マハヴィラ盗賊団6
カリカットの代官を討つことが決まった、その日の晩。アッバスはルドラの部屋に呼ばれた。すでにルドラが現場の指揮を取ることは決まっており、どのようにして代官の首を狙うのか、その相談をするためだった。
作戦の大枠は、比較的簡単に決まった。つまり囮の部隊が北門で陽動を行い、あらかじめ街の中に潜伏していた別働隊が代官の首を狙う、という流れだ。真正面から戦おうとすれば分が悪いのは明白で、これ以外の作戦は考えられなかったとも言える。
『問題は囮を誰にやらせるのか、ですな……』
『マハヴィラと彼の手下達にやってもらおうと考えています』
彼らは代官に強い反感を持っており、また代官の側もそれを承知している。彼らが攻めてくることに、不自然さはない。また彼らを街の中に入れたくないという思惑もあった。全体の作戦が破綻しかねない。
ルドラのその考えを聞いて、アッバスも大きく頷く。アッバスも似たような理由で、陽動部隊はマハヴィラたち以外にはあり得ないと思っていた。ただルドラには懸念があるらしく、彼の表情はすぐれない。アッバスが言葉を待っていると、ルドラはおもむろにこう尋ねた。
『アッバス殿、マハヴィラは信用できると思いますか?』
『少なくとも今回は、真面目に戦うと思いますぞ。何しろこれは、奴の復讐でもあるのですから』
その言葉にルドラも頷く。だが彼の表情は険しいままだ。それこそが彼がマハヴィラを信用しきれない理由だからだ。
『今回は良いでしょう。問題はその後です』
山守衆はアースルガム解放軍の一員である。解放軍の戦略目標は言うまでもなくアースルガムの再興であり、今回の作戦はそのための最初の一歩という位置づけになる。つまり戦いは続くし、最終的に行き着くのは国家の再建という一大事業なのだ。
そこにマハヴィラのような者を関わらせて良いものなのか。彼は今回自分の復讐に山守衆を巻き込んだわけだが、今後解放軍全体が彼に振り回されるようなことにならないだろうか。そもそも彼の本質は強欲な盗賊だ。アースルガムが再興した時、彼はそれを内側から食い潰したりはしないだろうか。ルドラはそう自らの懸念を語った。
『考えすぎでしょうか……?』
根も葉もない憶測を語っているという自覚はあるのだろう。ルドラの表情はどこか自嘲気味だった。その彼に、アッバスは重々しい口調でこう告げる。
『ルドラ殿。もしマハヴィラを排除したいと思っているなら、良い方法があります』
『……それ、は?』
ルドラがやや掠れた声でそう聞き返す。アッバスは腕組みをしたまま、こう答えた。
『代官を討った後、仮にマハヴィラの言っていたことは嘘だったという証拠、あるいは証言が出てきたとすれば、その件については責任を問わねばならないでしょう』
つまり山守衆はマハヴィラに騙されたのであり、そのことが発覚したので彼の責任を問う、という形にするのだ。さらにアッバスの発言は「証拠や証言が出てこないならねつ造してしまえ」という示唆を含んでおり、ルドラはそのことに気付いてゴクリと唾を飲み込んだ。
しかもそれは代官を討った後であり、これまでの話からすれば、マハヴィラたちを囮として酷使した後に処断するという流れになる。酷薄なやり口であることは間違いない。それが最初から決まっているのであれば、なおのことだ。
『アッバス殿。あなたは、怖い方だ』
ルドラは細い声でそう呟いた。アッバスはただ苦笑を返す。その後、二人はこの件については何も話さず、作戦の細部について詰めの話し合いを行った。
『マハヴィラ、あなたには陽動を行って貰います』
『最も負担が大きい役回りだ。俺たちを使い捨てにするつもりか?』
作戦の役割分担を発表すると、やはりというか、マハヴィラは不満を口にした。とはいえ予想通りではあるので、ルドラも用意していた言葉を返す。
『あなた方も自分たちがまったく信用されているとは思っていないでしょう。信用して欲しいのなら、それなりの働きをしてもらいたい』
『……了解した』
マハヴィラは不承気味に了解した。ただその後、置き盾などの装備を用意してもらえることが分かり、彼の表情は幾分和らいだ。
そして作戦は決行された。マハヴィラは手下達を率いてカリカットの北門で戦っている。彼らは奮戦していて、多くの戦力を引きつけることに成功していた。
○●○●○●○●
鉤縄を使い、ベルノルトら四人は代官府の裏手から侵入を果たした。塀から降りると、彼らはすぐに茂みの中へ身を隠す。そして息を殺しながら周囲を窺った。視認できる範囲に人の姿はない。ベルノルトはそっと安堵の息を吐いた。
(長剣を持ってくれば良かったかな……)
