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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
外伝 誰がために鐘は鳴る

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マハヴィラ盗賊団2


 ベルノルトたちは息を殺していた。身を隠す彼らの眼下を、武装した盗賊たちがマデバト山の山道を列をなして進んでいく。言うまでもなく彼らは、山守衆を討伐しに来たマハヴィラ盗賊団の者たちである。


 盗賊団というと、雑多で無秩序な印象を受ける。だがマハヴィラ盗賊団の者たちは、ある程度統制されているように見えた。もとが脱走兵というのが関係しているのだろう。あるいは首領であるマハヴィラの統率力がそれだけ優れているのか。どちらにしても厄介だな、とベルノルトは思った。


 さて、ベルノルトたちがいるのは、最初の攻撃ポイントである。つまり最も砦から遠い場所なわけだが、それでも彼らはこの場所で盗賊団が通るのを待ち受けることができていた。山守衆だけが知るルートを使ったおかげである。


 ただし、この場に先攻奇襲部隊の五〇余名全員が揃っているわけではない。ここにいるのは十五名ほどの第一分隊で、リリィが分隊長を務めている。分隊は他にも二つあり、それぞれ他の攻撃ポイントで配置についているはずだった。


「……、……。……」


 眼下からは、盗賊たちの話し声が聞こえてくる。何を話しているのかは分からないが、彼らの気は緩んでいる。間違いなく、近くに潜む第一分隊には気付いていない。彼らは攻撃する側のつもりで、自分たちが攻撃されるとは思っていないのだ。


 一方でベルノルトら第一分隊の隊員たちの間には、緊張の糸がピンと張り詰めている。彼らの手には弓があり、命令さえあればすぐにでも矢を放てる状態だ。隊員たちは命令を今か今かと待っていた。


「…………」


 命令を下すのは、分隊長であるリリィの役目だ。彼女はうるさく拍動する心臓を宥めながら、冷静に敵が通過していく様子を見守っている。「最後尾を狙え」というのが、アッバスのアドバイスを受けたルドラの指示だ。


 そしていよいよ、最後尾が現われる。リリィは無言のまま、しかし他の隊員たちにも見えるようにあえて大きな身振りで弓を引く。それを見て、ベルノルトらもそれぞれ弓を構えた。


「……っ」


 無言のまま、リリィは矢を放った。一瞬遅れて、ベルノルトたちも一斉に矢を放つ。風切りの音は甲高い。そして盗賊たちが攻撃されたことに気付いて声を上げるより早く、彼らは二の矢をつがえて放った。


「て、敵、がっ!?」


 最初の一人が頭を射貫かれて倒れ、それに気付いた者が敵襲を叫ぶが、彼も途中で喉を射貫かれて死んだ。同時に多数の矢が盗賊団に襲いかかり、彼らは騒然となった。訳の分からぬまま射貫かれ、盗賊団は死傷者だけを増やしていく。奇襲はほぼ完璧な形で成功した。


「おい、あそこだ!」


 盗賊団の一人が矢を射る山守衆を見つけたのは、彼らが四射目を放った時だった。盗賊団の側も応戦するために矢をつがえて弓を引き絞る。その姿を見ると、リリィは即座に叫んだ。


「撤収!」


 第一分隊の隊員たちは、すぐさま攻撃を中断して撤退を始めた。その中でベルノルトとメフライルだけは五射目を放ってそれぞれもう一人ずつ倒す。味方の撤退を援護するためだ。それから二人は殿の位置について撤退を始めた。


「待てっ、こらぁ!」


 後ろから野太い罵声が響く。どうやら盗賊団のうちの幾人かが後を追ってきたらしい。ベルノルトとメフライルは後ろを振り返らずに退路を走る。砂利の多い坂道を走るのはきついが、それは追ってくる敵も同じ。どこかで諦めるだろうとベルノルトは思っていたのだが、どうやら追っ手には諦めの悪い連中が混じっていたらしい。


