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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
魔の森の民

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エクソダス2




 縦穴広場でエリアボスを討伐した後。ジノーファたちは食事をしてから交替で仮眠を取り、移住キャラバンの到着を待った。幾分ゆっくりと休むことができたころ、分岐通路の閉塞を担当している二パーティーが到着する。キャラバン本隊は一緒ではなかったが、それぞれのパーティーのメンバーは誰一人欠けておらず、ジノーファはほっと胸を撫で下ろした。


「閉塞は順調かな?」


「無論です」


 ジノーファが進捗を尋ねると、ボルストはにやりと笑ってそう答えた。一緒に行動しているアヤロンの里の守人も、閉塞のおかげなのかいつもよりモンスターの数が少なく感じるという。


 それを聞いてジノーファも一つ頷いた。分岐通路の閉塞はなにぶん初めての事で、どれほど効果があるのか、未知数だった。だが実際に姿を見せるモンスターの数が減っているのであれば、その意味は大きい。やって良かった、と言えるだろう。


 さて、同じく先行していた二パーティーとは合流したものの、キャラバン本隊の到着にはまだ幾分かかる見込みだという。特に体力のない女性や子供を中心に、思ったよりも消耗が激しく、最初の大広間での休憩を予定よりも長くしたからだ。


 ジノーファたちはキャラバン本隊が到着するまで、この縦穴広場で待機することになっている。それでジノーファはまだ時間があると聞いたので、合流した二パーティーのためにドロップ肉を焼いてやった。


「見張りはわたし達がやるから、仮眠を取るといい」


 食事を終えると、ジノーファはボルストらにそう勧めた。その勧めに従い、彼らは壁際で横になる。数分すると、すぐに寝息が聞こえ始めた。どんな場所でもすぐに寝られる。これも優秀な兵士に求められる技能の一つだ。それを含め、彼らは確かに優秀であると言っていい。


 ボルストたちが仮眠を取っている最中、移住キャラバンの本隊が縦穴広場に到着する。最初の大広間で十分な休息を取ったはずなのだが、アヤロンの民の人々の顔には濃い疲労の色が見える。守人たちはさすがにまだ余裕があるが、そうでない人々にとって、ダンジョン内の移動はやはり負担が大きいのだろう。


 ただ、縦穴広場に到着すると、彼らは幾分ほっとしたような表情を浮かべた。安全圏に到着したからというのもあるが、それだけではない。ここから例の隠し通路を抜けた先はもう上層で、さらにそこからは出口までずっと登り道であることを、事前に説明されて知っているのだ。


 つまりここから先、モンスターの脅威はかなり軽減されるのだ。一歩進めば、その分現れるモンスターは弱くなる。実際の行程的にはあと三分の一くらいなのだが、彼らの心情的にはここまでくれば残りは四分の一と感じているのだろう。そしてそう感じられるのなら、残りの行程もまた踏破することができるに違いない。


「ラグナ」


「ジノーファか。待たせたようだな」


 軽く手を上げて合図しながら、ジノーファとラグナはそう言葉を交わした。ラグナの話では、幸いにもキャラバンに犠牲者は出ていないと言う。無論、怪我人は多数出ているが、回復魔法と用意しておいたポーションで対応できている。


 それを聞いて、ジノーファは笑顔を浮かべた。ここまで犠牲者が出なかったのであれば、ここから先も犠牲者を出さずに済むかもしれない。前述したとおり、ここから先は登り道になるからだ。


 死者ゼロで移住が成功するかもしれない。目標とはしていたが、しかしできるとは思っていなかったそれが、俄然現実味を帯びてきた。もちろんその裏には長老衆の犠牲などがあるのだが、それでもダンジョンの中での死者がゼロにできるのなら、それは望外の結果と言っていい。


「後は、魔窟を出た後だな。頼んだぞ、ジノーファ」


「ああ、任せてくれ」


 ジノーファは力強く頷いた。そして彼はパーティーを率い、隠し通路を通って縦穴広場を後にする。ボルストたちはキャラバン本隊が到着したことで、騒がしくなり目を覚ましてはいた。ただ寝起きと言うこともあって、もう少ししてからその後を追うことになった。


 ジノーファたちはモンスターを間引きながら真っ直ぐに出口を目指す。この通路は広く、また一本道なので、移動も戦闘もかなりしやすい。この通路なら、移住キャラバンの本隊も通りやすいだろう。


