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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
大アンタルヤ王国

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212/364

真意を慮る


 ひとときの慌ただしさが多少は落ち着いてきたからだろうか。ジノーファにはこのところ、少し引っ掛かっていることがあった。ガーレルラーン二世と話した、その内容についてである。


 あの時ジノーファは「父上は結局、何を考えておられたのですか?」と尋ね、ガーレルラーン二世は「中央集権化だ」と答えた。その時は何も不思議には思わなかったが、後から思い返してみると、少し不自然に思えてくる。


 普通、あのタイミングで「何を考えているのか?」と尋ねられたら、「何を考えてジノーファに玉璽を譲渡しようと思ったのか?」という意味に解釈しないだろうか。そうでなくとも「何を考えているのか?」という質問は含蓄が広すぎる。もう少し範囲を絞れと言っても良さそうなものだが、ガーレルラーン二世はそうせずすぐさま「中央集権化だ」と答えた。


 つまりガーレルラーン二世はジノーファに聞かせたくない何かを考えていたのではないだろうか。ジノーファにはそう思えてならない。では「聞かせたくない何か」とは一体何か。今際の際でさえ話せないこととなると、それは自分の死後に関わること、すなわち玉座の行方に他なるまい。


 ガーレルラーン二世はアンタルヤ王国の後継者にジノーファを選んだ。少なくとも表向きはそういう事になっている。だがもしも別に意中の人間がいたとしたら。意中の人間と言わずとも、ジノーファの他に候補者がいたとしたら。ジノーファとその誰かを将来的に争わせるつもりだったのなら。


 確かにそのようなことは口が裂けても言えまい。言ってしまえば目論見が潰えてしまう。それでガーレルラーン二世はジノーファの意識を逸らすために、彼の別の目的である中央集権化を口にしたのではないか。


「ですが、陛下以外の候補者となると……」


「イスファードしかおるまい」


 ジノーファの推察を聞き、スレイマンとクワルドが渋面を浮かべながらそう言った。一度ジノーファが王位に就いてから、ルトフィーかファリクを改めて王位に、というのは少々無理がある。可能性があるとすれば、現在まで独立勢力を保っているイスファードしかない。


「つまり前王陛下は、本当はイスファードに王位を譲るつもりであった、と?」


「いや。これは父上の褒美であり、同時に試練でもあるのではないかと思う。それも、わたし達二人に対する褒美と試練なんだ」


 首をかしげるフスレウに、ジノーファはそう自分の推測を述べた。ジノーファに対しては自分を打ち破った褒美として玉座を与え、しかる後にアンタルヤ王国を再統一するに相応しいかをイスファードで試す。逆にイスファードに対しては、圧倒的に不利な状況ではあるが、ジノーファに勝てれば全てを与える。


 つまりジノーファとイスファードの両方に、アンタルヤ王国再統一の機会を与えて競わせるのだ。そして再統一を成し遂げた方が、真にアンタルヤ王国の玉座を得る。ガーレルラーン二世にはそのような意図があったのではないか。


「しかし、仮に陛下の言われるとおりであったとして、今更なんの意味があるのでしょうか?」


 そう疑問を呈したのはユスフだった。イスパルタ朝は北アンタルヤ王国に対して圧倒的に優位な状態にある。順当に行けば、遠からずアンタルヤ王国はジノーファの手によって再統一されるだろう。


 仮にガーレルラーン二世の思惑がイスファードにもチャンスを与えることだったとして、彼がそれをいかせるとは思えない。ユスフはそう述べたが、スレイマンらの表情は依然として険しい。そしてクワルドは息子の思い違いをこう指摘した。


「重要なのは我々がどう考えるかではない。ガーレルラーンがどう考えたか、だ。つまりあの方はこの試練が成立すると考えたのだ」


「左様。ということは、ありますな。寡兵をもってクルシェヒルを攻略する手段が」


「そして前王陛下は、イスファードがそれに気付くと思っておられた」


 スレイマンとフスレウも、そう述べてクワルドの意見に同調する。無論、全てが全て、ジノーファの推測した通りというわけではないだろう。だがもしも本当に「寡兵をもってクルシェヒルを攻略する手段」があるとすれば、それを見過ごすことはできない。それがイスファードの秘めたる奇策であるかも知れないのだ。


