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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
外伝 誰がために鐘は鳴る

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戦後処理2


 サラとの話し合いが終わると、ユスフは次にベルノルトに視線を向ける。そしてごく自然にこう話し始めた。


「次にベルノルト殿下ですが。ご存じの通り、現在のアースルガム方面軍はイスパルタ兵のみで構成されているわけではありません。それで状況が落ち着いてきたら、非正規戦力を徐々に減らしていく必要があります。殿下はどのようにお考えですか?」


「そうだな……」


 まずはジャムシェド平原で捕虜にした者たちだが、かねて約束したとおり、以前に誰の下で戦ったのかは一切不問にする。彼らはマドハヴァディティア軍の残党の掃討が完了した後、報奨金を与えかつ武器を回収してそれぞれの故郷に帰らせる事になる。


 アーラムギールが率いているのは、ペシュガルモを救援した際に、現地で流民の間から募った志願兵である。それで彼らも状況が落ち着けば報奨金を与えて解散させることになるだろう。


 ただし希望者はこのまま近衛軍に所属するか、もしくは解放軍と縁の深い者たちはアースルガムに移っても良いだろう。アーラムギール本人はアースルガムに所属することを希望しているので、部隊の解散後にそのようになる予定だった。


 次にオムの部隊だが、彼の部隊はアースルガム解放軍と志願兵の混成部隊である。それで前者についてはアースルガムに戻った上で国軍として再編されることになる。後者については報奨金を与えて解散だ。もともとが「兵士としては不適格」と判断された者たちなので、これまでのように後方で雑用だけするならともかく、「近衛軍に仕官する」というのはちょっと無理だろう。まあ、希望する者もいないだろうが。


 最後にバラットとその配下の者たちだが、この者たちは希望通りイスパルタ朝の近衛軍に移籍することになる。ベルノルトはすでに約束通り推薦書をアルアシャンの方へ送っており、後の事はハザエルらと相談しながら彼に決めてもらうことになるだろう。


「……大雑把には、こんなところだな」


「エクレム将軍とも相談されたのですよね?」


「それは、もちろん」


「分かりました。ではその方向でこちらも話を進めます。報奨金ですが……」


 報奨金はイスパルタ朝が主体となって与えることになる。ただしオムと彼の部隊は厳密に言ってアースルガムの所属だ。それでまずイスパルタ朝からアースルガムに対し、今回の戦争に協力してもらったことへの謝礼が支払われ、その中から彼らに対して報奨金が支払われることになる。


「金貨一万枚でいかがでしょう?」


 ユスフはサラにそう提案した。さらにアースルガム再興のためにベルノルトがあちこちから借りた金については、一括してイスパルタ朝が立て替える。つまりアースルガムがイスパルタ朝に借金する形になるわけだが、その返済についてはある時払いの催促なし。もちろん無利子だ。


「ありがとうございます。ご厚意に感謝します」


 サラは笑みを浮かべてそう答えた。ちなみにこの金貨一万枚は兵士たちへの恩賞と、あとは一年免除したシークリーの税収の穴埋めでほぼ使い切った。つまりアースルガムの再興事業のために重ねた借金は丸ごと残った格好だ。借金自体は「ある時払いの催促なし」だが、サラは必ず全額返済するつもりで、「一〇〇年くらいは節約生活ね」と言って虚ろに笑ったとか。まあ余談である。


 閑話休題。その後もベルノルトとユスフの話し合いは続いた。内容は主にアースルガム方面軍に関わることだ。特に海路が使えるようになったことで、補給路の再編が計画されている。アッバスとシェマルの意見も聞きながら、新たな補給線をどう伸ばすのかについても話し合われた。


「……こんなところでしょうか。ありがとうございました」


「ああ」


 話し合いが一段落すると、ベルノルトはすっかり冷めてしまった紅茶を一口啜った。なかなかタフな話し合いだったが、それだけに一仕事終えた充足感がある。そこへユスフがこう話しかける。


