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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
外伝 誰がために鐘は鳴る

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ダンジョン攻略~出口~


 下層の大広間でエリアボスのリッチを倒すと、ベルノルトたちの間には安堵の空気が広がった。もちろんここはまだ下層で、この先にも大広間はあり、そこではエリアボスと戦わなければならない。


 だが少なくとも下層ではもうエリアボスと戦う必要はない。そしてこの先は下るのではなく上ることになる。つまり敵は徐々に弱くなっていくのだ。油断はできないが、大きな峠を越えたと言っていい。


 さて、リッチを倒した後、ベルノルトたちはそのまま大広間で一服した。エリアボスは討伐後、三日間は再出現しない。水場ではないが、休憩に適した場所と言える。わかした白湯を啜りながら、サラが負傷者に回復魔法をかけて回った。


「アッバスもシェマルも、大丈夫か?」


 ベルノルトは少し申し訳なさそうにしながら二人にそう声をかけた。二人はここまでずっと、戦いの矢面に立ち続けてきた。そのおかげでベルノルトたち三人の負担は少ない。逆に言えば、アッバスとシェマルは三人の分まで負担を引き受けている。


 今回のリッチとの戦いでは、特にそれが顕著だった。負傷したのはアッバスとシェマルだけ。ベルノルトとメフライルも多少は戦闘に参加したが、距離を取りつつ牽制しただけにすぎない。リッチを倒したのは、アッバスとシェマルの力だ。自分の力で倒したなどとは、ベルノルトは思えなかった。


「殿下。どうかお気遣いなく」


「左様。両殿下をお守りすることが我らの仕事でござる」


 シェマルとアッバスは快活に笑ってそう答えた。二人の表情からは、役回りへの不満は見受けられない。むしろ二人は自分たちが矢面に立つのは当然だと思っていたし、これまでずっとそうしてきた。だからなのだろう。シェマルがこんな軽口を叩く。


「むしろベルノルト殿下は前に出すぎです。もう少し下がっていただけると、我らも動きやすい」


「シェマルの言うとおりでござる。老婆心から申し上げますが、殿下はもう少し、守られることに慣れた方がよろしい」


 シェマルに続いてアッバスからもそう言われ、ベルノルトは苦笑しながら肩をすくめた。そして初陣の際にも、「敵を討つことは将の仕事ではないのです」とエクレムから言われたことを思い出す。王族とはそういうものなのだろう。


 ただ納得できるかと言われれば、それはまた別の話だった。例えばこれが父王ジノーファであったなら。ベルノルトはそう考えてしまう。戦場であれダンジョンであれ、聖痕(スティグマ)持ちたる彼が前に出るのを、あえて止められる者はいない。


『俺は父上のようにはなれない』


 先日、ベルノルトはそう胸の内を吐き出した。それは彼の偽らざる本心だ。だが本心だからと言って折り合いがついているわけではない。いっそ諦めて型通りの王族になってしまえば楽なのだろうか。ベルノルトはそんなふうにも思うのだ。


「殿下、実力を身につけなさいませ。そうすればできる事も増えましょう」


 ベルノルトの内心を察したのだろう。メフライルがそう言って彼を宥めた。ジノーファのようにはなれなかったとして、できる事が増えれば自分の道を見つける事にも繋がるかもしれない。自分の前にはまだ未来があるのだと思えて、ベルノルトは少し気が楽になった。


「そうだな。励むとしよう。もっとも、後ろで守られてばかりでは実力も身につかないと思うが」


 ベルノルトがそう言うと、アッバスとシェマルが「いや、それは……」と言いながら苦笑を浮かべた。攻め時と見たのか、回復を終えたサラがさらにこう口を挟む。


「そうよ。守られるだけでは、何のためにダンジョンに潜っているのか、分からないわ」


「サラ殿下。今ダンジョンを攻略しているのは、無事に本国へ帰還するためです」


「殿下、そもそもヒーラーは守られるのも仕事の内です」


 あっさりと返り討ちに遭い、サラは「えぇっと」と言いながら頬を引きつらせた。サラは視線でベルノルトに援護を求めたが、彼はそっと目をそらした。


 さて、休憩と回復を終えると、ベルノルトたちは攻略を再開した。余計な回り道はせずに、地図に載せられている最短ルートを進む。さっさと下層を抜けてしまうためだ。休憩のために水場によるとしても、下層よりは中層の方が安全なのだから。大広間で休憩したのは、下層を一気に抜けるためでもあった。


