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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
外伝 誰がために鐘は鳴る

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ダンジョン攻略~中層1~


 ――――どうしてこんなことになったのだろう。


 ダンジョンの中を進みながら、サラは内心で途方に暮れていた。こんなはずではなかった。彼女はそう思った。


 サラが弔問団に同行して法都ヴァンガルへ赴いたのは、アースルガム一族の表には出せない本当の系図について、アーラムギールに確保か処分を頼むためだった。そしてその件については首尾良くいった。


 だがマドハヴァディティアがヴェールール軍を動かしたことで事態は一変した。ベルノルトとサラはヴェールール軍の目をかいくぐってヴァンガルを脱出するべく、こうしてダンジョンの中を進んでいる。


 だから「どうしてこうなったのか」と言えば、おおよそマドハヴァディティアのせいだ。だがそれだけならサラが途方に暮れることはなかった。彼女の気を重くしているのは、自分が足手まといになってしまっていることだった。


 彼女が無理を言って弔問団に同行した時点で、関係者には迷惑をかけてしまっている。彼女はそのことを自覚していた。その上で「何もしないではいられない」と思ったのだ。だがこんなことになると分かっていたら、無理を言って同行したりはしなかった。


 ベルノルトだけでなくサラまでもこうしてダンジョンの中を進んでいるのは、彼女もまたヴェールール軍に捕らえられるわけにはいかないからだ。ただ彼女には一応、ヴァンガルに残るという選択肢もあった。


 マドハヴァディティアもまさかサラがヴァンガルに来ているとは思わないだろう。また彼女はユラとしてであっても、ラーヒズヤとは直接顔を合わせていない。似顔絵付きの手配書が出回ることはないだろう。であるならベルノルトと一緒にいる方が危険、という考え方もできる。


 それでもサラがヴァンガル脱出を選んだのは、やはりヴェールール軍に囚われることを警戒したからだ。仮にアースルガムの王女であることが露見しないとしても、ジノーファなどは事情を知っているのだから、そのためにイスパルタ軍の動きが鈍ってしまうかも知れない。


 それに一度捕らえられて身体を調べられれば、彼女が女であることは分かってしまう。わざわざ男装していたことが明るみに出れば、そこから彼女がサラであることもまた露見するだろう。であればやはり、ヴェールール軍に捕らえられるわけにはいかない。


 だが実際に脱出する段階になりいざダンジョン攻略が始まると、サラは自分がパーティーに貢献できているとは思えなかった。彼女は唯一の回復役なので、五人の中では常に守られる位置にいる。そのことが彼女は心苦しかった。


 ヒーラーの重要性は、サラも理解している。同時に自分が腕利きとは言えないことも。それはヒーラーとしての腕だけの話ではない。単純な戦闘能力を見ても、彼女は五人の中で一番弱い。自分がいなければ、腕っ節も含めて護衛部隊からもっと力のあるヒーラーが加わったのではないか。そう思えてならない。


(やっぱり……)


 やっぱり、来るべきではなかったのかも知れない。クルシェヒルで大人しくしていれば、多くの人に迷惑をかけた挙句、こうして足手まといになることもなかっただろう。自分のやったことがことごとく裏目に出ているような気がして、サラの気分は落ち込んでいた。


「サラ、大丈夫か?」


「ええ、大丈夫よ」


 小声で気遣うベルノルトに、サラは視線を合わせないようにしながらそう答えて小さく頷いた。そして内心で「しっかりしなさい」と自分に言い聞かせ、無理矢理意識をダンジョン攻略に集中させる。


 そろそろ中層である。いや、ダンジョンに標識などないから、もうすでに足を踏み入れているかも知れない。上層ではサラの出番はほとんどなかった。しかしここからはヒーラーの仕事も増えるだろう。


 落ち込んでいる場合ではない。それでは本当に、ただの足手まといだ。「何もしないではいられない」。その一念で彼女はここまで来たのだ。ならば何かしなければならない。そうでなければ、サラは自分が許せなかった。


(もしも……)


