山守衆1
マデバト山にあるダンジョンの管理を行っている、アースルガム一族の分家。より正確に言うならその分家を中心に形成されたある一団、もしくは組織。彼らは自分たちのことを、山守衆と呼んだ。
ベルノルトら四人は、現在その山守衆に連れられてマデバト山の山道を進んでいる。ただし歓迎されているわけではない。四人は丸腰で、一方で周囲を囲む男たちはみな武器を持っている。
男たちは殺気立っているわけではない。だが友好的ではないし、雑談に興じているわけでもない。むしろ明らかに警戒している。だがこうして彼らに案内してもらわなければ、山守の一族の拠点には行けないのだ。それでベルノルトとしては少々居心地が悪かったのだが、仕方のないことと思い我慢していた。
その居心地の悪さを多少なりとも紛らわすため、ベルノルトは先頭を進む女の背中へ視線を向ける。ベルノルトらとのやり取りは、ほとんど彼女が行っていた。仲間たちからは「お嬢」と呼ばれていたし、彼女がこの部隊のリーダーであると考えてまず間違いないだろう。
屈強な男たちを束ねる女山賊。戯曲や演劇の題材になりそうだ。その手の物語にはロマンスが付きものだが、今回の場合、そのお相手はメフライルだろうか。王子様という絶好の役柄である自分を棚に上げて、ベルノルトは少々意地悪くそう考えた。
ベルノルトがやくたいもないことを考えていたとき、サラもまた難しい顔をして何事かを考え込んでいた。彼女の表情が険しいのはこの状況のためだと周囲の者たちは思っていたが、実際には違う。彼女の頭には答えのでない疑問が渦巻いていた。
(お姉、様……?)
山守衆の男たちを率いる、女リーダー。彼女が死に別れた自分の姉に似ているように、サラには思えたのだ。
もちろん、瓜二つというわけではない。女はつり目できつめの印象を与える容貌だったが、サラの姉はむしろ垂れ目でおっとりとした印象を与える人だった。そういう意味では正反対の二人と言える。
だが全体的な顔かたちというか、面影というか、そういうものが二人はとても似通っているようにサラには思えた。どうして、と彼女は考える。他人のそら似という可能性もあるが、彼女は無意識に別の理由を求めた。
前述したとおり、山守衆はアースルガム一族の分家を中心に形成された。また女は「お嬢」と呼ばれていたから、恐らく彼女はその分家の血を引いている。
つまり彼女とサラは遠い親戚である可能性が高い。そうであるなら彼女とサラの姉が似ているのも、そこまで不自然ではない。
(そう考えれば、辻褄は合うけど……)
内心でそう呟きながらも、サラは自分の回答に納得していなかった。血が繋がっているとして、それは他人と呼んでも差し支えない程度のものであるはず。納得のいく理由としては根拠が弱い。だが他に筋の通った理由は思いつかない。やっぱり他人のそら似だろうか。いや違う。サラはそんなことを考え続けた。
さてしばらく道なりに進んでいくと、前方に人工物が見えてきた。物見台もあり、その上には人の姿が見える。山守衆の拠点であろう。ベルノルトはようやく到着かと思う反面、緊張を高めた。
これから山守衆を頼れるかどうかが決まるのだ。紹介状はある。だから大丈夫だろう、とベルノルトも思っている。だが万が一、不審者扱いのままであったなら。最悪殺されてしまうかも知れない。気を緩める気にはならなかった。
一歩歩くごとに、建物に近づいていく。そして近づくにつれて、建物の様子もはっきりと分かってきた。一見した印象としては砦だろう。道を塞ぐように建てられており、木製ではあるが大きな門もある。山守衆が管理する関所、というのが最も正解に近いかも知れない。
その砦は山肌と一体化するように建てられていた。石を積んでいる箇所もあるが、岩肌をそのまま利用している部分も多い。窓も見えたが、その窓は岩肌をそのままくりぬいたもののように見える。つまり内側に空間があるのだ。洞窟でも利用しているのか、とベルノルトは思った。
「お嬢! そいつらはなんだ!?」
砦に近づくと、物見台の上に立っていた男がベルノルトらに気付き、大声を上げてそう尋ねた。先頭を歩いていた女が足を止め、物見台の上の男を見上げる。そして顔をしかめながらこう答えた。
「お嬢はよせ。こいつらは客人だ。今のところはな」
「今のところは、って……」
「武器は取り上げてある。とりあえず中に入れてくれ。説明はわたしがする」
女がそう言うと、物見台に立つ男は少し戸惑ってから、砦の内側に合図を送って「おい、開けてやれ!」と言った。数秒して、丸太を連ねて造られた大きな門が半分ほど開く。女は「こっちだ」と言ってベルノルトたちを中へ入れた。
「紹介状をよこせ」
門が再び閉じられると、女はメフライルにそう言った。メフライルは少し戸惑ったが、大人しく背嚢から紹介状を取り出す。火酒亭の店主からもらった紹介状と、法都ヴァンガルのイスパルタ大使館からもらった紹介状の二通だ。