 モンスターを蹴散らしながら、ベルノルトらは下層を進んだ。下層のモンスターは手強いが、リッチと比べればどれ程のこともない。多少時間がかかっても、無用の損害を出さないよう手堅く戦った。


 ブルハーヌから貰った地図によれば、リッチのいた大広間の先、中層との境目の辺りに水場がある。地図によれば水場はすでに中層になっているが、五人はその水場を無視して進んだ。次の水場なら確実に中層だろう、と考えてのことである。ただそのせいで少し強行軍になった。


 そういうこともあって、目的の水場では長めの休憩と早めの昼食を取った。時間はあるし、何より山場を越えたことで気持ち的にも楽になっている。ベルノルトはまた分厚いステーキを焼いた。


 昼食の後、ベルノルトらは上層へ向かうべく中層の攻略を再開した。上り坂や段差を上へ向かう度に、徐々に出口へ近づいていることを実感する。モンスターも幾分弱くなったように思えた。


 そして彼らは、この日二つ目の大広間に到着した。地図上で確認していると、ここはまだ中層と言うことになっている。ただ近くに水場がなかったので、彼らはそのまま大広間へ突入した。水場を探し回る労力を、エリアボスの討伐へ向けるべきだと判断したのだ。


 出現したエリアボスは、ゴブリン・ジェネラルだった。全部で五匹の子分を引き連れていて、ジェネラル自身は子分に比べて二回り以上大きな体躯をしている。


 敵は全部で六匹。味方は五人だから、数の上では敵が優勢だ。それを見て、まずシェマルが飛び出した。ゴブリンどもがばらけてしまう前に、広範囲の雷魔法を叩き込む。彼の魔法は確実にゴブリンどもを捉えた。


「ギギィ!?」


「ギィ、ギィ!」


「ギィィィ!」


 雷に焼かれ、ゴブリンどもが耳障りな悲鳴を上げる。ただ威力よりも範囲を優先したため、ただの一匹も倒せていない。それを見てシェマルはもう一度雷を放つ。回避もままならず、ゴブリンどもはまた悲鳴を上げた。


 二度も雷をくらい、ゴブリンどもは息も絶えだえな様子だった。ボスであるゴブリン・ジェネラルはまだ二本足で立って武器を構えているが、子分どもは膝ついたり倒れ込んだりしている。


 それを見てアッバスが動いた。彼は巨体に似合わず素早く動くと、一直線にゴブリン・ジェネラルへ斬りかかる。ゴブリン・ジェネラルは上からの一撃を何とか受け止めたが、しかし徐々に押し込まれていく。ボスの不利を見て子分どもが動くが、ベルノルトとシェマルとメフライルがそれを阻んだ。


 そしてアッバスとゴブリン・ジェネラルの力比べは、ついに前者へ天秤が決定的に傾いた。アッバスが振るう剣の刃が、ゴブリン・ジェネラルを切り裂く。耳障りな悲鳴を上げて、ゴブリン・ジェネラルはマナへ還った。


 終わってみれば完勝である。ただシェマルの魔力の消耗が大きかったので、五人はそのまま大広間で休憩を取った。成長限界に達していない三人は戦利品である魔石からマナを吸収し、さらにベルノルトはマッピング作業をする。脱出ルートはすでに折り返しを過ぎている。だが油断はない。アッバスとシェマルはその様子を満足げに見守った。


 三〇分ほど休憩してから、彼らは攻略を再開した。大広間の次の水場は、位置が近かったのでスルーする。その次の水場で彼らは食事をしてから仮眠を取ることにした。


 その際、サラが自分も「不寝番をする」と言い出す。彼女はまだ不寝番をしたことがなかったのだが、それを気にしたらしい。結局、最初にサラとベルノルトの二人が不寝番をすることになった。