「イスファードがガーレルラーンと同じ事を考えているのだとすれば、それはアンタルヤ王家に関わるものであるはず。しかもそれがクルシェヒルの攻略に繋がるとすれば……」


「……隠し通路であろうな。王家にのみ伝わる隠し通路があるのだろう。それ以外にはあるまい」


 クワルドの言葉を引き継ぎ、スレイマンがそう断言した。フスレウも変わらず険しい顔をしたまま頷いて二人に同意する。本来は非常時に王宮から脱出するための隠し通路。それを逆に用いて一挙に王宮内へ侵入し、ジノーファの首を狙う。もしそれが可能なら、確かに寡兵であってもクルシェヒルを攻略できるだろう。


「それが、イスファードの秘策……」


「なのかどうかは分からん。だが、可能性としては十分にあり得る」


「うむ。この王宮は古い建物じゃ。隠し通路の一つや二つ、眠っておろう。イスファードの秘策は別としても、隠し通路は把握しておかねばなるまい」


「しかし、どうやって探しますかな。資料が残っていれば良いのですが……」


「ああ、それなら……」


 ジノーファがそう言うと、ユスフらの視線が彼に集まる。彼は悪戯っぽく微笑むと、彼らにこう告げた。


「適任者がいる。散歩がてら、少し探してみよう」


 ジノーファがそう言うと、クワルドら三人は首をかしげ、ユスフが「あっ」という顔をする。その日、ラヴィーネと散歩しながら王宮内を歩くジノーファの姿が広く目撃された。



 □ ■ □ ■



 大統暦六四四年七月の初め頃、ジャフェル率いる三〇〇〇の部隊が防衛線からシュルナック城へ合流した。これをもって、シュルナック城に参集した北アンタルヤ軍はおよそ二万五〇〇〇となった。動員可能なほぼ全軍をかき集めた、と言って良い。


 ジャフェル率いる部隊が合流したことで、イスファードはいよいよ南進を開始することを決断する。彼は全軍に出撃準備を整えるよう命令を下した。そしてその翌日、出陣を目前に控える兵士たちに、イスファードはこう檄を飛ばした。


「勇敢なる兵士諸君! よくぞ今日まで艱難辛苦を耐え忍んだ。だがそれも今日までである。これより我らはクルシェヒルに向けて進軍する。そして偽王ジノーファを討つのだ! さすればアンタルヤ王国は再び統一され、諸君もまた輝かしい栄光を受けるであろう!」


 地鳴りのような歓声が上がった。イスファードも言ったように、兵士たちはこれまで苦境にあって辛い生活に耐えてきた。それがようやく終わるというのであれば、彼らはどこにでも攻め込むだろう。


 北アンタルヤ軍の戦意は旺盛で、士気は高かった。イスファードはそのことに満足して大きく頷く。彼は腰間の剣を抜くと高々と掲げ、鋭く振り下ろしてその切っ先を南に向ける。そしてそう命じた。


「出陣せよ! 今日このときより、王国は我らのものだ!」


 イスファードの命令に従い、北アンタルヤ軍はシュルナック城から出陣した。総大将は言うまでもなくイスファードその人であり、ジャフェルが副将として彼を補佐している。いつぞやイスパルタ王国に攻め込んだときと同じであり、二人は「今度こそは」と雪辱に燃えていた。


 一方、カルカヴァンはシュルナック城に留まった。後方の業務を切り盛りし、さらに最終防衛線を堅持するためである。万が一、北アンタルヤ軍が敗北した場合、イスファードが逃げ込めるのはシュルナック城しかない。滅多な人物に預けることはできなかったのだ。


 ただ、敗北を想定して保険を用意しておけるほど、北アンタルヤ軍に余裕はない。それでシュルナック城に残した戦力はたったの三〇〇。それでもイスファードは勝つつもりでいるので、それで問題ないはずだった。


 さて、イスファード率いる北アンタルヤ軍はいよいよイスパルタ朝の領内へ踏み込んだ。しかしそこに彼らを阻む敵軍の姿はない。これまで散々北アンタルヤ王国南部を荒らし回っていた略奪隊も、それぞれの拠点で息をひそめている。


「陛下、油断は禁物です」


 ジャフェルの言葉にイスファードは無言のまま一つ頷いた。カルカヴァンの調略のおかげで、クルシェヒル以北の貴族たちとの間には相互不干渉の取り決めが成立している。とはいえ、それは言ってみればただの口約束。隙を見せれば思わぬ痛撃を受けかねない。ジャフェルの言うとおり油断は禁物だった。


