マハヴィラ盗賊団4
山守衆はマハヴィラ盗賊団を退けた。
その夜、山守衆の里では歓声がこだました。祝勝会である。羊が五頭も潰され、丸焼きにされて人々の舌を楽しませた。備蓄食料が大盤振る舞いされ、お酒も提供された。音楽が奏でられ、男も女も、歌って踊って楽しんだ。
もちろん、マハヴィラ盗賊団を退けたからと言って、それで山守衆の抱える問題が一挙に解決したわけではない。むしろこうして食料を大量に消費してしまうことこそが問題だとも言える。だが彼らは喜ばずにはいられなかった。彼らは勝ち、そして彼らの里は守られたのだから。
「やあ、客人。いやベル。お疲れさん。活躍したそうじゃないか」
「いや、ルドラ殿の指示が良かったんだ」
ベルノルトにも同年代の者たちが気さくに話しかけてくる。宴の雰囲気も手伝っているのだろうが、なにより一緒に戦った事が大きい。今までは「よそ者」に対して一線を引いていたが、その壁はもうなくなっていた。
サラはリリィと話している。メフライルはリュートを披露していて、その音色に合わせて男女が踊っている。アッバスはたくさんの人たちに囲まれ、なにやら談笑中だ。それを見てベルノルトは少し嬉しくなった。
「聞いたぞ、マハヴィラと一騎打ちしたんだってな?」
「向こうが斬りかかってきただけだ。返り討ちにしてやれれば良かったんだけどな」
そう言ってベルノルトは悔しがった。すると話しかけてきた青年はベルノルトの首に腕を回して笑い声を上げる。ベルノルトも一緒になって笑った。いい夜だった。
さて、翌日のお昼過ぎのことである。撤退したマハヴィラ盗賊団についての続報が入った。彼らはあの後、マデバト山を下ってカリカットの街へ向かったと言う。だが彼らが街の中へ入ることは叶わなかった。代官が街の北門を封鎖し、さらに兵を配置していたからだ。
『おい、これはどういうことだ!? 山守衆は壊滅させてきたぞ! 門を開けろ!』
マハヴィラはそう言って代官に門を開けるよう要求したが、代官がそれに応じることはなかった。第一、マハヴィラ盗賊団が本当に山守衆を壊滅させたのなら、彼らは今頃お楽しみの真っ最中のはず。つまり彼らがここにいること自体、彼らがおめおめと逃げ帰ってきたことの証拠だ。代官はそれを見抜いていた。
要求に対し、代官は弓矢を持って返答した。次々に矢が放たれ、さらに槍を持った兵士たちが盗賊団に襲いかかる。盗賊団は険しいマデバト山を登って降りてきたばかりで、その上敗戦のために意気消沈している。まともに戦うことはできず、追い散らされた。
「生き残った者たちは、マデバト山に逃げ込んだようです」
街の様子を監視していた者がそう報告する。幸いというか、時刻が夕暮れ近くだったので、生き残った者たちは夜陰に紛れてマデバト山へ逃げたという。それを聞いてユブラジと組頭たちは表情を険しくした。
「マハヴィラは、どうなった?」
「どうやら逃げおおせたようです」
それを聞き、ユブラジはますます顔をしかめた。マデバト山は彼ら山守衆にとって庭に等しい。そこに盗賊団の首魁や残党が入り込んでこそこそとしているのは面白くないし、何より危険だ。
「ふぅむ……。山狩りでもするかの?」
ユブラジはそう呟いた。マデバト山に入り込んだ不審者どもを、探し出して排除しようというわけだ。だが組頭の一人がこう反対した。
「山狩りはやらんでも良いだろう。今は冬だ。放っておけば飢えて死ぬ。飢え死にが嫌なら、山から離れるほかあるまい」
もともとマデバト山は荒涼としていて、山の幸はほとんどない。また山守衆の砦を攻めるにあたり、マハヴィラ盗賊団はそれほど多くの兵糧を準備していなかった。食べ物はすぐに尽きるだろう。
食べ物が尽きれば、後は死ぬしかない。山守衆の里とカリカットの街には食物があるが、両者とも盗賊団のことは警戒している。そこから奪うだけの力はもう彼らには残されていないだろう。飢え死にを避けるためには、別の地域へ移動するより他にない。
