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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
外伝 誰がために鐘は鳴る

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ダンジョンに活路を求める


「実は、大聖堂にはダンジョンの入り口が隠されています。そしてそのダンジョンを使えば、ヴァンガルを脱出することができます。法王猊下からそのルートの使用許可をいただきました。このルートを使って、ベルノルト殿下にはヴァンガルから脱出していただいてはいかがでしょうか?」


 ブルハーヌからそう提案された時、デニスとフードは彼が何を言っているのか分からなかった。だがブルハーヌからさらに詳しい話を聞いていくと、二人はその提案が決してあり得ないものではないように思えて来た。それで二人は険しい表情をしながらもブルハーヌにこう答えた。


「一度持ち帰って検討します。明日の朝、またお話しさせて下さい」


「分かりました。お待ちしています」


 ベルノルトの命に関わることを、デニスとフードの二人で決めることはできない。持ち帰って話し合うのは当然だ。ブルハーヌもそれは理解していたので、決断を急かすことなく一つ頷いた。


 大使館に戻ると、デニスとフードはすぐに主立った者たちを集めた。その中には当然、ベルノルトもいる。そして二人は彼らにブルハーヌの提案について説明した。大聖堂にダンジョンの入り口が隠されており、しかもそれを使えばヴァンガルの外へ脱出できるという話を聞いて、彼らは皆一様に険しい顔になった。


「……ダンジョンの出口は、ヴァンガルの北西、国境にかなり近い場所にあるそうです。そこまで行くことができれば、ヴェールール軍の警戒網もすり抜けられるでしょう」


 ブルハーヌから受けた説明を、デニスがほとんどそのまま繰り返す。それを聞いた者たちは表情を一層険しくした。そしてマルセルがこう呟く。


「ヴァンガルから見て北西ということは、百国連合との国境近くか……」


 つまりイスパルタ朝とは逆方向である。ヴァンガルから無事脱出してヴェールール軍の警戒網を一時的にすり抜けられたとしても、イスパルタ朝へ帰還するにはかなりの距離を移動しなければならない。その間に再びヴェールール軍の警戒網に捕捉されてしまうことは、十分にあり得る。


「……ルートが分かっているということは、地図はあるのですよね?」


 そう尋ねたのはメフライルだった。仮に出口があると分かっていても、初めて攻略するダンジョンを地図なしで踏破することなど絶対に不可能だ。慎重にマッピングしながら進んだとして、食料が足りなくなって引き返す羽目になるだけである。仮に戻ってこなかったとして、それは迷って野垂れ死にしたということだ。


「はい。ブルハーヌ卿から、地図を提供してもらえる手筈になっています。……というより、ルートの使用許可が下りたと言うことは、つまりそう言うことなのでしょう」


 そう答えたフードの言葉に、メフライルは納得して一つ頷いた。ブルハーヌの案は、地図がないのであれば自殺に等しい。だが地図があるのであれば、即決却下するには惜しい案だ。


「ただ、短い距離ではありますが、下層を通らねばならないようです。そして、その、大広間も……」


 フードが少し言いにくそうにしてそう付け足す。基本的にダンジョンというのは、下へ下へと向かって攻略していくことになる。そして下層というのは、ダンジョンの深度を表す指標だ。


 上から上層・中層・下層といった具合に設定されており、中層で安定して戦えるようになれば一人前と言われている。下層とはその下だから、つまりそれだけ強いモンスターと戦うことを覚悟しなければならない。


 また大広間にはエリアボスが出る。エリアボスは通常のモンスターと比べ、はるかに強力だ。上層のエリアボスでさえ、下層に出る普通のモンスターを凌駕する。下層のエリアボスと戦うとなれば、相応の覚悟が必要だ。


 そしてブルハーヌの説明によれば、ヴァンガルから脱出するためには、ダンジョン下層の大広間を通らねばならない。かなり危険度の高いルート、と言わねばならないだろう。メフライルとマルセル、そしてベルノルトも眉をひそめた。