「ここで待っていろ。……お前たちはこいつらを見張れ」
二通の紹介状を受け取ると、男どもを外に残して、女は砦の中へ入っていった。ベルノルトらは少々あっけにとられてその背中を見送る。信用されていないことは分かっていた。だがそれでも諸々判断できる相手に引き合わせるくらいのことは、してくれると思っていたのだ。そのアテが外れて、ベルノルトは苦笑を浮かべた。
(まあ、いい……)
紹介状を持って行ったということは、それを誰かに見せると言うこと。なら待っていれば、その誰かから何かしらの反応があるだろう。ベルノルトはそう思い直し、今は大人しく待つことにした。
ひとまず、ベルノルトたちは壁際によった。そしてそれぞれ、背嚢を下ろして腰を下ろす。空を見上げれば、すでにずいぶんと夕焼けが濃くなっている。彼らが腰を下ろしたのは日陰で、さらに山を登って標高が高くなっているせいもあるのだろう、幾分肌寒く感じた。
そして待つこと数十分。建物の中から二人の人物が現われ、ベルノルトらのほうへ歩いてきた。一人は先ほど中へ入っていった女であり、もう一人は初めて見る中年の男だった。物腰の柔らかそうな男だが、同時に武人の風格も漂わせている。ずいぶんと経験値を溜め込んでいるな、とベルノルトは思った。
「イスパルタ大使館の方々ですね? 知らなかったとはいえ、ご無礼をいたしました。どうぞご容赦を」
男の方が前に出て、ベルノルトたちに対して頭を下げた。それを見て、腕組みをしていたアッバスが「ふう」と息を吐く。ようやく当座の危機が去った、と思ったのだ。そしてその横からメフライルが進み出て男にこう応える。
「いえ、気にしていません。……それで、信じてもらえたでしょうか?」
「はい。山守衆は皆さんを歓迎します。どうぞこちらへ」
そう言って男はベルノルトらを建物の中へ招いた。彼らはそれぞれ背嚢を担ぎ直すと、武器を返してもらってから、男に案内されて歩き出す。そのなかで、なぜかサラが遅れた。
「ユラ、どうかしたのか?」
「な、なんでもない」
ベルノルトが声をかけると、サラは慌てて彼の後を追った。彼女の顔は強張っているように見える。その様子にベルノルトは内心で首をかしげたが、あまり深くは考えなかった。
(父、上……? ど、どうして……!?)
一方でサラは混乱の最中にあった。姉に似ていると思った女。彼女と一緒に現われた先ほどの男が、サラの父、つまりアースルガム王にそっくりだったのだ。彼がさきほど現われたとき、サラは思わず悲鳴を上げるところだった。
(一体、何がどうなっているの……!?)
サラの頭の中で疑問が渦巻く。ただ、これを偶然で済ませることは、もうできない。彼女はそれを直感していた。
さて、砦の中に通されたベルノルトたちは、そのまま一室に案内された。部屋の中には無骨なテーブルとイスが数脚あるだけで、装飾品や調度品はなにもない。およそ殺風景な部屋には明かりだけ付けられていた。
「改めまして。ようこそおいで下さいました。私は組頭の一人で、ルドラと言います。お見知りおきを」
部屋の中に入ると、ルドラはそう言ってまずは自己紹介をした。メフライルも笑顔を浮かべてそれに応じる。
「ご丁寧にありがとうございます。私はメフライル。そして……」
そう言ってからメフライルが目配せをする。それを受けて他の三人も自己紹介をした。
「アッバスだ」
「ベルです」
「ユラです」
ベルノルトたちが簡単に自己紹介を終えると、ルドラは満足そうに頷いた。そして沈黙を保っていた女、ベルノルトたちをこの砦に連れてきた女を促して彼女にも自己紹介をさせる。彼女は少し嫌そうにしながら、自分の名前を口にした。
「リリィ、だ」
「リリィ嬢、ですか。可愛らしいお名前ですね」
メフライルが他意のなさそうな笑みを浮かべてそう述べる。ベルノルトはそれを見て呆れつつも、内心で意地の悪い笑みを浮かべた。メフライルはこういうことに鼻が利く。リリィは露骨に嫌そうな顔をして、舌打ちをしつつ顔を背けた。そんな彼女の代わりに、ルドラが自慢げな笑みを浮かべてこう応える。
「そうでしょう。小さい頃は本当に可愛かったんですよ。お父さん、お父さんって言いながら後ろについてきて……」
「組頭!」
ルドラの話をリリィが大声で遮る。彼女の剣幕は鋭いが、気恥ずかしいの先に立っているのが丸わかりだ。そしてルドラもまったく動じていない。そこへメフライルがこう合いの手を入れた。
「娘さんですか?」
「ええ、そうなんです。どうも私に似てしまったようなのですがね。自慢の娘ですよ」
にこにこと父親の顔をしながら、ルドラはそう話す。一方のリリィはつり目の目尻をさらにつり上げて、彼にこう進言する。
「組頭……! いい加減話を進めて下さい」
