マハヴィラ盗賊団5
『カリカットの街の代官が山守衆を攻めようとしている』
マハヴィラよりもたらされたその情報の真偽を確かめるため、山守衆は動き始めた。とは言っても、まさか彼ら自身が街に入って聞き込み調査をするわけにはいかない。それで調査については、街に潜伏しているアースルガム解放軍の同志たちを頼ることになった。
(ハシムがいれば……)
ベルノルトはそう思った。隠密衆の一人たるハシムがいれば、代官周辺の、精度の高い情報を集めてきてくれるだろう。だが彼は二度目の手紙を届けに来て以来、山守衆の所へは顔を出していなかった。いない人間を頼ることはできない。
さて調査の結果、代官が山守衆を攻めようとしている、その確証は得られなかった。ただカリカットの街はここ最近、緊張状態にあるという。街のいたるところに兵士が立っており、また門の守りが強化されている。特に北門、つまりマデバト山を臨む側でそれが顕著だという。
「北門で兵士の数が増えているのは、こちらでも把握している」
組頭の一人がそう発言する。例の、マハヴィラ盗賊団を壊滅させた日から、通常と比べて倍以上の兵が配置されているという。ただしこれは外から眺めただけの報告なので、実際に北門に配置されている兵の数はもっと多い可能性がある。
いずれにしても、代官が多数の兵を動かしていることは確かだ。ただしそれが防御のためなのか、それとも攻撃のためなのか、そこははっきりとしない。それでユブラジも対応を決めかねた。
「代官は戦の準備をしているに違いない。攻めるべきだ。敵がここへ攻めてくる前に!」
そう主張したのはアサーヴだった。多数の兵が戦闘配備されているというのは、危機感を煽るには十分な情報だ。「やられる前にやってしまえ」と考えるのは、当然の成り行きだろう。それで彼の主張に頷く者も多数いた。
「代官とて、盗賊団の全てを討ち取ったとは思っておるまい。謀った自覚は当然あるだろうし、復讐を警戒しているだけなのではないか?」
一方でそう主張する組頭もいた。盗賊団の残党が怒り狂っていることは、代官も予測しているだろう。彼らは打算や利害を超えて、捨て身の復讐に走るかもしれない。多数の兵の動員はそれに対する備えと考えれば、それもまた筋は通る。
「結局、確たることは何も分からん、ということか……」
やや疲れた様子で、ユブラジがそう呟く。徒労だけが募るような、むなしさがこみ上げてくる。ともかく山守衆だけで話していても何も分からない。もう一度、マハヴィラの話を聞いてみようと言うことになった。
「そう言われてもな。俺が知っていることは、もう全て話した」
手だけ縛られて会議室に連れてこられたマハヴィラは、ユブラジにそう答えた。拘禁中でゆっくりと休めているのか、無精髭の伸びる顔は思いのほか血色が良い。余裕があるのか、非友好的な視線に曝されながらも、彼の態度はふてぶてしかった。
「お主は言ったな。指揮官が次は山守衆だと言った、と。だが街の兵士たちは一人もそんなことは言っておらんかったそうじゃぞ?」
「そりゃ、末端の兵士たちには秘密にしているんだろうよ」
「なぜじゃ?」
「なぜってそりゃ、代官も気付いているんだろう。山守衆に通じている奴が街の中にもいることにさぁ」
ニタリと意地の悪い笑みを浮かべ、マハヴィラはそう言った。ユブラジはそれを否定できない。実際にいるからだ。
「俺たちがあんた達を攻めるって情報も、街にいるあんた達の仲間から報せてもらったんだろう?」
「……そうじゃ」
「これは負け惜しみだが、今思えば、情報があまりにも速かったし、そして正確だった。多分代官の側が意図的に流したんだろうな」
「……っ」