 上層ということもあり、ジノーファたちは比較的スムーズに歩を進めた。そしてついに彼らはダンジョンを抜けて外へ出た。しかし彼らの顔に喜びや達成感はない。それもそのはずで、彼らが担う最後の大仕事は、これから始まるのだ。


「よし。それじゃあ、始めよう」


 ジノーファがそう声をかけると、他のメンバーは揃って頷いた。ノーラとユスフが周囲の警戒を行う中、イゼルが地図とコンパスを取り出して方位を探る。探っているのは指令所がある方角だ。そして方位を定めると、その直線上にある適当な木を見繕い、それに赤いスカーフを結びつける。


 そうやって目印ができると、ジノーファは双剣を鞘から抜いた。そしてダンジョンの出口と目印にした木の間にある、別の木の根元目掛けて剣を一閃する。刃自体は空振りしたが、彼が使ったのは伸閃だ。不可視のその刃は、その木を根元から両断した。


 ジノーファはさらに、別の木々も同じように伸閃を使って切り倒していく。普通であれば斧を何十回と振らなければ倒れないような大木が、彼がたった一度腕を鋭く振るうだけで倒れていくのだ。その非常識な光景に、ユスフは呆れたようにこう呟いた。


「少なくとも樵をやっていくなら、魔の森のほうが仕事は捗りそうですね……」


「はは、そうかもしれないな。でも、売り先に困るんじゃないかな?」


 そんな軽口をたたきながら、ジノーファは次々に木を切り倒していく。木が倒れる度に周囲には大きな音が響き、鳥たちが驚いたように飛び立つ。その様子は、おそらく指令所からも見えているだろう。


 警戒を行っている末端の兵士たちは、エリアボスクラスが暴れているのかと浮き足立っているかもしれない。もっとも、ダーマードには事前に説明しておいたから、彼が上手く治めてくれるだろう。


 さて、ある程度木を切り倒すと、今度はシャドーホールを使ってその木々を収納していく。せっかくの木材だ。放置するなどありえない。後でダーマードに売ってもいいし、なんならロストク帝国まで持ち帰ってもいい。こういう時、収納魔法は本当に便利だった。


 やがて、目印をつけた木とダンジョンの出口の間にあるのは切り株ばかりになった。ジノーファが双剣を鞘に納めると、イゼルがまた地図とコンパスを取り出し、今度はまた別の木に目印をつける。ジノーファはまた木を切り倒し始めた。


 そうやってジノーファたちが木々の伐採を続けていると、ダンジョンの出入り口のほうから気配がした。モンスターが出てきたのかとノーラやユスフが身構えるが、しかしラヴィーネは反応していない。


 出入り口から姿を現したのは、分岐通路の閉塞を担当している二パーティーだった。彼らは閉塞を行いながらジノーファたちの後を追い、そしてこうして追いついたのである。


「おお! ずいぶん拓けておりますな!」


 伐採が進んだ光景を見て、アヒムが歓声を上げた。そして事前に決めておいた通り、少し休んでから彼らも伐採に加わる。二パーティーの全員ではないものの、人数が増えたことで伐採はさらにスムーズに進んだ。


「さて、そろそろいいかな?」


「ええ。時間的にも、そろそろ始めたほうがよいかと」


 そう言ってジノーファとボルストは頷きあった。そして周辺を警戒していた、アヤロンの民のメイジに合図を出して仕事を始めてもらう。彼に地面に手をつくと、薄く目を閉じて集中力を高め、そして土魔法を発動させた。すると残っていた切り株が排除され、さらに地面が粗くならされる。それはもう、立派な道だった。


 そう、道である。ジノーファたちはダンジョンの出入り口から指令所まで続く、道を造っているのだ。「土魔法を使って道を造る」というアイディアはジノーファが出したもので、もちろん遠征軍が行った土木工事を参考にしたものだった。


 この道は、もちろん第一に移住キャラバンのためのものである。未開の森は歩きにくいし、また見晴らしが悪い。いつ何時モンスターや魔獣に襲われるか分からず、また下手をすると森で夜を明かさなければならなくなる。せっかく犠牲者を出さずにダンジョンを抜けても、これでは指令所につくまでにどれほどの犠牲がでるのか、分かったものではない。


 それで、道を造ることにしたのだ。もちろん道を造ったからと言ってモンスターや魔獣の襲撃がなくなるわけではない。だが道があれば歩きやすいし、なにより日が暮れてからも迷わずに進むことができる。移住キャラバンが無事に森を抜けるためには、どうしても道が必要だったのだ。


