石材回収作戦1
今、ジノーファは直轄軍の兵士たちとダンジョンの中を進んでいる。兵士の数は六人パーティーが六つで三六人。これにジノーファとラヴィーネを加えた三七人と一匹が、この第一班の全てだった。
兵士たちは、皆軽装である。これは先遣隊が移動ルートを下見して得てきた、その情報に基づくものだ。狭い通路での戦闘を想定して武器は取り回しの良いものが選ばれている。また跳んだりはねたりすることもあるので、重い鎧や盾は装備していない。
ただこの軽装備では、下層廃墟エリアでの作戦遂行に懸念がある。それもまた先遣隊の下した判断だった。それで彼らは現在の装備とは別に、廃墟エリアで活動するための装備を持ち込んでいる。これは第一班だけでなく、全六班が同様だった。
当然、収納魔法を使ってのことだ。そうでなければ、装備を二種類持っていくことなどできるはずもない。ただこのために荷物の量が増え、収納魔法の容量を少なからず使ってしまった事は痛手だった。
第一班に配属された収納魔法の使い手であるフォルカーなどは、この多量の物資の全てを収納することができなかった。そんな事態は初めてで、彼自身驚いたという。それでシャドーホールを持つジノーファと組むことになったのだ。
ただ、収納魔法の容量が足りず、十分な石材を確保できないでは困る。そこで収納魔法の成長を促すべく、ジノーファはルドガーから「優先的にマナをフォルカーに与えて欲しい」と依頼されていた。
その依頼を果たすべく、ジノーファは妖精眼を使ってマナスポットを見つけては、フォルカーにマナを吸収させた。フォルカーは恐縮していたし、他のメンバーは羨ましそうにしていたが、彼の収納魔法が未熟なままでは今後に差し障りがある。必要な措置だった。
「フォルカー、こっちだ」
「は、はい!」
またジノーファがマナスポットを見つけ、フォルカーがそこからマナを吸収する。ちなみにフォルカーからは「自分のことは呼び捨てで、敬語も使わなくていいですから」と言われたので、ジノーファは気楽な態度で彼に接していた。
フォルカーがマナを吸収し終えると、ジノーファたちはまた通路を進み始めた。一番負担の大きな先頭は、六つのパーティーが交替で務めている。魔石のマナは倒したパーティー内で分配し、ドロップアイテムが出た場合はジノーファがシャドーホールに放り込んでいる。
大きな問題も起こらず、彼らは順調にダンジョン内を進んだ。幾つか難所はあるものの、事前に対策は考えてある。ロープを張るなどして、危なげなく超えた。淡々とした彼らの様子には、実力に裏打ちされた自負が滲んでいた。
やがて彼らは大広間に到着した。ルート上にある、避けては通れない二つの大広間の内、上層の方だ。大広間に入ると、先行していた二つパーティーのメンバーらが、ジノーファたちのことを出迎えた。
「お疲れ様です。エリアボスの討伐、完了しています」
「ご苦労。では、撤退を開始してください」
報告を受け、第一班のリーダーであるアーベルはそう指示を出した。先行していたパーティーのメンバーらは、彼に敬礼を返すと素早く撤退を開始する。エリアボスを倒してから今まで、ここで十分に休めたのだろう。彼らの足取りに疲労した様子はない。ジノーファたちも安心して彼らを見送った。
彼らと入れ違いに大広間に入ると、ジノーファたちはそこで休憩を取った。エリアボスはおおよそ三日程度で再出現することが知られている。逆を言えば、その間は出現しないのだ。しかも大広間には十分な広さがある。それで、攻略を行う者たちはエリアボスを倒した後の大広間で休憩を取ることが良くあった。
短い休憩の後、ジノーファたちはまた攻略を再開する。隊列を組みなおすと、彼らはさらに奥を目指して歩き始めた。ここから先は先行したパーティーの、いわば露払いがすんでいない。モンスターの出現率も高くなると思われ、全員が気を引き締めた。
