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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
大アンタルヤ王国

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誘引作戦 ー実戦ー


 北アンタルヤ王国は現在、国の南北に戦線を抱えている。南アンタルヤ王国に対する防衛線と、魔の森に対する防衛線だ。両方ともギリギリの状態が続いており、どちらか一方でも破られれば、北アンタルヤ王国は一気に傾くだろう。


 イスパルタ王国にとってその事態は望ましくない。それで私貿易を通じて北アンタルヤ王国を支援してきた。もっとも、足下を見て富をふんだくっているため、支援と呼べるかは怪しいが。とはいえ私貿易がなければ、北アンタルヤ王国はもっと早くに行き詰まっていただろう。


 だが独立を宣言してからおよそ二年。北アンタルヤ王国は限界に達しつつある。そこでジノーファは防衛線への支援を行うことにした。北アンタルヤ王国が滅ぶのは別にかまわない。だが防衛線が破られ、表層域が拡大するようなことは、是が非でも避けなければならない。


 無論、直接兵を送り込むわけではない。ネヴィーシェル辺境伯家が管理している防衛線から十分離れた場所に拠点を築き、そこへモンスターを誘引して撃滅するのだ。そうやって間引いて数を減らせば、十分な支援になるだろう。


 イスパルタ軍の拠点が築かれたのは、防衛線から三キロほど離れた場所だった。一方で北アンタルヤ王国の防衛線の端からは、十キロ以上離れている。シャガードを通じ、ファティマから話が行っているはずだが、下手に刺激しないようにと言う配慮だ。


 拠点は土魔法を用い、突貫工事で造られた。ロストク軍は魔の森に拠点を築く際、事前に石材を集め収納魔法で持ち込んだが、今回はそう言うことはしない。土魔法で押し固めてやれば、十分にその代わりになるからだ。ロストク軍から招いた、相談役たちからの助言である。


 石材は使わなかったが、材木はふんだんに使われた。見晴らしを良くするために、周囲の木々を伐採しそれを用いたのだ。櫓が建てられ、丸太を使って壁が造られた。突貫工事とは言え、拠点は堅牢だ。


 そしてこの拠点には、五〇〇〇の兵が入ることになる。動員される戦力は全部で一万だから、その半分だ。もう半分は防衛線で後詰めをすることになる。誘引したモンスターの一部が防衛線の方へ流れてきた場合、これに対処するためだ。


 ただ、前線と後方では負担の大きさが段違いだ。それで順次入れ替えながら、作戦を行うことになっている。ジノーファは戦力が足りなければさらに近衛軍を動かすつもりで、そのことはすでにダーマードとクワルドに伝えてあった。


 さて、拠点が完成し、いよいよ誘引作戦が行われることになった。最初に前線を担当するのは、ネヴィーシェル辺境伯とバラミール子爵の連合軍だ。そしてそこにはアヤロンの民が「使徒」と呼ぶ武人、三人目の聖痕(スティグマ)持ちたるラグナもいた。


 イスパルタ軍が誘引作戦を行うのは、これが初めてだ。ここにいる兵士たちの誰も、わざわざモンスターをおびき寄せて撃滅するなどという作戦は、アンタルヤ王国時代まで遡っても経験がない。


 そのせいで、兵士たちの顔には僅かばかりだが怯えの色がある。ダーマードでさえ、顔に緊張が滲んでいるのだ。それも仕方がない。しかしそんな中でもラグナは動じることなく、不敵な笑みを浮かべて仁王立ちしている。そして彼のその姿を見て、兵士たちは落ち着きを取り戻すのだった。


 ダーマードのもとに兵士が駆け寄り、準備が整ったことを告げる。彼は一つ頷くと、ラッパを鳴らすように命じた。それを合図にして、香り大根を煮ていた大鍋の蓋が開けられる。大鍋の数は全部で三つ。たちまち甘く芳しい香りが広がった。


 次にその香りを、風魔法を駆使して北西方向に流す。この香りによってモンスターを誘引するのだ。ロストク軍が行っている作戦を参考にしたものである。実績のある方法で、だいたい六〇〇〇くらいのモンスターを誘引できるはずと目されていた。


 空気が張り詰めている。人の声がしない。誰かが身じろぎをするのか、時々ガチャガチャと金属音がした。その音は妙に耳障りだったが、誰も顔をしかめたりはしない。不快感より、緊張が上回っているのだ。