 もしも本当に西方へ逃れることになったなら。一瞬よぎったその考えを振り払い、サラはダンジョン攻略に専念した。



 ○●○●○●○●



 ベルノルトら五人は、現在ダンジョンの中層を進んでいる。ブルハーヌからもらった地図を見る限り、出口へのルートは下層への最短ルートというわけではなさそうだった。つまり脇道に思えるようなルートを通りつつ進むことになる。


「狭い通路が多くなります。気をつけて下さい」


 地図を確認したシェマルがそう注意を促すと、ベルノルトらは揃って頷いた。もっともこのパーティーには収納魔法の使い手であるメフライルがいる。身軽な状態で、しかもいざとなれば全員が戦闘に参加できるので、多少手狭な場所で襲われたとしても、そう滅多なことにはならないだろう。


 さて中層を進んでいると、やはりモンスターは少しずつ手強くなっているように思われた。どこかの聖痕(スティグマ)持ちは「上層と中層の違いが分からない」とのたまったらしいが、一般人の感覚からすればその差は歴然としている。つまり油断できない敵だ。


「前方、小型、数四!」


 前方に小型のモンスターを四体発見したシェマルは、口早にそう報告するのが早いか一気に駆け出した。敵はゴブリン。ただ上層で出現したものと比べると、体つきが明らかにゴツい。しかも四体の内の一体は、先端にしゃれこうべの付いた杖を持っている。ゴブリンメイジだ。


「ギギィ!」


 ゴブリンメイジが顔に醜悪な笑みを浮かべながら、杖を掲げてひょこひょこと踊る。すると空中に幾つもの小さな火の玉が生まれた。ゴブリンメイジがさらに杖を振るうと、それらの火の玉がシェマル目掛けて一斉に発射された。


「……ちっ!」


 先手を取られてシェマルが舌打ちをもらす。接敵したのはあまり広くない一本道。左右に大きく回避できるだけのスペースはない。何よりシェマルの後ろには味方がいる。彼は険しい顔をしながら火炎弾を迎え撃つべく構えたが、その前に別の声が割り込んだ。


「下がれ!」


 そう叫んだのはアッバスだった。シェマルは反射的に後方へ跳躍する。すると次の瞬間、彼と火炎弾の間を土の壁が遮った。アッバスの土魔法だ。火炎弾は全てその土の壁に阻まれた。


 ただ展開スピードを優先したため、土壁の強度はそれほど高くない。火炎弾のせいでひび割れた土壁は、その後ろからゴブリンたちが体当たりするとあっけなく崩れた。もっともそれは織り込み済みだ。


 土壁を蹴破って現われる三体のゴブリン。シェマルはその内、先頭のゴブリンを斜めに斬って捨てた。さらに残りの二体を片付けるべくもう一歩前へ出ようとしたところで、シェマルは再び険しい顔をした。ゴブリンメイジがまた多数の火炎弾を放っていたのだ。


 シェマルは舌打ちしながら火炎弾を切り払う。それができる事自体、彼の技量が卓越している証拠だ。しかも彼は同時に二体のゴブリンの攻撃も捌いている。ただ途切れることなく火炎弾が打ち込まれ、さすがの彼も反撃に転じるいとまがない。


 もっともシェマルは一人で戦っているわけではない。すぐさまアッバスがフォローに入ろうとする。しかしその時、後ろからベルノルトの叫ぶ声がした。


「アッバス、後ろからも来る! しかも多数だ!」


「っ、メフライル、シェマルのフォローに回れ! 両殿下は彼の後ろに!」


「分かった!」


「了解しました!」


 指示を出しながらアッバスはすでに動いていた。三人と立ち位置を入れ替えて後方に回ると、左手を通路の壁面に押しつけて魔力を練る。その間にも徐々に敵の気配は近づいてくる。しかも足音からして、四つ足のモンスターだ。それが、ベルノルトが言っていた様に多数。


「ガァァァアア!!」


 現われたのは、赤い目と黒い毛皮を持つブラックウルフだった。それが三匹。アッバスは顔をしかめた。これが挟み撃ちでなければ、対処はそれほど難しくない。だが今前方での戦いに乱入されると、大きな被害が出るかも知れない。そう思い、アッバスは用意していた魔法を組み替えた。