「……少し、話を整理しましょう」


 そう言ってベルノルトらの思案を止めさせたのはデニスだった。彼は自分に視線を集めてから、落ち着いた口調でゆっくりと話し始めた。


「まず、我々は『マドハヴァディティア率いるヴェールール軍がここヴァンガルに迫っている』という危機に直面しています。彼の目的はほぼ間違いなくヴァンガルの攻略。そして我々は、このままではヴァンガルは持ちこたえられないと考えている」


 デニスは一旦そこで言葉を切った。ベルノルトらは一つ頷いた。反論や訂正の声は上がらない。それを確認してから、デニスは再び口を開いた。


「ヴァンガルが陥落した場合、マドハヴァディティアはベルノルト殿下の身柄を抑えようとするでしょう。殿下を人質にされた場合、イスパルタ軍は動くに動けなくなります。それを避けるためには、何か手を打たなければならない」


 デニスの言葉に、聞いている者たちはまた一様に頷く。ベルノルトだけはやや不本意そうな顔をしていた。


 対応策として考えられるものは、大雑把に分けて三つ。一つはヴァンガルに留まること。二つ目は普通にヴァンガルから脱出すること。三つ目はダンジョンを使ってヴァンガルから脱出することだ。


 ヴァンガルに留まるのは危険だ。そう考え、ベルノルトたちは脱出を検討した。しかしマドハヴァディティアがベルノルト捕獲のために警戒網を敷いていることが予想される。それでルルグンス兵を借りることを考えたが、それはフサイン三世に断られてしまった。


 代わりにブルハーヌから提案されたのが、ダンジョンを用いての脱出だ。ルートは確立されており、地図もある。ただし下層を通る必要があり、エリアボスとの戦闘も避けられそうにない。


 デニスが現状の説明を終えると、聞いていた者たちは険しい表情のまま黙り込んだ。三つ選択肢があるとはいえ、どれも危険だ。だが最も危険なのは何も決めずに時間だけが過ぎること。そう考えて、メフライルは沈黙を破った。


「マルセル隊長にお伺いします。仮にヴァンガルに留まるか、ダンジョンを使うことにした場合、護衛部隊の戦力の大半は使わないことになります。その場合、隊長はどうされますか?」


「…………その場合は、ヴェールール軍の警戒網の突破を試みる事になる。ベルノルト殿下の護衛を考えなくて良いのなら、かなりの無茶ができる。そして五〇〇人のうち一人でも総督府に走り込めれば、イスパルタ軍が動く。それで状況はかなり好転する」


 マルセルの回答を聞いて、ベルノルトは小さく驚いた。何というか、「そういう考え方もあるのか」と思ったのだ。


「では、殿下にはヴァンガルに残っていただき、マルセル隊長に総督府へ向かってもらうのはどうだろう?」


 そう提案したのはフードだった。つまり五〇〇のイスパルタ兵を使って警戒網を強引に突破し、援軍を連れてくるというわけだ。ヴァンガルの城壁は堅牢だ。それくらいなら持ちこたえられるかも知れない。


 さらにフードは説明を続ける。仮にヴァンガルが陥落したとして、マドハヴァディティアはまず大使館を抑えるだろう。大使館の外にいれば、ベルノルトの安全はある程度確保できる。ユーヴェル商会に協力させれば、どこかの家にかくまってもらうこともできるだろう。


 その上で、大使館を押さえたヴェールール軍に、「ベルノルトは五〇〇の兵の中に混じってイスパルタ朝本国へ帰還した」と伝える。ベルノルトがヴァンガルにもういないと判断すれば、マドハヴァディティアもそれ以上彼を探索することはしないだろう。


「反対です」


 フードの提案を聞き終え、しかしメフライルは真っ先に反対した。フードは僅かに顔をしかめたが、流石に悪態をつくようなまねはしない。ただ視線だけで説明を求めた。それに対し、メフライルはこう答える。


「護衛部隊が本当に本国へたどり着けるのか、実際のところは不透明です。できたとしても、マドハヴァディティアがヴァンガルで殿下を探索しないという保証はありません。それに殿下の顔はラーヒズヤに見られています。手配書くらいは簡単に回るでしょう。