「ウゥゥゥ……!」


 香りを流しながらしばらく待っていると、ラグナの足下に伏せっていた大きな黒い狼、ロロが立ち上がってうなり声を上げ始めた。それを見て、ラグナがダーマードに一つ頷く。ダーマードはすぐに警戒を強めるよう命令を出した。


 その直後である。森の奥から、いよいよモンスターの大群が姿を現した。大地を埋め尽くさんばかりの数だ。誘引は成功した。しかしダーマードは表情を緩めることなく、むしろ眉間にシワを寄せた。作戦はここからが本番だ。


「弓矢、放てぇぇぇぇ!!」


 その命令を合図にして、弓矢が一斉に放たれた。放物線を描いて、銀色の雨が鋭くモンスターどもの上に降り注ぐ。悲鳴が上がった。中には足をもつれさせて躓き、踏み潰されたモンスターもいるだろう。しかし勢いは落ちない。モンスターの大群は猛然と拠点へ向かってくる。


「メイジ隊、放てぇぇぇぇ!!」


 モンスターがある程度近づいて来たところで、いよいよメイジ隊に命令が下された。次の瞬間、準備を整えていたメイジ隊による、魔法の一斉射撃が放たれる。猛然と迫っていたモンスターの大群、その先頭集団が吹き飛ばされた。


 敵が怯んだのを見て、歩兵部隊が突撃した。敵の傷口を広げて勢いを殺ぐ。しかし逸ることはない。撤退の合図が出されると、すぐに退いた。その様子を見て、ボルストは「ほう」と呟いた。良く訓練されている、と思ったのだろう。


 退いていく歩兵部隊の後を、モンスターどもが血走った目で追う。しかしそこへまた魔法が打ち込まれた。三六門設置された大型弩砲(バリスタ)の矢も飛び交い、主に大型のモンスターを仕留めている。最初とは別の歩兵部隊が側面にも攻勢を仕掛け、着実に敵の数を減らしていく。入念な準備のおかげで、戦闘は連合軍ペースだ。


 もっとも、それは敵が考えなしに攻めてくるからだ。人間相手ならこうはいくまい。ただし人間相手でないからやっかいな部分もある。モンスターは死を恐れない。そして逃げ出さない。文字通り最後の一匹になるまで戦う。人とモンスターの戦いは、常に生存競争なのだ。


 加えて、モンスターの大群には強力な個体が混じっている。エリアボスクラスのモンスターだ。これは、下手をすれば一体で一隊を壊滅させかねない。その上、エリアボスクラスの中には配下を率いる個体もいる。そしてそのような強敵は、当然と言うべきか今回も混じっていた。


「スケルトンの一隊が来ます! 数、一五〇、いえ二〇〇以上! でかいのが一匹! ジェネラル、あるいはキングと思われます!」


 櫓の上から戦況を見ていた兵士がそう声を上げる。二〇〇以上のスケルトンを率いるエリアボスクラスとなれば、相当な強敵だ。ダーマードは思わず顔をしかめる。だが隣にいたラグナはむしろニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。


「閣下」


「うむ。ラグナ卿、頼んだ」


 ダーマードがそう言うと、ラグナは「お任せあれ」と請け負い、装備を手に取った。いつぞやジノーファから譲ってもらった、漆黒の大盾と漆黒の大剣だ。そしてゆっくりと歩き出す。その後ろに弟のシグムントとロロが続いた。


 ラグナは見晴らしの良い土塁の上に立った。白い骸の一団が向かってくるのがよく見える。エリアボスクラスがいることは分かっているのだ。魔法が、弓矢が、次々に撃ち込まれる。配下のスケルトンは次々に数を減らしていくが、大将は健在だ。それを見て彼は土塁から飛び降りた。


「オオオオオォォォオォオオオ!!」


 ドスンッ、と音を立てて拠点の外に降り立つと、ラグナは聖痕(スティグマ)を発動させた。彼の厚い胸板に、まるで獅子のたてがみのような紋様が現れ黄金色に輝く。彼の雄叫びは、まさに獅子の咆吼のように響き渡った。


 ラグナは盾を前面に押し出し、猛然と敵に向かって突進する。彼と白い骸の一団との間には味方もいるのだが、彼らはラグナの為に道を空けた。その道をラグナは真っ直ぐに突き進む。


