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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
商人の国のダンジョン

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宝探しクエスト

 大統歴六三六年二月。ジノーファとシェリーは相変わらず、下層の廃墟エリアを探索しつつ攻略を行っていた。決して怠けていたわけではない。焦らず、丁寧に探索していたのは事実だが、それだけ廃墟エリアが広かったのだ。


 また攻略場所に変化がないからと言って、二人が成長していないわけではない。特にシェリーの成長は著しい。彼女は当初、下層での戦闘にたいぶ手こずっていたが、今ではかなり改善されている。一対一と言わず、一対二の戦いでも、まず問題はないだろう。


 ただ、これにはかなりの程度相性が影響してくる。下層とはいえ廃墟エリアに出現するのは、ゴブリンをはじめオークやスケルトンといった人型で小型から中型のモンスターが多い。シェリーにとってこれらのモンスターは比較的戦いやすいのだ。


 これが、例えば以前に強襲された火山エリアの赤い翼竜であれば、シェリーはほとんど何もできないに違いない。初めて足を踏み入れたときのように、次から次へとモンスターが集まってくるようなこともあれ以来ない。そういう意味でも、この廃墟エリアは二人にとってかなり都合のいい場所といえた。


 さて、廃墟エリアの探索だが、これまでにマッピングは大よそ完了している。しかし先へ進む通路はまだ発見されていない。ということは、その通路はいずれかの建物(廃墟だが)の中にあるものと推測された。


 それで二人は建物を一つ一つ、くまなく探索しては次へと進むための通路を探していた。ただ、通路だけを探しているわけではない。ここはダンジョンの中。回収すれば外で換金できる資源も、ここには眠っているのだ。


 ただ、いわゆる採掘ポイントは存在しない。つまり、妖精眼でそれと判別することはできないのだ。ちなみにマナスポットは相変わらず点在しているので、見つけ次第マナの吸収は行っている。


 ではどのような形で回収可能な資源が存在しているのかと言うと、そこはなんとも廃墟エリアらしい。刃毀れした包丁、ノミや金槌などの大工道具、鉄鎖、損傷した武器類など。まるでかつてこの“都市”にあったかのようなものが、そのままここに放置されているのだ。中にはコイン、宝石、銀食器、装飾品などの貴重品もあり、収入を押し上げていた。


 ただこれらのものは、探さなければ見つからない。すぐ目に付く場所にあることは少なく、例えばひび割れた水瓶の中や、地下室においてあった木箱の中など、探さなければ見つからない場所にあることが多いのだ。


 ジノーファたちはそういう資源の探索も行っていた。まるで宝探しをしているようで、ちょっと楽しい。探索に時間がかかっているのはこのためだった。もっとも、こうしてダンジョン攻略を行っているのは、第一に生活資金を得ることが目的だ。それを考えれば、二人は真っ当に攻略を行っていると言っていいだろう。


 そうやって攻略と探索を進める二人だったが、この日、彼らはある建物の地下室でいかにもそれらしいモノを発見した。あまりにもそれらしすぎて逆に怪しく、ジノーファとシェリーは顔を見合わせて苦笑した。


「ジノーファ様、これは……」


「うん。宝箱だな」


 二人の前に鎮座しているモノ、それはどこからどう見ても宝箱だった。もしかしたら道具箱かもしれないが、それにしては造りが重厚だし、鍵穴らしきものもある。やはり宝箱と呼ぶべきだろう。


「ええっと、開けてみましょうか……?」


 シェリーが控え目にそう提案する。廃墟の中に宝箱があるのは、それほど不自然なことではない。もし本物であれば、中には金銀財宝が詰まっている可能性もあるだろう。仮に鍵がかかっていたとしても、シェリーならば開けられる。細作(メイド)のたしなみだ。


「いや、近づかない方がいい。……モンスターだ」


 妖精眼を発動させて、ジノーファはそう言った。ミミックと呼ばれるモンスターである。宝箱に擬態し、近づいてくる人間を襲うのだ。ジノーファも遭遇するのはこれが初めてだった。妖精眼がなければ騙されていたかもしれない。