マハヴィラの予測を聞いて、ユブラジは思わず息を呑んだ。ルドラやアサーヴ、他の組頭達も険しい顔をしている。彼らの強張った顔をゆっくりと見渡してから、マハヴィラはさらにこう述べた。
「具体的に誰があんた達に内通しているのか、代官もそれはまだ把握していないんだろう。把握しているなら、この期に及んで泳がせておく意味はないからな。だが内通者がいると分かっているなら、それなりの対応をするだろうよ」
ユブラジは思わず唸った。確かに内通者の存在を確信しているなら、「山守衆を攻める」という情報は直前まで秘密にしておくだろう。
仮にこれまで内通者の存在を確信していなかったとしても、マハヴィラ盗賊団に対し山守衆が完勝したことを知れば、情報を伝えた何者かの存在を疑うに違いない。いや、もしかしたら内通者の存在をあぶり出すために、あえて情報を流したかも知れないのだ。
「……だが、指揮官はその秘密情報を口にしたのだろう?」
ルドラが鋭い口調でそう詰問する。代官がその情報を秘密にしておきたいと思っているなら、指揮官がそれを口にしたというのは、代官の方針と矛盾している。つまりルドラはマハヴィラが嘘をついているのではないかと指摘したのだが、彼は飄々と肩をすくめてこう答えた。
「さあね。うっかり口を滑らせたのか。もしかしたらワザとなのかも知れないぞ。カリカットの代官殿は、なかなかの策略家らしいしな」
ニヤリとマハヴィラが嗤うと、ルドラは顔をしかめた。つまり惑わすことが目的と言うことか。いや、真偽を確認しようとして確たる証拠が出てこなければ、山守衆はこれを嘘だと判断するだろう。そして山守衆が警戒を緩めた時を狙い、一挙にマデバト山を攻め落とす。それが代官の狙いか。考え得る可能性は、他にもある。
ルドラ個人の印象で言えば、カリカットの代官が策略家というのはそぐわない。だが謀られた張本人が目の前にいるのだ。その言葉は、やはり重く受け止めざるを得ない。マハヴィラ盗賊団を壊滅させたことで、代官は自分の能力を示したとも言えるではないか。それこそが確たる証拠だ。
(まさか、機を待っていた……?)
ルドラが胸中でそう呟く。マデバト山にダンジョンがあり、山守衆がそれを攻略して管理していることは、当然代官も知っている。それなのに迂闊に手を出して攻略が滞り、その結果スタンピードが起これば、カリカットも無事では済まない。代官はそれを危惧したのではないか。
山守衆を討伐する場合、時間をかけるわけにはいかない。最悪の場合、山守衆の戦力を削ったがためにスタンピードが起こる。それを避けるためには、迅速に討伐を終えてダンジョンを管理下に置かねばならない。
カリカットの戦力のみでそれを行うのは難しい。代官はそう考えていたのではないか。それでひとまずは経済封鎖のみ行い、実際の武力制圧についてはタイミングを見計らっていたのではないか。そしてマハヴィラ盗賊団という、使い潰せる戦力が登場したことで、代官はいよいよ意を決した……。
(そう考えれば辻褄は合う、か……)
ルドラはいよいよ表情を険しくした。今のこの状況が、全て代官の手のひらの上であるように思えてきたのだ。
だが代官がマデバト山を攻めるつもりでいるなら、逆に街が攻められる可能性については軽視しているだろう。今ならば奇襲は成功するかもしれない。
「決起するべきだ! 今なら味方の士気も高い。うかうかしていたら、取り返しがつかなくなるぞ!」
アサーヴがそう言って強硬論を展開する。頷く者は多く、反論は弱い。そしてルドラもまた、異を唱えることはしなかった。
「アッバス殿、いかが思われる?」