 敵と接触しても、ラグナの勢いはまったく落ちなかった。前面に構えた漆黒の大盾でモンスターを弾き飛ばしていく。その衝撃は凄まじく、何体ものスケルトンが彼に轢かれて粉々になった。


 白い骸の一団のその真っ只中を、ラグナはまるで食い千切るようにしながら猛然と突き進む。新たにスケルトンが出現している気配はないので、この一団を率いているのはスケルトン・ジェネラルだろう。彼の狙いはただその一体のみ。


「ゴォォォォォオオオ!!」


 ひときわ大きなスケルトンが、しゃれこうべの口を大きく開けて低い雄叫びを上げる。そのスケルトンこそがこの一団のボス、スケルトン・ジェネラルだ。心臓の位置には大きな魔石があり、太くて大きな胸骨に守られている。


 狩るべき獲物の姿を見つけると、ラグナは盾の後ろで口の端を僅かにつり上げた。そして邪魔なスケルトンどもを弾き飛ばしながら、体内で魔力を練り上げる。そしてスケルトン・ジェネラルを間合いに捉えると、彼はその魔力を一気に解放した。


 次の瞬間、ラグナの姿がかき消えた。少なくともダーマードの目にはそう見えた。そしてほぼ同時に甲高い音を立ててスケルトン・ジェネラルが吹き飛ばされる。さっきまでスケルトン・ジェネラルがいた位置には、盾を構えるラグナの姿があった。


 ラグナがしたことは単純だ。つまり視認できない速度で一気に間合いを詰め、勢いそのままにシールドバッシュを喰らわせたのである。彼が得意とする武技、迅雷だ。その踏み込みは凄まじく、なんと地面が陥没してしまっている。


 大きく吹き飛ばされたスケルトン・ジェネラルは、そのまま勢いよく地面に叩きつけられた。胸骨にヒビが入っているのは、シールドバッシュのためだろう。あの強烈な一撃を食らっていまだ健在であるのは流石と言うべきか。しかしスケルトン・ジェネラルが地面から起き上がることはなかった。


 敵を倒し切れていないのを見て取ると、ラグナはすぐさま次の行動に移る。その巨体に似合わない俊敏さで間合いを詰めると、漆黒の大剣を一閃してスケルトン・ジェネラルのしゃれこうべを切り飛ばす。しかしそれでも、骸の将軍は灰へ還らない。両腕がうごめいて彼を捕まえようとする。


「カァァ!!」


 ラグナは両手の武器を投げ捨てた。そして硬く拳を握り固めると、大きな魔石を守る胸骨を強打する。ヒビの入った胸骨は今度こそ砕けた。ついに露わになった大きな魔石を、ラグナは片手で掴んで引きずり出す。


 ラグナがその魔石を掲げてみせると、味方から歓声が上がった。しかしその歓声も長くは続かない。櫓の上に立つ兵士が、また警戒の声を上げたのだ。


「つ、次! 次のエリアボスクラスです! でかい! イノシシ! 真っ直ぐこちらに向かってきます!」


 その声と、「ドドドドドドッ」という地鳴りの音が重なる。地鳴りの音は徐々に大きくなっていく。ラグナがその音のする方へ視線を向けると、水牛の二倍はあろうかという巨大なイノシシが、他のモンスターを挽き潰しながら突進してくるのが見えた。彼はそれを真っ直ぐに見据え、無手のまま待ち構える。


 ジノーファであっても、恐らく同じ事をしただろう。聖痕(スティグマ)持ちの辛いところだ。敵が、特にモンスターが向かってくるとき、逃げるわけにはいかない。味方の士気に関わるからだ。もっとも、ラグナに気負う気持ちなど少しもない。顔に好戦的な笑みを浮かべながら、彼は敵を待つ。その姿には王者の風格があった。


「ブギギギギィィィイイイイ!!」


 巨体のわりに甲高い雄叫びを上げながら、まるで小山のようなイノシシが、ラグナ目掛けて突進する。ジノーファであれば寸前で回避し、足か脇腹を狙っただろう。しかしラグナはそうしなかった。彼は腰を落とし、巨大なイノシシの牙を掴み、なんとその突進を受け止めたのである。


