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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
外伝 誰がために鐘は鳴る

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西への逃避2/マハヴィラ盗賊団1


ヴァンガルを退去してから七日後、マドハヴァディティア軍はルルグンス法国の外へ出た。西方諸国と呼ばれる地域へ戻ってきたわけだが、ここもまたマドハヴァディティアにとっては敵地である。それで彼はまず、足場となる拠点を求めた。


 マドハヴァディティアが標的としたのは、クーヌール城という城砦だった。ルルグンス法国の国境に近く、また南寄りの立地であるため、彼の今後の戦略上都合がよい。なおクヌール城は現在、ラーヒズヤ方の城になっている。


 ちなみに、マドハヴァディティア軍はヴァンガルから最短距離でクーヌール城へ向かったわけではなかった。それどころか一度、やや北寄りに迂回している。これはヴァンガル以南の地域を通らないためだった。


 これは要するに、ジノーファに警戒されるのを避けたのである。もぎ取った三ヶ月の停戦期間中は、何があってもイスパルタ軍と事を構えたくはない。マドハヴァディティアはそう思っていた。


 閑話休題。クーヌール城への攻撃に先立ち、マドハヴァディティアは使者を送っていた。彼が使者に語らせた言葉は、おおよそ以下の通りである。


「五日の内に、クーヌール城を攻撃する。それまでに戦うか否かを決めておけ。最初の矢を射かけるまでに城門を開いていなければ、城内の人間は皆殺しにする」


 クーヌール城の城主バーブルは仰天した。まさかマドハヴァディティアが戻ってくるとは思ってもみなかったのだ。しかも彼は五万の大軍を率いているという。一方のクーヌール城には現在、三〇〇ほどの兵士しかいない。戦えばひとたまりもないだろう。


「五日、か。援軍を頼んだとして、間に合うか?」


 バーブルは周囲にそう尋ねた。返ってきた答えは「否」である。仮に間に合ったとしても、五万の大軍には抗し得まい。となれば降伏するより他に道はなかった。


「ですがタダで降伏するのも、面白くありますまい」


 そう進言したのは参謀の一人だった。現在、マドハヴァディティア軍は孤軍である。西方諸国に彼らの味方はいない。このままでは補給にも事欠くのが彼らの実情だ。彼らは西方におけるひとまずの拠点を求めている。それがクーヌール城だ。降伏が止むなしというのであれば、せめて高く売りつけるべき。参謀はそう意見した。


 その意見にバーブルも一つ頷く。クーヌール城は主戦線からは外れていて、つまりこれまで彼はいまひとつ重んじられてはいない。ならばこの機会に、と彼は脳裏でそろばんをはじいた。


「降伏する代わりに、一国の王にしていただきたい」


 バーブルはマドハヴァディティアに使者を送ってそう言わせた。だがマドハヴァディティアは何も答えなかった。彼は使者を陣中に留め置き、そのままクーヌール城へ向けて進軍を続けた。


 果たしてマドハヴァディティア軍はクーヌール城へ肉薄した。最初の通告から三日目の事である。この速度にバーブルは驚いた。「五日の内」と言われていたから、それが三日目であってもおかしくはない。だがやはり敵が現われるのは五日目以降だと彼は思っていたのだ。


 実のところ、これはマドハヴァディティアの小細工だった。最初から三日で到着できる見込みの所を、あえて「五日の内」と言わせたのだ。これによって強行軍と勘違いさせ、クーヌール城にプレッシャーをかけるのが目的だった。


「さて。未だ城門は開いておらぬようだが……」


 クーヌール城の閉じられた城門を見て、マドハヴァディティアは楽しげにそう呟いた。彼としては、クーヌール城が降伏しようが抗戦しようがどちらでも良い。彼の目的は敵を圧倒すること、ただそれだけである。


 降伏するなら「〈王の中の王〉の威光にひれ伏した」と言えるし、戦うというのなら宣言通り皆殺しにするだけだ。いずれにしても味方は粛然とし、敵には恐れを与えられるだろう。そして彼がいよいよ最初の矢を射かけようとしたまさにその時、ゆっくりと城門が開かれた。


「ふん」


 失笑気味に鼻を鳴らし、マドハヴァディティアは弓矢を下ろした。そして一〇〇〇騎ほどを伴ってクーヌール城へ入城する。マドハヴァディティアが城門をくぐると、縄を打たれたバーブルが彼を出迎えた。


