山守衆2
山守衆がマデバト山で暮らすようになったのは、そもそもこの山のダンジョンを攻略して管理するためである。それで現在においても、ダンジョンは彼らの暮らしの中で重要な部分を占めていた。
現在、山守衆の人口は五〇〇名ほど。その内、多少なりとも戦える者は四〇〇名を越えるという。それを聞いて、ベルノルトは素直に驚く。そしてこう尋ねた。
「それはつまり、女子供であっても武器を手に取って戦うことがある、ということですか?」
「当然だ。そうでなければ、ここでは生きていけない」
自慢と自負の滲む声でそう答えたのはリリィだった。ただ父親のルドラは苦笑を浮かべている。そして彼はこう補足説明を入れた。
「戦えると言っても、私やリリィを基準にされては困ります。ダンジョンの入り口近くなら、モンスターを倒して魔石を回収してこられる。その程度です」
それを聞いて、ベルノルトは納得の表情を浮かべた。確かにその程度なら、まともな武器さえあれば難しくはない。ある程度戦える者が付き添いをすれば、さらに容易だ。可能が不可能かでいえば、十分可能だろう。
ただそうなると山守衆のうち、女子供を含めた八割以上者が、程度の差こそあれ習慣的にダンジョンに潜っていることになる。ベルノルトが持つ常識からすると、少々あり得ないことのように思われた。
「理由は幾つかあります」
ベルノルトの顔色から彼がどう感じたのかを察しただろう。ルドラがさらに説明を加えた。一つ目の理由は、やはりスタンピードを起こさないためである。
一度スタンピードが起これば、山守衆は壊滅的な被害を受けるだろう。文字通り全滅してしまってもおかしくはない。だがダンジョンを攻略していたとしても、その度合いが足りなければスタンピードは起こってしまう。
それを避けるためには、ともかく人海戦術でモンスターを多数倒し続けるしかない。一定以上の人口がいれば、ダンジョン攻略を生業とする者たちは少数派になる。だが人口が少なければ、例え女子供であっても動員せざるを得ない。山守衆の事情とはつまりそういうことだった。
ただモンスターを倒して魔石を手に入れれば、そこから経験値を得ることができる。そして経験値を得れば得た分だけ、身体の基礎能力は向上する。強い身体が手に入るのだ。マデバト山の厳しい環境の中で暮らして行くには、身体が頑強であるに超したことはない。これが二つ目の理由である。
(つまりそうでもしないと、ここで生きていくのは厳しい、ということか……)
ベルノルトは内心でそう呟き嘆息した。普通ならばそんなことはない。例えばイスパルタ朝においては、大多数の者がダンジョンに足を踏み入れることなく一生を終える。だがここではそんな贅沢は許されないらしい。
山守衆が積極的にダンジョン攻略を行うのは、生活のためでもある。これが三つ目の理由だ。
当然のこととして、人は食べなければ生きていけない。無論、山守衆も農業は行っている。だが荒涼としたマデバト山では、作物を得るもの一苦労だ。その上耕作面積は少なく、つまり自給自足は難しい。
自給自足が難しいのであれば、足りない分はどこかから買うしかない。そのためにはお金が必要だ。彼らはダンジョン攻略で得た魔石やドロップアイテムを売ることで、必要な収入を賄っていた。
また燃料の問題もある。煮炊きをするためには薪が必要だ。だがマデバト山に十分な木はない。使えばすぐになくなってしまう。それで彼らは魔石を燃料として使っていた。つまりダンジョン攻略は日々の煮炊きのためでもあるのだ。
「……私たちの先祖がこの山に来たのは、スタンピードを起こさないためでした。もちろんそれは今も変わっていません。ですが私たちの生活はそういう事情を通り越してダンジョンに依存してしまっている。それが私たちの実情です」
ルドラは少々深刻そうにそう話した。山守衆がマデバト山で生きていくためには、ダンジョンを攻略するしかない。それは極論でもなんでもなく、純然たる事実なのだ。だがそうやって生きていくことができたとして、それが綱渡りの生活であることに変わりはない。彼らの生活はギリギリなのだ。
「さらにここ最近、私たちの生活はさらに厳しくなっています」
「アースルガムが滅んだため、ですか?」
メフライルがそう尋ねると、ルドラは重々しく頷いた。アースルガムが滅び、カリカットの街には代官が派遣されてきた。そして代官は山守衆に対し、いわば経済封鎖を行った。そのせいで彼らはダンジョンから得た品を換金することも、そのお金で食料を買うことも難しくなってしまった。
「出来なくなったわけではありません。もしそうなら、私たちは今頃、全員飢え死にしていたでしょう」