「まだ追ってくるっ! 三人だ!」


 ベルノルトとメフライルの少し前にいたサラが、走りながら後ろを振り返って二人にそう告げる。追っ手の数を聞いて、ベルノルトはサラにこう返した。


「ユラ、援護してくれっ! ライル、やるぞ」


 そう言われ、メフライルはさすがに顔を険しくした。ただこのまま逃げ続けるのも面白くないと思ったのだろう。彼は反対せずに一つ頷いた。二人はタイミングを合わせて反転。同時に弓を手放して腰間の剣を抜く。そして間髪入れず、追ってくる三人の盗賊に対して間合いを詰めた。


 突然反転した二人に、追っ手の盗賊は少なからず動揺した。しかしすぐに好都合と思い直す。彼らは顔に怒気をたぎらせて武器を握り直した。二人と三人の間合いが詰まる。その横をサラの放った矢が鋭く飛んだ。


「っち」


 追っ手の一人が矢を切り払う。そのせいで他の二人と数拍の差が生まれた。その間にベルノルトとメフライルは敵に肉薄する。そして一対一の状況に持ち込んだ。


 刃と刃がかみ合う。最初の一撃で、ベルノルトは趨勢を引き寄せていた。追っ手は見た目から力はそれほどないと思っていたのだろう。だがベルノルトはダンジョンで経験値(マナ)を溜め込んでいるのだ。彼の思わぬ強撃に追っ手がバランスを崩した。


 その隙を見逃さず、ベルノルトはすかさず剣を切り返す。その剣の切っ先は追っ手の右手の二の腕を捉えた。追っ手は反射的に身を仰け反らせる。ベルノルトはその腹に蹴りを叩き込んだ。


 蹴られた追っ手が後ろに倒れ込む。そして足止めされていた三人目の追っ手にぶつかり、彼を巻き込んで地面を転がった。それを確認もせずに、ベルノルトはメフライルに加勢する。彼はすでに優勢だったので、勝負はすぐに決した。


「がっ……」


 追っ手が一人、血を吐いて絶命する。それを見た残りの二人は、急いで立ち上がると身を翻した。しかし一歩踏み出すよりも早く、その片方の後頭部に矢が突き刺さった。そしてその者が倒れるのと同時に、メフライルの剣が最後の一人の心臓を後ろから貫く。こうして三人の追っ手は全滅した。


「ふう……」


 息を吐き、それからベルノルトは血の臭いに顔をしかめた。これだけはどうも慣れない。そう思いながら彼は剣を鞘に収める。それから放り出していた弓を拾った。それから三人はリリィらの後を追った。


 さて見事に奇襲を成功させた第一分隊だが、一仕事終えた彼らが向かったのは、砦ではなく次の攻撃ポイントだった。そこにはすでに第二分隊の面々がいて、リリィら第一分隊は彼らと合流した。


「リリィ、首尾は?」


「上々だ」


 リリィと第二分隊の分隊長が言葉を交わす。第二分隊長の名前はアニルという。盗賊団がまだ近づいていないこともあり、二人は落ち着いて情報交換を行った。その後、あらかじめ決めておいた通り、第一分隊は第二分隊の指揮下に入った。第二攻撃ポイントでは、あくまでも第二分隊が主導権を持つのだ。


 そしてリリィらが第二分隊に合流してからおよそ三〇分後。敵の接近が報告された。ただ、報告を受けたアニルの表情は険しい。それを見て何か良からぬことでも起こったのかと思い、リリィは彼にこう尋ねた。


「どうした?」


「敵がずいぶんと警戒しているらしい。さて、どうしたものか……」


 それを聞いて、リリィが苦笑する。どうやら彼女たちの奇襲は思った以上に上手く行ったらしい。あるいは奇襲されたことそれ自体が、マハヴィラの警戒心を刺激したのか。どちらにしても、敵が警戒していては奇襲はやりにくい。


「……よし。ここでの攻撃は中止だ。全員、もう少し距離を取れ」


 敵が近づいてくる中で長々と考えることはできない。アニルは数秒考えてそう結論を下した。そして全員に、盗賊団が通る山道からもっと距離を取るように命令する。山道からは見えない位置まで後退し、そこで敵を待つ。そして望遠鏡をのぞき込むアニルの合図で、彼らは一斉に鬨の声を上げた。