上層を超え、中層へ差し掛かる。近くに水場があることをジノーファが告げると、フォルカーは曖昧に笑った。やはり彼も、頻繁に水汲みの任務に駆りだされているらしい。ジノーファは彼に親近感を覚えるのだった。
さて、次なる難所は絶壁である。高さは五、六メートルといったところか。これを降りなければならない。まずはジノーファが指示を出し、ラヴィーネが軽やかに下へ降りる。そこへちょうどトカゲのようなモンスターが現れたのだが、ラヴィーネはすぐさまその首筋に噛み付き、ほとんど何もさせないまま倒してしまった。
「おお……」
その鮮やかな手並みに、兵士たちからも感嘆の声が上がる。もっとも、彼女がドロップした肉に食いつくのを見て、「うぅむ」という唸り声に変わったが。その様子に苦笑しつつ、ジノーファはアーベルに声をかける。
「アーベル殿、今のうちに」
「そうですね。よし、下へ降りるぞ、準備をしろ!」
その指示にひとつ頷き、フォルカーはまず一本の鉄製の杭を取り出した。その杭をハンマーを使って、地面に深く突き刺す。さらに土魔法を使うメイジが杭の周囲の岩塊を魔法で固める。これで杭はビクとも動かなくなった。
その杭に、ロープを固く結ぶ。そのロープを絶壁の下まで降ろし、それを伝って下まで降りるのだ。下の警戒はラヴィーネがやってくれている。一人ずつなので多少時間はかかるが、しかし安全で確実な方法だった。
そうやって兵士たちが一人ずつ下へ降りていく様子を見ながら、ジノーファは断崖の上で警戒を行っていた。降下中の兵士たちがモンスターに襲われないよう、周囲に気を配っているのだ。そしてその最中、厄介なモンスターが現れた。
「ギィ! ギギィ!」
「ギャギャ、ギャア!」
その不快な声が聞こえてきたのは上のほうだった。ジノーファが反射的に視線を向けると、そこには飛行タイプのモンスターが数体いた。ガーゴイルやレッサーデーモンだ。ここは中層だし、さらに断崖の上と言うことで足場が狭い。厄介な相手だった。
ジノーファはアーベルにちらりと視線を向ける。彼が小さく頷いたので、ジノーファは双剣を構えて大きく跳躍した。灰色の髪がふわりと舞う。そして彼は空中で上手にバランスを取りながら、両手の双剣を縦横無尽に振るって伸閃を放った。
不可視の斬撃が次々にモンスターを切り裂いていく。しかし全てを倒せたわけではなかった。いつもならユスフが取りこぼしを始末してくれるのだが、生憎と彼は今ここにはいない。別にジノーファ一人で全て倒す必要もないのだが、下にいるメンバーの負担を軽くするためにも、できる限り削っておきたいところだ。
「ふっ!」
ジノーファは鋭く息を吐きながら、ダンジョンの壁面を三角飛びの要領で蹴った。そうやって滞空時間を確保しつつ、彼はさらに伸閃を放つ。これで全てのモンスターが墜ちた。全て倒したわけではないが手負いで、しかも墜落してさらにダメージを負ったモンスターなど、直轄軍の精鋭たちの敵ではない。それぞれ手早く止めをさした。
「お疲れ様です」
双剣を振るうことで軌道を修正しつつ降りてきたジノーファに、アーベルがそう労わりの声をかけた。彼の華麗な戦いぶりに、兵士たちは皆一様に感嘆し、憧憬の眼差しを送っている。そんな中でも彼はいつも通りで、一つ頷くと双剣を鞘にしまった。
モンスターの気配が消えたところで、兵士たちはまた一人ずつ断崖を降りていく。そして最後に残ったジノーファは、断崖の上から軽やかに飛び降りた。杭とロープはそのままだ。使えると思えば、第二班の連中がまた使うだろう。
断崖の難所を越えてから、ジノーファたちはさらに細い通路を進む。その道中、マナスポットを見つけたらフォルカーに吸収させることも忘れない。ジノーファが倒したモンスターの魔石の分も押し付けられているので、彼は恐縮しきりだった。