ルドラが苦笑を浮かべながらそう言葉を付け加える。派遣されてきた代官は、山守衆を山賊か何かくらいにしか思っていない。また代官やその直属の部下たちはよそ者で、地の利は山守衆やカリカットの街の住民の側にある。締め付けが徹底的なものではなかったことも幸いして、何とか換金と食料の調達は続けられていた。
ただし、取引がとてもやりにくくなったのは事実だ。一回毎の取引の規模は小さくせざるを得ないし、そのわりには人手がかかるようになってしまった。その上、場合によっては袖の下が必要になる。そのせいで、いわば手間賃が増えた。
さらに、特に換金する品の単価が下がってしまった。どういうことかというと、まずこれまで山守衆はドロップアイテムなどをなるべく加工して売っていた。その方が売値が高くなるからだ。
だが経済封鎖下でその手の商品が街に出回れば、裏取引が代官に露見してしまう恐れがある。それではまずいということで、山守衆に好意的な商人たちも彼らの加工品は取り扱わなくなった。もしくはカリカットの街には入れず、そのまま別の街へ回すようになった。
山守衆もそのことに不満はない。裏取引が出来なくなって一番困るのは彼らだからだ。しかしそのせいで加工品は売れなくなり、代わりにドロップアイテムをそのまま換金することが増えた。
取引に関わる労力と手間賃が増え、さらに加工品が売れなくなった。主にこの二つの要因で、山守衆の収入は減少した。だが必要経費は減らない。飢え死にしたくなければ、外から食料を買うしかないのだ。それで今、山守衆は決して多くない蓄えを食い潰しながら息を繋いでいる状態だった。
「まあ、私たちだけであれば、厳しくともやっては行けそうなのですが……」
「アースルガム族を見捨てるわけにはいかん。彼らはわたしたちの盟友だ」
苦笑を浮かべるルドラの言葉を、リリィが引き継いでそう言った。遊牧民のアースルガム族は、マデバト山の北側の山裾で暮らしている。食料を自給自足できず、不足分をカリカットの街から購入していたのは彼らも同じだ。そのため彼らも経済封鎖の影響を強く受けていた。
つまり、山守衆は自分たちの分だけでなく、アースルガム族の分の食料も仕入れているのだ。無論、対価はもらっている。だが経済状況が厳しいのは向こうも同じだ。羊毛など、収入のアテはあれどもある時期まで待たなければならないものもある。ツケが貯まっているのが実際のところだという。
もちろん山守衆もアースルガム族も、無策でいるわけではない。後者から前者に人員が提供され、ダンジョン攻略が行われている。要するに多少なりとも自分たちで食い扶持を稼いでいるわけだ。しかし残念ながら足りていない。それが現実だとルドラは少々苦い口調で語った。
(そうなると……)
ルドラの話を聞いてベルノルトは思案を巡らせる。山守衆の生活はギリギリだ。そこへ四人、お荷物を抱えることになる。もちろんダンジョン攻略を行うつもりではいるが、それが食糧事情の改善に直結するわけではない。むしろ悪化させるかもしれない。少なくともそう考える者はいるだろう。
そうなると、ベルノルトたちに邪険な態度を取る者が出てくるだろう。もちろん彼も、山守衆の全員から諸手を上げて歓迎されるとは思っていない。しかし安全なはずのこの場所が危険になってしまっては意味がない。
(何事も最初が肝心、だな)
ベルノルトそう思い、メフライルにだけ分かるよう合図を送る。彼は表向き何も反応を見せなかったが、すぐルドラに対してこう言った。
「それは大変ですね。そういう事情であれば、これからご厄介になる身としては、何もなしでは心苦しい。ちょっと待って下さい」
そう言ってメフライルは食事の席から立ち上がり、壁際に置いておいた自分の背嚢をあさる。そして小包を取り出すと戻ってきて、それをルドラに渡した。ルドラが小包の中を見て驚く。中にはルルグンス金貨が十数枚、入っていた。
「……よろしいのですか?」
「はい。ああ、それと我々が連れてきた馬もそちらに預けるので、しばらくは自由に使って下さい」
「では遠慮なく。これで我々も一息つけます。馬の件も、ありがとうございます」
どこかホッとした様子を見せながら、ルドラはそう言って小包を懐にしまった。その後、情報交換をかねた談笑をしつつ食事を続けた。今夜のメインディッシュは、大きく切り分けられた羊肉の塊だ。決して食料事情が良くないと聞いたあとだけに、自分たちを歓迎しようとしてくれているのが分かって、ベルノルトは少し嬉しかった。
情報交換と食事を終えると、ベルノルトたちはリリィに案内されて砦の一室に通された。今日はその部屋に泊まることになる。ルドラが約束してくれた諸々の手配については、明日以降になる予定だ。たぶん彼は今頃、それらの手配を含めた事柄について、他の組頭たちと話し合っているのだろう。
「この部屋を使え。少々狭いが、ベッドは四つある」
