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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
商人の国のダンジョン

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敵地潜入3

「なに、ジノーファ殿が戻らないだと?」


 ジノーファが攻略から戻らないという報告を受け、ルドガーは訝しげに眉をひそめた。彼がダンジョンの中で夜を明かしたことは、回数は少ないもののこれまでにもある。攻略範囲が広がれば、その分移動にも時間がかかるからだ。


 それに、日をまたいで攻略しているのは、ジノーファだけではない。他の兵士たちも同じようにしている。むしろジノーファたちはその頻度が少ないくらいだ。つまり一日帰ってこないくらいは、至って普通のことと言えた。


 ただこの日に限り、ルドガーはなんだか胸騒ぎがした。いや、胸騒ぎと言うほど、嫌な予感を覚えたわけではない。何となく、ジノーファたちが普通の攻略ではないことをしているような、そんな可能性が頭をよぎったのである。


(まあ、心配はいらないと思うが……)


 あまり危ないことはしないで欲しい。ルドガーは友人としてそう思うのだった。



 □ ■ □ ■



 ルドガーの懸念はおおよそ的中していた。ジノーファはダンジョンの中で遭遇した六人の傭兵に案内させて、イブライン軍の陣中へと足を踏み入れようとしていたのだから。


 ジノーファたちがダンジョンの外へ出たとき、空はすでに赤く染まっていた。彼らは朝ダンジョンに入ったので、ほぼ丸一日中にいたことになる。もっとも、たった一日で一つの出入り口から別の出入り口へ移動したことは、それ自体驚異的な事柄とも言えるが。


「じゃあな、しぶとく生き残れよ」


「そんで、今度一杯奢ってくれ」


 外へ出ると傭兵たちは荷物を受け取り、そんな言葉を残してジノーファたちと別れた。ジノーファは「ありがとうございました」と言って彼らの背中を見送る。そしてそれから出入り口の警備に当っていた兵士にこう声を掛けた。


「すみません。中で魔獣の痕跡を見つけたのですが、どこへ報告すればいいでしょうか?」


「魔獣関係の報告なら、部隊長にしてくれ。あの旗が立っているテントだ」


 兵士はそう言って、天辺に旗のついた大きめのテントを指差した。それを確認して、ジノーファも一つ頷く。そしてそれからさらにこう尋ねた。


「それと、物資の補給というのは、受けられますか? 実は、モンスターから逃げるために、バックパックごと捨ててしまって……」


「そいつは災難だったな。それなら、輜重部隊のところへ行くといい。物資を融通してくれるはずだ。ただ、有料なんだ。魔石やドロップアイテムなんかでもいいらしいんだが……」


 そう言って兵士は苦笑を浮かべた。彼の言いたいことは分かる。荷物を捨ててしまったとなればほとんど無一文。それでは物資を融通してもらうことはできない。ジノーファたちにとってはなかなか厳しい状況だ。


「ありがとうございました。とりあえず、部隊長のところへ行ってみたいと思います」


「ああ、そうしてくれ」


 兵士に礼を言ってから、ジノーファたちは教えてもらった部隊長のテントへ向かう。彼らが歩くその場所は、まさにイブライン軍の陣の真っ只中。見渡してみると、やはり傭兵が多い。彼らの大部分は一日の攻略を終えて寛いでいたが、中にはこれからダンジョンへ向かう者たちもいた。


 あの傭兵たちも言っていたが、ダンジョンの中は基本的に混みあっている。それで、少しでも混雑を避けるため、こうして時間をずらして夜に攻略を行っているのだろう。ダンジョンの中は昼夜を問わずに一定の明るさがある。そのおかげでできる芸当だ。


「……意外と、警戒されないものですね」


 イブライン軍の陣中を歩きながら、シェリーが小声でそう呟いた。それに対し、ジノーファは小さく頷く。彼らに奇異な視線を向けるものはほとんどいない。彼らが不審に思われないのは、やはり傭兵の数が多いからだろう。