彼ら四人の中で長剣を差しているのはアッバスだけだ。サラはもともとショートソードだし、ベルノルトとメフライルも今回はショートソードを装備していた。しかも二人とも外套の下に完全に隠していて、一見すると丸腰にしか見えない。動きやすさや、敵に警戒されないことを優先したためだ。
ただこんなに簡単に侵入できたとなると、そこまで気をつかう必要はなかったかもしれない。ましてこれから四人で切り込むのだ。装備が充実しているかどうかは生死に直結する。失敗したかな、とベルノルトは内心で嘆息した。
とはいえ、今から取りに戻るわけにもいかない。ベルノルトは作戦に意識を集中すると、人目につかないようにしながら建物の方へ移動を始めた。代官所には複数の建物があるが、どの建物に代官がいるのかは分かっている。一番大きな、三階建ての建物だ。
ただその建物の見取り図はない。時間がなくてそこまで用意できなかったのだ。当然ながら代官がどの部屋にいるのかも定かではなく、突入してから探し回る必要がある。それで突入してからは時間との勝負だった。
四人が建物に近づくと、三人の兵士の一団が見えた。大声で話していて、緊迫している様子が伝わってくる。耳を澄ませば戦いの騒音も聞こえてきて、どうやら他のグループも襲撃を開始したらしかった。
ベルノルトが他の三人に目配せをする。彼らは揃って頷いた。それを見てから、ベルノルトは鉤縄の先端を回転させる。そして勢いよく鉤縄を投擲した。
「がっ!?」
「な、なんだ!?」
鉤縄は一人の兵士の後頭部を直撃した。兜を被っていたので、死んだわけではないだろう。だが頭を抑えてふらついている。他の二人も、何が起こったのか分からず、オロオロと動揺していた。
その隙を見逃さず、アッバスとメフライルが切り込む。彼らは無事な二人をたちまち斬り伏せた。そして頭を抑える三人目も始末する。鮮やかな手並みだった。
三人のカリカット兵を倒すと、ベルノルトとメフライルは死体から装備を分捕った。槍と剣を取って両手に装備する。武器の質は必ずしも良くなかったが、使い捨ての消耗品と思えば悪くはない。そしていよいよ四人は建物の中へ突入した。
建物の中は騒然としていた。すでに他の山守衆も入り込んでいるようで、怒号が響き渡っている。四人が警戒しつつ進むと、味方が戦っている場面に出くわした。しかもどうやら劣勢であるらしい。四人はすぐに援護して、敵を排除した。
「すまない、助かった」
「無事で良かった。それで状況はどうなっている。代官は見つかったのか?」
アッバスは早口になってそう尋ねた。助けた男たちの話によると、まだ代官は見つかっていないらしい。ただ他のメンバーたちが建物の出入り口を塞いでいるので、代官はまだ建物の中にいるはずだと話した。
「我々が入って来た入り口には、誰もいなかったぞ」
アッバスが眉間にシワを寄せてそう言うと、男たちは「では自分たちがそこを固める」と言った。四人は出入り口の場所だけ教えるとそこで男たちと別れ、建物の中の探索を再開した。
建物の中では、すでに他のメンバーも代官の探索を行っていた。ルドラの姿もあり、四人は彼の指揮下に入った。彼らは指示されて二階の探索を行っていたのだが、三階から代官が見つかったと声が上がり、四人もそちらへ急いだ。
代官が立て籠もっていたのは、三階の一番奥の部屋だった。その部屋に面した廊下は一つしかなく、しかも廊下の一端は壁で塞がれている。つまり一方向からしかその部屋には行けないのだが、廊下の真ん中にはバリケードが組まれて道を塞いでいた。
さらにバリケードの向こうには、弓と槍を持った兵士が多数待ち構えている。狭い廊下で一方だけ警戒すれば良いこの状況は、弓を持つ者にとって非常に有利だ。ルドラたちも廊下の角に身を潜めながら、攻めあぐねていた。
「時間がない……!」
アニルが焦ったようにそう呟く。代官の意図は明白だ。つまり北門の敵を排除し、子飼いの兵達が戻ってくるまで時間を稼ぐ。北門のカリカット兵たちが戻ってきたら、数で劣る山守衆はあっという間に劣勢に立たされるだろう。文字通りの全滅すらあり得る。その前に代官を討ち取る必要があった。
「他の部屋のドアを取り外して持ってこい。盾代わりにしろ」
アッバスがそう指示を出すと、山守衆の男たちはすぐに動いた。その様子を見ながら、ベルノルトは自分に何かできることはないかと考える。そしてふとあるアイディアが頭に浮かぶ。彼はルドラにこう言った。
「ルドラ殿、屋上に行きます」