「ありがとうございます、リリィ嬢」
「……その、“リリィ嬢”というのはよせ」
リリィが嫌そうに顔をしかめてそう言う。メフライルは他意のなさそうな笑みを浮かべてこう答える。
「嫌がらせのつもりはなかったのですが……。では、なんとお呼びすれば?」
「隊長、というのも変か。お前たちはわたしの部下ではないしな。呼び捨ててで良い。それと、敬語もいらない」
「……分かった。じゃあ、リリィ。これからよろしく頼む」
「ああ。では良い夢を」
「良い夢を」
最後にそう言葉を交わして、リリィは身を翻えす。その背中を見送ってから、メフライルは部屋の扉を閉じた。身内だけになると、ベルノルトらの緊張が一気に弛緩する。ともかく安全な場所でしばらく潜伏する段取りは付けられた。その安心感と達成感を彼らは噛みしめる。ベッドは硬かったが、その夜はよく眠ることができた。
そして次の日。ベルノルトらが簡単な朝食を済ませると、リリィが彼らを迎えに来た。ルドラが呼んでいるという。リリィは彼らを昨日と同じ部屋に案内する。部屋の中にはすでにルドラがいて、彼らを待っていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはようございます。お陰様で、昨晩はよく眠れました」
ルドラとメフライルがそう挨拶を交わす。それからルドラに席を勧められ、ベルノルトらはイスに座った。そして今後の生活に関して諸々の説明を受ける。そのなかで今後寝起きする場所をどうするかという話が出た。
「この砦に部屋を用意して、そこで寝起きしてもらおうと考えていますが、いかがでしょうか?」
「四人部屋ですか?」
「いえ。一人一部屋用意しますよ。ちょうど空き部屋があるので。ただ家具などを揃えるまでには、少し時間がかかりますが」
「……分かりました。それでお願いします」
少し考えてから、メフライルはそう答えた。本当のところを言えば、彼は砦に部屋を用意してもらうのではなく、一軒家を借りたかった。四人で密談などをするときには、その方が都合がいいからだ。
ただベルノルトらは四人でダンジョン攻略をするつもりでいる。秘密の話があるのなら、ダンジョンの中ですればいいだろう。そうすれば誰かに聞かれる心配もない。メフライルはそう考え、ルドラの提案に頷いた。
山守衆の組織についても、ルドラは簡単に説明してくれた。山守衆の組頭は全部で三人。さらにその上に頭領がいる。ただ何でも頭領は現在、アースルガム族のところへ行っているとのこと。「戻ってきたら紹介しますね」と言われ、四人は揃って頷いた。
それからまたさらに、ルドラは諸々の説明を続ける。細々としたことも多いが、しばらくこっちで暮らすのだから、それも必要な情報だ。ベルノルトたちは真剣に聞いた。そして最後にルドラがこう尋ねる。
「……他に何か聞いておきたいことはありますか?」
「ダンジョンの入り口の場所を教えてもらえませんか?」
「ああ、そうでしたね。ではリリィ、後で案内してあげて下さい」
「了解です」
「悪いな。頼む」
「気にするな」
メフライルとリリィが軽い調子で言葉を交わす。その様子を見て、ルドラが「おや」という顔をする。彼は父親の顔をしてこう尋ねた。
「二人とも、いつの間にそんな気安い仲になったんですか?」
「組頭。そういうのは後にしてください」
「いえしかし……」
「後にしてください」
一回目よりも強くそういわれ、ルドラは肩をすくめて引き下がった。ただし、ただでは引き下がらない。こう言い添えた。
「そうですね。あとでしっかりと聞かせてもらいましょう」
リリィが非常に面倒くさそうな顔をする。もう一方のメフライルは軽く頬を引きつらせていて、それを見たベルノルトは少々意地の悪い笑みを浮かべるのだった。
さて、ルドラが「おほん」とわざとらしく咳払いをする。そしてまた組頭らしい表情を作ってから、今度はアッバスの方へ視線を向けた。
「そう言えばアッバス殿は、成長限界に達した武官なのですよね?」
「まあ、そうだな」
「正規の訓練を受けられたのですか?」
「うむ」
アッバスはそう短く肯定した。それを見てルドラが笑みを深くする。そして彼はアッバスにこんな頼み事をした。
「もし可能なら、ウチの若い連中を鍛えてやってもらえませんか? 訓練自体は我々もやっているのですが、なにぶん自己流。専門家に教官役をお願いしたいんです」
「まあ、攻略の合間でよいのなら」
「ええ。ぜひお願いします」
ルドラはそう言って軽く頭を下げた。何はともあれ、こうしてベルノルトたちの山守衆の里での生活が始まった。
ルドラ「あと(書き)でしっかりと聞かせてもらいましょう……。ってもう終わり!?」
リリィ「はい撤収」