「ふむ。ルドラ、お主はどう思う?」
「私も山狩りは必要ないと思います。……と言うよりも、今は砦を手薄にするべきではないかと」
そう答えたルドラの言葉には、どこか剣呑な雰囲気が漂っていた。それを感じ取り、ユブラジは困惑した。
「ルドラ?」
「頭領。盗賊団が我々に勝っていた場合、代官は本当に街をマハヴィラに委ねていたと思いますか?」
「……いや、そんなはずはあるまい」
「私もそう思います。代官が討伐云々を言い出したのは、山守衆と盗賊団をつぶし合わせるためです。そしてその策は見事に成功し、代官は盗賊団を壊滅させました。では次に代官は何を考えるでしょうか?」
「まさか……」
わななくユブラジに、ルドラは険しい顔で頷く。マハヴィラ盗賊団は壊滅させた。後は山守衆を討伐すれば、カリカットの街の周囲に目障りな存在はいなくなる。しかも山守衆は盗賊団との戦闘で消耗している。代官の目にはまたとない好機に映るだろう。
「最初から、それが目的か……!」
ユブラジの顔に怒気が滲む。マハヴィラ盗賊団のこともそうだ。代官が余計なことを吹き込まなければ、山守衆が襲撃されることはなかった。そうやって盗賊団の討伐を押しつけた挙句、今度は山守衆まで排除しようとしている。ユブラジにはそう思えた。
「もちろん本当に代官が攻めてくるのか、それは分かりません。ですがもし攻めてくるつもりなら、あまり時をあけたりはしないでしょう。今は警戒を続けて、守りを固めておくべきです」
「そうじゃな。うむ、そうじゃ」
ルドラにそう答え、ユブラジは冷静さを取り戻した。実際、マハヴィラ盗賊団と山守衆では、カリカットの街に対する脅威の度合いは大きく異なる。前者は武力を背景に臣従を要求したが、後者が直接事を構えたことはないのだ。それもふまえれば、ひとまず盗賊団を排除できればそれでよし、と代官が考える可能性は決して低くない。
性急に動く必要はない、とユブラジは思い直した。しかし事態は急展開していく。会議室に男が一人、駆け込んで来たのである。彼はうわずった声でこう叫んだ。
「外に、マハヴィラが来ています!」
思わず、その場にいた全員が立ち上がった。
○●○●○●○●
「盗賊ごときが、何のようじゃ!?」
砦の城壁の上に立ち、ユブラジがマハヴィラにそう問い掛ける。見える範囲で数えて見ると、マハヴィラと一緒にいる手下の数は八〇ほどか。元が三〇〇という話だったから、四分の一程度まで減った計算になる。
マハヴィラがこの約八〇の手下を率いて攻めてきたのであれば、話はそれほど難しくない。そして撃退することも。だが彼は攻めてきたわけではなかった。「降伏したい」。彼はそう申し入れてきたのだ。
マハヴィラは今、砦の正門から少し離れた場所に一人で立っている。昨日の戦闘の痕跡は残っているが、死体はもう残っていない。彼の立っている場所は弓矢の射程内で、手下たちはもう少し離れた射程外で待機している。
「降伏したい! そう伝えたはずだ!」
堂々と仁王立ちして、マハヴィラはそう答えた。それを聞いて、ユブラジが顔を険しくする。聞き間違いではなかったし、山守衆の頭領を引っ張り出すための方便でもなかったらしい。
「なぜ降伏する!? どこへなりとも逃げれば良いではないか!」
「代官に復讐してやりたいからだっ! 俺たちは謀られた!」
カリカットの街に入れず、むしろ攻撃されたことで、マハヴィラはようやく代官の真意に気付いた。代官は最初からマハヴィラ盗賊団を利用するつもりだったのだ。そのことに気付いた時、彼ははらわたが煮えくりかえる思いだった。