「首に縄をかけて出迎えるとは、殊勝なことだな、バーブル」


「へ、陛下。〈王の中の王〉よ。こ、このたびは……」


 バーブルは顔面を蒼白にしていた。彼は降伏の条件を申し入れたが、しかしマドハヴァディティアはその返事をしなかった。それどころかこうして何も言わずに兵を進めてきた。彼はそれをマドハヴァディティアの不快感の表れと受け取っていた。


『余計なことを言うのではなかった! このままでは皆殺しにされる!』


 クーヌール城に肉薄するマドハヴァディティア軍を見て、バーブルは震え上がった。なんとかマドハヴァディティアを宥めなければならない。それが縄を打たれての謁見に繋がったのである。


「さて、バーブルよ。『一国の王にしていただきたい』であったか」


「ぶ、分不相応にて……」


「ふふ。まあ、男子たる者、そのくらい気宇壮大でなければ、な。もっとも、実が伴うかは別問題だが」


 そう言ってマドハヴァディティアは冷たく笑った。その言葉がクリシュナやラーヒズヤを揶揄しているように聞こえたのは、決してバーブルの思い過ごしではないだろう。


「良かろう。王にしてやろうではないか。ただし働きに応じて、だ」


「は、ははっ!」


「俺のために働け! さすれば五州だろうが十州だろがくれてやる!」


「ははっ! 懸命に務めまするっ!」


 バーブルは縄を打たれたまま、平身低頭した。彼の部下たちもそれに倣う。その様子をマドハヴァディティアは馬上から冷たく見下ろす。こうして彼はクーヌール城を手に入れた。


 クーヌール城を手に入れると、マドハヴァディティアはその周辺三州をまたたく間に切り取った。その報は西方諸国を峻烈に駆け抜ける。彼の武威はいささかも衰えていない。人々はそのことを認めざるを得なかった。


 マドハヴァディティアの帰還に最も衝撃を受け、また警戒したのは、言うまでもなくクリシュナとラーヒズヤの二人だった。二人は即座に休戦協定を結び、共通の敵と戦うべく戦力の集結を図った。


 今や西方地域における人々の注目は、東部に集まっていた。誰もがマドハヴァディティアの動向を注視し、そのなかで彼は大胆に兵を動かして支配領域を拡大させていく。それがますます人々の注目を集めた。


 すると相対的に、西部への目配せは疎かになる。そしてそのことが、歴史に小さな渦を生み出そうとしていた。



 ○●○●○●○●



 山守衆の砦は緊張に包まれていた。その原因はカリカットの街の同志から伝えられた報せにある。曰く「盗賊が代官にそそのかされ、山守衆の里を襲おうとしている。その数、およそ三〇〇」。


 カリカットの街は、西方地域にあって北西の辺境部に位置している。山守衆のいるマデバト山はさらにその北だ。ラーヒズヤの勢力伸長にともない、この地域は彼の勢力圏に入っている。もっとも主戦線から離れていたので、戦禍を被ったわけではない。


 要するに臣従先がクリシュナからラーヒズヤに変わった訳だが、戦乱に巻き込まれなかったおかげで街の人々の生活に大きな変化はなかった。しかし歴史の大波の影響は、カリカットの街にも及ぼうとしていた。


 きっかけはやはり、マドハヴァディティアの帰還である。これによりクリシュナもラーヒズヤも、注意が東へ向かうようになった。西への目配せが疎かになったのである。この間隙をつくようにして盗賊団が跋扈するようになったのだ。その中にマハヴィラ盗賊団という、かなり大規模な盗賊団があった。


 マハヴィラ盗賊団の団員たちは、もともとはクリシュナ軍の兵士だった。ラーヒズヤ軍との戦いに負けた際、敗走に乗じて離散した兵士たちの一部がこの盗賊団を結成したのである。団長のマハヴィラはもともと百人隊長だった男で、その手腕もあってこの盗賊団は他とは一線を画す集団だった。


 このマハヴィラ盗賊団が、あるときカリカットの街に目を付けた。ただ彼らはこの街を襲ったわけではなかった。マハヴィラはカリカットに臣従を要求したのだ。「丸ごとよこせ」と言ったわけで、ある意味で単純に襲うよりも強欲と言えるかも知れない。そして臣従を要求された代官は次のように答えた。


『カリカットの街は、マデバト山を根城にする山守衆の脅威にさらされています。奴らは暴虐かつ強欲で、私たちは頭を悩まされています。奴らは女子供合わせて五〇〇人ほどだとか。皆さんなら簡単に討伐できるでしょう。そして皆さんが奴らを討伐してくだされば、私たちは喜んで臣従いたしましょう』


