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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
幕間Ⅱ

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晩餐会

 メルストの街で一泊したアルバレスらの一行は、翌日、夜明けと共に出立した。そして馬を飛ばし、王都フォルメトに到着したのが昼過ぎ頃。一行は王都の中を通って王城へと案内された。


 ジノーファがランヴィーア王国の王都フォルメトへ来るのは、これが初めてである。メルストもそうだったが、建築様式はアンタルヤ王国よりもロストク帝国のそれに近い。異国の空気を肌で感じながら、ジノーファは街の様子を楽しげに眺めた。


 王城に到着すると、侍従長の出迎えを受ける。そして少し遅めの昼食を振舞われた。昼食を終えると、それぞれ部屋に案内される。ジノーファはもちろんとして、シェリーとユスフにも一人部屋があてがわれた。


 どうやら二人共、客人として遇するつもりのようだ。もちろんジノーファと比べれば扱いに差があるのだが、しかしそれでも破格の待遇である。アルバレスは「歓待する」と言っていたが、どうやら本当で本気らしい。


「あの、いいのでしょうか……? わたしたちまで……」


「いいんじゃないかな。ご好意に甘えるとしよう」


 恐縮するシェリーとユスフを、ジノーファはそう言って宥めた。そんな彼らに世話役の侍女がこう話しかける。


「今晩、ささやかではありますが、晩餐会が催されます。皆様もぜひおいでになられてください」


「ありがとうございます」


「つきましては、御召物をご用意いたしますので、どうぞこちらへ」


 そう言って侍女はジノーファたちを衣裳部屋へ案内した。当然男女別なので、シェリーとはここでいったん別れる。男用の衣裳部屋へ入ると、そこには先客がいた。ルドガーである。


「ルドガー殿も衣装選びですか?」


「ああ、もう終わったがな」


 そう答えるルドガーは、確かにもういつもの服装に戻っていた。話を聞いてみると、さっさとデザインを選び、試着してサイズを確認し、多少の手直しをしてすぐに衣装選びを終えたという。


「別のモノもお勧めしたのですが……」


「いやあ、私はアレで十分だ」


 侍女が残念そうに呟くと、ルドガーは苦笑してそう言った。彼は痩身の美丈夫だから、この機会に着飾らせてみたかったのかもしれない。もっとも彼の苦笑からして、それを察したので手早く衣装選びを終えたのだろう。


「では、お先に」


 そう言ってルドガーは足早に衣裳部屋を後にした。それを見送ってから、ジノーファとユスフは自分達の衣装を選び始める。ジノーファも手早く選んでしまうつもりだったのだが、しかしそうは問屋がおろさない。


「ジノーファ様、こちらなどいかがでしょうか?」


「こちらの衣装も似合いそうですわ」


「ぜひこの衣装も試してくださいませ」


 侍女たちが衣装を手に、次から次へとジノーファに迫ってくる。表情はにこやかなくせにその雰囲気には抗い難いものがあり、ジノーファは気圧されたように半歩後ずさりした。エリアボス相手でさえ、そんなことは滅多にないのに!


「ユ、ユスフはどうするのだ?」


 助けを求めるように、ジノーファはユスフのほうに視線を向ける。彼のほうにも侍女を振り分けられないかと思ったのだ。しかしジノーファのアテは外れる。彼はジノーファを尻目に、あっさりと衣装を選んでいたのだ。


「わたしは、コレにします」


「そんな地味なのじゃなくても……」


「いえ、これくらいでちょうどいいんです。ジノーファ様より派手なものを着るわけには行きませんから」


 そう言われてしまうと、ジノーファも納得するしかない。侍女たちも同じ意見であるのか、翻意させて群がることもなく、ユスフの衣装選びはごく簡単に終わった。後は一度試着して、多少の手直しをするだけである。


「さあ、ジノーファ様も早く衣装をお選びにならなくては!」


 結局、ジノーファの状況は少しも改善することなく、衣装選びは続けられることになった。侍女たちが勧める衣装を、ジノーファは半ば諦めの境地に達しながら試着していく。今の彼は、お行儀のいい着せ替え人形である。