「…………今更だけど、大変なことになったわね」


 他の三人が寝息を立て始めると、サラが呟くようにそう言った。彼女が不寝番に志願したのは、もしかしたら話をしたかったからなのかも知れない。ベルノルトはそう思いながら、「そうだな」と応じた。


「ヴァンガルに残った方たちは、どうしているかしら……」


「マルセルたちは、もう出陣したはずだ。グズグズしていたら、マドハヴァディティアの本隊がヴァンガルに来てしまうからな。それに、一刻も早く援軍を呼ぶ必要がある」


「そうね……。他の方々はどうかしら?」


「フードとデニスは大使館に残っているんじゃないかな。処分しなきゃいけないものが結構あるだろうし。それに敵が来るからこそ、大使館は空にできないだろう」


 ベルノルトがそう言うと、サラはもう一度「そうね」と応じた。大使館を空にしては、大国イスパルタ朝の威信が傷つきかねない。いや、逃げ切れるならば良いが、途中で捕まるようなことがあればイスパルタ朝の面子は丸つぶれだ。


 加えてもう一つ。仮に大使館がヴェールール軍の手に落ちた場合、マドハヴァディティアは必ずやベルノルトの行方を追うだろう。その際、フードやデニスの口から「五〇〇の兵に混じって本国へ向かった」と証言して貰わなければならない。マドハヴァディティアの目をダンジョンから逸らすためだ。


「イヤになるわ……」


 ベルノルトの話を聞き、サラは辛そうにそう呟いた。皆、ベルノルトとサラのために命をかけている。いわば二人は、彼らの命を踏み台にしてここにいるのだ。しかもサラにとっては、これで二度目の経験と言っていい。そのせいもあって、彼女はこのことに無神経にはなれなかった。


「お前のせいじゃない」


「分かっているわ。でも……。ねぇ、ベル。わたし達は大人しく籠の中にいるべきなのかしら……?」


 サラはベルノルトにそう尋ねた。彼女の眼には苦悩が浮かんでいる。ベルノルトは咄嗟に答えることができなかった。


「言われた通りにしていれば、大人しくしていれば、それで大抵のことは上手く行くんでしょうね。ええ、分かっているわ。求められているのは旗頭としての血筋であって、わたしの能力じゃない。もしも周りが本当に困るとしたら、それはわたしが大バカだからじゃなくて、わたしが石女(うまずめ)だった場合でしょうね」


 サラは早口になってそうまくし立てた。ただそれは不満をこぼしているというよりは、自嘲であるようにベルノルトには聞こえた。


「……それでも、お前はアースルガム王家の生き残りだ」


「ええ、そうよ。貴方が王位継承権を持たない第一王子であるようにね」


 サラの言葉にはどこか嗤うような響きがあった。ザラリと心を逆なでされたように感じて、ベルノルトがサラを睨む。するとたちまち、彼女は肩を落として目を伏せた。


「……ごめんなさい」


「いいさ。こっちも悪かった。それに、言いたいことは分かる」


 そう言ってから、覚えた不快感を水に流すかのように、ベルノルトは白湯を啜った。不安なのだろう。あるいは自責の念もあるのかもしれない。サラは感情的になっているのだ。そう思うと、ベルノルトは少し冷静になった。


「わたしは何のために生まれたのかしら……。アースルガム王家最後の王女。肩書きだけが一人歩きしているわ」


「アースルガムの再興。それがサラの望みじゃないのか?」


「そうね。それがわたしの望み。だけど、わたしだけの望みじゃない。父上も母上も、兄上も姉上も、爺やもアーラムギールも、沢山の人がそれを望んでいたし、今も望んでいるわ。……大きくなりすぎて、もう別物みたいよ」


 サラの声には、やりきれなさが滲んでいた。大願はもう、彼女の手のひらの中には収まらない。けれどもそれを捨てることもできない。周囲がそれを許さないし、彼女自身もまた手放すことなど考えられない。