 代官にしてみれば、山守衆もマハヴィラ盗賊団も大して違いはない。それでこの機会に互いを潰し合わせて、街の脅威を一挙に取り除いてしまおうと考えたのだ。「毒をもって毒を制す」というわけである。そして代官はマハヴィラにさらにこう囁いた。


『山守衆は一〇〇年以上にわたってダンジョン攻略をしていて、奴らの里にはその財が溜め込まれているとか。一〇〇年ですからどれほどの量になっているのか、私には見当もつきません』


 代官のこの言葉はほぼウソである。山守衆が一〇〇年以上ダンジョン攻略をしているのは事実だが、彼らはその財を溜め込んでなどいない。攻略によって得たお金のほとんど全ては、食料の購入に充てられている。はっきり言って山守衆は貧乏なのだ。


 だがそのような事情はマハヴィラの知るところではない。彼は代官の言葉に欲心を刺激された。山守衆が溜め込んでいるという財宝。彼はそれが欲しくなった。山守衆を討伐すればカリカットの街は臣従すると言っているのだし、そもそも奴らをそのままにしておけば目障りであることに違いはない。討伐を躊躇う理由はなかった。


 そして上記のような経緯を、カリカットの街で活動しているアースルガム解放軍の同志より、山守衆は知らされたわけである。近く三〇〇もの敵が攻めてくると教えられ、山守衆の間には緊張が走った。


「山に不審な連中が出入りしているって話は聞いていたが、まさかそんなことになっているとは……」


 緊急に開かれた会議の席で、組頭の一人が眉間にシワを寄せてそう呟く。件の不審者は盗賊団の斥候だろう。攻め込むための前準備として、マデバト山の地理を確認していたのだ。もちろん、詳細に把握できているわけではないだろう。だが里までのルートは把握済みと思った方がよい。


「それで頭領、どうする?」


「どうするもこうするも、戦う以外に道はないっ!」


 そう気炎を吐いたのは、山守衆の頭領ユブラジではなく、彼の息子のアサーヴだった。自分たちのふるさとが襲われるという事態に、彼は完全に頭に血が上っていた。「戦う」という選択も、よく考えて出した結論ではなく、言ってみれば反射的な反応だ。


 ただその一方で、「戦う」以外の選択肢がないのも事実だ。山守衆が戦いを避けたいと思っても、盗賊団のほうにそのつもりはない。彼らは山守衆が溜め込んでいる(と思っている)財宝が目当てなのだ。


 あるいは財宝を差し出せば、彼らは退くかも知れない。だが現実問題として財宝は存在しない。そうであれば盗賊団が満足して退くことはありえず、蹂躙されたくなければ戦うより他に選択肢はないのだ。それで三人いる組頭の内、二人はすぐにアサーヴに賛同した。それを見てから、ユブラジは沈黙を保つ三人目の組頭、ルドラに視線を向けてこう尋ねる。


「ルドラ、お主はどう思う?」


「戦うしかないでしょう。ただ……」


「ただ、なんじゃ?」


「……いえ。まずは目先の問題を片付けましょう」


 少し怪訝に思いながらも、ユブラジは一つ頷いた。そして彼は立ち上がると、会議室に居並ぶ面々をゆっくりと見渡す。そして真剣な表情と重々しい口調でこう宣言した。


「戦じゃ! 盗賊団が何ほどのものか! ワシらの里と家族を守るぞ!」


「「「「おお!!」」」


 会議室に鬨の声が響く。こうして山守衆はマハヴィラ盗賊団と戦うことを決めた。次に決めるべきは「どのようにして戦うのか?」だが、それを話し合うための席にはベルノルトらも呼ばれた。主にアッバスの見識をアテにしてのことである。


「地の利はこちらにあります。迎え撃つべきでしょう」


 アッバスはまずそう言った。この点について反対意見は出ない。アサーヴも、まさかマデバト山から出撃して盗賊団と戦おうとは考えていなかった。それで基本的には、地の利を生かしつつ、攻めてくる敵を迎え撃つ格好になる。


 マハヴィラ盗賊団を迎え撃つその要となるのは、言うまでもなくこの砦だ。同時に砦は最終防衛ラインでもある。砦を抜かれたら、里まではもう一直線だ。砦は絶対に守り抜かなければならない。