「ベルノルト殿下。最後にもう一つ、お伝えすることがあります」


「ん、なんだ?」


「えー、実は陛下から召喚命令が出ています。『仕事が一段落したら、ヴァンガルへおいで』だそうです」


「げっ……。あ、そういえばまだ仕事が……」


「殿下のお仕事は先ほど一段落しました。どうぞ心置きなくヴァンガルへお向かいください」


 そう言ってユスフがベルノルトの逃げ道を塞ぐ。ベルノルトは「うっ」と言葉を詰まらせ、視線をアルアシャンに向ける。彼は困ったように微笑みながら、腹違いの兄にこう答えた。


「『逃がすな』という父上の命令でして……。サラ殿下とお二人でヴァンガルへ向かわれてください。先ほどユスフが言いましたが、すでに船の準備もできています。……アッバス、シェマル。兄上をよろしく」


「はっ。お任せください」


「万難を排して陛下のもとへお連れいたします」


 アルアシャンから声をかけられ、二人は気張ってそう答えた。この様子ではどうあってもベルノルトを逃がしてくれたりはしないだろう。脇を抱えられながらヴァンガルへ強制連行される自分の姿を想像して、ベルノルトはがっくりと肩を落とすのだった。



 ○●○●○●○●



 ガーバードでヴァンガル行きを告げられてから二日後。ベルノルトは船に乗り、海の上にいた。彼は甲板に出て欄干をつき、水平線の彼方を眺めている。


 甲板には作業をする水夫たちの姿もあるが、大国の第一王子の姿が視界に入るせいか、彼らは少々挙動不審だった。ベルノルトとサラを乗せるためにアルアシャンが用意させた船だから、怪しい人間は一人としていない。だがそもそもイスパルタ軍の船ではないので、王族二人を乗せるには不慣れで行き届いていない感が否めなかった。


 ベルノルトの後ろにはメフライルが控えていて、彼は水夫たちに「気にせず作業をしてくれ」と言っているのだが、あまり効果はない。幸いベルノルトが気にしていないので、彼らもその内慣れるだろう。


(やっぱり、海軍が必要だよな)


 水夫たちの様子を見ながら、メフライルは内心でそう呟く。ルルグンス法国を、そして西方諸国を併呑したことで、イスパルタ朝は長大な海岸線を有することになった。今後は海の治安にも気を配らねばならず、またこうして王族や貴族が船で移動する機会も増えるだろう。となればやはり、海軍は必要だ。


 もっともその辺りの事は、ジノーファも考えているのだろう。かつて故ヌルルハーク四世の弔問のため、ベルノルトがヴァンガルへ赴いたときには陸路を使った。それが今回は海路である。


 もちろん、この二つを単純に比べることはできない。弔問団には威厳と品格が必要で、それを満たす船は当時まだイスパルタ朝にはなかった。今回の船も王族を王族として乗せるには、率直に言って相応しくない。これがアルアシャンの凱旋であったなら、やはり陸路が使われたことだろう。


 今回、船が使われたのは、未だ戦争中だからという事情が背景にある。格式よりも効率を優先しやすい状況だった、ということだ。ただそれでも「王族の移動に船が使われた」という事実は大きい。「海路で」というのはジノーファの指示だったという話だし、彼の視線は間違いなく海に向いている。


(後でいろいろと話を聞かれるかも知れないな)


 メフライルは内心でそう考えた。ジノーファとしては、今回の件を一つ試金石にしたいと考えているのだろう。そうであるなら、ベルノルトのすぐ近くで船旅を見てきた者として、何かしらの意見を求められることはあり得る。気を配っておこう、と彼は気を引き締めた。


 さて、メフライルがそんなことを考えていると、サラがリリィを伴って甲板に出てきた。二人ともこれまでは海と馴染みのない生活で、特にリリィは海を見るのも船に乗るのもこれが初めてだ。