 ただ、道を造るのは移住キャラバンのためだけではない。ひとまず指令所へ移住した後、アヤロンの民は魔の森のダンジョンの攻略を担うことになる。指令所から一番近いダンジョンはここで、つまりここを主に攻略していくことになるだろう。


 だがこのダンジョンは深い森の中にある。ジノーファはイゼルに案内してもらっているが、彼らはそうもいかない。往復するだけで一苦労だろう。最悪、森で迷ってそのまま野垂れ死に、と言うこともありえる。だがそれでは攻略が思うように進まず、彼らにとって、そしてダーマードにとっても望ましくない結果になりかねない。


 そこで道だ。簡単でもいいので道を切り拓いておけば、指令所からダンジョンまでの移動は格段にしやすくなる。また迷ってしまうこともなくなるだろう。攻略も順調に進むに違いない。つまりこの道は、将来を見据えてのものなのだ。


 当然、ラグナたちもこの道を造ることには大賛成だ。ただ、道を造るためには土魔法を使うメイジの力が必要になる。そしてメイジは貴重な護衛でもある。それで今のところ、道造りに携わっているメイジは一人だけだった。とはいえ、どう考えても一人では限界がある。実際、彼は二〇〇メートルほど道を均したところで魔力が切れてしまった。


「すまない……」


「いや、十分だ。休んでいてくれ」


 そう言ってジノーファはメイジを切り株に座らせて休ませる。それからアヒムのほうに視線を向け、彼にこう命令した。


「アヒム。パーティーを率いて、キャラバン本隊からメイジを借りてきてくれ。そろそろ大丈夫だろう」


「了解です!」


 アヒムはわざとらしく敬礼すると、自分のパーティーのメンバーを引き連れてダンジョンの中へ戻っていった。予定では、移住キャラバンの本隊はすでに隠し通路を通り、今は上層を出口へ向かっているはず。縦穴広場までのと比べればモンスターの脅威はかなり低減しているので、メイジを四、五人引き抜いても大丈夫だろう。


 アヒムたちがダンジョンの入った後も、ジノーファたちは木々の伐採を続けた。途中、落差の大きな場所もあったりしたが、そういう場所は迂回したり、あるいは丸太で“橋”を架けるなりして通れるようにした。木材の有効活用だ。


「おお。これは、すごい」


「うむ。これならすぐに道を造れるな」


 そうやってしばらく伐採作業を続けていると、後ろからそんな声がした。アヒムたちがジノーファに言われたとおりメイジたちを連れて戻ってきたのだ。少し話を聞くと、キャラバンの移動は順調らしい。ダンジョンを抜けるまでに、そう時間はかからないだろう。


「それじゃあ、少し急ごうか」


 ジノーファは少し真剣な顔になってそう言った。できる事なら、キャラバンの本隊が到着するまでに道を完成させたい。他のメンバーも一様に頷き、彼らは土木工事を再開した。


 ただ結論から言うと、道の完成は間に合わなかった。とはいえ、ラグナたちがダンジョンを抜けたときには、土木工事のほうも終わりが見えていた。それでジノーファは、後のことをボルストたちに任せると、ラヴィーネだけ連れてラグナのところへ向かった。


「ラグナ!」


「おお、ジノーファか! 見事な道だな!」


 ラグナはダンジョンの出入り口のすぐ近くにいた。出入り口からは、アヤロンの人々が次々と出てきて、そのままジノーファたちが造った道を進んでいく。彼らの顔には、やはり疲労が色濃く浮かんでいるものの、それでも表情は明るい。ダンジョンを抜け、新天地はもう間近。その事実が彼らに力を与えているのだ。


「グゥゥゥ……!」


 しかしどうやら、このまま終わってはくれないらしい。突如として、ラヴィーネが唸り声を上げ始めたのだ。ジノーファはすぐに臨戦態勢に入り、周囲に視線を向ける。近くにモンスターの姿がないことを確かめると、彼は片膝をついてしゃがみ、ラヴィーネの頭を撫でる。そして彼女にこう尋ねた。


「ラヴィーネ、どこだ?」


「ウゥゥゥ……、ワンッ!」


 一つ吼えてから、ラヴィーネは駆け出した。ジノーファはその後を追う。ほとんど同時にラグナも動いて、彼も同じようにラヴィーネの背中を追った。


「ッ!」


 ラヴィーネの後を追って森の中を走っていると、ジノーファもすぐに妖精眼で敵の姿を捉えた。地面を這って進む、巨大なトカゲだ。地竜と言うほどではないが、間違いなくエリアボスクラスのマナを内包している。


