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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
外伝 誰がために鐘は鳴る

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マハヴィラ盗賊団7


 山守衆はカリカットの代官を討ち取った。北門を守っていた部隊も、代官の首を見せつけられると降伏した。ルドラは彼らを武装解除すると、ひとまず他の兵士たちと一緒に代官所の地下牢に押し込んだ。


 北門を攻めていたマハヴィラら八〇余名は、なんと三〇名弱にまでその数を減らしていた。半分以下であるから、壊滅的損害と言って良い。彼らがそれほどまでに必死になったのは、それだけマハヴィラの恨みが深いからなのか、それともここで踏みとどまらなければもう行く場所はないと分かっているからなのか。それとも……。ルドラは複雑な気分だった。


 マハヴィラは代官の首に唾を吐きかけ、その上さらに足蹴りにして鬱憤を晴らした。それで済ませたのは、彼自身疲れ果てていたからだ。そして彼の復讐が一段落したところで、盗賊団の残党達は代官所へ移動した。


「いま、酒と料理を用意させている。少し待っていてくれ」


「そいつは、楽しみだ」


 ルドラはそう言ってマハヴィラたちを代官所で休ませた。死力を尽くして戦った彼らは精根尽き果てていて、一度腰を落ち着けるとぐったりして動けなくなった。それでも酒と料理が運ばれてくるまでには多少は回復していて、彼らは目を輝かせながら杯に手を伸ばした。


 さて、マハヴィラたちが宴会を楽しんでいた時、ルドラはアニルとアサーヴとアッバスを連れて地下牢に来ていた。そして北門のカリカット兵を指揮していた指揮官を取調室に連れてこさせる。手かせをはめた状態で連れてこられた指揮官は、ルドラが山守衆の組頭だと知ると、彼をこう罵った。


「やはり山守衆は山賊だったな。盗賊どもと手を組むとは。賊同士お似合いだ」


「黙れっ! 先に敵対姿勢を見せたのはお前たちだろう。その上、盗賊団まで嗾けた!」


 アサーヴが噛みつく。指揮官は目を鋭くして反論しようしたが、その前にルドラが義弟を抑えた。そしてルドラは指揮官にこう尋ねる。


「指揮官殿。あなたの名前は?」


「……カビールだ」


「ではカビール殿。我々としても、決して好きこのんで代官所を襲ったわけではありません。代官がマハヴィラ盗賊団の次に山守衆を攻め潰すつもりだと聞かされ、止むにやまれず事を起こしたのです」


「山守衆を攻め潰す……? なんだ、その話は。そんな話、聞いたこともない」


 カビールは困惑と嘲笑を混ぜたような表情を浮かべる。一方でルドラも眉間にシワを寄せて困惑を示した。そしてカビールにこう確認の質問をする。


「カビール殿。八日前、最初に北門でマハヴィラ盗賊団を撃退したときに指揮を取っていたのはあなたですね?」


「そうだ。あの時にマハヴィラを討ち取れなかったことが悔やまれる」


「そのマハヴィラが我々にこう言ったのです。『指揮官が「次は山守衆だ」と言っていた。代官がお前たちを見逃すことはない』と」


「それを信じたのか?」


「代官は以前から我々のことを敵視していました。その上で、マハヴィラ盗賊団に我々を攻めさせた。そして盗賊団が逃げ帰ってきたら、門を閉ざして矢を射かけ、止めをさした。そして欺かれた本人の証言です。盗賊団と我々を潰し合わせて、この機会に邪魔者を一掃しようとしていたとしか考えられません。逆に聞きますが、これだけの条件が揃って信じない理由がありますか?」


 馬鹿にしたような態度を取るカビールに、ルドラは真剣な表情で逆にそう尋ねた。するとカビールは顔色を険しくする。そしてこう答えた。


「私は、山守衆を攻めるなどと言ったことはないし、その旨の発言をお代官様から聞いたこともない。だいたいあの時、私は指揮を取っている間、ずっと城壁の上にいた。私がそう呟いたとして、それをマハヴィラが聞き取れるはずがない」


