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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
商人の国のダンジョン

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敵地潜入2

「やあ、お見事」


 エリアボスであるスケルトン・ジェネラルを討伐し、歓声を上げる六人の傭兵たち。細い通路の出口から大広間に降り立つと、ジノーファはそんな彼らにまずそう声をかけた。傭兵たちにしてみれば不意のその言葉に、彼らは一様に警戒する素振りを見せる。そしてバスターソードを振り回していた男が一歩前に出て、鋭い口調でジノーファを問い質す。


「誰だ、お前」


「そんなに警戒しないでくれ。見れば分かるだろう? おたくらと同じで、雇われの傭兵だよ」


 ジノーファは肩をすくめ、苦笑しながらそう答えた。しかし男に納得した様子はない。むしろ彼は眉間にシワを寄せて怪訝な顔をする。ジノーファの装備は軽装で、なるほど正規兵には見えない。しかし見るからに小柄な少年である彼が「傭兵」であるというのは、少し無理があるように思える。その不審を男はそのまま口にした。


「そのナリでか?」


「このナリで、さ。スタンピードもあったし、いろいろ訳有りなんだ。そこは察して欲しい」


 思わせぶりに、ジノーファはそう答えた。スタンピードが起こったとなれば、あちらこちらで大きな被害が出ていることは想像に難くない。明らかに素人と思しき少年が、傭兵として金を稼がなければならない事態も、起こりえるだろう。


 そしてその可能性があるように思えれば、人はそれを受け入れてしまうものだ。完全には信じられないとしても、しかし同時に否定する材料もない。実際、男は少しだけ納得した様子を見せた。だが当然ながら警戒はまだ解いていない。厳しい表情のまま、彼はジノーファにこう告げる。


「ふん、まあいい。俺たちと同じく防衛軍に雇われた傭兵なら、認識票を貰っているはずだ。見せてみろ」


 そう言われても、ジノーファの顔色はまったく変わらない。しかし内心ではひどく焦っていた。当然、彼らは認識票など持っていない。作戦は失敗と判断して先制攻撃を仕掛けるべきかという考えがジノーファの頭をよぎった時、彼の後ろから別の声がした。


「認識票なんて配られていないはずよ。それともあなた達の方がランヴィーア軍か、あるいはロストク軍の回し者なのかしら?」


 返事に窮するジノーファの代わりにそう答えたのはシェリーだった。彼女の声には険があり、不審感を隠そうともしない。疑われている側なのに、逆に相手を疑ってかかるとは、胆力があるというべきか。しかしそれが功を奏したのか、男は楽しげに笑って両手を上げ、こう言った。


「いや、悪い、悪い。ちょっとカマを掛けてみたんだ。それで、わざわざこのタイミングで、何のようだ?」


 自分たちと同じように雇われた傭兵仲間というのは納得したらしいが、しかし男も彼の仲間もまだ警戒を解いていなかった。横取りを警戒しているのだ。傭兵仲間とはいえ、所詮は他人。そういうこともあるのだろう。


「実はちょっと助けて欲しいんだ」


 困った顔を見せて、ジノーファはそう言った。そして彼はこう事情を説明する。


「厄介なモンスターに遭遇してね。荷物を放り出して逃げてきたものだから、おかげで食糧も何もない。おまけに、我武者羅に逃げたから道順も分からなくなってしまって、途方に暮れていたんだ」


「それで、俺達の戦闘音を聞きつけてやってきた、ってわけか」


「うん、幸運だった。でもエリアボスが相手だし、気をそらしたら悪いと思って、終わるまでは声をかけないでいたんだ」


 上層とはいえ、エリアボスは油断できない相手だ。ジェネラルタイプということで数も多かったことだし、下手に注意をそらされたら、それこそ死人が出ていたかもしれない。それでジノーファの説明を聞くと、男は納得した表情を浮かべた。