「ぬうううううううぅ!!」


 受け止め、しかし両足が地面を削りながら押し込まれていく。それでもラグナは膝を屈することなく、むしろ大きなうなり声を上げて全身に力を込めた。胸の聖痕(スティグマ)が輝きを増す。全身の筋肉が盛り上がり、彼の姿を一段と大きく見せた。


 ラグナは己の筋力だけで巨大イノシシの突進を受け止めたわけではない。秘術、つまり魔法を使っている。その名も一辺不倒。ジノーファを散々苦しめた、鉄壁の防御力を誇る魔法である。


 いや、鉄壁の防御力を誇る魔法だった、というべきだろう。ラグナとジノーファがまみえてからもう三年以上。その間にもラグナは経験値(マナ)を得続けており、それによって一辺不倒の魔法はさらなる進化を遂げていた。


 簡単に言えば、身体能力の強化も加わるようになったのだ。つまり今のラグナは、腕力も脚力も大幅に強化されている。


 そもそも聖痕(スティグマ)を発動させれば身体能力は強化されるのだ。そこへさらに、一辺不倒の分が加わる。二重に身体能力が強化されるわけで、そのブースト率は筆舌に尽くしがたいものがある。そしてその身体能力に物言わせ、ラグナはついに巨大イノシシの突進を完全に押さえ込んだ。


「ブギィ! ブギギィ!?」


 頭を、いや牙を押さえつけられた巨大イノシシは、身体をよじって激しく暴れた。しかしラグナは巨大イノシシを押さえ込んで放さない。巨大イノシシはまるで鎖に繋がれたかのように身動きが取れなくなった。


 牙を掴んでいるので、ラグナと巨大イノシシは顔と顔を突き合せる格好だ。お互いの視線が盛大にこすれ、大きく火花が散っている。巨大イノシシは狂ったように唾を飛ばして嘶くが、しかしラグナはびくともしない。


「ふんぬぬぅぅぅぅううう!!」


 ラグナは全身にさらに力を込めた。そして牙を掴んだまま、なんと巨大イノシシの身体を持ち上げる。彼は巨大イノシシを逆さまにして高々と掲げた。その非常識な光景に味方も唖然となる。唖然としすぎて、一時攻撃の手が緩まってしまったほどだ。


「ブギィ!? ブギィ!? ブギギィ!?」


 逆さまにされ、巨大イノシシは悲鳴を上げた。足をじたばたさせて暴れるが、ラグナがよろめくことはない。彼は勢いよく巨大イノシシを地面に叩きつけた。それで倒せたわけではない。だが巨大イノシシは悲鳴を上げ、スタン状態になっている。


「兄者!」


「うむ!」


 シグムントが漆黒の大剣を拾い上げ、それをラグナのほうへ放る。得物を受け取ると、ラグナはその大剣を両手で大上段に振り上げた。


 ラグナと巨大イノシシの視線がまたぶつかる。ラグナは極めて獰猛な笑みを浮かべており、その風格は捕食者のそれだ。モンスターであるにもかかわらず、巨大イノシシの目には明らかに怯えの色があった。


「チェエストォォォォオオオオ!!」


 裂帛のかけ声と共に、ラグナは大剣を振り下ろした。なんの変哲もないただの斬撃だが、刀身には十分に魔力が込められている。それをラグナの膂力で振り下ろすのだから、その威力たるや間違いなく世界最強であろう。


 巨大イノシシの頭蓋骨は、先のスケルトン・ジェネラルに勝るとも劣らぬほど硬かったに違いない。だがラグナの一撃はそれを易々と割り砕く。振り下ろされた大剣は、巨大イノシシの頭部を縦に切り裂いた。


 それが止めだった。頭をかち割られた巨大イノシシは、一瞬身体を硬直させた後、すぐに脱力して灰のようになって崩れ落ちる。それを見て、味方は歓声を上げた。そして兵士たちは気勢を上げてモンスターを駆逐していく。ラグナはその先頭で戦い続けた。



シグムント「どっちがモンスターだか分からんね」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ラグナは薩摩っぽだったのですか!? [一言] いつも楽しく読んでおります。
[一言] >それを見て、味方は歓声を上げた。 味方「今晩はイノシシ肉だ~!」
[良い点] ラグナ無双気持ちいいいい!! てか今のラグナにジノーファ勝てるのかな? 王様になってからあんまり経験値稼げてなさそうです。
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