「今日だけで一ヶ月分くらいマナを吸収したような気がします……」
フォルカーが頬を引き攣らせながらそう呟く。一ヶ月分は言いすぎだろうが、普通に攻略した場合の何倍もマナを吸収しているのは確かなのだろう。アーベルも呆れた様子で苦笑し、「陛下が妖精眼に着目しておられる理由が分かった気がします」と言って肩をすくめていた。
(もしかしたら……)
もしかしたら、この第一班の中から妖精眼(に似た魔法)を覚える者が出てくるかもしれない。ジノーファはそう思った。収納魔法だって広まりつつあるのだ。可能性は十分にあるだろう。
さて、細い通路を進むうちに、中層の大広間が近づいてきた。この大広間では、ほぼ確実にエリアボスが出現する。第一班のメンバーも緊張した様子だ。ただ、エリアボスとまず戦うのはジノーファである。
「ではジノーファ様、お願いします」
そう言ってアーベルは道を譲る。ジノーファは一つ頷いてから大広間に足を踏み入れた。そして次の瞬間、エリアボスが出現する。現れたのは、馬の下半身と人の上半身を持つモンスター、ケンタウロスだ。
蹄から頭の先まで四メートルはあろうかという巨体で、額からは不揃いの角が二本生えていた。人の上半身には胸当てと籠手を装備していて、その下には荒々しい筋肉が覗いている。そして手には巨大なバルディッシュを持っていた。
「オオォオオォォォオオオ!!」
出現したケンタウロスは、威嚇するかのように雄叫びを上げた。そして前足を蹴り上げてその巨体を見せ付ける。前足が地面に振り下ろされると、「ズンッ」という音がジノーファの腹に響き、さらに大広間も震えた。
(久しぶりだな……)
ケンタウロスの威嚇に、しかし少しも臆することなく、ジノーファは一角の双剣を両手に構えた。そして心の中でふとそう呟く。エリアボスと一人で戦うのは、王太子時代以来だから本当に久しぶりだ。
ただ、ジノーファは決して一人ではなかった。彼の足元から「ウゥゥゥ!」という唸り声が響く。ラヴィーネだ。頼もしい仲間のことを思い出し、ジノーファは小さく笑った。それを見咎めたわけではないのだろうが、ケンタウロスが動いた。
「オオオォォォオオオオ!」
バルディッシュを振り上げ、ケンタウロスが迫る。馬の下半身を持つために、まるで巨大な騎兵を相手にしているようだ。とはいえ、ジノーファが臆することはない。彼は聖痕を発動させると、ケンタウロスを迎え撃つべく、鋭く踏み込んで前に出た。
先手を取ったのはジノーファ。彼は低い位置で剣を横に振るい、伸閃を放ってケンタウロスの足元を狙う。しかしケンタウロスは大きく跳躍してその斬撃を避けた。そして蹄の音を響かせながら、身体を傾けて曲線の軌道を描きながら疾駆する。ケンタウロスはそのまま駆け抜け、すれ違い様にジノーファをバルディッシュで薙いだ。
その一撃を、ジノーファは伸閃で弾く。その瞬間、重い手応えを感じ、彼はわずかに顔をしかめた。見た目に違わず、ケンタウロスは怪力だ。その上、一撃に上手く速度と体重を乗せている。あの巨体と速度。なるほど、確かに脅威だ。
しかしジノーファは一歩も退かない。それどころか、かえって前に出た。駆け回るケンタウロスを相手に、むしろそれ以上の速度で翻弄し、四方八方から伸閃で不可視の斬撃を浴びせる。たちまち、ケンタウロスは全身から鮮血を流した。血を流すモンスターは珍しい。ただ、血の色は赤ではなく青黒かったが。
「オオォォオオォオオオ!」
ケンタウロスが声を上げた。悲鳴ではなく雄叫びだ。眼に怒りを滾らせて、ケンタウロスはバルディッシュを一閃する。ジノーファは軽やかにその一撃を回避したが、しかしケンタウロスはすかさず追撃する。
