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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
道化と冠 前編

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ウファズ掌握


 七〇〇〇の兵を率いて、ジノーファはウファズへ向かった。イスパルタ王国へ下るようにという通告に対し、ウファズの太守が態度を明確にしなかったからだ。


 はっきりと敵対したわけではない相手を攻めるのは、ジノーファにとっては少々心苦しい。しかしこの貿易港を完全に押さえなければ、ダンダリオン一世に約束したロストク帝国との交易に差し障りがでる。ウファズの確保は最優先課題の一つだった。


 それにしてもなぜ、ウファズの太守は態度を明確にしなかったのか。ウファズは天領であるから、マルマリズと同じように守備隊が置かれている。ただ、ウファズの城壁は低く、守備隊も総勢で五〇〇しかいない。ウファズはあくまでも交易地であり、軍事拠点ではないからだ。


 ちなみに、ウファズにはクワルドのような守備隊長はいない。それで守備隊五〇〇はすべてウファズの太守の指揮下にある。実際には隊長がいるわけだが、その任命と更迭の権限が太守にあるのだ。


 とはいえたった五〇〇では、それを頼みに返事をはぐらかしたとは考えづらい。むしろ、戦力が心もとないので明確に敵対しなかった、と考えるべきだろう。ただ、それならなぜ嘘でも「降伏する」と返事をしなかったのか。


(それは、たぶん……)


 それは恐らく、ウファズを高く売り込むためであろう。イスパルタ王国にとってウファズが、喉から手が出るほど欲しい貿易港であることはあまりにも明白だ。それゆえ、最も高く売りつけられるタイミングを見計らったのではないか。ジノーファはそんなふうに考えている。


 さらに言えば、太守はガーレルラーン二世を恐れたのだろう。ガーレルラーン二世が軍勢を率いてやってくるのは自明だ。もしもイスパルタ王国が敗北し、彼がウファズを奪還した場合、一度降伏した太守を許すだろうか。それはあまり期待できないと思ったのだろう。


 敵対はできず、しかし今すぐに降伏するのも躊躇われる。それで太守は態度を明確にしなかったのだ。時間を稼いで情勢を見極めたいと考えたのだろう。それで太守にとってこのジノーファの行動は予想外であったに違いない。


 ウファズに到着しても、ジノーファはすぐさま攻撃を仕掛けることはしなかった。むしろ見せつけるかのようにウファズの正面に陣を張り、そこで一晩を明かした。太守からは慌てた様子で使者が送られて来たが、時間稼ぎの意図が見受けられたため、ジノーファはこれを追い返した。


 ただ、ジノーファが攻撃の意思を固めていたかというと、実はそうではない。むしろ「出来ることなら攻撃はしたくない」と、ジノーファはそう考えていた。ウファズは交易地だ。焼き払ってしまっては意味がない。


 また、今ジノーファが率いているのは、主に貴族らの連合軍である。攻撃を仕掛けたとして、彼らが市民に対し、行儀良くしていてくれるとは限らない。むしろここぞとばかりに略奪が起こるだろう。


(それは、避けたい……)


 ジノーファはウファズを、なるべく無傷で手に入れたいのだ。だからこそたった五〇〇の敵に対し、七〇〇〇もの兵を連れてきたのである。そして何より、そのためにすでに手を打ってある。すぐに仕掛けなかったのは、威圧のためというより、むしろその結果を見極めるためだった。


 そしてジノーファが陣を張ったその翌日。日の出より早くウファズの正門が開き、中から数人の男たちが出てきた。その内の一人は、縄で身体を拘束されている。ただし、その縄を打たれた男に悄然とした様子は少しもなく、むしろ彼は顔をまっすぐに上げ、不敵な笑みさえ浮かべていた。そして彼らはジノーファに前にやって来て、彼の前に跪く。


「ジノーファ陛下とお見受けします」


「そうだ」


「それがしはウファズの太守、ハムゼンです。降伏いたします。何卒、寛大なご沙汰を賜りたく……」


 そう言って縄を打たれた男、ハムゼンは頭を垂れた。周りの男たちもそれに倣う。それを見て、ジノーファは一つ頷いた。そして彼にこう尋ねる。


「なぜ今になって、降伏しようと思ったのだ?」


「陛下の大軍に、たった五〇〇では太刀打ちできませぬ。加えて陛下の手はそれがしが思うよりも長く、すでにウファズの内側にまで伸びておられた。これでは降伏以外の選択肢など、あろうはずもございません」


 ハムゼンは滔々とそう語った。敗者の弁というには、あまりにも堂々としている。そんな彼の姿に、ジノーファは苦笑を漏らした。そして彼はハムゼンには応えず、跪く男たちを見回して、その中に目的の人物を見つけると彼に声をかけた。


「バハイルもご苦労だった」


「はっ」


 声をかけられた男は、短くそう応えて頭を垂れた。そう、降伏のために出てきたこの一団の中には、クワルドの次男であるバハイルも混じっていたのだ。


 ウファズの主立った商人たちに接触し、彼らをイスパルタ王国の側につけること。それがバハイルの任務だった。ハムゼンの言う「ジノーファの手がウファズの内側にまで伸びていた」というのは、主に彼のことを言っているのだろう。