「「「「おおぉぉおお!!」」」」


 三〇名強の雄叫びが山中で反響する。雄叫びは一度や二度ではなく、四度五度と響いた。


 突然響いた鬨の声にも、盗賊団の動揺は小さかった。彼らはすぐに防御陣形を取り、弓を構えて襲撃に備える。彼らの顔は緊張で強張っていた。


「…………よし、撤収する」


 その様子をじっくりと観察してから、アニルは望遠鏡を片付けて立ち上がり、そう指示を出す。第一分隊と第二分隊は速やかに撤退を開始した。ただ敵は追ってこないので、走る必要はない。余裕を持って撤退できた。そして十分に距離を取ってから、リリィがアニルにこう尋ねた。


「アニル、あれで良かったのか?」


「ああ。これで奴らは神経をすり減らしながら険しい山道を登ることになる。砦に着くまでには疲れ切っているだろう」


 アニルはそう答えてニヤリと笑った。今回の奇襲の目的は、敵の戦力を殺ぐことだけではない。敵を消耗させることも目的の一つだ。それは奇襲計画を立てる際に、アッバスも明言していたことである。


 それで、早い段階で敵に奇襲を印象づけることに意味がある。盗賊団はこのマデバト山が山守衆の庭であることを嫌でも思い知っただろう。彼らはこの先ずっと、緊張を保たなければならない。それによる消耗はいかばかりか。


 また交戦を避けたことで、第二分隊はまったく消耗していない。第一分隊もさらなる体力の消耗を避けることができた。攻撃ポイントはこの先にもまだある。敵に緊張を強いつつ、一方で味方は余力を得られたのだから、これもまた一つの成果だ。そして第二攻撃ポイントでの成果はもう一つあった。


「敵の首魁、マハヴィラらしき人物に目星を付けた」


「本当か!?」


 リリィがそう聞き返すと、アニルは大きく頷いた。敵が防御陣形を取る際、指示を出している人物がいた。恐らくはあの男がマハヴィラだ。彼さえ討てば、盗賊団は統率を失って散り散りになるだろう。アニルは彼の特徴をリリィに伝えた。それを終えると、アニルはリリィにこう尋ねた。


「……それで、これからどうする?」


「第一分隊は第三分隊に合流する」


 リリィははっきりとそう答えた。第三分隊を指揮しているのは、先攻奇襲部隊の隊長でもある組頭のルドラだ。彼らは第三攻撃ポイントで敵を待ち構えている。実のところ、奇襲攻撃の大本命はこの第三攻撃ポイントだった。


「分かった。では第二分隊は第四攻撃ポイントに移動する。組頭にはそう伝えておいてくれ。それからマハヴィラの特徴は、こっちから砦に伝えておく」


 当然ながら、第三攻撃ポイントよりも第四攻撃ポイントのほうが砦に近い。それでマハヴィラの件の伝令はアニルが請け負った。ちなみに第四分隊はない。だから今、第四攻撃ポイントは無人になっている。


 もうしばらく一緒に進んだところで、第一分隊と第二分隊は分かれた。そして第一分隊はルドラ率いる第三分隊に合流する。リリィはルドラにこれまでの経緯を報告した。


「……なるほど。分かりました」


 リリィの話を聞き、ルドラは一つ頷いた。アニルの判断も、彼は妥当だったと判断する。何より、マハヴィラと思しき人物を特定できたのは大きい。


「組頭。ここでマハヴィラを狙いますか?」


「可能なら。ただし攻撃のタイミングは当初の予定を優先します」


 ルドラはリリィにそう答えた。マハヴィラらしき人物が本当にマハヴィラなのか、それは定かではないのだ。そこに拘りすぎてせっかくの準備が台無しになっては、元も子もない。ルドラはそう考えていた。