 さて、北アンタルヤ軍は妨げられることなく南進を続けた。途中、街や村などが幾つかあったが、イスファードはそれらを避けて通った。配下の軍勢に略奪などを行わせないためである。物資を調達する場合にも、多少脅しつけることはあったものの、基本的には対価を支払ってそれらを買い上げた。


 随分と品行方正、ともすれば窮屈ですらあったが、これは必要なことだった。北アンタルヤ軍とクルシェヒル以北の貴族たちの間には、相互不干渉の密約がある。現在イスファードらが妨げられることなく南進できているのはこの密約のおかげであり、貴族たちがそれを守っている以上、彼らもそれに応えねばならないのだ。


 ただ、兵士たちの中には略奪を楽しみにしていた者たちもいる。そういう者たちは無防備に思える街や村を素通りしなければならないことに不満を募らせていた。しかしイスファードは彼らを抑えた。


 天領を襲うという手もある。だがイスファードはそうしなかった。天領を襲えば、貴族たちは「次は我が身かも知れぬ」と身構えるだろう。「やられる前にやれ」と暴発する者が出かねない。


 それに天領はイスファードがアンタルヤ王国の玉座に就いた後、重要な収入源となる土地である。彼は自分の権力基盤がエルビスタン公爵家に偏りすぎていることを承知している。将来的にはバランスを取る必要があり、天領をいたずらに荒廃させることを彼は望まなかった。


 また、今は一刻も早くクルシェヒルを射程に収めたいという気持ちがイスファードにはあった。彼は野戦における自分の指揮能力に自信を持っている。野戦なら自分に分があると彼は考えていた。しかし現実問題としてイスパルタ軍は北アンタルヤ軍よりも多いのだ。そしてより多くの戦力を持つ方が、より多くの選択肢を持てるのは自明である。


(一度でジノーファを討てるならよし。だが二度三度と戦うことになると……)


 イスファードは頭を悩ませていた。彼の狙いはジノーファの首だが、しかし彼が最初から戦場へ出てくるかは分からない。配下の将を迎撃に向かわせる可能性は十分にあり、その場合イスファードはこれを打ち破って進まなければならない。


 当然ながら戦えば戦うほど、戦力は消耗していく。仮に二度勝ったとして、それでも三度目に敗北を喫すれば、北アンタルヤ軍はたちまち苦境に立たされるだろう。勝ったとしても消耗が大きければ、今は息をひそめている略奪隊が蠢き始めるに違いない。となればやはり、最初の決戦でジノーファを討ち取ってしまいたい。


 そしてより確実にジノーファを討ち取れそうなのが、野戦ではなくクルシェヒルの攻略なのだ。少なくともイスファードはそう考えていた。クルシェヒルまで迫れば、ジノーファはほぼ確実にそこにいる。彼の首に手が届くのだ。


 それに、仮にジノーファを逃したとしても、クルシェヒルを落とせば彼の求心力は低下する。国内の貴族に号令をかけ、戦力を増強することもできるだろう。そうなるとやはり、初手でクルシェヒルを落とすのが最善策のように思えた。


 そのためには、敵が出陣してくるよりも前に、クルシェヒルへ肉薄する必要があった。今、時間は黄金よりも貴重である。呑気に略奪などしている暇はないのだ。イスファードは兵をせかして南下を急がせた。


 さて、北アンタルヤ軍のその動きを、イスパルタ朝の首脳部はほぼ正確に把握していた。隠密衆や斥候を貼り付けてあるからだ。そして、クルシェヒル以北の貴族たちが拠点に籠もったまま戦おうとしないこともまた、彼らの報告で承知していた。そのため北アンタルヤ軍はこれまで、妨げられることなく歩を進めている。その様子はまるで無人の野を行くが如くだ。


 一見すると、貴族たちの行為は侵略を黙認しているかのように思える。ただ彼らの個々の戦力は、北アンタルヤ軍よりも少ない。無論、貴族たちの戦力を全て集めれば、数だけは北アンタルヤ軍に勝るとも劣らない。だがそれは所詮烏合の衆であり、戦って勝てるのか、それ以前に軍隊として機能するのか、という点に関しては別問題だ。


『正面に立ち塞がって敵を撃退できる可能性は低く、であれば城砦などの拠点に閉じこもらざるを得ない。その上でイスファードが自分たちを無視してしまったのだから、戦いたくとも戦えなかったのだ』


