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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
大アンタルヤ王国

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北方出兵4


「一つ、卿らが押領せし天領については、全てイスパルタ王家に返還されるものとする」


 リゼ城に設けられた謁見の間にて、北アンタルヤ王国に対する仕置きの発表は、まずその言葉から始まった。天領の返還については、あらかじめ予想されていたことなので、大きな反応はない。貴族たちが心配しているのはこの後の仕置きである。彼らは息を殺して次の言葉を待つ。そしてそれぞれの家の処分が発表された。


 最も大きな処分を受けたのはエルビスタン公爵家だった。領地のおよそ六割を没収。爵位も伯爵位へ下げる。カルカヴァンは隠居し、代わりにファティマが当主となった。彼女の妊娠についても公表されたが、エルビスタン伯爵家の世子についてはイスパルタ王家の承認を得ることが求められた。


 領地の没収は公爵家の力を殺ぐための最も効果的な方法だろう。爵位が下がったのはそれに伴う副次的なものに過ぎない。カルカヴァンの隠居はファティマが当主になる以上、大きな影響はないだろう。


 ただし後継者たる世子について、王家の承認が必要になるのは影響が大きい。王家にとって都合の良い人物でなければ承認は下りないだろうし、かといって世子を定めないままでは家が断絶してしまう。よほど上手く立ち回らなければ伯爵家は王家に乗っ取られてしまうだろうし、そうでなくても王家の影響力が強くなるのは確実だ。


 さらに公爵家が他家に貸し付けていた借金については、その全てを帳消しにすることが求められた。昔の箴言に「金を借りる者は貸す者の奴隷となる」という言葉があるが、金銭による影響力を排除するためである。帳消しにする分は総額で金貨三万枚以上にもなり、伯爵家の財政にとっても大きなダメージとなることは明白だった。


 決して軽い処分とはいえない。だがエルビスタン公爵家はイスファードを擁立して反乱を主導した首魁と見なされている。本来なら御家取り潰しの上、族滅されてもおかしくはない。


 それを思えば、家の存続が許されただけでも御の字である。カルカヴァンも処刑されていないし、女とは言え直系の血筋であるファティマが家を継ぐことも許された。また領地が大幅に削られたと言え、本拠地は安堵されている。大貴族ではなくなるが、貴族としての面子は保てるし、当然窮乏することもない。


 エルビスタン公爵家はイスパルタ軍の作戦に協力的だった。それで約束通り十分に配慮を示した、と言っていいだろう。カルカヴァンも納得して粛々とその仕置きを受け入れる。同時に、それを聞いていた他の貴族たちも内心で安堵の息を吐いた。エルビスタン公爵家でさえ取り潰されずに済んだのなら、他の家も少なくとも存続に関しては安泰だろう。


 実際、北アンタルヤ王国に与した貴族の中で、家を取り潰されたところはなかった。それどころか、死を命じられた者もいない。当主の地位にあった者は大半が隠居させられたが、事前に指名していた世子が後を継ぐことが認められている。世代交代が少し早まっただけのことだ。


 もちろんそれだけで仕置きが済んだわけではない。有力貴族ほど大きく領地を削られた。ただやはり本拠地は安堵されている。中には罰金だけで済まされた家もあり、家格に応じた仕置きになったと言っていい。


 さて、この仕置きに関して、ジノーファの狙いは主に二つあった。一つは単純に北アンタルヤの貴族の力を殺ぐこと。これは領地を没収によってほぼ達成されている。そしてもう一つは防衛線を国の管理下におくことであり、これは魔の森と境を接する領地を全て天領とすることで達成された。そしてそれを前提として、話は次のような展開を見せた。


「今後、防衛線の維持は近衛軍が中心となって担っていくことになる。それで方々には、防衛線維持のために毎年一定額の資金を拠出していただきたい」


 それを聞き、苦い笑みを浮かべた者が多数いた。防衛線の維持を名目に資金を集めるやり方は、アンタルヤ王国分裂前にカルカヴァンとイスファードが中心となって行った金策そのものである。