何としても、復讐してやらねばならない。冬の寒空の下、身を隠した洞窟の奥で寒さに耐えながら、マハヴィラはそう決意した。しかし戦力の少なさは如何ともしがたい。カリカットの街を攻め落とし、代官を地獄にたたき落とすには、もっと戦力が必要だ。そこでマハヴィラが目を付けたのが、他でもない山守衆だった。
だがマハヴィラ盗賊団と山守衆は戦って殺し合ったばかりである。流れた血もかわかないうちに「降伏したい」と申し入れたところで、それを受け入れてもらえるかどうか。また受け入れてもらえたとして、処刑されることなく、さらにカリカットの攻略に上手く巻き込めるかどうか。ハードルは高いと言わざるを得ない。
(工夫が必要だな……)
その工夫を、マハヴィラは一晩寝ないで考えた。そして一つの大嘘を考え出した。その大嘘を彼は満を持して口にする。
「代官はここを攻めるつもりだ! うかうかしていたら皆殺しだぞ!」
「嘘を言うでない!」
「嘘じゃない! カリカットの兵に襲われたとき、指揮官がそう言っていた! 『次は山守衆だ』ってな!」
マハヴィラがそう主張するのを聞き、ユブラジは渋面を浮かべた。前述した通り、カリカットの兵がマハヴィラ盗賊団を壊滅させたことは、街を監視していた仲間の報告でユブラジも承知している。
ただ監視者は離れた所から眺めていただけなので、よほどの大声でなければ何を話していたのかなど聞こえない。それで指揮官が口にしたという、「次は山守衆だ」という発言の真偽については、確かめようがなかった。
加えて、ついさっきまでユブラジたちは「代官がマデバト山に攻めてくる可能性」について考えていたのだ。そして「否定はできないので警戒しておく」という結論でほぼ落ち着いていた。
それでマハヴィラの主張は全く予期していなかった可能性ではなく、むしろ懸念を強める材料になっていた。そしてユブラジが悩むのを見て、マハヴィラはさらにこうたたみかける。
「俺たちをあんた達に嗾けるとき、代官がなんて言っていたか知っているか!? 『山守衆はダンジョンを攻略して、一〇〇年分の財宝を溜め込んでいる』って言ったんだ! 代官があんた達を見逃すことはないぞ!」
マハヴィラの弁論はなかなか巧妙だった。一晩考える中で、マハヴィラは今回の襲撃について山守衆がある程度の情報を得ていたに違いないと考えていた。そうでなければあれほどの迎撃作戦は立てられないだろう。
そもそもカリカットと山守衆の関わりは深いのだ。まして代官はよそ者である。山守衆に協力する者が街にいてもおかしくはない。それで「一〇〇年分云々」の話もまた、山守衆にも伝わっている可能性が高いとマハヴィラは考えたのだ。
だからあえて、彼はそれをこの場で口にした。一つの事実を述べることで、他の発言についても真実だと思い込ませる。詐欺師がよく使う手口だ。また代官が山守衆を敵視して邪魔者扱いしているのは事実。そのことも合わせて考えれば、マハヴィラの弁舌は一定の説得力を持つ。
ちなみに、山守衆が「一〇〇年分云々」の話を知らなくても、マハヴィラとしては構わない。「そんな大ホラを吹いてまで盗賊団を嗾けた。代官はそれだけ山守衆を敵視している」ということが伝われば良いのだ。
要するに危機感を煽ることさえできれば、彼にとっては十分なのである。そしてその上で、彼は叫んでさらにこう言った。
「悪いのは代官だ! 一緒に戦おう! いや、一緒に戦わせてくれ! 俺たちはあんた達の指示に従う! 戦力は多い方が良いはずだ!」
代官という共通の敵を設定することで、マハヴィラは自分たちと山守衆の立ち位置を同じにした。その上で、戦力という実利を示す。こうなるとユブラジも彼の主張と提案を「デタラメだ、論外だ」と言って切り捨てるのは躊躇われた。
「少し待っておれ!」
ユブラジはそう言って身を翻した。マハヴィラの言ったことを、組頭らと検討するためだ。彼の背中を見送りながら、マハヴィラは内心でほくそ笑む。彼は自分が賭に勝ったことを確信した。