 彼らはまさに有象無象といった感じで、装備にも統一感がなく、ダンジョン攻略を行っているためのか、それぞれが好き勝手に動いている印象だ。少なくともロストク軍の陣中とはかなり雰囲気が違う。


 恐らくだが、イブライン軍(正規軍のほう)も油断しているのだろう。これが敵軍を前にした決戦のための布陣であるなら、陣中にはもっと緊張感が漂い、警戒もずっと厳しかったに違いない。


 しかし今行っているのはダンジョン攻略。ランヴィーア軍との対陣も、小競り合いは行われているものの、基本的に膠着状態が続いている。正規兵は気が緩み、また傭兵たちは攻略の稼ぎの方に意識が向いてしまっているのだろう。ジノーファはそう考えた。


 決して褒められたことではない。しかしジノーファたちにとっては好都合だった。この場で騒動を起こすつもりはないが、警戒されなければそれだけ動きやすくなる。もっとも、だからと言って油断は禁物だが。


「失礼、魔獣の痕跡を発見しました。ついては、部隊長に報告したいのですが……」


 教えられたテントに到着すると、ジノーファは警備に当っていた兵士にそう声をかけた。兵士は「少し待て」と言ってから、一度テントの中に入る。中で話し声がして、それから兵士が外へ出てくると、彼はジノーファにこう言った。


「入れ、部隊長がお待ちだ」


「失礼します」


 そう言ってジノーファら三人はテントの中に入った。中に入ると、正面にマントをつけた男が座っている。彼はジノーファたちを見て小さく笑みを浮かべると、口を開いてこう尋ねた。


「君たちか、魔獣の痕跡を発見したと言うのは?」


「はい、そうです」


「ふむ、場所は分かるかね? それと状況の説明も頼む」


 部隊長に促され、ジノーファは説明を始めた。シェリーがマッピングしてあるので、場所も地図上で指差して「このあたりです」と伝える。糞と足跡だけが残っていたと伝えると、部隊長は小さく頷いてからさらにこう尋ねた。


「魔獣の種類は分かるかね? 熊か、イノシシか……」


「足跡からして、野犬か狼だと思います。足跡の数が多かったので、おそらく群れかと」


 部隊長にそう答えたのはユスフだった。それを聞いて部隊長は「なるほど」と呟く。そしてふっと表情を緩めると、気安い口調でジノーファにこう話しかけた。


「それにしても、災難だったようだな?」


 説明の中で、ジノーファは「厄介なモンスターに襲われ、荷物を捨てて逃げることになった」という設定も話してある。それでジノーファも神妙な顔をしながらこう答えた。


「はい。ですが、生き残ることはできましたし、外へ出ることもできました。幸運だったと思っています」


「そうだな」


「ただ、食べ物は分けてもらえなかったので、お腹がペコペコです」


「ははは、それは大変だな。情報料はやれないが、一食無料で食べられるように、一筆書いてやろう」


 ジノーファが肩をすくめると、部隊長は声を上げて笑った。それで気分が良くなったのか、本来は有料であるらしい食事を無料で食べられるようにしてくれるという。お腹が減っていたのは本当なので、ジノーファは歓声を上げた。


「本当ですか!?」


「ああ。これを食事の配給係に見せるといい」


 そう言って部隊長はジノーファに一枚の紙を差し出した。そこには「この三人に食事を与えるべし」という旨の内容が簡単に書き記されており、さらに部隊長の署名と押印が揃っていた。


「ありがとうございます。食事抜きでダンジョン攻略しなきゃかと思っていたので、とてもありがたいです」


「夜も、攻略を行うのかね?」


「はい。物資の補給は有料だと聞きました。早くバックパックを手に入れないと、まともに稼げませんから」


「それもそうだな。では、気をつけてやることだ」


 それで部隊長との会談は終わりになった。三人は一礼してからテントを出る。そして外にいた兵士に食事の配給を行っている場所を聞き、そこへ向かう。攻略の前の腹ごしらえである。