 ジノーファは一つ頷くと、命令を出してハムゼンの縄を解かせた。そして二つの選択肢を提示して、彼にこう尋ねた。


「ハムゼン、貴方には二つの選択肢がある。一つはウファズの太守としてわたしに仕えること。もう一つは家財をまとめて国外へ去ること。好きな方を選ぶといい」


「叶うならば、陛下にお仕えさせていただきたく存じます」


 ハムゼンは迷うことなくそう答えた。天晴れな態度と言えなくもないが、ジノーファの目にはむしろふてぶてしく映る。ただ、決して嫌いではない。それで彼はもう一度苦笑しつつ、ハムゼンにこう告げた。


「分かった。ではハムゼン、貴方をウファズの太守に任命する」


「ははっ。粉骨砕身、陛下の御為に働く所存でございます」


 そう言ってハムゼンは平伏した。その仕草もやはり、どこか芝居がかっている。この男は本当に心底自分に仕えてくれるのだろうか、とジノーファは少し不安になった。だが、彼はすぐに思い直す。臣下に忠誠を期待できるほど、自分は王としてまだ何も成してはいないのだ、と。忠誠を求めるのは、それからだ。


 そもそも、今のジノーファの周りには人材がない。いや、いるのかもしれないが、彼がそれを把握できていない。忠誠心に疑問があるとしても、ハムゼンの能力は確かなのだ。今は彼を用いるより他にないだろう。


 それからジノーファはハウゼンに案内させてウファズに入った。一緒に連れて行ったのは主立った者たち少数の護衛だけで、兵の大半はそのまま街の外に残した。


 ウファズの街は少し閑散としていた。外に七〇〇〇もの兵がいるのだ。当然だろう。ジノーファはその兵を連れてきた張本人として、少し申し訳なく思った。そして同時に、この街を無傷で手に入れられたことに安堵する。マルマリズと合わせ、これでこの地域における交易の要衝は押さえたのだ。


 ハムゼンはジノーファらを太守府へ案内した。ウファズの太守府は小高い丘の上にある。そこからは街を見下ろして一望できるのだが、ジノーファの心を掴んだのは別のモノだった。


「これが、海。大洋か……」


 南向きのバルコニーから大海原を一望し、ジノーファはそう呟いた。帝都ガルガンドーも海に面した都市であるから、彼が海を見るのはこれが初めてではない。ただ目の前に広がるこの大洋は、北海に比べてさらに雄大で広々としているように思えた。


「おお……、これが海であるか……!」


 ジノーファの隣でそう感嘆の声を上げたのはラグナだった。彼が海を見るのは、正真正銘これが初めてである。彼は仁王立ちして腕を組み、何度も頷きながらこう呟いた。


「こうして見ると、魔の森でさえ小さく思える。うむ、世界は広いな」


 ラグナのその言葉に、ジノーファも小さく頷いた。魔の森だけではない。この広大な海に比べれば、街や国とて小さい。だが同時に忘れてもいけない。人が生きていくのは、海の中ではなく、大地の上なのだ。


 しばしの間、バルコニーから海を眺めると、ジノーファは身を翻した。やるべき仕事は多く、いつまでも感傷に浸っているわけにはいかない。彼はまず、改めて太守に任じたハムゼンからウファズの現状について説明を受ける。


 それが一段落すると、次に彼はウファズの主立った商人たちと面会した。彼らを案内し、また紹介するのはバハイルである。


 バハイルが接触した商人たちのリストを作ったのは他でもないジノーファであるから、もちろん彼は商人たちの名前は知っていた。そして今回、バハイルから紹介してもらい、彼らの名前と顔を一致させていく。そして全員の紹介が終わると、ジノーファは彼らにこう声をかけた。


「此度の協力、大儀であった。今後もわたしに力を貸して欲しい」


「もったいないお言葉でございます」


「遠からず、ロストク帝国との交易も始まるだろう。新たな交易路を開拓し、存分に稼ぐといい」


「ははっ。実に楽しみなことでございます。これでウファズはますます栄えることでございましょう」


 ジノーファと商人たちの懇談は、終始和やかな雰囲気で進んだ。懇談が終わり商人たちが退席すると、ジノーファも用意させておいた小さな客間に移る。そしてそこにバハイルを呼んだ。


「さて、バハイル。報告を聞こう」


「はっ。まず商人たちについてですが・・・・・・」


 バハイルの報告によれば、商人たちはどうも心底ジノーファとイスパルタ王国を歓迎しているわけではないらしい。それも当然であろう。彼らはすでに、十分稼げていたのだ。そこへ横槍を入れる存在を、疎ましく思うのは当たり前だ。