 しかし妖精眼で見てみれば、ただの宝箱ではないことは一目瞭然だった。内包しているマナの量が明らかにモンスターのそれだ。見間違いようがない。ミミックの擬態もこうなっては形無しだった。


「では、どうされますか?」


 シェリーは視線を鋭くしてそう尋ねた。彼女の手には以前に買ったブーメラン型のナイフが握られている。投擲するつもりなのだろう。擬態を見破っているのだから、近づかずに攻撃するのは正しい選択だ。


 ジノーファは少し考えてから、腰の双剣を抜いて構えた。工房モルガノで打ってもらった、一角の双剣だ。それから彼はシェリーに一つ頷く。それを見て彼女はゆっくりナイフを振りかぶる。そして鋭く投擲した。


 タンッと軽やかな音を立てて、シェリーが投擲したナイフは宝箱の蓋の部分に突き刺さる。次の瞬間、宝箱が動き出した。


「ガギィ、ガギィィィ!」


 ミミックが大きく口を開けてシェリーに飛び掛った。ジノーファはそこへ割り込むと、右手の剣を横に振るって伸閃を放る。伸ばされた不可視の刃が、宝箱のちょうつがいにあたる部分を両断した。


「ギィ……?」


 短いうめき声を上げて、ミミックは上と下に分かれた。そしてそのまま砂のようになって消えていく。あっけない最期だ。そしてさっきまでモンスターだった砂が石造りの床の上に落ちたのだが、その際に硬質な音が響いた。


「シェリー、宝箱には中身が入っていたようだ」


 そう言ってジノーファが指差す先には、魔石と金属インゴットが三つほど転がっている。インゴットは銀色に輝いている。宝物まで抱え込んでいてくれたとは、なかなか律義なミミックであったらしい。


「銀塊、でしょうか?」


「どうだろう……。もしかしたらミスリルかもしれない」


 銀色に輝くインゴットを手に取り、ジノーファはそう答えた。ミスリルとはダンジョン内で採掘されるレアメタルの一つだ。とはいえこのインゴットがミスリルなのか、彼にはいまいち判別がつかなかった。


 まあともかく戦利品には間違いない。ジノーファは深く考えることはせず、銀色のインゴットを全てシャドーホールに放り込んだ。魔石も、シェリーにマナを吸収させてから同じようにした。


 建物の探索を終えて、二人は外へ出る。この建物に先へ続く通路は無かった。次の建物を調べようとしたその矢先、廃墟エリアの天井から轟音が響いた。


「きゃあ!? い、一体……?」


「何事だ?」


 ジノーファとシェリーは揃って廃墟エリアの天井を見上げた。高すぎる天井は光が届かないのか闇に閉ざされていて、頭上を覆っているはずの壁をはっきりと見ることはできない。しかしそこに異常があったことはすぐに分かった。


 モクモクと土煙が広がっている。そしてパラパラと礫や小石が落ちてくる。恐らくは天井が割れたのだ。ではどうして割れたのか。その答えはすぐに明らかになった。


「グオオォォォォォオオオ!!」


 耳をつんざくような咆哮が、廃墟エリア全体に響き渡った。そして土煙の中からその咆哮の主が姿を現す。皮膜の張った翼、鋭い牙が生え揃った顎、光沢のある鱗に覆われた身体。翼竜(ワイバーン)だ。


 火山エリアにいた個体とは違い、こちらは緑色をしている。廃墟エリアはモンスターに特定の属性を付加するような場所ではないから、ノーマルタイプのワイバーンと考えていいだろう。ただ、この個体もかなり強力であることは間違いない。


 ワイバーンが廃墟エリアの空を滑らかに滑空する。その視線は下を向いているから、どうやら獲物を探しているようだ。そしてこの場合の獲物とは、言うまでもなくジノーファとシェリーのことである。


 ワイバーンと視線が合う。少なくともジノーファはそう感じた。それは勘違いではなかったようで、ワイバーンは縦に一回転すると、翼をはためかせてその場でホバリングする。その翼にマナが集中するのを見て、ジノーファは叫んだ。