 そのせいでリリィも最初は不安定な足場に戸惑い、また船酔いに苦しめられたりもしたが、そこは日常的にダンジョン攻略を行って経験値(マナ)を溜め込んでいた強者。短時間で順応し、しっかりとサラの護衛を務めていた。


 二人を認めると、メフライルは胸に手を当てて軽く一礼する。リリィが先に気付いてサラに教えてやると、彼女は笑顔を浮かべて手を振り、それからベルノルトの隣に立った。


「ベル、どうしたの? 黄昏れちゃって」


「裏切りに心を痛めている」


 サラがからかうように問い掛けると、ベルノルトはややふて腐れた様子でそう答える。サラは少し困ったように苦笑しながら彼にこう話した。


「それについては、ちゃんと『ごめん』って謝ったじゃない。それにわたしは『ヴァンガル行きは秘密にしておいてくれ』と頼まれただけで、ベルに召喚命令が出ているなんて知らなかったわ」


 サラとしても戦友に隠し事をするのは気が咎めたのだが、スポンサーの意向には逆らいがたい。ちなみに頼んだのはアルアシャンだが、発案はユスフである。「ベルノルト殿下が勘付いて逃げるとまずいので」と彼はその理由を説明していた。


『いや、召喚命令のことをそのまま伝えれば良いんじゃないかな?』


 アルアシャンはそう言ったが、ジノーファからも「逃がすな」と命令が出ている。ユスフも「ベルノルト殿下は図太くなられたようですからね」と言うし、それで彼を確実にガーバードへおびき寄せるべく、サラにも根回しをしたのだった。


 一方でベルノルトからしてみれば、不意打ちをくらったようなものである。彼としてもいずれ父王に謁見し、ヴァンガルを脱出して以降の事柄を報告しなければならないことは分かっている。分かっているから、自分のペースでやらせて欲しかった。理論武装するにも心の準備をするにも、時間が必要なのだ。


「だいたい召喚命令ってなんだよ。しかも直接俺に言うんじゃなくて、アルに伝えるとか……。悪意を感じる」


 ベルノルトは眉間にシワを寄せてそう愚痴る。彼は「悪意」と言ったが、サラはジノーファの茶目っ気ではないだろうかと思う。ユスフもそれを承知していて、その上で悪乗りしたのではないだろうか。あの主従はそういうところがある。


 そして、サラがそう思い至るのだから、ベルノルトだって似たようなことは察しているに違いない。それで「悪意」という言葉を使ったのだって、怒っているのではなく、どちらかと言えば拗ねているのだ。そう思うとサラはこの戦友のことが少し可愛く思えた。


「ほらほら、いつまでも子供みたいにふて腐れてないで、船旅を楽しみましょうよ」


「ふて腐れてるわけじゃない。……でもまあ、確かに今更か」


 そう言ってベルノルトは深々とため息を吐いた。どれだけ事の進め方に悪意を感じようとも、船はすでに出航してしまったのだ。ヘラベートには迎えの部隊が寄越されているだろうし、そもそもアッバスとシェマルが彼を逃がすまい。つまり事ここにいたれば、粛々とヴァンガルへ向かう以外にないのだ。


 そうであるなら、鬱々としていても良いことはないだろう。船酔いも合わせて気分が滅入るだけだ。ならばサラの言うとおり、船旅を楽しんだ方がよほど前向きである。実のところベルノルトも船旅は初めてだ。「よしっ」と声に出して気分を変えれば、見てみたいところややってみたい事は色々とあった。


 それからヘラベートに着くまでの間、ベルノルトは船旅を満喫した。もちろんこの船は豪華客船ではないから、遊楽施設などない。それでもマストに登ってみたり、操船作業に加わってみたりして、彼は初めての体験を楽しんだ。


 水夫たちは当初恐縮しきりだったが、ベルノルトは、そしてサラも良い意味で「王族らしからぬ生活」には慣れている。二人の気さくさも手伝って彼らは徐々に打ち解け、色々と話をしてくれるようになった。