 しかしその一方で、すでにイスパルタ王国は建国してしまった。ウファズの戦力は十分ではなく、これと敵対することはすなわち破滅を意味する。そうであるなら、せめてウファズを焼け野原にしないために行動するべし。それが商人たちの行動の大原則であるという。それを聞いて、ジノーファは小さく自嘲した。


「なんだか武力で脅したようで、後味が悪いな」


「むしろ脅すだけで済ませた分、陛下は慈悲深いと言えましょう。それに、身を守ることだけが彼らの腹の内ではありませぬ」


 商人たちはロストク帝国との交易に、そしてジノーファが示した商業政策にも興味を示しているという。やはり新たな市場というのは、商人たちにとって魅力的であるようだ。それで彼らの協力を取り付けるのは比較的容易だった、とバハイルは報告した。


「なるほど。つまり稼ぐことができている内は、彼らはわたしの味方、ということだ」


 分かりやすくていいな、とジノーファは呟いた。そしてそうであるなら、ロストク帝国との交易は、できるだけ早期に形にしなければならない。ジノーファは改めてそう思い定め、一つ頷いた。それから話題を変え、次にこう尋ねる。


「それから、ハムゼンについてはどう思った?」


「なかなか喰えない御仁かと」


 バハイルがそう言うのを聞いて、ジノーファは頷いて同意した。そしてバハイルに続きを促す。彼はハムゼンが降伏に至った様子をこう語った。


「陛下がウファズの外に陣を敷かれた後、私は接触していた商人たちを集めました」


 その会合で、バハイルはイスパルタ王国に降伏することを強く勧めた。実際、すでに兵を動かしたのだ。降伏を渋れば蹂躙される。商人たちはそう考え、降伏に同意した。しかし一つ問題があった。


 それはハムゼンが態度を明確にしていないことだ。彼が降伏を決断しなければ、商人たちがそう望んだところで意味はない。それでバハイルと商人らは私兵を引き連れ、ハムゼンがいる太守府へ向かった。


 時刻はすでに夜半過ぎ。静まりかえった太守府の中、物々しいこの一団を、ハムゼンは丸腰で出迎えた。そして降伏を求める商人たちの話を一通り聞くと、態度を決める前に彼はこう尋ねたという。


『それで、お前たちを扇動した黒幕はどこだ?』


 商人たちは顔を見合わせた。そんなことを尋ねられるとは誰も思っておらず、虚を突かれた格好だ。そんな中で私兵に混じっていたバハイルがハムゼンの前に進み出る。そして彼にこう告げた。


『扇動したつもりはありませぬが、彼らに降伏を勧めたのは私です』


『ふむ、どこの誰だ?』


『マルマリズ守備隊長、いえイスパルタ王国将軍クワルドが次男、バハイルと申します』


 その名乗りを聞いて、ハムゼンは驚いた様子だった。クワルドのことは彼も知っている。その息子が直接ウファズに入り込んでいるとは、彼も思わなかったのだ。


『なるほど、な。よかろう、降伏しようではないか』


 そう言って、ハムゼンは降伏を決めた。ただし、イスパルタ軍の前に出て行くのは翌朝、日の出とともにということになった。無論、バハイルは反対したが、ハムゼンは「やるべきことがあるのでな」と言って譲らない。そして彼が不敵な笑みを浮かべながら商人たちを見渡すと、彼らはどこかバツが悪そうにしながらハムゼンの言葉に同意したのである。


『太守殿は、我々が見張っておく』


『バハイル殿は、もう休まれるがよかろう』


 そう言って商人たちはバハイルを太守府から追い出した。彼は仕方なく翌朝にもう一度太守府へ向かったが、その時にはすでにハムゼンは縄を打たれた状態で、その彼を連れてイスパルタ軍のところへ出て行った、とそういう次第だ。


「夜の間に、ハムゼンと商人たちは何をしていたと思う?」


「恐らくですが、これまでの不正の証拠を処分していたのでしょう」


 やや憤然とした様子で、バハイルはそう答えた。ジノーファも一つ頷いて同意する。降伏前にすることと言えば、確かにそれくらいしか思いつかない。これまでハムゼンと商人たちは結託し、不正な利益を得ていたのだろう。


 だが、その証拠は徹底的に隠滅されているに違いない。ジノーファは少々あきれた様子で肩をすくめた。そしてバハイルにこう尋ねる。


「この先も、同様のことは起こるだろうか?」


「当面は双方共に警戒するのではないでしょうか」


 結託して不正を働くにしても、両者の間にはある種の信頼関係が必要だ。だが今回の件で、両者の間には亀裂ができた。信頼関係が損なわれたのだ。再び不正を働くにしても、お互いが密告を恐れて疑心暗鬼になるだろう。


「なるほど、な。……ではバハイル、貴官に三〇〇の兵を預ける。加えてウファズの兵も貴官の指揮下に入れる。街の治安を維持して欲しい。それから、太守と商人らの監視を怠らないように」


「御意」


 バハイルは拱手して跪いた。それを見て、ジノーファは一つ頷く。これでウファズは押さえた。次はセルチュク要塞である。



商人&太守「コイツは人に見せられねぇぜ」

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