「なるほどな。それで、助けて欲しいってのは?」


「外まで連れて行って欲しいんだ。このままだとダンジョンから出られないし、野垂れ死んでしまう」


 ジノーファが肩をすくめながら冗談めかしてそう言うと、男はもう一度「なるほどな」と言って苦笑する。そして少し考え込んでから、彼はジノーファにこう尋ねた。


「一つ聞きたんだが、そっちの通路の様子はどうなんだ?」


 男がそう言って顎をしゃくり示したのは、ジノーファたちが降りてきた通路の出口だ。今もまた、ユスフがそこから降りてきている。見渡してみると、この大広間から先へ行くためのルートはそこしかない。先が気になるのだろうと思い、ジノーファは正直に答えた。


「狭い通路だよ。二人並ぶのが精一杯だ」


「お前等でそうなら、俺なんか一人でも手狭だろうな」


 ジノーファたちを見やり、男は苦笑しながらそう言った。比較的小柄なジノーファたち三人と比べ、男は頑強な身体つきをしている。他の傭兵たちも全員成人男性で、ジノーファたちよりも身体が大きい。確かに彼らの場合、あの通路はジノーファたちよりも狭く感じることだろう。


「しょうがない。一旦戻るぞ。お前らも、付いて来たいなら付いて来ればいい」


「ありがとう。助かる」


 心底ホッとした様子で、ジノーファは微笑を浮かべながらそう言った。決して演技ではない。ただしホッとしたのは、外に出られる目途が付いたからではない。作戦がなんとか上手くいきそうだからだ。


 とはいえ、傭兵たちにそんなこと分かるはずもない。男は少しぶっきらぼうに「おう」と答えた。どうやら照れているらしい。傭兵家業などしていては、人から感謝される機会は少ないのだろう。


 ただ、すぐに外へ向かうわけではない。傭兵たちはスケルトン・ジェネラルや、その取り巻きのスケルトンを倒したが、その魔石やドロップアイテムをまだ何も回収していなかったのだ。


 少し待っていろ、と言ってから傭兵たちは戦利品の回収を始めた。魔石は一旦全部集めてから、各自に平等に分配される。一際大きなスケルトン・ジェネラルの魔石は、特に相談することもなく、六人の内の一人がそのマナを吸収した。きっと順番か何か決まっていたのだろう。


 ジノーファは邪魔をしないよう、他の二人と一緒に壁際でその様子を見ていたのだが、その際ふとあることに思い至った。先ほどメイジが使っていた魔法のことだ。


 先ほどの戦闘で、メイジは「エア・ブラスター」という魔法を使い、趨勢を決定付けた。しかしあの魔法、ジノーファの目から見るとひどく効率が悪い。つまり練り上げた力と威力が全くつり合っていないのだ。


 メイジの腕が悪いとは思わない。そんなメイジを、わざわざ呼び寄せたりはしないだろう。であれば、「エア・ブラスター」はあれで完成された魔法なのだ。それならこの魔法には一体どんなメリットがあるのかとジノーファは思っていたのだが、立派なスケルトン・ジェネラルの魔石を見て、なんとなくそれが分かったような気がした。


 スケルトン・ジェネラルの魔石は、外からはっきりと見える状態だった。そこへ高火力の魔法を放ったらどうなるか。下手をしたら砕けてしまうだろう。吸収できるマナの総量は変わらないかもしれないが、商品価値は間違いなく下がる。


 それを避けるためにわざわざ威力を下げ、吹き飛ばすことに特化させた魔法が「エア・ブラスター」なのだ。ジノーファがそのことをバスターソードを振り回していた男に尋ねてみると、彼は得意げにニヤリと笑いこう応えた。


「まあ、だいたいその通りだな。スケルトンタイプのモンスターは結構種類もいるし、しっかり稼ぐための工夫ってやつだ」


 男の言うとおり、スケルトンタイプはバリエーションが豊かだ。普通のスケルトンはもちろん、スケルトン・ボアやスケルトン・ウルフなどの四足タイプもありふれている。一度だけではあるが、スケルトン・ドラゴンにもジノーファは遭遇したことがあった。