 この金策により、北アンタルヤには全国の富が集められた。この場にいる貴族たちは一人残らずかつてその恩恵を受けていた。彼らにとってこれはジノーファの、そして他の地域の貴族たちの意趣返しであるように思えただろう。


 とはいえ、拒否することはできない。それに防衛線維持の負担を今後は負わなくて良くなるのは事実なのだ。かつて自分たちがやったように際限なく金を要求されるわけではなく、毎年一定額と決まっているのだから、それほど悪い話ではない。だがジノーファの要求はそれだけに留まらなかった。


「また防衛線維持を近衛軍が担うことに伴い、卿らが必要以上の戦力を持つ必要はなくなる。それで別途定める数を上限として、それぞれの領軍を縮小するように」


 それを聞いた瞬間、貴族たちは「やられたっ」と思った。ジノーファは貴族たちが保有する戦力に上限を設けることにより、事実上彼らの兵権を取り上げてしまったのである。実際、謀反を起こそうにも戦力がなくてはどうしようもない。これは人質を取る以上に、中央集権化を進める一手と言えた。


 領内においては、これまで通り高度な自治が認められている。だが王家に対し、あるいは国家に対して物言う発言力とは、主に経済力と軍事力から生まれるのだ。今回、その軍事力を封じられてしまった。それはつまり、貴族の発言力の低下を意味している。それはアンタルヤ貴族として、簡単には受け入れられないことだった。


「お、お待ち下さい! それでは万が一防衛線が破られた時、我々は領民を守ることができませぬ」


 一人の貴族がそう発言すると、それに賛同する声がすぐに多数上がった。しかしその反応は予想されたもの。ジノーファは落ち着いてこう応えた。


「破られた時のことではなく、まずは破られないようにすることを考えるべきではないだろうか?」


「そ、それはその通りでございますが……」


「現在も魔の森では出城を用いた誘引作戦を継続しているし、ダンジョンの攻略もこれから本格的に始まるだろう。卿らにとっても万が一に備えるより、まずはこちらに協力する方が、結果的にはそれぞれの領地を守ることに繋がるはずだ」


 要するに、多数の領軍を抱えるくらいなら拠出金を増やせ、ということだ。それに防衛線が破られなければ、彼らの領地が被害を受けることもないのだから、その方が貴族たちにとっても利益になる。そして黙り込んでしまった貴族らに対し、ジノーファはさらにこう告げた。


「軍縮を行えば、その分予算が浮くはずだ。わたしとしては、それを拠出金に回して欲しいと思っている。そうすれば、民に新たな負担を負わせることもない」


 同時に、軍縮で職を失った兵士や仕官は、近衛軍で優先的に受け入れる。これにより、近衛軍は量・質ともに増強されるだろう。それこそがジノーファの最大の目的だった、と言っていい。


 貴族たちはジノーファの方針を受け入れるしかなかった。反対すれば、防衛線に対して責任を負わないのか、と言うことになる。そのように思われることは、すなわちアンタルヤ貴族として相応しくないとの烙印を押されるに等しい。ジノーファが防衛線を抑えた時点で、彼らに勝ち目はなかったのだ。


 さて、反論の声がなくなったところで、ジノーファはそれぞれが保有できる戦力の上限を発表させた。上限は爵位毎に設けられた。上限であるから、かならずその数を揃えなければならない、ということではない。上限以下でありさえすれば良いのだ。


 さて、このとき目端の利く者は「おや?」と思っただろう。発表された中には、公爵位についても含まれていたのだ。エルビスタン公爵家が降爵されたことで、北アンタルヤに公爵家は存在しなくなったというのに、である。


(これは、つまり……)


 要するにこれは、北アンタルヤの貴族たちに対する仕置きの一部、ではないのだ。ジノーファはこれを全国に拡大するつもりでいるに違いない。それに気付いた者たちは、内心で多少の安堵を覚えた。