「では、マハヴィラが我々に嘘をついた、と?」


「そうとしか考えられない。奴は謀られたとお代官様のことを逆恨みして、その復讐に山守衆を巻き込んだのではないのか?」


 カビールがそう主張すると、ルドラは「ふむ」と呟いて考え込む素振りを見せた。そしてアニクに耳打ちをして、カビールの発言の真偽について確かめさせる。地下牢にいる彼の部下達から話を聞けば、すぐに分かるだろう。


「……そもそも、代官は山守衆をどうするつもりだったのですか?」


 アニクが取調室から出て行くのを見送ってから、ルドラはカビールにそう尋ねた。カビールは記憶をたどりつつこう答える。


「……厄介に思っていたのは事実だ。だがマデバト山にはダンジョンがある。安易に討伐すれば良いというものではない。そのせいでスタンピードが起こっては、元も子もないのだからな」


 その代わりに代官が考えていたのは、山守衆を屈服させることだった。代官の支配下に置いた上で、そのままダンジョンの攻略を行わせるつもりだったのである。経済封鎖はそのための一手だった。


「山守衆が食料を自給できないことは分かっていた。だから締め付けていれば、そのうち向こうから膝を屈するだろう、と。少なくとも私の知る限り、具体的な討伐の計画は何一つとしてなかった」


「ならなんでマハヴィラ盗賊団を嗾けた!? 奴らが真面目にダンジョンを攻略してくれると、そんな甘っちょろいことを考えていたのかっ?」


 アサーヴが机をドンッと叩いてカビールに詰め寄る。スタンピードを警戒していたというのなら、マハヴィラ盗賊団に山守衆を攻撃させるのは筋が通らない。だがカビールは落ち着いてこう答えた。


「詳しいことは分からない。だがマデバト山は天然の要害だ。そう簡単に負けるとは、思っておられなかったのだろう。その上で、負荷を掛けようとしたのだと思う。消耗すれば、屈服する時期は早まるはずだからな。それに街を守るための最善策であったのは確かだ」


 それを聞いて、ルドラは「なるほど」と呟いた。街に被害を出さないためにマハヴィラ盗賊団の矛先を変えた、というのが一番正解に近いのかも知れない。言い方を変えれば、スタンピードよりも目先の安全を重視した、ということだ。


 もちろん山守衆からすれば、ふざけるなと叫びたくなる暴論だ。だが代官には代官の立場がある。代官の立場になって考えてみれば、確かに筋は通っている。少なくとも、ルドラは矛盾を感じなかった。


「……そうは言っても、北門に兵を集めていましたね? 街のあちこちにも兵士が立っていて、警戒が厳しかったと聞いています。我々と戦う準備だったのではありませんか?」


「違う。はっきり言うが、お代官様にマデバト山を攻めるつもりなどなかった。北門に兵を集めていたのは、盗賊団の残党どもを警戒してのことだ。あの日は夕方だったせいで、かなりの数が夜陰に紛れて逃げた。逆襲を警戒するのは当然のことだ」


 やや皮肉げに口元を歪めて、カビールはそう説明した。実際、マハヴィラは手下を率いて攻めてきた。懸念は的中したのだ。そういう意味では彼の言い分には説得力があったし、ルドラもアサーヴも反論はできなかった。


 そうこうしている内に、アニルが取調室に戻ってきた。そしてルドラに聞き取り調査の結果を耳打ちする。八日前、確かにカビールは指揮を取っている間中ずっと城壁の上にいたらしい。そうであれば、彼の呟きをマハヴィラが聞いたというのは確かに無理がある。


「……どうやら、我々もマハヴィラに騙されたらしい」


 ルドラは沈痛な面持ちでそう話した。カビールも神妙な面持ちで大きく頷く。アッバスは顔色を変えていないが、アニルは険しい顔つきをしている。一方、アサーヴは困惑気味だった。


「いや、義兄者、まだ嘘だと決まったわけじゃ……! こ、こいつらがみんなで口裏合わせをしているかも知れないじゃないか」


 彼はそう言ってカビールを指さしたが、ルドラはゆっくりと首を横に振った。代官を始め、彼らの内の誰も山守衆が攻めてくることを予見していなかったのだ。それなのに尋問を予見して口裏合わせをしておくなど、道理に合わない。