 どう見てもジノーファ本人より侍女達の方が楽しんでいる。その上、彼女達の中に見慣れた姿が紛れ込んでいるのを、ジノーファは見逃さなかった。


「どうしてシェリーまで……!」


「メイドとして、これは見逃せません。当然のことです」


 シェリーは力強くそう答えた。そんな彼女の手には、試着させるつもりなのだろう、三着ほどの衣装がストックされている。それを見て、ジノーファは思わず頭を抱えた。


「自分の衣装はどうしたのだ?」


「ご心配なく。もう選びましたわ」


 シェリーは朗らかに笑ってそう答えた。普通、こういうものは女性の方が時間がかかるものではないのだろうか。ジノーファはそう思ったのだが、押し付けられる衣装の試着に忙しく、彼がその疑問を口にすることはなかった。


 さてその夜、ジノーファたちは選んだ衣装を身につけて晩餐会へ向かった。最終的にジノーファが選んだのは、オーソドックスな黒いスーツタイプのもの。上着の丈が長く、アクセントとして胸元のあたりに小さなシルバーチェーンをつけている。


 侍女たちはもっと派手なものを着せようとしていたのだが、ジノーファはルドガーが選んだものを聞き出し、そこを基準にして自分の衣装を選んだ。シェリーや侍女たちを宥めるのは、エリアボスと戦うよりも大変だった。


 一方シェリーが着ているのは、ネイビーのドレス。ノースリーブだが、ストールを巻いているし長い手袋もしているので、露出は少なく清楚な装いだ。髪は結い上げられていて、露わになったうなじの白さが眩しい。耳には、ドレスに合わせたのだろう、青い宝石のついたイヤリングが輝いている。顔には薄く化粧をしていて、ジノーファが「似合っているよ」と褒めると、彼女は少し恥ずかしそうにしながら、「はい」と言ってはにかんだ。


 オーギュスタン二世とジョゼフィーネ王妃が現れて席に着くと、晩餐会が始まった。晩餐会は比較的小規模なもので、そのおかげかあまり堅苦しい雰囲気にはならない。むしろどちらかと言うと、アットホームな食事会のようだった。その中でオーギュスタン二世はまずルドガーに視線を向けてこう話した。


「ルドガー将軍、そしてロストク軍の方々。改めて礼を言わせて欲しい。我が国の国難に際し、よくぞ駆けつけてくださった。また水薬(ポーション)をはじめとする、物資の提供にも感謝する。おかげで多くの兵が死なずにすんだ。


 スタンピードは惨事であったが、此度の一件を乗り越えたことで、ランヴィーア王国とロストク帝国の絆はさらに強まるものと確信している。ダンダリオン陛下にもよろしくお伝え願いたい」


「はっ、オーギュスタン陛下のお言葉、恐悦至極に存じます。ダンダリオン陛下もお歓びになられるでしょう」


 ルドガーがそう応じると、オーギュスタン二世は鷹揚に頷いて笑みを浮かべた。そして次に、今回の派兵についてまだ決まっていない部分の話を切り出す。つまりロストク軍への報酬である。


「ロストク帝国には、今回の謝礼として金貨一万枚を支払おうと考えている。将軍、受け取っていただけるだろうか?」


 少し説明しておくと、この金貨一万枚には様々なものがひっくるめられている。ランヴィーア軍に買い取ってもらった、魔石やドロップアイテムの分。提供したポーション等の対価などだ。そう言ったものを差っ引いて考えると、金貨一万枚というのは派兵の対価として十分とはいい難い。要するにこれで手を打った場合、恐らくロストク軍は赤字になるだろう。


 しかしながら、今回の騒乱でランヴィーア王国が得たのは金貨でたったの一万五〇〇〇枚。このうち一万枚をロストク帝国に渡せば、彼らの取り分は金貨五〇〇〇枚しかない。今回の攻略で得た魔石やドロップアイテムの売却益があるとはいえ、大赤字になることは間違いない。


 そもそも、二度目のスタンピードを未然に防ぐことは、ロストク帝国の国益にも繋がる。また動員数はランヴィーア軍のほうが多かった。そんな中で、見舞金(実質的な賠償金)の三分の二に当る金貨一万枚を提示したのだ。最大限の誠意を見せたと考えていい。それでルドガーもこう答えた。