「大しけのときは、そりゃ大変です。この船のマストよりも高いような波が、幾つも幾つも来るんでさぁ」


「それはすごい。どうやって乗り切るんだ?」


「基本的には、帆をたたんで、船首を波に向けるんでさぁ。そうすりゃ、波を被っても沈むことはありません」


「逆に土手っ腹に波を喰らっちゃ、船がひっくり返っちまいます。荒れた海に放り出されちまったら、まず助かりませんぜ」


 ベルノルトが聞き上手だったこともあり、水夫たちは自分たちの経験や噂話をあれこれと話してくれた。偽の灯台を使って船を浅瀬に誘い込み座礁させる海賊の話や、横柄で嫌われ者の船長を船員たちが海に放り込んでしまった話、船より大きなクジラの話に、美しい歌声で船を惑わす海の魔物の話。どの話もベルノルトとサラの好奇心を刺激した。


 またベルノルトは実際の船の運用についても学ぼうとした。教えてくれたのは主に船長や航海士の男で、海図の見方や羅針盤の使い方を習った。しかしそれで船を動かせるわけではない。覚えなければならない知識が山ほどあるのだ。


「それぞれの海の特徴や季節ごとの風を把握すること。そして天気の予測。海の上は逃げ場がありませんからね。準備はとても大切です。場合によっては、出航しないという決断を下すこともあります。海の男は困難を恐れませんが、それも勇気です」


 そう話してくれたのは船長だ。船長の仕事というのは出航の決断を下すまでで、一度船を出してしまえば何か問題が起こらない限りは、航海中は基本的に暇なのだと彼は言う。


「だから航海中に船長が暇そうにしているのは、良いことなんです。問題が起こらず、予定通りに船が進んでいる証拠ですから。逆に船長があたふたしているとすれば、多くの場合それは事前の準備不足です」


 そう言って、船長は優雅に紅茶を啜った。実に暇そうで、だからこそ頼もしい。結局ヘラベートに着くまでの間、ベルノルトは船長室でかなりの時間を過ごした。船を降りる際にベルノルトは船長に紋章入りの短剣を贈り、彼はそれを家宝にしたという。


 さてヘラベートに到着すると、思った通り迎えの部隊が待機していた。ウスマーン将軍麾下の部隊で、数は三〇〇。ベルノルトらがシンドルグ城からガーバードへ向かった際の護衛の数と比べると、文字通り桁が違う。その差はつまり、どれだけ治安が安定しているかの差だ。どうやら、旧ルルグンス法国領は急速に秩序を回復しているらしい。それもこれも全て、ジノーファの手腕だ。


 さてヴァンガルの大聖堂に到着すると、ベルノルトとサラは一旦別れた。というより、待ち構えていた侍女たちが有無を言わさずサラを連れ去ったのだ。風呂に放り込み、身支度を調えさせるためである。


 あまりに手際が良いので、実は隠密衆だったのではないかとベルノルトは疑っている。何しろ細作が侍女に扮して働くのは、シェリー以来の伝統であるからして。


 ちなみに後で聞いた話では、リリィも一緒に風呂に放り込まれて「磨かれた」らしい。ただしメイド服は断固拒否したとか。「自分は護衛ですから!」と言って抵抗したという。次にベルノルトが見たときには、彼女は近衛軍の士官服を着ていた。


 まあそれはそれとして。サラとリリィが「磨かれて」いる間、ベルノルトは父王ジノーファの執務室へ案内される。弔問前にクルシェヒルで会って以来の、父と息子の面会が行われようとしていた。


リリィ「都会怖い……」

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― 新着の感想 ―
[一言] >リリィ「都会怖い……」 ここで残念なお知らせが一つ………… まだ序の口なんだよなぁ………… がんばれリリィちゃん!
[良い点] 借金返すまで滅ぼされること無さそうですね! [一言] 強制送還ワロタ
[一言] アースルガムに対してイスパルタ王国が復興を手伝っただけなのに金を払うの?謎 戦争を手伝ったと言えるほど何かしたかね?
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