 係りの兵士に部隊長から渡された命令書を渡すと、兵士はすぐに三人分の食事を渡してくれた。そして食事を受け取ってから、ジノーファは兵士にこう頼む。


「さっきの紙、返してもらっていいですか?」


「なんだ、これは一回しか使えないぞ」


「いえ。部隊長が立派な方だったので、将来縁があれば、と思いまして」


 つまり、部隊長の署名と押印が揃っているその命令書を、縁を繋ぐための道具にしたいということだ。その思惑に気付き、兵士は苦笑しながらこう言った。


「ちゃっかりしてるな……。ほらよ」


「ありがとうございます」


 返してもらった命令書を、ジノーファは丁寧に懐へ仕舞いこんだ。もちろん、縁を繋ぎたいなどというのは全くの嘘だ。イブライン軍部隊長の署名と押印が揃ったこの命令書は、彼がイブライン軍の陣中に忍び込んだことの何よりの証拠となる。


 これさえあれば、無理をして紋章入りの武器を手に入れる必要もない。そんなものよりこの命令書の方が、証拠として強力だろう。食事を食べてからダンジョンに入り、そのままロストク軍の陣へ帰れるのだ。


 食事と命令書を受け取ると、ジノーファたちは礼を言ってからその場を後にする。そして適当な場所に座ると、三人で食事を食べ始めた。受け取った食事はパンとスープ。パンは固いが、スープには具がたくさん入っている。国内だからか、イブライン軍の兵站事情はランヴィーア軍のそれよりも良いように感じた。


「おいおい、ガキがこんなところで何してやがる? お家に帰ってママのおっぱいでも吸ってろ!」


「姉ちゃんも、そんなガキどもじゃなくて、俺達のところへ来いよ! たんまり稼がせてやるぜぇ?」


 三人が食事を食べていると、周りの傭兵たちが下品に囃し立てる。シェリーやユスフは顔をしかめたが、ジノーファは萎縮するでもなく、むしろそれを新鮮に感じていた。これを「社会勉強」と考えているのだから、彼もたいがい世間知らずだ。


「黙らせますか? 二、三人叩きのめしてやれば、無礼な口も閉じると思いますが……」


「いや、放っておこう。そのうち厭きるさ」


 剣呑な雰囲気を漂わせるシェリーにそう言うと、ジノーファは小さく笑いながらそう応えた。彼のその対応は理性的と言えるだろう。ただ、理性的に対応したからと言って、相手もそうしてくれるとは限らない。


 シェリーは美人だし、ユスフはどう見てもまだ少年。ジノーファに至っては少女にすら見える。恐ろしく場違いだし、強そうに見える要素はない。そもそも傭兵などという生き物はたいがい感情的なもの。相手を下と見れば威丈高な態度を取る。反論もしない三人の様子を萎縮と受け取ったのか、ニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべながら、数人の傭兵が彼らに近づいてきた。


「何か、ご用ですか?」


「ああ、ご用だよ。そっちの姉ちゃん、一晩貸してくれや。俺らがちゃんと可愛がってやるからよ。ガキにはできない仕方でなぁ」


 そう言って筋肉隆々の大男がシェリーに手を伸ばす。彼女は冷たい目をしてその手を叩き落とした。彼女の強気なその態度に、大男は嗜虐的な笑みを浮かべる。叩かれた手を摩りつつ、彼が口を開きかけたその矢先、ジノーファがするりと二人の間に割り込んだ。そしてそのまま、彼はシェリーの唇を奪う。


「……っ!?」


 突然の接吻にシェリーは驚いた様子だったが、しかし抵抗する素振りも見せず、彼女はそのままジノーファを受け入れた。堂々と熱い口付けを交わす二人に、男たちは唖然とする。周りで様子を見物していた傭兵たちからは、口笛を吹く音や「やるなぁ、坊主」という声が聞こえてきた。