「……代官が本気で山守衆を攻めようとしているなら、安穏としている場合ではないでしょう。迎え撃つつもりなら、兵糧を含めて相応の準備が必要です。ただ山守衆は援軍のアテが乏しい。そしてダンジョンも、長期間放っておく訳にはいきません。それを考えればこの状況下、先制攻撃も選択肢の一つでしょう」
所見を問われたアッバスは、慎重に言葉を選びつつそう答えた。以前、似たようなことを問われた時に、彼ははっきりと「事を起こすべきではない」と答えた。ところが今回はどうするべきかをはっきりとは答えず、むしろ先制攻撃を容認してさえいる。それを聞いて、ユブラジはいよいよ決断を下した。
「良かろう。では代官の首を取るとしよう」
「「「おお!」」」
アサーヴを筆頭に、幾人かが気炎が上がる。ルドラはそこに加わっていないが、しかし腹を決めた様子だ。熱気に包まれる会議室の中、マハヴィラだけが酷薄な笑みを浮かべていた。
○●○●○●○●
「敵襲!」
カリカットの街の北門で、敵襲を報せる銅鑼がうるさく打ち鳴らされた。マハヴィラ盗賊団を撃退してから、八日後の事である。攻めてきたのは盗賊団の残党およそ八〇人で、先頭にはマハヴィラの姿があった。
「おい、良くも謀ってくれたな! ぶっ殺してやる。覚悟しろっ!」
マハヴィラは剣の切っ先を門の方へ向けてそう叫ぶ。それを合図に、手下たちも一斉に攻撃を開始した。すぐさま迎撃の矢が飛ぶが、彼らは木製の置き盾を大盾代わりに両手で持ってそれを防いでいる。門の外に少数の兵しかいなかったことも仇になり、盗賊団の残党達はすぐに門へ肉薄した。
当然ながら、門は閉じられている。ただ辺境の街の、さらに辺境へ通じる北門に、高価な金属製の扉が用いられているはずもない。北門は木製の二枚扉を、やはり木製のかんぬきで閉じるだけの質素な造りだ。つまり防御力は低い。
「おい、さっさとぶっ壊せ! 中に入って代官の野郎をぶっ殺すぞ!」
「へい、親分!」
門に肉薄すると、盗賊団の残党達は斧を使って門を壊し始めた。それを防ごうと矢が射かけられるが、彼らはその矢を置き盾を掲げて防ぐ。ちなみに斧も置き盾も山守衆が用意した装備である。
北門の扉はさほど分厚い造りにはなっていない。何度も斧を振り下ろすと、すぐに穴が開いた。その穴から、横向きに差されている角材のかんぬきがのぞく。斧を振るう男は次のそのかんぬきに狙いを定めた。
「よし、かんぬきが折れた!」
男が歓声を上げ、門を蹴破って街の中へ突入する。しかし彼を出迎えたのは、槍を揃えて隊列を組む兵士の一団だった。
「盗賊どもを街の中へ入れるな!」
隊列を組んだ兵士たちが、破られた門に栓をするかのように前進する。揃えた槍衾に貫かれ、斧を振るっていた男は血祭りに上げられた。さらに兵士たちはそのまま圧力を掛けて、盗賊団の残党達を街の外へ押し返す。そして門を内側に半円状に陣形を敷き、盾と槍で防御を固めた。
そこへ街からさらに兵士が投入される。たちまち街の外は乱戦になった。有利なのは当然、街を守る兵士たちの側だ。数も多いし、弓矢による援護もある。ただ盗賊団の残党達は戦い慣れしており、そう簡単には崩れない。彼らは粘り強く戦った。とはいえ、防御を突破して街の中へ入れるほどではない。
「落ち着いて戦え! 味方はまだ来る! 敵が疲れるのを待てば良い!」
カリカットの兵士たちを指揮する隊長が、城壁の上からそう指示を出す。このまま行けば問題なく勝てるだろう。彼はそう思っていた。気になるのはマハヴィラのことだ。このままでは勝てないことは奴も分かっているはず。それなのに奴は退こうとしない。一体何を考えているのか。
(お代官様憎しで、そこまで頭が回らないのか……?)