怒気のこもった娘の声に、ルドラは軽く肩をすくめる。娘の怒る様子は、彼にとって子猫がシャーシャー言っているのと変わらない。つまり微笑ましいだけで頭の一つでも撫でてあげたくなるのだが、それをすれば彼女はいよいよ拗ねてしまうだろう。それでルドラは、ここは娘の言うとおりにすることにした。
「おほん。ではメフライル殿。こちらへいらした経緯と理由について、説明してもらえますか?」
「分かりました」
メフライルもこれ以上リリィを刺激するのは止め、真剣な顔でこれまでの経緯を説明する。法都ヴァンガルからの脱出に始まり、あえてマドハヴァディティアの支配圏である百国連合域内に飛び込み、そこから南ではなくさらに西を目指してここまで来た。その話は間違いなく大冒険談であり、ルドラもリリィも顔には驚きを浮かべていた。
「いやはや……。大使館の紹介状を持っていたのだから、ヴァンガルから来たのは間違いないと分かっていますが……。何というか、よくここまで来られましたね」
「私たちとしても、驚くほど危険がありませんでした。もちろん騒ぎを起こさないようにはしていましたが、それ以上に敵の思惑を外せたのが大きい。要するに、死地に飛び込むことで活路が開けた、ということなのでしょう」
メフライルの言葉に、ルドラが重々しく頷く。ダンジョンを出た後、東ではなく西へ向かうのはある種の賭けだった。少なくともルドラにはそう思える。そして彼らはその賭けに勝ったのだ。運があるな。ルドラはそう思い、一つ頷いてからさらにこう言葉を続けた。
「こちらにいらした経緯は分かりました。それで我々にどんなご用でしょうか?」
「騎馬を調達して、大草原を迂回して本国へ戻れないかと考えています。可能でしょうか?」
一度アッバスのほうに視線を向けてから、メフライルはそう尋ねた。ルドラはそれを聞いてしばし考え込む。そしてやや言いにくそうにしながらこう答えた。
「いささか、難しいかと」
「やはり、マドハヴァディティアの影響ですか」
あまり落胆した様子は見せず、メフライルはそう呟いた。ルドラは一つ頷いてから「難しい」と答えたその理由を説明する。その内容は、火酒亭の店主が語った事柄とほぼ同じだった。
「不可能とは思いません。大草原には街があるわけでもなければ、関所があるわけでもない。移動はしやすいでしょうし、あなた方を探索して見つけ出すことは困難でしょう」
ルドラはそう言って、まずはプラス材料について語った。ただし彼の表情は硬い。メフライルやアッバスも喜ぶ様子は見せず、彼の次の言葉を待った。
「ですが、大草原には多数の遊牧民がいて、現在その大半は多かれ少なかれマドハヴァディティアの影響下にあります。あなた方を探そうと思ってはいなくても、彼らの目を完全に避けることはできないでしょう。
また我々があなた方を手引きするとして、案内役はどうしてもアースルガム族になります。それをマドハヴァディティアに雇われた側の者たちがどう思うか……。何もないことも考えられますが、ついでとばかりに襲われる可能性も捨てきれません」
襲われるのか、襲われないのか。ルドラは半々だろうと思っている。これが平時であれば、襲われることはほぼない。だが今は戦時だ。マドハヴァディティアに雇われ、略奪を許可された者たちが数千人の単位でいる。手頃な獲物を見つければ、彼らがそれを見逃すことはあまり期待できない。
「なるほど……。では仕方がありませんね。しばらくこちらに滞在させてもらっても良いでしょうか?」
メフライルは一つ頷いてからそう言った。あらかじめ覚悟していたこともあり、落胆はしていない。これがもし、敵が間近まで迫っている危機的状況であったなら、ベルノルトたちは危険をおしてでも大草原に活路を求めただろう。
だがここは曲がりなりにも味方の拠点で有り、今すぐに危険が迫っているわけではない。今後の戦局如何によっては、状況は大きく変わるだろう。動くのはそれを見定めてからでも遅くはない。
「いいでしょう。諸々の手配はこちらでします。しばらくここで身を隠されるといいでしょう」
ルドラのその言葉に、ベルノルトたちは揃って安堵の表情を浮かべた。本国へ帰還する目途が立ったわけではない。だがひとまず、当面の安全は手に入れた。今はそれで良しとするべきだろう。
「では、山守衆の状況についても、教えてもらえませんか?」
「分かりました。ですが……」
そういってルドラは部屋の入り口の方を見る。するとちょうどノックの音が響いた。彼が「どうぞ」と声をかけると、幾人かの女たちが入って来る。彼女たちは料理を運んでいた。テーブルの上に料理が並べられる。それを見て一つ頷いてから、ルドラはさらにこう言った。
「話は食べながらにしましょう」
異論は出なかった。
メフライル「リリィお嬢様w」
リリィ「そこへなおれっ!」