 そして、密度はともかく、傭兵たちの経験量はジノーファ以上。スケルトンタイプのモンスターとも、頻繁にエンカウントしている。その対処法を考えておくのは当然だ。ただし、そのやり方はあくまでも傭兵流だ。


 傭兵たちの中には平時、ダンジョン攻略をして生活の糧を得ている者たちが多い。むしろ、大きな戦争などそうそうあるものでもないから、攻略こそが彼らのメインの仕事と言っていいだろう。


 であればこそモンスターの倒し方は重要だ。特にスケルトンタイプのモンスターは気を使うのだ、と男は言う。そこで彼らが出した答えの一つが、「エア・ブラスター」という魔法なのだ。ちなみに今回は相手がエリアボスだったので長いタメが必要だったが、普通のモンスターであれば手軽に使える魔法らしい。


「これから先もダンジョン攻略で食っていく気なら、坊主もそういうところ、ちゃんと考えておけよ?」


「ご忠告、痛み入る」


 先輩風を吹かせる男に、ジノーファは真面目な顔をしてそう応えた。彼の場合、スケルトンタイプであろうと、双剣で苦もなくしとめてしまうので、実のところ彼らのような配慮はあまり必要ない。ただジノーファはあまりメイジと組んだ経験がなく、そういう知識や発想は新鮮だった。


 さて、戦利品の回収が終わると、傭兵たちは大広間を後にした。その後にジノーファたちも付いて行く。あとはこのまま出口へと案内させるだけ。マッピングはシェリーがやってくれるので、帰りは三人だけでもロストク軍の陣地へ帰還できるだろう。


 あとは、イブライン軍の紋章入りの装備でも持ち帰れれば、言うことはない。ジノーファがそんなことを考えていると、準備を整えた男が彼にこう言った。


「おい、案内賃代わりだ。荷物を持ってもらうぞ」


 そう言って彼は二つの大きなバックパックを指差す。それを背負え、ということだ。手が空いた傭兵は戦闘に加われるようになるので、その分戦力がアップする。それでジノーファは一つ頷くと、言われたとおりバックパックを背負った。シャドーホールは使わない。使えば設定が破綻するからだ。


 傭兵たちのバックパックは、戦利品が詰まっているのだろう、結構重かった。けれどもジノーファは苦もなくそれを担ぐ。彼のことを素人だと思っている傭兵たちは、その様子を見て少し驚いた様子だった。


 ちなみにもう一つのバックパックはユスフが担いでいる。シェリーは後方の警戒という名目で最後尾につかせた。これで彼女がマッピングをしていても、傭兵たちには気付かれないだろう。まあ、仮に気付かれたとしても、当たり前のことをしているだけなので、不審には思われないだろうが。


 大広間を後にし、ジノーファたちは通路を進んだ。傭兵たちはジノーファたちの前を歩き、遭遇するモンスターを危なげなく倒していく。ただその最中も、常に誰かがジノーファたちのことを窺っていた。


 荷物を持ち逃げされないか警戒しているのだ。ジノーファたちが説明した事情を信じてはいても、魔がさすと言うことはあるし、それとこれとは別らしい。とはいえジノーファたちに持ち逃げする気はさらさらない。それで彼らも憚ることなく堂々としていた。


「それにしても、結構狭い通路ですね……。普通なら、あまり近づかなさそうなものですけど……」


 周囲を見渡しながらそう呟いたのはユスフだった。彼の言うとおり、今ジノーファたちが進んでいる通路は決して広いとはいえない。普通のパーティーであれば、すき好んでは近づかないだろう。


 ちなみにジノーファからするとそれほど狭い通路には見えなかったので、彼はユスフの言葉に内心で首をかしげていた。もちろん、表には出さなかったが。


「少ない出入り口に人数が集中しているからな。奥へ進むルートも、まだ確立されてるわけじゃない。そのせいで、競争率が上がってしまってるのさ」


「そうそう。で、このままじゃ稼げないんで、脇道にそれて新たなルート開拓をしてたって訳だ。エリアボスも見つけられたし、これでようやく俺たちにも運が向いてきたって話よ」