 ジノーファは確かに、貴族への統制を強めようとしている。だがそれは北アンタルヤの貴族たちに限った話ではない。彼は全国の貴族たちを同じように扱うつもりで、その点において彼は公平である。そして王が公平であるなら、これに仕えることに不安は少ない。


 実際、ジノーファはクルシェヒルに帰還した後、同様の布告を全国に出している。反発はあったものの、防衛線を抑えたジノーファに強く出られる者はいない。それで最終的には全ての貴族がこの方針に従う事になった。


 ただ、北アンタルヤ以外の貴族に対しては、軍縮を完了するまでに五年の移行期間が設けられた。多数の兵士が一時に職を失えば、彼らがそのまま賊になって治安が悪化しかねない、という懸念からの措置である。近衛軍にしても、一度に受け入れられる人数には限度があるのだ。


 ちなみに、防衛線維持を主な目的とし北アンタルヤに駐留する部隊は、近衛軍の中でも特に「北方方面軍」と呼ばれた。司令部が置かれたのはリゼ城。初代司令官として任命されたのはハザエルで、彼には五万の戦力が与えられた。なお、この内の二万強はずっと防衛線を守ってきた北アンタルヤの兵士たちである。


 閑話休題。貴族たちへの仕置きを発表し終えると、ジノーファはそのままリゼ城の一室へ向かった。そこで待っていたのはメルテム王太后。これからイスファードの処遇について、彼女と相談するのだ。


 もっとも実質的には、相談というより報告だった。ジノーファはクワルドらとも相談し、すでに腹案を固めている。そして大きく譲歩することは考えていない。後はどうメルテムを説得するかが問題だった。


「イスファード殿には、新領土にある寺院に入ってもらおうと考えています。人里離れた場所にある寺院ですので、静かに余生を過ごしていただけるでしょう」


 イスファードは寺院の外へ出ることは許さない。面会は年に一回。差し入れができるのは面会時のみで、許可された物のみ。手紙のやり取りは自由だが、内容については検閲を行う。それがジノーファの示した案だった。


 メルテムはごねるかと思われたが、意外にも彼女はすんなりとジノーファの案を受け入れた。恐らくはファティマの、イスファードの子供のことが頭にあったのだろう。イスファードのことであまり無理を通しては、孫のほうにとばっちりが行きかねない。そう思ったのかも知れない。


 なおこのしばらく後、メルテムはクルシェヒル近くの山荘に居を移す。その方がイスファードのいる新領土の寺院に近いからだ。ジノーファはクルシェヒルに屋敷を用意しようかと申し出たのだが、それはすげなく断られてしまった。警戒したのか、あるいはただ単にイヤだったのか、もしくはその両方なのかも知れない。


(母上は、本当は情の深い方なのかも知れない……)


 リゼ城を去るメルテムを見送りながら、ジノーファはふとそう思った。ただそれが自分には向けられなかっただけで。彼はそのことを寂しく感じた。そして彼はそれを初めて認められたような気がした。


 さて、ジノーファはおよそ七万の軍勢を率い、リゼ城を後にしてクルシェヒルへの帰還の途についた。途中、彼らはシュルナック城へ立ち寄る。特別用事があったわけではないが、ちょうど道中にあることもあり、むしろ立ち寄らないことのほうが不自然だ。兵を休ませる事もかねて、ジノーファはそこへ立ち寄ることにした。


 そして同じように考えたのだろう。シュルナック城ではカルカヴァンがジノーファを待っていた。彼の姿を見てジノーファは驚く。時間的なことだけを考えれば、彼がここにいてもおかしくはない。だがエルビスタン公爵家は最も重い処分を受けたのだ。それに伴う諸々の事務仕事が大量にあることは想像に難くない。しかしその全てを後回しにして、彼はジノーファを待っていたのだ。