ルドラは少し驚いた様子を見せたが、すぐにベルノルトが何を考えているのかを察して大きく頷いた。それを見てベルノルトは両手の武器を置き、階段の方へ駆け出す。その後をすかさずメフライルが追った。
「で、ベルッ!」
「わたし一人でいい!」
「良くない!」
心の底からそう叫び、メフライルはベルノルトの背中を追って屋上に上がった。屋上へ上がると、ベルノルトは真っ直ぐに隅の一つへ向かう。ちょうど代官が立て籠もっている部屋の真上だ。そして欄干から身を乗り出して下の様子を窺った。真下にある窓から、人の足が見える。
「……殿下、本当にやるんですか?」
メフライルがそう尋ねる。口調が元に戻っているのは、周囲に人がいないからだけではない。つまり本来の身分を思い出させて自重を促しているのだ。ベルノルトはそれを承知した上で、意図的に無視した。
「やる」
端的にそれだけ答えると、ベルノルトは手際よく鉤縄を準備する。その様子を見てメフライルは盛大にため息を吐いた。第一王子に余計な技能を仕込んでくれたどこぞの側妃に盛大な文句を言ってやりたい気分だ。だが今はそんなことをしている場合ではない。彼は鋭く視線を巡らせて周囲の警戒を始めた。
その様子を見て小さく笑ってから、ベルノルトは鉤縄の爪を欄干に引っかけた。そして縄を持って欄干の上に背中を外側に向けて立つ。そして欄干を蹴って宙へ身を投げた。ロープが伸びて、彼の身体が振り子のように加速する。その先にあるのは窓だ。代官が立て籠もる部屋の窓だ。
ベルノルトは腕で顔を庇いつつ、窓を突き破って代官の立て籠もる部屋に突入した。突入時、ちょうど良い場所に一人立っていたので、ベルノルトはそいつに跳び蹴りをくらわせた。
「ぎゃっ!?」
「なっ!?」
短い悲鳴と驚きの声が同時に上がる。ベルノルトは部屋の中に着地すると、素早くショートソードを抜いて構える。そして目についたカリカット兵に斬りかかる。彼は顔に驚きを貼り付けたまま切り伏せられた。
「な、何ですか、あなたはぁ!?」
困惑の混じった悲鳴が上がる。ベルノルトがそちらに視線を向けると、モノクルを掛けたいかにも文官風な男がいた。彼は三人の兵士に守られていて、顔を青白くしながらベルノルトの方を指さしている。この男こそが、カリカットの代官であろう。ベルノルトはそう直感した。
ベルノルトは視線を鋭くし、姿勢を低くしてショートソードを構えた。それから油断なく室内を見渡す。兵士はあと五人。その内三人は代官の護衛についているが、そのために動かないと考えるのは無理がある。
(五対一、か)
とベルノルトが内心で呟いた瞬間、「わ、わっ」と少々情けない声を出しながら、メフライルが鉤縄を使って窓から飛び込んできた。メフライルは鉤縄の扱いに熟達などしていないが、本来護衛対象であるベルノルトが先行してしまった以上、彼の立場としては追いかけないわけにはいかないのである。
メフライルが現われたことで、代官らの側に動揺が走る。その隙を見逃さず、ベルノルトは一人のカリカット兵に対して鋭く間合いを詰めた。彼の攻撃は槍の柄に防がれたが、同時に動いていたメフライルが不十分な態勢ながらも兵士の脇腹にショートソードをねじ込んだ。
兵士が吐血するのと同時に、ベルノルトは彼の喉を切り裂いた。さらに彼が崩れ落ちる瞬間、ベルノルトは槍をひったくる。そして軽やかにその槍を逆手に持ち替えると、そのまま代官目掛けて投げつけた。
「ひっ!?」
代官は悲鳴を上げながら身をすくませる。槍は代官に当たらなかったが、投擲された槍の猛烈な勢いに、三人の兵士は揃って顔と身体を強張らせた。しかし三人ともまだ武器をしっかりと持っているし、視線もベルノルトたちから外していない。そのせいで二人は動くに動けない。
そうこうしている内に、少し離れた位置にいた兵士が代官の護衛に合流する。これで四対二。槍の穂先を向けて牽制されては、リーチで劣る武器の二人はますます動くに動けない。
だが膠着状態は長く続かなかった。アッバスらが廊下の敵を排除して部屋の中に踏み込んで来たのだ。バリゲードを守っていたカリカット兵たちは、部屋の中に賊が侵入したのを察知して気がそぞろになり、その隙をついて一気呵成に制圧したのだ。
「な、何なんですかっ、あなたたちは!? わ、わたしを代官だと知って……!」
「山守衆だ。私たちの未来のために、代官殿には死んでもらう!」
ルドラが堂々とそう答える。そして彼の合図で弓矢が放たれた。さらにアッバスほか数名が切り込む。ベルノルトとメフライルも別方向から仕掛ける。数十秒後、ルドラは代官の首を掲げた。
ベルノルト「ア〜アア〜」
メフライル「ああもう誰だよ、この王子様を野に放ったのは!?」