 また探索をしなかったとして、ヴェールール軍がヴァンガルで紳士的に振る舞うとは考えられません。事実、西方ではかなり激しく略奪を働いたと聞きます。ヴァンガルでもそれが繰り返される可能性は高い。留まる方がかえって危険です」


 メルライルの反論を聞いて、フードやデニスそしてマルセルも険しい顔をする。確かにヴェールール軍による略奪は考慮に入れるべき要素だ。そしてマドハヴァディティアが略奪を許せば、陥落後のヴァンガルは地獄になる。


「……やはり、殿下にはヴァンガルから離れていただくより他にないでしょう」


 マルセルが重々しい口調でそう言うと、そこかしこで皆が頷く。しかし離れると言っても、ヴァンガルの外もまた危険だ。ヴァンガルを脱出しても、安全圏へたどり着けなければ意味がない。


「ではやはり、ダンジョンですか……」


「いえそうはいっても危険でしょう……」


 やや諦めを滲ませた声でデニスが三つ目の選択肢を呟いた。一方でフードが小さく頭を振りながらそう呟く。初めて攻略するダンジョンであること、下層を通らなければならないこと、そこでエリアボスとの戦闘が避けられないこと。確かにダンジョンを使ってのヴァンガル脱出には大きな危険がつきまとう。


 だが同時に大きなメリットがあるのも事実だ。ダンジョンを使えばヴェールール軍の警戒網をすり抜けてヴァンガルから脱出できる。ダンジョンの出口はヴァンガルから見て北西方向にあり、つまりイスパルタ朝本国とは逆方向だが、しかしだからこそヴェールール軍の警戒は緩いはずだ。


 下層を通らねばならないのは、確かに危険だ。しかし下層での攻略なら、ベルノルトはもう経験がある。彼とメフライルとサラの三人パーティーで、下層までは到達済みなのだ。下層でエリアボスと戦ったことはまだないが、何も彼らだけで突入するわけではない。護衛部隊から数名、腕利きを連れて行けば戦力は十分に揃えられる。


 何よりダンジョンを使えば、追っ手をまくことができる。ベルノルトたちがダンジョンを使ってヴァンガルを脱出したところまでは、マドハヴァディティアも調べられるかも知れない。


 だが外へと続くルートはルルグンス法国にとっても重要な機密情報。おいそれと調べられるわけではないだろう。そして自力でそのルートを見つけるには、途方もない時間がかかる。ベルノルトたちの後を追うどころではない。


 こうして考えてみると、ダンジョンを使っての脱出はそう悪い案ではない。むしろダンジョンの中に隠れているのが最も安全かも知れない。脱出ルートから外れた位置にある水場にでも潜伏していれば、ヴェールール軍に見つかる可能性はほぼ皆無と言っていいだろう。もっとも、食料や外からの情報が入らないと言った問題はあるが。


「まあ、潜伏は冗談としても、ダンジョンを使っての脱出は十分にあり得るだろう」


 ベルノルトがそう言うと、いよいよデニスらの緊張が高まった。ほとんど結論は出ている。加えて、悠長に議論をしている余裕もない。それでも、いやだからこそフードはあえてこう言った。


「殿下。重ねて申し上げます。危険です。もしも御身に万が一のことがあっては、ジノーファ陛下もシェリー殿下も悲しまれます」


「今この状況では、どんな選択肢を選んでも危険だろう。ならば死地だろうと飛び込んで活路を開くより他にない。もう少し時間があれば、また違ったのだろうが……」


 ベルノルトの言葉にマルセルが悔しそうに頷く。確かにもう少し時間的な猶予があれば、斥候を出すなりしてヴェールール軍の警戒網がどれほどのものなのか、確認することができただろう。その情報があれば、あえてダンジョンを使う必要はなかったかもしれない。