 またマハヴィラは「指揮官が○○と言った」と証言したが、カビールはずっと城壁の上にいた。よしんばその呟きが前線の兵士のものであったとして、情報がそのレベルにまで降りているのに、調査して何も出てこないというのはおかしい。であればやはり、「マハヴィラの証言が嘘だった」と考えるのが合理的だ。


「それにアサーヴも分かっているでしょう? マハヴィラの動機は、あくまで復讐だと。そして彼が代官を殺すには、山守衆の戦力を何とかして動かすしかなかった」


「それは、まあ……」


 アサーヴは言葉を濁しながらもルドラに同意した。マハヴィラが復讐のために山守衆を利用しようとしていたことは、本人がそれを明言している。それでも山守衆が決起を決めたのは、「代官が攻めてくる」という情報に危機感を覚えたからだ。


 だがそれこそがマハヴィラの狙いだった。危機感を煽ることで、山守衆を転がしたのだ。いや、そうすることでしか山守衆を動かす事はできないと考えたのだろう。そしてそのために嘘をついた。彼は薄汚い盗賊だ。嘘をついて山守衆を利用することに、何の躊躇いもなかっただろう。


「のせられたわけか……」


 マハヴィラの口車に乗せられてしまったことに自分で納得し、アサーヴは不快感を滲ませた。ただその一方で、彼はそこまで怒りを覚えているわけではない。


 カリカットの代官を討って街を解放することは、アースルガム解放軍にとっては、そして山守衆にとっても、すでに決まっていたことだ。決まってなかったのは、いつ実行するのかのみ。しかも最も大変な陽動部隊をマハヴィラたちに押しつけたことで、今作戦における山守衆の損害は最小限で済んでいる。


 そうであるから、マハヴィラが山守衆を利用したのではなく、逆に山守衆がマハヴィラを利用したとも考えられる。また盗賊団の残党達は、半分以上を討ち取られながらも最後まで奮戦をつづけた。そこは評価しても良いのではないか。アサーヴはそう思っている。ただルドラの考えは少し違うようだった。


「聞きたいことは聞けました。カビール殿、協力に感謝します」


「マハヴィラを、どうするのだ?」


「事が済めば、お話しできることもあるでしょう」


「……分かった。その時を楽しみにしている」


 カビールの取り調べは終わった。ルドラは彼を地下牢に戻すよう部下に命じ、彼も大人しくそれに従って立ち上がる。彼が取調室を出て行くと、ルドラは「ふう」とため息を吐いた。


「義兄者……。マハヴィラを、殺すのか?」


「そのつもりだ」


 ルドラは淡々と義弟にそう答えた。アサーヴは納得できないとばかりに頭を左右に振る。そしてこう言い募った。


「奴らは確かに敵だった。だが、あいつらは囮をやりきったじゃないか。あいつらはもう戦友だ。戦友を殺すって言うのか!?」


 戦友の間柄になったことを、アサーヴ自身それほど信じてはいないのだろう。付き合いの長いルドラはそれを感じ取っていた。だが同じ目的のため、一緒に戦ったことは事実。その彼らをこんなふうに殺してしまって良いのか。アサーヴの葛藤を、ルドラは良く理解できた。彼自身、同じことを悩んだからだ。


「だまし討ちだと、そう思うか?」


 ルドラがそう問うと、アサーヴはぎこちなく頷いた。そんな義弟にルドラははっきりとこう答えた。


「それは違う。そもそも奴らが我々を騙してこの戦いに巻き込んだんだ。そのせいで、我々は流さなくて良い血を流すことになった」


「だが、そのおかげでカリカットの街を手に入れた! あいつらがいなければ、俺たちの内の誰かが囮をやらなければならなかった。流れた血の量だって、今回よりもずっと多かったはずだ!」


「それも違う。抵抗が激しかったのは、代官が警戒を強めていたからだ。そうでなければ、代官の排除自体はもっと簡単だった」


 そして警戒していることを承知の上でそれでも仕掛けなければならなくなったのは、マハヴィラが「代官はマデバト山を攻めるつもりだ」という嘘のためである。それがなければ山守衆は時期を待つことができたのだ。