「どうしたのだ、カルカヴァン」


「北アンタルヤ王国の宰相として、またエルビスタン公爵家の当主として、最後の仕事を果たすべくここで陛下をお待ちしておりました」


 そう言ってカルカヴァンは従者に目配せし、彼が持っていた小さな台座を受け取る。台座の上には何か載せられているようだが、上から光沢のある布がかけられており、それが何なのかは分からない。


 カルカヴァンは台座を受け取ると、片手でその布を取り払った。台座に乗せられていた物が露わになり、ジノーファは内心で「あっ」と声を漏らす。そこに載せられていたのは王冠だった。それも数百年におよぶ歴史を感じさせる逸品である。


「かつてエルビスタン公国の公王が用い、そしてイスファード陛下が戴冠する際にも用いた冠でございます。北アンタルヤの貴族一同の忠誠の証として、これをジノーファ陛下に献上いたします」


 そう言ってカルカヴァンは王冠をジノーファに差し出した。ジノーファは内心で少なからず驚いていた。これは歴史的に大きな意味のあることだったからだ。その王冠は、ただの王冠ではないのである。


 かつてアンタルヤ王国が成立した時、エルビスタン公爵家の当主はこの王冠を王家に献上した。そして王家は王冠を返還することで、公爵家に全幅の信頼を寄せていることを示したのである。


 しかしながら公爵家がイスファードと組んで北アンタルヤ王国を分離・独立させたことで、その信頼は裏切られた。その上、イスファードが公国伝来の王冠を使って戴冠したことで、歴史的に見るとついに公国が牙をむいたかのようにも映る。


 カルカヴァンはその王冠をジノーファに、イスパルタ王家に献上するという。それは今度こそ忠誠を誓うと言う意味なのか、それともまたいずれ牙をむいてやるぞという宣言なのか。ジノーファは一瞬、王冠を受け取ることを躊躇った。


(……いや。疑ってしまうのは、わたしが弱い証拠だな)


 ジノーファは内心でそう自嘲する。未来の歴史家たちはこれをどう評価するのだろうか。エルビスタン伯爵家がまた謀反を起こせば、ジノーファは歴史から学ばなかったと言われるに違いない。


 だがその時、伯爵家が謀反を起こす決定的な理由となるのは、きっと王冠ではないはずだ。王冠とそれにまつわる物語は、ただの背景に過ぎない。そこに運命的なものを求めるのは、結局のところ傍観者のわがままだ。


 そのわがままに、今を生きる自分たちが付き合う必要はないだろう。ジノーファはそう思った。なに、謀反など起こさせなければ良いのだ。それでこの王冠は、今度こそ忠誠の証となる。


「確かに受け取った。卿らの一層の忠勤を期待する」


「ははっ。ありがたき幸せにございます」


 ジノーファが台座ごと王冠を受け取ると、カルカヴァンはそう言って平伏した。彼はどこかホッとしているように見受けられる。もしかしたら、彼にとってこの王冠はイスファードの首の代わりだったのかもしれない。ジノーファはふとそう思った。


 ジノーファがクルシェヒルに帰還すると、シェリーとマリカーシェルが彼を出迎えた。およそ一年ぶりの再会である。ジノーファはふたりをしっかりと抱きしめた。


「ただいま、二人とも」


「お帰りなさいませ、ジノーファ様」


「ご無事の帰還、お喜び申し上げます。ジノーファ様」


 こうしてジノーファの北伐と北アンタルヤ王国の平定は終わった。ここにアンタルヤ再統一戦争は終結したのである。



ユスフ「真の狙いはギリギリまで隠しておくものさ」

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど兵権を取り上げて中央集権化を進めたのか。 魔の森への対処という一大事業の背景をうまく利用した形になりましたね、ジノーファならではという気がします。
[一言] 未だに妻を娶る事を嫌がるユスフ君が言う真の狙いとは。
[良い点] 伯爵まで落とされて領地こんだけ削られて貴族の軍事力制限されたらファティマの子供に利用価値はほとんど無いな ある意味幸せな終わり方か [一言] ユスフの真の狙いとは一体何なのか
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