さて、マハヴィラ盗賊団の降伏を受け入れるかどうか、ユブラジ達の話し合いは紛糾した。「危険だ、受け入れるべきではない」という意見は当然あり、一方で「代官と戦う上で戦力が必要だ」という意見もあった。
「一緒に戦うなどと言っているが、アレは要するにワシらを利用するということじゃぞ。信じられるのか?」
「信じられないなら、我々もあいつらを利用してやればいいだけだ」
「そもそも代官に騙されたというのは、盗賊団の事情ではないか。我々と何の関わりがあるというのだ」
「代官が山守衆も敵視している以上、無関係ではあるまい。それに降伏を受け入れなければ、奴らは自暴自棄になるぞ。手に負えなくなったら、そのほうが厄介だ」
「受け入れるなどと簡単に言ってくれるな。受け入れて、しかも戦力として使う気なら、それなりに食わせなきゃいけないんだぞ。約八〇人。しかも全員大の男だ。今だって食料の備蓄は余裕があるわけじゃない。受け入れたら、我々だって冬を越せなくなるぞ!」
「なら、さっさとカリカットの街を落としてしまえば良い!」
好戦的にそう叫んだのはアサーヴだった。彼はマハヴィラらの降伏を受け入れるべきだと主張している。彼らを戦力として組み込み、カリカットの街を落とすためだ。そして彼はさらにこう主張した。
「カリカットの街を落として代官を排除すれば、山守衆を敵視する者はいなくなる。経済封鎖も解かれ、食料の心配もしなくて良くなる! 何を躊躇うことがあるんだ!」
アサーヴがそう述べるのを聞いて、ユブラジらは難しい顔で考え込んだ。もともとカリカットの街はどこかのタイミングで落とすつもりだった。そのための計画もある。盗賊団の残党も戦力として使えるなら、攻略はほぼ間違いなく成功するだろう。
だがこのタイミングで事を起こすとなると、それは山守衆の独断専行になる。アースルガム解放軍の同志の中には、それを快く思わない者も出てくるだろう。「足並みを乱した」と受け取られれば、その後の連携が取りにくくなる。
「代官が本当に我々を攻めようとしているのか。まずはそれを確かめましょう」
そう提案したのはルドラだった。「敵が攻めてこようとしている。だからその機先を制した」という形なら、独断専行も咎めにくいだろう。本当に代官が攻めてくるのなら、戦わないわけにはいかないのだから。
とはいえ根本的なこととして、この情報がマハヴィラからもたらされたことに、ルドラも不信感を抱いている。マハヴィラが代官に復讐してやりたいと思っているのは本当だろう。だがそのために山守衆が不必要な戦いに巻き込まれることがあってはならない。そのためにもまず、情報の裏取りが必要だった。
ただ、確かめるにしても時間はかかる。その間、マハヴィラらの扱いをどうするのか。ひとまずは武装解除した上で、分散して拘禁しておくことになった。
彼らを砦の内側に入れることには、反対意見もあった。それでも「拘禁」を選んだのは、代官と戦わなければならなくなった場合、彼らとまで敵対することのないようにするためだ。マハヴィラは確かに代官を恨んで、また憎んでいるだろう。だが同時に山守衆のことも不愉快に思っていたとして、何もおかしくはないのだから。
マハヴィラらの武装解除と拘束は、完全武装したアッバス指揮下で行われた。自分たちが歓迎されるとは流石に思っていないのだろう。盗賊たちは皆、大人しくしている。ただもしもマハヴィラの言っていたことが嘘だと判明した場合、彼らはことごとく処刑される。彼らもそれを分かっているはずなのだが、それでも抵抗は少しもなかった。
(楽で良い、けど……)
油断なく警戒しながら、ベルノルトは胸中でそう呟く。マハヴィラの浮かべた薄ら笑いが、やけに不吉に思えた。
ユブラジ「降伏してくるとは考えていなかった!」