 クルシェヒル以北の貴族たちはそう主張するだろう。そしてその主張には一定の説得力がある。だが北アンタルヤ軍が妙にお行儀の良いことを含め、彼らの態度にジノーファらが疑念を持つこともまた当然と言える。


 何しろ敵を素通りさせているのだ。密約を疑われても仕方がない。加えてカルカヴァンが貴族たちに接触していたことをジノーファらは知っている。彼らが貴族らに向ける視線はますます厳しくなった。


「せめて補給線を襲うなど敵の後背を脅かすよう、命令を出されますか?」


「いやあ、やめておいた方が良いでしょう。奴らのことです、これ幸いと敵軍を放り出し、北の領地を切り取りにかかりかねません」


 クワルドの提案に、フスレウが苦笑しつつそう指摘する。ジノーファも渋い顔をしながら一つ頷いて彼の意見に同意した。味方とは言え無秩序に動かれては困るのだ。それならばいっそ、このまま動かずにいてくれたほうが良い。


 とはいえ、新王を侮るかのような貴族たちの動きを、このまま放置しておいても良いのかという問題もある。そこでジノーファはクワルドらと相談し、それからカスリム将軍を呼び出して彼にこう命じた。


「カスリム。卿は麾下の一万を率いてクルシェヒルより出撃、迂回して北アンタルヤ軍の後背に回り込め。その後、クルシェヒル以北の貴族たちを糾合し、敵をクルシェヒルへ追い立てよ。挟み撃ちにする」


「ははっ」


「貴族たちの参集が遅れた場合には、それを待つ必要はない。卿単独で動け。そのための一万だ」


「承知いたしました」


 片膝をついたまま拱手して一礼すると、カスリムはすぐに動いた。その日のうちに準備を整え、翌日、日の出と共に出陣したのである。


 これは貴族らに対する圧力だった。要するにジノーファは、「もっと自分に協力する姿勢を見せろ」と迫ったのである。


 もっとも、貴族たちが素直に応じるかはまた別問題だ。彼らはジノーファのことを侮り、そして見くびっている。少なくとも、ガーレルラーン二世よりは与し易いと思っているのだ。それゆえ、自分たちを高く売り込むタイミングを見計らっているに違いない。


「恐らく、大半の者はあれこれ理由を付けて動こうとしないでしょう。ですがそれで良いのです。彼らの目の前で、北アンタルヤ軍を鮮やかに撃退する。そうすれば、彼らが非協力的な態度を取ったという事実のみが残ります。戦後、いかようにも処断できましょう」


 スレイマンの進言に、ジノーファは小さく頷いた。この時すでに、彼らは戦後を見据えていたのである。勝つか負けるかの問題ではない。どう勝つのかが問題になっていたのだ。ジノーファが険しく見据えているのは、シュルナック城よりもさらに北だった。


 またカスリム将軍のこの動きは、イスファードと北アンタルヤ軍に対する圧力でもあった。一万の軍勢が背後に回り、クルシェヒルとの間で挟み撃ちにされれば、彼らは絶体絶命の状況に陥る。


 先にこの分隊を叩くという選択肢もあるだろう。だが彼らの狙いはジノーファの首。余計な戦闘をすることは本意ではないはずで、そうであれば一刻も早くクルシェヒルを攻略したいと考えるはず。要するに、敵にあれこれと策を弄する時間を与えないことが目的だった。そして時間をかけず、しかも寡兵でクルシェヒルを落とす方法はそれほど多くない。


「ユスフ、イスファードは来ると思うかい?」


「来ないかも知れないとお考えなのですか?」


 少し驚いてユスフはそう聞き返した。ジノーファは曖昧に笑うだけで答えない。それが彼の答えなのだとユスフは思った。



クワルド「なるほど。あの狼、鼻が利くのだな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 個人的な今回の注目ポイントは、イスファードが領民を思っていたことです ジノーファ様打倒に意識が行きすぎて他のことが目に入ってないんじゃないかと思ってましたが、腐っても王族でしたね これで…
[一言] う〜ん、仮に抜け道があったとして王宮を制圧できるほどの人数を送り込めるのか 少人数で入り込めたとしても、待ち構えてるのは一人でエリアボスを圧倒できる人類ほぼ最強の男だし
[良い点] 久しぶりのラヴィーネの登場! 嬉しいです!!
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