「ありがたく頂戴いたします、陛下」


「うむ、重畳である」


 オーギュスタン二世はそう言って、また一つ鷹揚に頷いた。ちなみにこの金貨一万枚が実際に支払われるのは、さらに後日のことになる。


 一番の懸念事項であったろう話が終わり、晩餐会は和やかな雰囲気で進んだ。話題は取りとめもなく移り変わっていくが、中心になるのはやはりダンジョン攻略のことだった。


「余には経験がないのだが、スタンピードを起こしたダンジョンと言うのは、やはり平時とは異なるものなのか?」


「はい。マナの濃度が濃く、そのため入った直後は息苦しさを覚えます」


「モンスターはどうなのだ?」


「数が多くなります。上層とはいえ、油断はできません」


「ふぅむ……」


 ルドガーのよどみない返答を聞き、オーギュスタン二世は感心したようにそう呟いた。それから彼はさらにこう尋ねる。


「そういえば、昨年はロストク帝国においてスタンピードがあったと聞く。その際には、将軍もダンジョンに向かわれたのか?」


「はい。及ばずながら、ダンダリオン陛下と共に戦わせていただきました」


「その時と比べ、今回はどうであった?」


「あらかじめダンジョン攻略を行うつもりで準備を整えることができましたので、かなり組織立って攻略に当ることができました」


 やはりメイジとヒーラーの存在は大きい、というのがルドガーの感想だ。ルドガーのように成長限界を迎えた戦士がいなくても、経験豊富なメイジがパーティーに一人いれば、エリアボスは格段に討伐しやすくなる。突出した戦力を結集して、それを使いまわす必要がなくなるのだ。


 またヒーラーがいれば生還能力が向上する。実際、今回の遠征で戦死者が一人も出なかったのは、ポーションの備蓄が豊富だったからというのもあるが、それ以上にヒーラーの存在が大きい。中には攻略を行わず、怪我の手当てだけをしていたヒーラーもいたくらいだ。


 正しい情報に基づき目標を定め、正しい準備をしてから事に臨む。そうして初めて成果を上げられるのだ。そういう意味で言えば、ルドガーのような指揮官の立場から見て、今回は理想的なケースだったと言える。


 ただ、オーギュスタン二世の興味を引いたのは、今回ではなく前回のケースだった。彼はこう尋ねる。


「では不意をつかれ、準備不足であった昨年の場合は、どのように攻略を行ったのだ?」


「ダンダリオン陛下を中心にして、エリアボス討伐専門のパーティーを編成したのです。強敵に対して十分な戦力を集中させることで、無用な被害を避けることができたと確信しております」


「なるほど、少数精鋭による首狩り作戦に通じるものがあるな。……そういえば、ジノーファ卿もそのパーティーで戦ったのであったな」


 不意にオーギュスタン二世の視線がジノーファのほうを向いた。彼はナプキンで口元を拭ってからこう応える


「はい。ただダンダリオン陛下をはじめ、皆さま歴戦の勇士ばかりでしたので、わたしなどおらずとも、そう大きな違いはなかったでしょう」


「ふ……、聖痕(スティグマ)持ちが二人もいたのだ。いかにエリアボス相手とはいえ、確かに過剰な戦力であろうな」


 小さく笑ってそう言うと、オーギュスタン二世は赤ワインを一口呷った。そしてどこか呆れたような口調で、さらにこう言葉を続ける。


「それにしても希有なものだ。今の世に二人しか確認されていない聖痕(スティグマ)持ちが、どちらともロストク帝国にいるとは。こういうのを『類は友を呼ぶ』というのであろうか。ルドガー将軍、どう思われるかな?」


「一番は縁でございましょう。ただその縁を得ることができたのは、ダンダリオン陛下の人徳とご威光によるものと確信しております」


「ほう、余の人徳と威光はダンダリオン陛下に及ばぬか?」


 オーギュスタン二世の口元に皮肉っぽい笑みが浮かぶ。小心者であれば、彼の機嫌をそこねたと思い、大慌てで平伏することだろう。しかしルドガーは慌てることなく、落ち着いてこう答えた。


「そうは申しておりませぬ。ただ人の巡りあわせは、天の定めるところでありますれば……」


「ふ……、戯言であったな、許せ。……ジノーファ卿は当事者としてどう考える?」


「ルドガー将軍の仰るとおり、人の巡りあわせは天の定めるところ。ですがダンダリオン陛下からご指摘をいただかなければ、わたしは自分が聖痕(スティグマ)持ちであることに気付きませんでした。そのことを思えば、必然と考えうる面もあるのではないでしょうか」