「シェリー、隠れて!」


 同時にジノーファは腰の双剣を抜き、背中の聖痕(スティグマ)を発動させた。次の瞬間、上空のワイバーンが強く、そして何度も翼をはためかせる。するとその度に、地上にいるジノーファ目掛けて幾つもの風の刃が降りそそいだ。


「ジノーファ様!」


 攻撃の気配を察してシェリーが声を上げる。その声を聞きながら、ジノーファは降りそそぐ風の刃を冷静に見据えていた。本来であれば不可視の攻撃なのだろうが、しかし妖精眼を使えば、そこに込められたマナが殺気で白々と輝いて見える。これならば対処は容易だった。


「……ッ」


 ジノーファはその場を動かなかった。ただ両手に持った双剣を無尽に振るい、得意とする伸閃を無数に放つ。そうやって降りそそぐ風の刃を切り払った。全てを切り払ったわけではない。対処したのは、自分に当たる分だけ。残った風の刃は道路や周りの建物に当たって傷跡を残した。


 土埃が立ちこめる中、ジノーファは真っ直ぐにワイバーンを見据える。彼の周囲だけは傷跡がなく、綺麗なままだ。それを見てワイバーンは苛立ったように唸り声を漏らした。そして風の刃がダメならばと言わんばかりに、ワイバーンは急降下をしかける。それを見てジノーファは内心で頷いた。


 先ほどの風の刃を、ジノーファは回避することもできた。狙いはさほど精密でもなかったので、もしかしたらその方が簡単だったかもしれない。それなのにことさら見せ付けるように切り払ったのは、一種の挑発である。


 風の刃なんぞ幾ら放っても無駄だぞ、ということだ。ならば通用するのは牙か爪か。いずれにしても接近しなければならない。そしてそれこそがジノーファの狙いだった。いくら聖痕(スティグマ)持ちであっても、相手が空を飛んでいては手が出せないのだ。


 ワイバーンがぐんぐんと高度を下げてくる。そして地面に衝突する寸前に翼をはためかせ、猛然と水平に飛ぶ。その先にいるのは言うまでもなくジノーファだ。ワイバーンは大きく口を開け、彼に襲い掛かった。


 ワイバーンの噛み付きを、ジノーファは跳躍してかわす。真上に跳躍したわけではない。道路の脇に立っている建物の方へ跳躍し、さらにその壁を二歩三歩と駆け上る。そして最後にもう一度軽やかに跳躍し、それから空中で身体を捻った。


 下を見下ろすと、そこにはワイバーンがいる。空を飛ぶモンスターを相手に上を取ったのだ。ただ、動きはもちろんワイバーンの方が速い。ジノーファも翼を狙って伸閃を放つが、当るかは微妙なところ。多少なりとも皮膜を傷つけられればいいほうだと思っていたのだが、しかし彼が放った不可視の刃はワイバーンの翼を大きく切り裂いた。


「グルルゥゥアアアア!?」


 絶叫を上げながら、ワイバーンが地面に落ちる。その身体には白い糸で編まれた網のようなものが絡みついていた。妖精眼を使ってみてみると、その糸は魔法であることがわかる。つまりシェリーが使うアネクラの糸だ。


 ジノーファに隠れているように言われ、シェリーは内心怒っていた。ジノーファに対してではない。役に立てない自分に対してである。あの赤い翼竜のときもそうだったが、このままではまた彼に守られるだけになってしまう。


(それは……!)