「ホント、みんな無責任よね。勝手にこうあるべきだって決めちゃって」


「みんな、サラのことが大切なんだ」


「分かってるわよ。でも、わたしは肩書きぶら下げたお人形になるために、涙を呑んできたんじゃないわ……!」


 絞り出すかのように、サラはそう告白した。アースルガム一族の裏の系図のことを持ち出して法都ヴァンガルまで同行したことも、突き詰めればそこへ行き着くのだろう。そしてそのために、今このようなことになっている。


 もちろんサラが悪いわけではない。誰が悪いのかと言えば、マドハヴァディティアが一番悪い。しかし彼に責任を負わせることはできない。自分の決定の結果は、サラ自身が甘受するしかない。


 何もしないでいれば、少なくともこんなことにはならなかっただろう。だが何もしないでいるなら、サラは「肩書きぶら下げたお人形」になるしかない。彼女はそれに耐えられなかった。「お人形」でいるには、彼女は少々芯が強すぎたのだ。ベルノルトはそう思う。


「ねぇ、ベル。どう思う? わたしたちは籠の鳥でいた方がいいのかしら……」


 サラがもう一度問い掛ける。ベルノルトはこう答えた。


「そんなことはない、と信じたい」


 言い切ることはできなかった。大人しくして、言われたことだけを淡々とこなす。それでは確かに、何のために生まれたのか分からない。だがベルノルトはこうも思うのだ。父王ジノーファのような英雄ばかりでは、世の中は騒々しくて決して落ち着かないだろう、と。


「……俺たちには、立場がある。望むと望まざるとに関わらず。そして、多くを与えられた者に、多くを望むのは正しいことだと思う。その全てに応えられるわけじゃない。でも、応えなきゃいけないものも、あると思う」


 考えをまとめながら、ベルノルトはゆっくりとそう話した。彼の言葉にサラも頷く。彼女も期待に応えたいとは思っているのだ。ただそのために、周囲が自分を置き去りにしているように思うときがあるだけで。


「責任、なんだろうな。それが。だけど責任感だけで生きていくなんて無理だ。そんな生き方、俺はしたくない」


 ベルノルトの言葉に、サラがまた頷く。今度はさっきよりも力強い。分かってくれる相手がいる。そのことがお互い、心強かった。


「だけど周りはいろいろ考えるし、いろいろ言ってくる」


「勝手に、無責任に」


「ああ、まったくだ。だから、ライルも言っていたけど、俺たちには実力というか、信頼が必要なんだと思う。籠の鳥を、外に出しても大丈夫だと思えるだけの信頼が」


 ベルノルトがそう言うと、しばらく沈黙があった。実力を身につけ、信頼を得る。言葉にすれば簡単だ。だが実際にそれを行うのはどれほど難しいことか。


「……大変、ね」


「ああ。だけど騒ぐだけなら、それこそ本当に籠の鳥だ」


 ベルノルトの言葉にサラが苦笑する。だけど反論はしなかった。


 その後、二人は不寝番の時間が終わるまであれこれと話をした。立場上、この二人が二人きりになることはほとんどない。いろいろと普段はできないような話ができた。有意義な時間であったのかは分からない。けれども必要な時間だったとベルノルトは思う。


 不寝番を終えて、仮眠を取る。二人が目を覚ますと、五人はそろって食事を食べた。そして出口へ向かって攻略を再開する。そしてその日、彼らはついにダンジョンを抜けた。


メフライル(色気のない会話ですなぁ)

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― 新着の感想 ―
[一言] 「勝手に、無責任に」とは言っても、それを周りから求められる立場なんだから仕方ないだろうに。
[一言] 英雄王である苦難を乗り越え偉くなったジノーファしか見ていないから知っていても理解出来て居ないのだろうね。 ジノーファがダンジョンで得た強さは、寂しさ悲しみ諦観と言ったマイナスの感情や逼迫した…
[一言] 盗み聞きのライル…w
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