 傭兵の一人が嬉しそうにそう語る。正規の契約料は別に貰っているはずなのだが、それはそれということなのだろう。確かに攻略範囲がずっと上層で、エリアボスも倒せないなら、稼ぎはあまり期待できない。


 休憩を挟みながら、一行は通路を進んだ。ときおり、ジノーファは傭兵たちに気付かれないようにしながら、シェリーに目配せをする。それに気付くと彼女は小さく頷いた。マッピングは順調らしい。


「……そういえば、あの大広間にたどり着くまでの間に、獣の糞を見つけたんだ」


 道中、いかにもふと思いついたと言わんばかりの口調で、ジノーファはそう呟いた。ちなみにこれは本当の話である。久しぶりに発見した魔獣の痕跡に緊張したが、しかし糞の主と遭遇することはなかった。


 まあそれはそれとして。ジノーファがこの話をしたのは、魔獣のことがどの程度認識されているかを知りたかったからだ。イブライン軍はロストク軍よりも早くこのダンジョン付近に布陣を始めていて、傭兵たちもジノーファたちよりも前から攻略を始めている。彼らがもし魔獣について知らなければ、魔獣は比較的数が少なく、限られた範囲にしかいないと考えることができる。


「魔獣か。魔獣と遭遇したり、その痕跡を発見した場合は、報告することになってるんだが、場所は分かるか?」


「シェリー、どう?」


「大広間に続いていた通路から一本道なので、大丈夫です」


「なら、外へ出たら防衛軍の隊長のところへ行くと良い」


「情報料とか、貰えるのかな?」


「貰えるわけねぇだろ。貰えるんだったら、虚偽報告ばっかりになるぜ」


 傭兵の一人が呆れたようにそう言って、他の傭兵たちも声を上げて笑った。ただ報告をしておけば隊長の心象が良くなり、物資の補給に多少は口利きをしてくれるかもしれないとも言う。それならやっぱり報告はした方がいいな、とジノーファは思った。


 まさか何日もイブライン軍の陣中にいる気はないし、ジノーファたちにとって物資の補給などあまり必要ではない。しかしイブライン軍の陣中に入ったと言う証拠が合法的に手に入るのなら、それに越したことはないだろう。


(それにしても……)


 それにしても、傭兵たちはもちろん、イブライン軍も魔獣の存在を承知していた。ということは、魔獣はやはりダンジョン全体に広がってしまっているのだろう。安定的に管理する上では、リスク要因の一つと言える。


 泥沼化、という単語がジノーファの頭をよぎる。魔獣の事だけではない。解決の糸口が見えないランヴィーア軍とイブライン軍の膠着状態を含め、彼にはこのダンジョンを巡る諸事情は泥沼化してしまっているような気がした。


 さっさと損切りした方がいいのではないか、とジノーファは考える。ただ、泥沼化のことを含め、自分の考えをルドガーに告げる気はない。その程度のこと、彼ならば承知しているだろうからだ。ましてロストク軍は援軍の立場。彼の発言力は限られている。


(ただ……)


 ただ、あまりにも攻略が長引くようなら、ルドガーもロストク軍の撤退を強行するだろう。タイムリミットは冬前だとジノーファは見ている。内陸のここは、おそらく冬が厳しい。下手をしたらダンジョン内部の方が快適ということになりかねず、そんな環境で攻略を続けるのは無理だろう。ジノーファだって、冬はなるべく暖かいベッドで眠りたい。


「お、そろそろ出口だぞ」


 傭兵の一人がそう告げる。外はもう、日暮れ時になっていた。


シェリーの一言報告書「演技派男優、その名はジノーファ!」

ダンダリオン「多芸な奴だ」

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