「なるほどな。聖痕(スティグマ)持ちを相手取れるのは聖痕(スティグマ)持ちだけ、というわけか」


 そう言ってオーギュスタン二世は納得した様子を見せた。そしてチラリとある男に目配せをする。ランヴィーア王国側の出席者で、よく肥えた文官の男だ。彼はその目配せに気付くと、立ち上がってジノーファにこう言った。


「ところでジノーファ卿。一つお願いがあるのですが、卿の聖痕(スティグマ)をぜひ拝見させていただけませんか?」


 男がそう口にした瞬間、その場の空気がざわついた。ジノーファの聖痕(スティグマ)が背中に現れるものであることは、すでに知れ渡っている。それを見せろというのは、つまり「この場で服を脱いで上半身裸になれ」と言っているに等しい。


 ひどく厚顔無礼なお願いだ。ルドガーをはじめ、ロストク軍の面々などは、はっきりと顔をしかめている。シェリーとユスフも同じだ。しかし文官の男はそれに気付かないのか、あるいは無視をして、さらにこう言葉を続ける。


「なにしろ、オーギュスタン陛下も言われたとおり、今の世にたった二人しかいない聖痕(スティグマ)持ち。これはまたとない機会です。ジノーファ卿の聖痕(スティグマ)を拝見できれば、末代までの語り草となりましょう!」


 それを聞いて、ルドガーやシェリーは怒りを顔に滲ませた。男の発言は、自慢したいから見せろといっているようなもの。二人の反応も当然である。だが二人が声を上げる前に、ジノーファが落ち着いた声でこう応えた。


「出し惜しみをするつもりはありませんが、この場でお見せするには少々差し障りがございます」


「ほう、なぜですかな?」


 そう尋ねる男に、ジノーファは正装を仕立てるために行った、服飾店での一件をかいつまんで話す。聖痕(スティグマ)のプレッシャーに当てられた店員が失神しそうになったという話を聞いて、男はさすがに笑みを引き攣らせた。


「この晩餐会はオーギュスタン陛下主催のもの。またこの場にはジョゼフィーネ王妃陛下もいらっしゃいます。騒ぎ立てるようなまねは慎むべきでしょう」


「ジノーファ卿。妻への配慮、感謝する」


 オーギュスタン二世がそう口を挟むと、男は引き際と見たのか、短く謝罪の言葉を述べてから腰を下ろした。そしてすぐさまジョゼフィーネ王妃が別の話題を振る。これ以降の晩餐会は、和やかなムードに戻って進んだ。


「三日後、舞踏会を開催する。ロストク帝国の方々も、ぜひご参加あれ」


 最後にデザートを食べた後、オーギュスタン二世がそう言って、晩餐会はお開きとなった。


 部屋へ戻る途中、ジノーファは小さく胸を撫で下ろす。相変わらず、彼はこういう席が苦手だった。それでも、しっかり料理を味わっていたのはさすがと言うべきか。何にしても本番は三日後の舞踏会である。



 □ ■ □ ■



 晩餐会が終わった後、オーギュスタン二世は寝室でジョゼフィーネ王妃と杯を傾けていた。二人はありふれた政略結婚で結ばれたのだが、夫婦仲は決して悪くはない。少なくともお互いを信頼できるパートナーだと認めている。それでこのようにして国政について話し合うことも珍しくはなかった。


「それで、陛下。ジノーファ卿のこと、どうご覧になりましたか?」


「悪くない。無礼な物言いにもすぐさま怒りを露わにすることはなく、それなりに機転もきく。武芸についてはいまさら言うまでもなし。野心が薄いようにも感じたが、それもこの際は美点だろう。特に我々にとっては、な」


「では……?」


「ああ、根回しはこちらでやろう。ジョゼフィーネはシルフィエラのほうを頼む」


「分かりました。よくよく言い聞かせておきますわ」


「頼んだ。さて、明日からは忙しくなるな」


 そう言って、オーギュスタン二世は杯を呷った。


シェリーの一言報告書「ご主人様を着せ替え人形にする。その機会は見逃せません!」

ダンダリオン「自分のドレス選びよりも優先するのだから、メイドの鑑と言うべきかな」

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