 しかも身体の色が周囲と同じ保護色になっていて、見分けがつき辛い。ラヴィーネが気づかなかったら、もっと接近を許してしまっていただろう。だがこの位置で倒してしまえば、アヤロンの人々に被害が出ることはない。


 ジノーファは双剣を鞘から抜き、そしてさらに加速した。気付かれたことを察知して、オオトカゲが威嚇の声を上げる。それでもジノーファが止まらないのを見て、オオトカゲは尻尾を振り回した。


 オオトカゲの尻尾には、まるで鈍器のようなコブがついている。そのコブが当って、周囲の木がミシミシと音を立てた。しかしジノーファにはかすりもしない。彼は振り回される尻尾をかいくぐって切り飛ばす。そしてオオトカゲに肉薄し、まずはその足を切りつけて機動力を奪う。


「ギャゥ!?」


 悲鳴を上げるオオトカゲ。ジノーファは油断せずそのまま止めをさそうとし、しかし次の瞬間、反射的にその場から飛び退いた。つい先ほどまで彼がいた場所を、雷撃が襲ったのだ。


 さらに立て続けに、ジノーファへ雷撃が襲いかかる。その攻撃はオオトカゲも巻き込んでいて、何発かくらったオオトカゲは絶叫を残し、灰のようになって崩れ落ちた。一方ジノーファは舌打ちをしつつ、それらの雷撃をかわしたり伸閃で切り払ったりする。そうやって雷撃に対処しつつ、彼は妖精眼も使いながら、この攻撃の出所を探った。


 それはすぐに見つかった。立派な角を持った牡鹿だ。その角に紫電を纏わせながら、牡鹿は猛然とこちらへ疾駆してくる。興奮状態にあるらしく、その目には激情がほとばしっているように見えた。


 その牡鹿を見て、ジノーファはわずかに顔をしかめた。妖精眼で探った限り、あの牡鹿は魔獣だ。ああして特殊攻撃を身につけるまでにレベルアップしているとなると、かなりの強敵と言っていい。間違いなく、エリアボスクラスだ。


(どうする……!?)


 一秒ごとに接近してくる牡鹿に対し、ジノーファの状況は少々苦しかった。雷撃は今も放たれており、彼はその対処もしている。このまま牡鹿が突撃してくれば、あの角と紫電の餌食になりかねない。さりとて進路を遮らなければ、あの牡鹿はそのまま移住キャラバンに突っ込んでしまうだろう。


「退け、ジノーファ!」


 少々のダメージは致し方なし、とジノーファが覚悟を決めたとき、後ろからラグナの声が響いた。反射的に、ジノーファは大きく飛び退く。次の瞬間、そこを牡鹿が駆け抜ける。そこへラグナが胸に黄金色の、まるで獅子の鬣のような聖痕(スティグマ)を輝かせながら立ち塞がった。


「おおおおおおお!!」


 ラグナは雄叫びを上げながら、角を掴んで牡鹿の突進を受け止めた。紫電が彼の身体を焼くが、一辺不倒を使っているのだろう、深刻なダメージを受けた様子はない。それどころか、彼は壮絶な笑みを浮かべつつ、さらに全身に力を込めた。


 ラグナの筋肉が、一回り大きく膨れ上がる。牡鹿も四肢に力を入れて地面を掻くが、しかし少しも前へ進めない。完全に押さえ込まれているのだ。そしてラグナはもう一度雄叫びを上げながらさらに全身に力を込め、そのまま牡鹿の角をへし折った。


 さらにラグナは牡鹿の顔を下から蹴り上げる。その一撃はまるで天を衝くかのごとくで、牡鹿は首どころか前足まで仰け反らせた。


「はあああああ!!」


 牡鹿が前足を地面につき、そのまま首を下げてしまったその瞬間、ラグナは両手の拳を握り合わせ、牡鹿の脳天目掛けて振り下ろす。その一撃は鮮やかに決まり、牡鹿は力を失って倒れこんだ。ラグナは「ふう」と息を吐くと、ジノーファへ快活な笑みを向ける。そしてこう言った。


「喜べ、宴の肉が手に入ったぞ!」


ノーラ「森を切り拓くだけの簡単なお仕事です」

イゼル「だからあなたがするわけではないでしょうに」

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