 よって、敵が砦に到達するまでにどれだけ戦力を削れるのか、また消耗させられるのかが鍵になる。それで敵が進軍してくるまでの間に、幾つかのポイントで奇襲を仕掛けることが検討された。


「それなら良い場所があるぞ」


「ここと、ここと、ああ、ここも良さそうじゃな」


 山守衆にとってマデバト山はまさに庭と言っていい。彼らは奇襲に適した場所を幾つも知っていた。その中から、予想される敵の進攻ルートや奇襲を仕掛けた後の撤退のことなども考慮し、攻撃ポイントを絞り込んでいく。


 他にもやるべき事は多い。特に索敵は重要だ。マデバト山に入り込んだ盗賊団の斥候を排除することで、敵にこれ以上の情報を与えないようにする必要がある。またアースルガム族に協力の要請が行われ、三〇名ほどの戦士が山守衆に加わった。皆、弓に秀でた射手たちである。


 ただ守勢に回った以上、攻撃の主導権は敵にある。敵が攻めてきたときにしっかりと戦えないようでは、どんな戦略戦術も意味がない。それでカリカットの見張りが強化された。


 そして戦うと決めた会議からおよそ二週間後。ついにマハヴィラ盗賊団が動いた。夜明けと共にカリカットの街から出撃し、マデバト山へ入ったのである。見張りからその報告を受け、山守衆は戦闘態勢に入った。銅鑼が鳴らされ、あらかじめ決めておいた通りに行動を開始する。


「組頭、そろそろわたし達も」


「ええ、行くとしましょう」


 砦で迎撃準備が進む中、リリィに促されてルドラが出撃の命令を下す。出撃するのは、組頭のルドラを中心とした総勢五〇名ほどの集団だ。彼らは各ポイントで攻撃を仕掛けるための、先攻奇襲部隊である。そしてその中には、ベルノルトとメフライルとサラの姿もあった。


 この三名が先攻奇襲部隊に加わることには、アッバスを加えた四人の中で少なからず議論があった。わざわざ敵に近づくのだから危険ではないか、というわけだ。ただ万が一山守衆の砦が陥落した場合、そこにいては逃げ場がない。だが砦の外にいれば、マデバト山から逃げることは容易だ。


『砦に十分な戦力があれば、両殿下を砦の外へは出さないのですが……』


 苦悩の滲む声でそう呟きながらも、アッバスは最終的に三人が先攻奇襲部隊へ加わることを認めた。彼の目から見ても、山守衆の戦力には一抹の不安があったのだ。もちろん彼も十中八九は防げるだろうとは思っている。だが一、二は分からない。そしてベルノルトら三人が砦の戦力に加わっても、八、九を十にするには足りない。


 一方、奇襲攻撃はヒットアンドアウェイが基本となっている。切り込む場合も想定されているが、基本的には弓矢で射撃してそのまま離脱、という形になる。これならば敵に反撃される心配は少ない。なによりマデバト山は山守衆の庭だ。仮に追われたとしても、逃げ切ることは容易だ。


 いざという時に逃げられるのか。結局のところ、それが判断の分かれ目となった。砦から出撃する三人を、アッバスはやや不安げに見送る。彼は奇襲部隊には加わらない。彼は砦にて一隊を指揮することになっているのだ。彼自身が鍛えた者たちで、山守衆の主力の中でも練度が高く、牙として役割を期待されていた。


(いかんな。集中せねば)


 アッバスは胸中でそう呟き、余計な思考を振り払う。山守衆が負ける可能性を考えてベルノルトらを先攻奇襲部隊に加えたが、言うまでもなく無事に盗賊団を撃退できればそれが一番良い。ならばそのために力を尽くすべきだろう。そう考え、アッバスは気を引き締めた。


メフライル「次回、盗賊団VS山賊!」

リリィ「山賊ではない! 山守衆だ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] クリシュナとラーヒズヤは斥候を送ってなかったのかな? 殴りあっててそんな余裕がなかったのか、7日では斥候の報告が間に合わなかったのか、どちらにしてもアルアシャンの初陣としては戦場が異国である…
[良い点] マドハヴァディティアってほんとに戦いだけは上手いけど人望がなく統治もからきしダメですね。ここでクリシュナとラーヒズヤに勝ったところで、別戦線や謀略、外交活動を頼める右腕と後継者候補を失い、…
[一言] マドハヴァディティアは、謀叛を起こしたクリシュナとラーヒズヤのどちらと先に戦うかな? 自分ならば、まずはクリシュナと同調した国家と女達からだな。全員処刑だけど。
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