き込む形で倒したモンスターの魔石やドロップアイテムがそのまま埋もれていたりもする。そう言ったものを見つけるのが、作業に当る兵士たちの楽しみになっていた。


「ま、やる気がでるのはいいことだ」


 ルドガーはそう言って兵士たちの宝探しを黙認した。ただし、ルールは定める。拾った物は基本的に拾った者のものだが、それは各自で管理すること。収納魔法に片付けた場合は、一括で換金して頭割りとする。ただし、作業に支障が認められた場合は、問答無用で一括管理だ。


 ルドガーのお墨付きがでたことで、兵士たちの士気はさらに上がった。警備を担当している兵士たちは少々羨ましそうにしている。もっとも彼らは彼らで、モンスターを倒して魔石やドロップアイテムを手に入れている。モノは一括管理だが、マナは優先的に吸収できるので、役得がないわけではなかった。


「ユスフも何か見つけたのか?」


「はい。こんなモノを」


 そう言ってユスフが取り出したのは、黄銅色の腕輪だった。少しすすけているが、あとで磨いてやれば輝きを取り戻すだろう。その腕輪を指に引っ掛けて回しながら、ユスフは続けてこう語る。


「たぶん、真鍮製ですね。表面の細工が結構きれいなので、プレゼントにするのもいいかも知れませんね」


「誰に贈るんだい?」


「そうですねぇ……、リリーちゃんにでも、って、あ……」


「……カナリアちゃんじゃなかったのか?」


「……たまには違う花の蜜も吸いたくなるんですよ」


 ユスフはそう言ってバツが悪そうに視線を彷徨わせた。そんな彼を見て、ジノーファは苦笑して肩をすくめる。まったく、勤勉な働きバチである。もっとも働きバチは全てメスだが。


 さて、石材の回収作業にはジノーファも加わっていた。というより、主力である。フォルカーの収納魔法は往路のパワーレベリングのおかげで容量を増やしていたが、しかしそれでもすぐにいっぱいになってしまいジノーファが駆り出されたのだ。


 そんなわけで現在、ジノーファのもとには次々に石材が運ばれてきていた。ジノーファ自身も聖痕(スティグマ)持ちの膂力に物言わせて石材を運んでいる。そしてある程度集まったところで、彼はシャドーホールを発動させた。


 余談になるが、フォルカーの例からも分かるように、収納魔法も主の成長に合わせてレベルアップする。ならばシャドーホールもレベルアップしているのは道理だ。そしてその成果をジノーファは遺憾なく発揮させた。


 ジノーファの影が漆黒と言っていいほどに濃さを増す。そして、まるで水面のように波打ったかと思うと、勢い良く広がって集積した石材の下に入り込んだ。次の瞬間、積み上げられていた石材がズブズブと影の中に沈み込んでいく。数秒後、集めた石材は綺麗さっぱりなくなっていた。


「「「おお……」」」


 兵士たちの間から感嘆の声が漏れる。ジノーファも満足げに頷いた。シャドーホールのこの新しい能力は、一度に大量に収納する際に特に便利だ。


 ちなみに大量に取り出すことも可能で、つい先ほどおよそ二〇〇人分のドロップ肉を提供してきたばかりである。いや、食べるのが肉体労働で腹をすかせた屈強な男たちなので、実際には三〇〇人分くらいあったかもしれない。


 まあそれはそれとして。石材の回収作業の進捗は順調だった。なにぶん初めてなので、前回と比べる事はできないが、作業自体は単純であることが幸いした。大きな混乱が起こっているようには見えない。


「ふむ、半分程度は片付いたか?」


 防壁の上から周囲を見渡し、ルドガーはそう呟いた。廃墟を取り壊すことで回収しやすくしていた石材は、彼の言うとおりすでに半分程度なくなっている。この分なら、予定していた作戦の時間内に作業を終えられるだろう。


(問題は……)