 それはメイドとしてのプライドが許さない。ゆえに、考える。どうすれば自分の手札でジノーファの役に立てるのか。


(ワイバーンが飛んでいては、ジノーファ様も手が出せない)


 であればジノーファはまず、ワイバーンの翼をどうにかしようとするはず。しかしワイバーンの動きは素早い。これを捉えるのは難しい。なら、その動きを封じられないだろうか。


 シェリーは手からアネクラの糸を出すと、それを手早く編んで網状にしていく。しっかりと作るつもりはない。網状とはいえ、網として使うことはできないだろう。だがそれでいい。あのワイバーンに絡まり、動きを阻害できればそれだけでいいのだ。


 シェリーは息を潜め、機を待つ。そしてワイバーンが急降下してジノーファに噛み付こうとしたその瞬間、彼女はアネクラの糸で編んだ網を投げた。


「ぐぅっ……!」


 ワイバーンに絡まった網を、シェリーは体重をかけて引っ張る。この数ヶ月、彼女は下層で攻略を行ってきた。経験値(マナ)もそれ相応に吸収している。その身体能力はかなり高い。それでもワイバーンに拮抗できたのはほんの一瞬。身体を持っていかれそうになり、彼女は網を手放した。


「グルルゥゥアアアア!?」


 次の瞬間、ワイバーンの絶叫が響いた。その姿を確認すると、翼の皮膜が大きく切り裂かれている。ジノーファが切ったのだ。シェリーは会心の笑みを浮かべた。


「グルゥ、グルゥ、グルゥ!」


 ワイバーンは何度も翼を羽ばたかせるが、しかし大きく切り裂かれた皮膜は風を受け止めることができない。それどころか風圧のせいで翼はさらに傷ついた。やがてもう飛べないことを悟ったのか、ワイバーンは憎しみに燃える目をジノーファに向けた。


 直轄軍の精鋭でも怯みそうになるその目を、ジノーファは真っ直ぐに迎え撃つ。双剣を構えて立つその姿は、凛然としていて怯えた様子は少しもない。実際、この時点ですでに優位に立っていたのはジノーファのほうだった。


 それは少し不思議な光景だった。ワイバーンは牙や爪、そして尾を駆使してジノーファに襲い掛かる。しかし彼は巧みに距離を取ってワイバーンを近づけない。そして彼が双剣を振るうたび、不可視の刃が伸びてワイバーンの身体を切りつけるのだ。


 大型モンスターのワイバーンより、小柄なジノーファのほうが間合いが広いのだ。そして翼が役に立たないワイバーンは空に逃げることも、強引に間合いを詰めることもできない。いいように翻弄され、全身に切り傷を増やしていく。


 シェリーもジノーファを援護する。アネクラの糸の先に、人の頭ほどの岩を振り子のようにして括りつけ、それを振り回してワイバーンにぶつけるのだ。そうやって注意を引きつけ隙を作ると、ジノーファが痛撃を加えた。


「グルルルゥゥゥウウウウ!!?」


 背中を大きく切り裂かれ、ワイバーンが身を仰け反らせながら絶叫する。そしてそのまま砂のようになって形を失い、崩れ去った。


「ふう」


 ジノーファは一つ息を吐くと、双剣を鞘に戻した。同時に背中の聖痕(スティグマ)も消す。身体を満たしていた万能感が消えて、少しだけ寂しさを覚える。しかしその違和感もすぐに消え、彼は戦利品の確認を始めた。


「うん、よかった。大漁だ」


 そう言って、ジノーファは顔を綻ばせた。少し大きめの魔石に、牙や爪、あとは鱗にドロップ肉も残っている。魔石は別として、ドロップアイテムとして何が残るかは完全に時の運。いくら強敵を倒したといっても、何も残らない場合もある。


 だが今回は「大漁」と言っていい量が残った。運がいい。「日頃の行いが良いからですわ」とシェリーに言われ、ジノーファは笑った。そして笑いながら魔石のマナを吸収し、ドロップアイテムをシャドーホールに放り込む。最後にドロップ肉をつかみ、彼はこう言った。


「このドロップ肉はウチで食べようか」


「素敵ですわ、ジノーファ様」


 シェリーも満面の笑みを浮かべて同意する。コックのボロネスに頼めば、きっと美味しい料理に仕上げてくれるだろう。さて、どんな料理を作ってくれるのだろうか。ジノーファは今から楽しみだった。



シェリーの一言報告書「廃墟エリアは宝の山」

ダンダリオン「シャドーホールで回収も自在、か……」

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肉、砂まみれ?
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