 だが時間がないのだ。情報を集めている間にヴェールール軍が来てしまう。ならば最悪を想定して動くしかない。そしてマドハヴァディティアの想定を越えるには、やはりダンジョンを使うしかないだろう。


「では、殿下……」


「ああ。ダンジョンを使う。各員、そのつもりで動いてくれ」


 ベルノルトはそう決断を下した。メフライルらは立ち上がり、揃って一礼する。こうして方針は決定され、彼らの意思は統一された。そして彼らが着席すると、話はそのまま具体的な準備に移った。まず話し合われたのは、戦力についてである。


「それで、殿下。パーティーについては、いかがお考えですか?」


「メンバーはまずわたしとライルと、あとユラを連れていく」


 ベルノルトはまず自分を含めて三人の名前を挙げた。この三人は普段からパーティーを組んでいる固定メンバーだ。ベルノルトとしてもやはり戦い慣れたメンバーと攻略を行いたい。それでこの三名は譲れなかった。


 加えて、口には出さなかったものの、ベルノルトがダンジョンを使うことにしたのはユラを、つまりサラを連れていくためだった。ベルノルト自身もそうだが、サラの身柄もまたマドハヴァディティアに渡すわけにはいかない。それで事情を知っている者たちは黙って頷き、その人選に賛成した。


「ですが殿下。それではいささか戦力不足かと」


「そうだな。マルセル、どれくらいこちらに戦力を割ける?」


「必要とあらば一〇〇人でも二〇〇人でも割り振りますが。ダンジョン攻略は人数が多ければ良いというものでもないでしょう」


「では、攻撃魔法が使える者で、成長限界に達している者を二人か三人、寄越してくれ」


「了解しました。回復魔法は良いので?」


「ユラが使える」


 ベルノルトがそう答えると、マルセルは一つ頷いた。次に口を開いたのはメフライルだった。


「私は収納魔法を使えます。なので、予備の武器を含めて物資は多目にお願いします」


「了解だ。あとは、マッピングですが……」


「ああ、マッピングならわたしがやる」


 地図があるとは言え、マッピングは必要だ。万が一地図上での現在位置が分からなくなった場合、自分たちでマッピングをした情報がなければそのまま遭難してしまう。そして普段からマッピングはベルノルトの役目だった。


 マッピングという、一見地味な作業を王子たるベルノルトが引き受けたことに、マルセルは少しだけ驚いた様子を見せた。だがマッピングをするなら前に出ることは少ないだろうと思い直す。遮二無二にメンバーを増やすわけにもいかないのだ。できる者ができる事をやるべきだろう。


 その後も話し合いは続く。ダンジョンを抜けた後の事を考え、フードは周辺の地図を用意することを約束した。雨を防ぐための外套や、コンパス、望遠鏡なども必要だ。さらに変装用の衣服や、十分な資金も用意する。収納魔法があると言うことで、必要なものは何でも持って行くことになった。


 さらに力を貸してくれそうな有力者についても、リストを作って用意することになった。また大使館の紹介状も用意する。ヴェールール軍の目をかいくぐるには、何よりも現地の住民たちの協力が必要だ。リストや紹介状はその助けになるだろう。


「殿下。道中は決して王族と悟られないようにしてください。大使館が秘密裏に送り出した使者、というのが殿下たちの設定です」


「分かっている」


「必要でしたら、女装してください。そのための道具も用意しておきます」


「いや、女装はさすがに……」


「殿下は顔をラーヒズヤに見られているのです。手配書が各地に回されていた場合、それくらいのことをする必要はあります。良いですね」


「……分かった」


 デニスの迫力に押され、ベルノルトは逃げ腰になりながら頷いた。こうして準備は進んでいく。


メフライル「というかね、王族二人引き連れて下層まで行ったとか、わりと生きた心地がしない経験ですよ」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 法国側に内通者がいる以上、出口バレバレで消耗するだけのダンジョンを通るのは逆に危険だろうけど、大前提に内通者の存在が考えられてない以上、この場の判断としては間違ってないのが悲しい [一…
[一言] 明けましておめでとうございます。今年も更新を楽しみにしています!
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