「さ、リリィ。第一分隊を少し休ませてください。警戒は私たちが受け持ちます。ただし、あまり騒がないように」


 そう言ってルドラはリリィら第一分隊を休ませた。第一攻撃ポイントで奇襲を行って敵の追撃を振り切り、さらに第二攻撃ポイントを経由してここまで来たのだ。しかもマデバト山の地形は険しい。いくら山守衆が日常的にダンジョンを攻略して経験値(マナ)を溜め込んでいるとは言え、体力の消耗は少なくない。


 第三攻撃ポイントには、多少の物資も持ち込まれている。その中にあった魔道コンロを使い、ベルノルトらはお湯を沸かした。煙を出すわけにはいかないので、たき火はできない。寒空の下、白湯を飲むとようやく人心地ついたように思われた。一度座ると立ち上がるのが億劫になって、疲れていたことをベルノルトは思い出した。


 さて、盗賊団の到着はいくぶん遅れているように思われた。待つ側も忍耐が求められる。ただ時間がかかるのは悪いことではない。敵がそれだけ警戒しているということだからだ。襲撃を警戒して山道を進む行軍は、彼らに消耗を強いるだろう。


 そしてようやく、第三攻撃ポイントから敵の姿が確認された。その報告を受け、ルドラがリリィに合図を送る。リリィは一つ頷くと第一分隊のメンバーに戦闘準備の指示を出した。


 ベルノルトとメフライル、そしてサラも立ち上がった。魔道コンロや白湯を飲んだコップは、すでに片付けられてひとまとめにされている。撤退する時にも、それを引っ掴んで行けば良い。


 ベルノルトは弓を確認し、それから腰間の剣も確かめる。第三攻撃ポイントでは切り込むことも想定されている。今この場にいる戦力の中で、最も対人戦闘に慣れているのは、間違いなく彼とメフライルだ。二人はそのための訓練を積んでいる。アッバスからは「無茶をしないように」と言われているが、いざ切り込むとなれば彼は先頭に立つつもりだった。


 さて物陰に潜む山守衆の前を、盗賊団が警戒しながら進んでいく。だた、最初の奇襲からここまで直接的な攻撃がなかったためか、盗賊団の注意はいくぶん散漫になっているように見えた。奇襲する側にとっては有利な条件と言っていい。


「…………」


 ルドラは鋭い視線で敵の様子を見定める。彼はゆっくりと右手を挙げた。そしてその手を振り下ろす。だが彼が合図を送っても、弓矢が風切りの音を鳴らして飛ぶことはなかった。


 代わりに響いたのは低くて重い、地鳴りのような音だった。その音に気付いて、盗賊団の面々が辺りを見渡す。そして“ソレ”を見て、彼らは顔を強張らせて血の気を失い、そのまま立ちすくむ。大きな岩が三つ、周囲も巻き込んで、彼らの上に落ちてきたのだ。


 言うまでもなく、岩を落としたのはルドラたちだ。この第三攻撃ポイントは、落とすのにちょうどよい岩があったので選ばれたのだ。岩の足下にはあらかじめ細工がされていて、任意のタイミングで落とせるようになっていたのである。ちなみにもともとあった岩は二つで、もう一つは苦労して近くから運んできたものだった。


「放てっ!」


 大きな音を立てながら、岩が落ちて土煙が巻き起こる。混乱する敵へ弓矢が射かけられた。しっかりと狙いを付けることはできない。だが敵はさらに混乱した。それを見てルドラはさらなる命令を下す。


「切り込め!」


 ベルノルトはすぐさま反応した。彼は弓を放り出して駆け出す。メフライルが「あっ」と言う顔をして、すぐさまその後を追った。土埃が徐々に晴れる。ベルノルトは大きく跳躍すると、勢いよく敵に切り込んだ。



アッバス「殿下が自重してくれない」

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[一言] >アッバス「殿下が自重してくれない」 陛下も大概でありました 蛙の子は蛙だし陛下の子は殿下なので仕方ないのです 側近の皆様はどうか胃腸薬とともに頑張ってください
[一言] どんどん第一王子の姿からかけ離れていくベルノルト。 今日も側近達の胃痛でメシがウマイ!
[一言] ジノーファも若いころは自重とは縁のない人だったから仕方ない。
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