 だがそのせいで発動が遅れる。それでもアッバスの目算では間に合うはずだったのだが、三匹のブラックウルフの内の一匹が、機先を制する形で大きく跳躍し彼に飛びかかった。


「……っ」


 アッバスが舌打ちをもらす。魔法はまだ組み上がっていない。彼は整わない体勢のまま、右手で剣を振るった。刀身はブラックウルフに当たったものの、まったく刃が立っていない。切ると言うよりは叩く格好になった。


 しかも腕の力だけで剣を振るったため、たたき落とすこともできなかった。ただ軌道はずれている。ブラックウルフはアッバスの左腕に引っ掛かるような形になった。もがくブラックウルフの前足や後ろ足がアッバスの身体をでたらめに叩く。彼はこれを先に倒すか一瞬迷ったが、魔法の発動を優先させた。


「ハァ!」


 裂帛の呼気と共にアッバスの土魔法が発動する。すると幾本もの土の杭が上下左右から生えてきて、通路を荒い格子状に塞いだ。そして次の瞬間、残り二体のブラックウルフがそこへ激突する。


 もう少し発動のタイミングを見計らうことができれば、この二体を串刺しにできていただろう。アッバスは少し悔しそうにしたが、すぐに通路を塞いで足止めできただけで十分と思い直した。


「痛っ!」


 左腕に鋭い痛みが走り、アッバスは顔を歪めた。みればブラックウルフが牙を突き立てている。彼はすぐさま左腕を振りかぶり、噛みつくブラックウルフを壁に叩きつけた。しかしそれでもブラックウルフは彼の腕を放さない。アッバスはブラックウルフの腹に右手の剣を強引に突き刺し、そのまま壁に縫い付けるようにして引き剥がす。アッバスが剣をひねると、ブラックウルフは力を失ってマナへ還り、後には魔石だけが残った。


 さて後方でアッバスがブラックウルフを足止めしていた間も、前方でも戦いは続いていた。アッバスに言われたとおり、メフライルがシェマルのフォローに入る。その背中にベルノルトがこう声をかけた。


「ライル、射線を開けてくれ!」


 その声に応じ、メフライルがゴブリンを一体、大きく弾き飛ばす。それでゴブリンメイジとベルノルトの間に邪魔者がいなくなった。その瞬間、ベルノルトは鋭く踏み込み、魔力を用いた剣技〈刺突〉を放つ。伸ばされた突きは、彼の狙い通りゴブリンメイジの喉元を貫いた。


「ギィ……!?」


 ゴブリンメイジが短い悲鳴を上げて絶命する。ゴブリンメイジの放つ火炎弾がなくなると、シェマルはすぐにゴブリンを一体斬り捨てた。メフライルも弾き飛ばしたゴブリンに止めを刺す。これで四体のゴブリンは全て倒した。


「アッバス卿、大丈夫ですか!?」


 メフライルが最後のゴブリンを仕留めるのを確認してから、サラはアッバスに駆け寄った。そして彼に回復魔法をかける。格子状に塞がれた通路の向こう側にはまだ二匹のブラックウルフがいて、牙を剥き出しにして唸ったり吼えたりしている。シェマルが前に出て警戒し、それから回復の終わったアッバスにこう尋ねる。


「どうする、倒しておくか? 倒すなら、この塞いでいるのをどうにかしてもらわないとだが……」


「……いや、解くのも面倒だ。一時間ほどは保つし、このままにして先へ進む方がいいだろう。殿下もそれでよろしいですか?」


「追ってこないか?」


「その時はその時です」


「分かった。二人がそれで良いなら、異論はない」


 ベルノルトがそう答えると、サラとメフライルも頷いた。彼らは魔石だけ回収して、足早にその場を後にする。二匹のブラックウルフの吠え声が、しばらくダンジョンの中に響いてこだました。


 その後、ベルノルトらは休憩までに数回の戦闘をこなした。ただその際、二匹のブラックウルフが後ろから乱入してくることはなかった。諦めたのか、それとも道に迷ったのか。何度か分かれ道があったので、もしかしたら後者かもしれない。