 問題は、むしろ収納魔法の容量のほうであろう。すでにフォルカーに続いて第四班の使い手も、収納魔法の容量がいっぱいになってしまっていた。他の四人も容量の半分以上を使ってしまっている。十分な石材が確保できるのか、微妙なところだった。


(また、ジノーファ殿に頼る事になるか……)


 そう思い、ルドガーは内心でため息を吐いた。実のところ彼は、石材が不足するという事態を想定していない。ジノーファのシャドーホールは相変わらず底なしだ。いざとなれば、そこに全部突っ込めばよい。


 ただ、一人の人間に依存するのは、組織として不健全だ。その一人がいなくなってしまえば、全体が瓦解しかねない。しかし現状、今回の作戦ではジノーファにかなりの程度頼ってしまっている。それこそ、彼がいなければ作戦が成り立たないほどに。作戦指揮官として、ルドガーは忸怩たる想いだった。


 しかしながらその一方で、今はジノーファの力を借りざるを得ない。今回の一連の作戦はどうしても成功させなければならないからだ。それは魔の森の脅威がそれだけ逼迫しているから、というわけではない。この作戦がジェラルドの帝位継承を見越してのものだからである。


 あらゆる国家の宿命として、権力者が交代する際に国内の情勢は、多かれ少なかれ不安定になる。それはロストク帝国でも同じだ。ましてジェラルドは炎帝ダンダリオン一世の後を継ぐのだ。必ずや彼は父帝と比べられるだろう。そして劣ると思われたとき、それは情勢を不安定化させる原因の一つとなる。


(ジェラルド殿下は、決して軟弱な方ではないのだがな……)


 ルドガーは内心でそう嘆息した。ジェラルドは成長限界に達している。つまりダンジョン攻略を行い、相応に経験値(マナ)を稼いだのだ。また何度も部隊を率い、軍事行動を行ってもいる。


 立派に武闘派であると言っていいだろう。少なくとも、彼は戦いを知らぬ文弱の徒ではない。


 しかしながらジェラルドは、文官肌と思われがちだ。もちろん内政においても彼は有能である。だが、それでもそう思われる最大の原因は、やはりダンダリオンと比べてのことだった。


 正論を言うのなら、そもそも比べること自体が間違っている。ダンダリオンは聖痕(スティグマ)持ちだ。そんな例外と比べられてはたまったものではないだろう。加えてジェラルドに後のことを任せられたからこそ、ダンダリオンは後顧の憂いなく前線で戦えたのだ。それを評価しないのは不公平である。


 だが民衆の評価と言うのは身勝手なもので、派手な功績ばかりがもてはやされる。一方で地味な働きは無視されがちだ。とはいえ民衆の評価を無視して支持を失えば、国は脆くなって他国の付け入る隙が生まれる。支配者としては頭の痛い問題だった。


 そこで、ジェラルドにいわば箔付けをするのが、今回の一連の作戦の真の目的だった。権力継承のための地ならしと言ってしまえば、生臭く感じて眉をひそめたくもなる。だが内戦を起こさないための措置と思えば、軽く考えることもできない。


(宮仕えの辛いところだな……)


 腕を組み、ルドガーは嘆息した。とはいえ作戦はすでに動き始めている。であれば彼に出来るのは、成功のために全力を尽くすことだけだ。そのためにはやはり、ジノーファの力も借りなければなるまい。


(それに、あるいは……)


 あるいは、ジノーファの存在はジェラルドを救うことにも繋がるかもしれない。多分に希望的観測だが、ルドガーはそんなふうにも思っている。


(まあ、今は詮無きことだ)


 胸中でそう呟き苦笑すると、ルドガーは交替と休憩の指示を出す。彼の後ろからは調理されたドロップ肉のいい匂いが漂っていた。


重要:宝探しは任務に支障をきたさない範囲で行いましょう。

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[気になる点] 誤字ではないのですが、始め意味が分かりずらかったので補足的にコメントしています。 筆者の好みで参考にしてもらえば良いと思います。 〉ユスフはそう言ってバツが悪そうに視線を彷徨わせた。そ…
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