隊長はそんなふうにも思ったが、しかし確信は持てない。それどころか手下を鼓舞しつつ戦うマハヴィラの顔は、苦戦しつつも冷静であるように見える。少なくとも頭に血が上っているふうではない。その様子に、隊長は不吉な予感を覚えた。
その予感は当たっていた。この時すでに、潜伏していたアースルガム解放軍の手引きによって、山守衆の一隊が街に潜入していたのである。北門を攻めるマハヴィラ盗賊団の残党達は、全て陽動のための囮だったのだ。
カリカットの街に潜入したのは、ルドラを隊長とする一隊である。この部隊には例の先攻奇襲部隊の編成がそのまま用いられた。マハヴィラ盗賊団を翻弄したその手腕を買われてのことである。だからベルノルトとメフライル、リリィとユラ(サラ)も潜入部隊に名前を連ねている。ちなみにアサーヴとアッバスは志願して潜入部隊に加わっていた。
「始まったぞ」
解放軍のメンバーが、北門で戦闘が始まったことを伝える。北門には兵士たちが続々と集まっている様子だ。代官所からも兵が北門に差し向けられたと報告を受け、ルドラは大きく頷いた。
カリカットの街の戦力としてまず警戒するべきは、代官の子飼いの部隊である。これはまだカリカットがヴェールールの支配下にあった頃、代官が赴任する際に連れてきた兵達だ。その数、一五〇。七日前もこの部隊が中心となってマハヴィラ盗賊団を撃退している。練度はともかくとしても、代官にとっては最も頼れる戦力と言っていい。
カリカットの常備兵とも言うべきこの戦力は、現在北門に集中している。街の中に配置されていた警備兵達も、続々と北門へ向かっているという。つまりそれだけ、街の中や代官所は手薄になっている。
「では、始めましょう」
ルドラは作戦行動の開始を命じた。潜伏部隊のメンバーは皆一様に頷く。彼らは早速行動を開始した。彼らの狙いはただ一つ。すなわち代官の首である。
ただ、ぞろぞろと連れ立って代官所へ向かうわけではない。それではあまりにも目立ちすぎる。それで、それぞれ数人のグループに分かれ、分散して代官所へ向かうことになっていた。
幾つかのグループは、幌付きの馬車に乗って代官所へ向かうことになっている。一方でベルノルトら四人は徒歩だ。彼らはよそ者であり、顔を知っている者はほとんどいないだろうと言うことで、堂々と最短ルートで代官所へ向かった。
カリカットの街の中では、やはり多少の混乱が見受けられた。マハヴィラ盗賊団の残党達が攻めてきたことや、北門で戦闘が続いていることがすでに伝わっているのだ。それで慌ただしく店を閉めたり、荷物を持ってどこかへ急ぐ様子が、そこかしこで見られた。
街の混乱は、ベルノルトたちにとって悪いことではない。住民達がそれぞれ自分の事で手一杯なら、ベルノルトたちのことを見とがめたりはしないだろう。実際、彼らは呼び止められることなく代官所までたどり着いた。
「あそこか……」
代官所を少し離れた所から眺めて、ベルノルトがそう呟く。慌ただしい様子が見て取れたが、さすがに正門のところには警備の兵が残っている。他のメンバーはまだ到着していないようだし、堂々と正面から乗り込むのは難しい。
もっとも、最初からそんなつもりはない。四人は代官所の裏へ回り込んだ。いつもならそこにも警備の兵がいるのだろうが、今は誰もいない。ただ塀で遮られていて、中へ入るのは決して簡単ではない。
とはいえそれも織り込み済みだ。ベルノルトは鉤縄を取り出すと、それを塀に引っかけてスルスルと登り始めた。他の三人も同じようにして塀を登る。こうして彼らは易々と代官所に侵入したのである。ただその先陣を切ったのがイスパルタ朝第一王子ベルノルトであることが、アッバスには少々受け入れがたいらしい。
「殿下、どこでこのような技を……」
「母上に仕込まれた」
「でしょうなぁ」
さすがに側妃に文句は言いがたいのか、アッバスは遠い目をするのだった。
ルドラ「代官は策士なのか否か。それが問題だ」