「次の水場で休憩し、食事をしてから交代で仮眠を取りましょう」


 昼食を食べてから二度休憩を挟んだ後、アッバスが三度目の休憩で仮眠を提案した。要するに「今日の攻略はここまで」ということだ。他の四人も頷いてその提案に同意する。ベルノルトが地図を確認すると、どうやら次の水場はルートから少し外れたところにあるらしい。彼らはそこへ向かった。


 幸いにも彼らはモンスターと遭遇することなく目的の水場へ到着した。様子を確認して見ると、水場は出入り口が一つしかない小部屋になっている。草木も少なからず生えていて、雰囲気も悪くない。


「ライル」


「了解しました」


 水場の様子を確認して全員が中へ入ると、ベルノルトがメフライルに声をかける。すると彼は心得たと言わんばかりに頷き、水場の出入り口のほうへ足を向けた。そして収納魔法を展開する。そして中から大きな岩を取りだし、その岩で出入り口を塞いだ。


「おお……! これは……」


 アッバスが感嘆した様子で声を上げる。こうしておけば、外からモンスターが入ってくることはまずない。比較的ゆっくりと仮眠を取ることができるだろう。それにしてもこれだけ大きな岩を収納していたのに、さらに四人分の荷物と予備の武器まで収納できるとは。メフライルの収納魔法はかなり容量が大きいらしい。アッバスはそちらにも驚いた。


 水場の出入り口を塞いでから、ベルノルトらは食事の準備を始めた。ダンジョン攻略中であっても、いや攻略中だからこそ、一日に一回くらいは暖かい食事が必要だ。それで彼らは魔道コンロを取り出し、水を汲んできて火にかけた。


 そこへ持ち込んだ食材を投入し、さらに今日の攻略で手に入れたドロップ肉も一口大に切って入れる。作るのはスープだ。イモも野菜も肉も、全部一度に食べられるとても優秀なメニューである。


 できあがった具沢山のスープを、それぞれの器によそって食べ始める。温かいスープを一口啜ると、ふっと身体の緊張が解けていくような気がした。空腹だったこともあり、五人はしばらく無言で食べ続けた。


「……それにしても、やはり収納魔法は良いですなぁ。収納魔法がなければ、こうしてドロップ肉を食べることもなかなかできませぬ」


 おかわりを自分の器によそいながら、アッバスが相好を崩してしみじみとそう語る。持ち帰るべきドロップアイテムとして、ドロップ肉は優先順位が低い。収納魔法の使い手がいなければ、そのまま捨てていくのが普通だった。


「そういえば、ジノーファ陛下はダンジョンを攻略する時には、よくドロップ肉のステーキを焼かれると聞きます。本当でしょうか?」


「本当だ。わたしも食べたことがある。あと、焼き方も教わった。一流シェフの直伝だと、自慢しておられたよ」


 噂の真偽を尋ねるシェマルに、ベルノルトは小さく笑いながらそう答えた。すると周りから驚いたような、あるいは感心したような声があがる。


「なんなら、明日にでも焼いてみようか? 父上ほど上手に焼けるかは分からないが」


「おお。では明日はそれを励みに攻略を行うとしましょう」


「ニンジンぶら下げるよりは、やる気が出そうですね」


 メフライルが冗談を言うと、五人は楽しげに笑い声を上げた。



ベルノルト「ダンジョンでドロップ肉を焼く。これイスパルタ王家の伝統」

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― 新着の感想 ―
ここまで読んでから書くのもなんだが キングトレントの話はどうなった? あれこそ、魔物とダンジョンとダンジョン化した国土に対するお話
[一言] > 「ダンジョンでドロップ肉を焼く。これイスパルタ王家の伝統」 蛮族の伝統にしか思えないのに、割ときちんとした理由もあって、しかも武闘派とはいえ、貴人としての教養を備えた者が始めた伝統なの…
[一言] 悩むならそもそも一緒に来るべきじゃないし、迷惑?はダンジョンの有無ではたいして変わらないよね。 ダンジョン飯(笑)
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