馬の前足を使っての踏みつけ。そこからバルディッシュを振り回しての横薙ぎ。切りかえして、連続の突き。ジノーファはすべて回避しているが、しかしなかなか距離が取れない。ケンタウロスが持つ馬の下半身は、動きながらの攻撃に適しているのだ。
「オオオォォォオオオオ!」
ケンタウロスが雄叫びを上げつつ、バルディッシュを振り下ろす。ジノーファはその一撃を、今度は伸閃で弾いた。そしてさらに、その次の一撃も同様にする。足を止めて攻撃を捌き始めたジノーファに対し、ケンタウロスも正面から挑まざるを得ない。
しばし、人とモンスターは打ち合った。凄まじい剣戟の音が大広間に響く。外で見守っている第一班のメンバーは、その迫力に顔を強張らせて手を握りしめている。そして彼らが見守る中で、一人と一体の剣戟は回転数を上げていく。
「オォォオオォオオオ!」
回転数を上げているのはケンタウロスの方。全身の筋肉を力ませ、まるで嵐のようにバルディッシュを振るう。しかしジノーファは臆することなくその攻撃を捌いていく。渾身の攻撃が通じず、ケンタウロスはわずかに怯んだ。
その瞬間、今度はジノーファが回転数を上げた。もともと双剣のほうが手数は多い。たちまちケンタウロスは防戦一方になり、しかしそれでも防ぎきれず、また出血と傷を増やした。
「ボォオオオオ!!」
このままではジリ貧。そう判断したのだろう。ケンタウロスが魔力を高めたのを、ジノーファは妖精眼で認めた。そしてケンタウロスは防御を無視して攻撃に打って出る。バルディッシュの横薙ぎだ。しかもその刃は帯電していた。
「っ!」
ジノーファは小さく舌打ちすると、後方に跳躍して大きく距離を取った。そして軽やかに着地すると、隙なく双剣を構える。ケンタウロスも帯電したバルディッシュを両手で構えて振り上げた。一人と一体は睨みあう。先に動いたのは、しかしそのどちらでもなく、もう一匹の方だった。
「グゥゥゥ……、ガウ!」
飛び出したのはラヴィーネ。彼女はケンタウロスの後ろ足の付け根に、その鋭い牙を突き立てた。ケンタウロスにとっては、まったくの不意打ちだ。間違いなく悲鳴を上げ、後ろ足を蹴り上げてラヴィーネを振り払う。しかし彼女もただでは離れない。後ろ足の肉を食い千切っていた。
その隙を見逃さず、ジノーファは素早く間合いを詰めた。ケンタウロスもそれに応じるが、しかし反応が遅れてしまった上に、今さっきのダメージで思うように動けない。しかしそれでも何とか腕力でバルディッシュを振り回しジノーファを牽制する。
その一撃を、ジノーファは余裕を持って回避した。そしてそのまま動きを止めず、流れるようにしてケンタウロスの側面に回りこむ。ケンタウロスもそれに合わせて体の向きを変えようとするが、しかしラヴィーネが吠え立ててそれを牽制した。
「オオォォオオ!」
ケンタウロスが身体を捻ってバルディッシュを突き出す。ジノーファはそれを跳躍して避けると、なんとケンタウロスの背中に着地した。そして右手の剣を鋭く一閃する。ケンタウロスの首は高く舞い上がって弧を描き、そして落ちた。
ケンタウロスの巨躯が、灰のようになって崩れ落ちる。あとにはエリアボスの巨大な魔石と、ケンタウロスが使っていたバルディッシュが残った。
ふう、と一つ息を吐いてから、ジノーファは双剣を鞘に収めた。そしてバルディッシュをシャドーホールに放り込む。そうしていると、外で見守っていた第一班のメンバーが大広間の中に入ってくる。その中にフォルカーの姿を見つけ、ジノーファは彼にエリアボスの魔石を差し出した。
「これも吸収するといい」
「いえいえ、さすがにそれは!」
フォルカーがどうしても固辞するので、ジノーファは結局自分でマナを吸収した。そしてすぐに出発する。下層、廃墟エリアはもうすぐだ。
フォルカー「未熟者ですみません!」