「……というわけで、彼女は年下好みなんだ。わたしより若くなってから、出直してきてくれ」


 長い口付けを終えてから、ジノーファは男たちにそう言った。彼の腕には、シェリーが頬を薄紅色に染め、目をとろんとさせて抱かれている。その様子は艶っぽくて妖艶だ。彼女の眼差しはジノーファにのみ注がれ、男たちは視界の端にも入っていない。路傍の石もかくやという扱いだった。


「この……!」


 軽く蹴散らすつもりが、逆にあしらわれたことに気付き、大男は顔を赤くした。彼がジノーファに手を伸ばそうとしたその瞬間、しかし鋭い声が彼を制止させる。


「動くな!」


 声を上げたのはユスフだ。彼は弓に矢をつがえ、その鏃の先を大男に向けている。狙いを定める彼の瞳は、凍えるように冷たい。つがえた矢よりも鋭い視線に射抜かれ、大男は「ちっ」と舌打ちをもらした。


「覚えてろよ……」


 忌々しげにそういい残し、男たちはその場から立ち去った。彼らの背中を見送ってから、ユスフは引き絞っていた弓を緩めた。そしてジノーファたちは何事もなかったかのように食事に戻る。その後、彼らに絡んでくる連中は、もう現れなかった。


 食事を終え、食器を返してから、ジノーファたちはまたダンジョンへ向かった。表向きの理由は、バックパックを手に入れるための金を稼ぐため。本当の理由はロストク軍の陣へ帰るためだ。


「気をつけろよ」


 出入り口の警備をしている兵士にそんな言葉を掛けてもらってから、ジノーファたちはダンジョンの中へ入った。そして少し進んでから、すぐに脇道に入る。六人パーティーのあの傭兵たちに案内してもらったルートを辿るのだ。マッピングはきっちりとしてあるので、迷うことはない。


「少し、急ごう」


 ジノーファのその言葉に、シェリーとユスフは小さく頷く。そして三人は駆け出した。先頭を走るのはジノーファ。彼は双剣を構えて疾走し、現れるモンスターを鎧袖一触に蹴散らしていく。魔石やドロップアイテムは回収するが、すべてシャドーホールに放り込むだけで、マナの吸収は後回しである。


 ジノーファの後ろにはシェリーが続く。ジノーファにルートを指示するのが彼女の役割だ。さらにユスフが殿としてシェリーの後ろに続いた。


 ダンジョンに入ったときには、すでに日は西の山陰の向こうへ沈んでいた。明日の夜明けまでには、ロストク軍の陣に帰還したい。そう思いつつ、三人はダンジョンを疾走した。


 ちなみに……。


「おい、どうなってんだよ!? ガキ共はどこだ!?」


 ダンジョンの中に数人の男たちがいた。先ほどジノーファたちに絡んだ、大男たちである。彼らはジノーファたちを逆恨みし、ダンジョンの中で三人を襲うつもりでその後をつけてきたのだ。


 しかしジノーファたちが脇道に入り、さらに走って移動を始めたために、大男たちはあっという間に三人を見失ってしまった。彼らは簡単な仕事のつもりでいたので、大掛かりな荷物は持ってきていない。しかもジノーファたちが入った細い脇道は、彼らにとって未知のルート。そこをマッピングもせずに進んだため、大男たちは道に迷ってしまっていた。


「ど、どうするんだよ!?」


「知るか!」


「ガ、ガキ共を探せ! 出口まで案内させるぞ!」


 果して彼らは生きてダンジョンから出られたのか。それは、ジノーファたちにとってなんら関わりのないことである。



シェリーの一言報告書「きゃ……。だ・い・た・ん……(ハート)」

ダンダリオン「(ハート)まで書かなくていいから」

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