 そうであるから、陽動部隊に多大な損害が出たのも、彼らの自業自得である。彼らの犠牲に対して山守衆が、ルドラやアサーヴが同情的になる理由は何一つとしてない。むしろ彼らの復讐に巻き込まれたことで、山守衆は無用の損害を被った。


「そのけじめは、付けなければならない」


 ルドラは強くそう言った。「けじめ……」とアサーヴが小さく呟く。ルドラは大きく頷き、それからさらにこう述べる。


「我々を利用し、我々の同胞を死なせた、そのけじめだ」


 その言葉を聞き、アサーヴは気圧されるようにゴクリと生唾を呑み込んだ。マハヴィラとその手下たちは、一緒に戦った戦友であるかもしれない。だが彼らが山守衆を利用したために死んだ仲間たちは、皆アサーヴの同胞(はらから)である。どちらに重きを置くのかなど、言われるまでもなかった。


「……分かった。この作戦の責任者は義兄者だ。義兄者に、従う」


 言葉と一緒に決意を固めながら、アサーヴはルドラにそう告げた。ルドラも少しホッとした様子で一つ頷く。その義兄にアサーヴは一つ気がかりな事をこう尋ねた。


「だが親父、頭領のことはどうする?」


 マハヴィラとその手下たち受け入れる事を決めたのは、山守衆の頭領たるユブラジである。それなのに勝手に彼らを処断してしまって良いものなのか。アサーヴの懸念はつまりそういう事だ。


 だがルドラに手抜かりはなかった。彼は事前にこの件について、ユブラジに話を通していたのだ。そして「マハヴィラの主張に関して虚偽が認められた場合、その処断についてはルドラに一任する」と一筆書いて貰っていたのである。その書状を見せられて、アサーヴは思わず唸った。


「まさか、こんなものを準備していたなんて……」


「マハヴィラが本当に嘘をついているのか分からなかったから、あまり大っぴらには話せなかった。黙っていてすまない」


 そう言ってルドラは謝った。アサーヴは「いや」と呟いて小さく頭を振る。二人のやり取りが一段落したところで、それまで黙っていたアニルがルドラにこう尋ねた。


「……それで組頭。具体的にはどう動けば良い?」


「マハヴィラたちには酒をたっぷりと飲ませて下さい。めれんにして、正体を無くしたところで処断します」


 ルドラはそう指示を出した。アニルとアサーヴは揃って頷き、連れ立って取調室を出て行く。それを見送ってから、ルドラは深々と息を吐いた。


「……見事なお手並みですな」


 ルドラにそう声を掛けたのはアッバスだった。皮肉にも聞こえるが、彼の口調はあまりにも真摯だ。だからこそルドラも苦笑を浮かべるしかない。理由はあった。だが戦友を陥れたこともまた事実。それを褒められるとは。


「アッバス殿。全てはアースルガムの、サラ王女のためです。せめてあなただけは、それを覚えていてくれませんか?」


「心得た」


 アッバスがそう答えると、ルドラは数秒瞑目した。そして「行きましょう」と行って立ち上がる。マハヴィラらを処断する手筈を整えなければならない。


 その夜、マハヴィラ盗賊団の頭領を含めた残党二七名が処刑された。正体を無くすまで酒を飲ませて恐怖を感じさせずに死なせるやり方は、ある国で王族を処刑する際に用いられる方法だ。嘘をついて謀ったとは言え、一緒に戦った彼らへのせめてもの情けであったと言われている。



リリィ「わたしだけ仲間外れ……」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久々に読み返してみようと思い最初から読んでいたら、まさかの外伝が続いていたとは。。。 一気読みしてしまいました。 続きが楽しみですね! [気になる点] 王族関連の名前○世が変わっていること…
[良い点] まあ、順当なところですね。 [気になる点] マハヴィラも気持ちよく酒飲み過ぎですね。 [一言] いつも楽しく読んでおります。
[一言] 結局マハヴィラと代官の真意は何処にあったやら。
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