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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
魔の森の民

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エクソダス1


 ジノーファたちが指令所から戻って七日後。予定通り、移住計画が決行された。出発前の慌しさの中、ジノーファたちは一足先にダンジョンへ向かう。先行してモンスターを間引いたり、分岐通路を塞いだりしておくためだ。


「ではジノーファ、頼んだぞ」


「ああ、行ってくる。最初の大広間で会おう」


 ラグナとジノーファはそう言葉と握手を交わした。全部で四艘の小船に乗って岸へ向かう最中、ジノーファはずっと里がある島のほうを見ていた。


 今回、全員が森の外へ移住するわけではない。長老衆は老いを理由に残ることを決めた。それは死を選んだことと同義だ。


 そんな彼らの決定に、ジノーファはいまだ納得できていなかった。自分がここへ来てしまったばかりに、あるいは移住を勧めてしまったばかりに、彼らに死を選ばせてしまったのだろうか。そんな思いが拭いきれない。


(先行する役回りで良かった……)


 苦い想いを抱えつつ、ジノーファは思わずにはいられなかった。これで一番辛いその時に、その場所にいなくて済む。後に残る彼らに、後ろ髪を引かれずに済む。手を振って見送る彼らの姿を見たら、自分はきっと、できもしないのに彼らを連れて行こうとしてしまうから。


(全力を尽くそう。本当に……)


 ジノーファは改めてそう誓った。きっとそれが自分の責任で、彼らへのはなむけになると思うから。


 桟橋に降り立ったとき、ジノーファはもう後ろを振り返ることはなかった。胸の内には、相変わらず複雑な想いを抱えている。けれどもそれを全て飲み込み、腹に収めて力に変えるのだ。


「頼んだぞ、使徒殿」


「ああ、任せてくれ」


 小船の操舵手にそう応えて一つ頷くと、ジノーファたちはダンジョンへ向かった。手練ればかりでその気配を怖れたのか、途中でモンスターや魔獣に襲われることはなかった。そしていよいよダンジョンの入り口に到着する。ここからが本番だ。


 まずダンジョンに突入するのは、ジノーファたちのパーティーだ。彼らは真っ直ぐに最初の大広間へ向かい、エリアボスを討伐することになっている。残りの二パーティーは彼らの後を追いながら、あらかじめ決めておいた分岐通路を塞いでいく手筈になっていた。


 移住で使うルートを、ジノーファたちは真っ直ぐに進む。ただし、急ぎすぎない。なるべく多くのモンスターを引きつけ、間引きながら進んだ。


 マナスポットは全てラヴィーネが回収している。これも、ダンジョン内のマナを減らすという意味で、効果があるはずだ。


 そうやってゆっくりと、というよりは落ち着いて攻略を行いながら、ジノーファたちは大広間の前に到着した。ここ三日はエリアボスを討伐していないので、足を踏み入れれば確実にエリアボスが出現する。


 ジノーファは大きく深呼吸をする。ここはまだ上層。上層のエリアボスなど、これまで数え切れないくらい討伐してきた。だがこんなに緊張するのは初めてだった。ここで彼が躓けば、移住計画全体が躓くことになる。そうなれば、また死ななくていい人が死んでしまうだろう。絶対に、ここで負けるわけにはいかない。


「大丈夫ですよ、ジノーファ様。いつも通りやれば、いつも通り完勝です」


 ユスフが明るい声でそう言う。それを聞いて、ジノーファも微笑を浮かべた。肩の力が抜ける。ユスフに一言礼を言ってから、ジノーファは大広間に足を踏み入れた。


「オオオオォォォォオオオ……!」


 低い雄叫びを響かせながら、エリアボスが出現する。今回出現したエリアボスはまさに異形だった。一言で言うなら、毛糸玉だろうか。黒いラインが何本も折り重なって球体のようになっている。その奥には心臓たる大きな魔石が見えた。


 エリアボスは全くの球体ではなく、折り重なったラインがいくつか飛び出していた。その一つには仮面がついていて、八つで地面を這い、七つに剣を構えている。手数で言えば向こうの方が上だろうか。ジノーファは竜牙の双剣を構えながら、ふとそんなことを考えた。


 エリアボスは大広間のほぼ中心に出現した。そしてまるで蜘蛛のように地面を這いながらジノーファたちに肉薄する。それに対しジノーファは、聖痕(スティグマ)を発動させると臆することなく真正面から迎え撃った。伸閃を駆使しつつ、七つの剣と剣戟を演じる。その隙に他のメンバーは分散して、それぞれエリアボスの側面や背後に回りこんだ。


「シッ……!」


 ユスフが散弾状のライトアローを放つ。横っ腹にその攻撃をくらい、エリアボスは動きを止めた。無機質な仮面がユスフのほうを向く。しかしそれは悪手だ。エリアボスの注意が逸れたのを見逃さず、ジノーファは双剣を振るった。


「オオォォ……!」


 剣を握っていた黒いラインが二本、断ち切られて灰色の粒子へと変わる。同時にエリアボスの低い悲鳴が響いた。仮面が再びジノーファの方を向き、残った五本の剣が彼に殺到する。


 しかしその瞬間、三つの影が死角から飛び出した。ノーラとイゼルとラヴィーネだ。彼女たちがそれぞれ一本ずつ、黒いラインを断ち切る。残りは三本。ジノーファは右手の剣でそのエリアボスの攻撃をさばき、左手の剣で仮面を斜めに切り捨てた。


「オ゛……!?」


 最後の悲鳴は短い。エリアボスは一瞬だけ身体を硬直させ、そして次の瞬間、灰のようになって崩れ落ちた。後に残ったのは、大きな魔石とジノーファが切り捨てた仮面。魔石はともかく、仮面に使い道があるとは思えなかったが、何かの素材としてなら使えるかと思い、一応回収する。後日、何の役にも立たないことが判明したが。


 異形のエリアボスを討伐すると、ジノーファたちはそのまま大広間で休憩しつつ後続の到着を待った。しばらく待っていると、分岐通路の閉塞を行っていた二パーティーと、移住キャラバンの本隊が一緒に到着する。どうやら途中で合流したらしい。


「ラグナ」


「おお、ジノーファ。無事に討伐できたようだな!」


 ラグナの姿を見つけ、ジノーファは声をかけた。ラグナも彼の姿を見つけると、快活な笑みを浮かべる。話を聞くと、道中モンスターの襲撃はあったものの、アヤロンの民は誰一人欠けることなく、この大広間までたどり着いたという。


「それは良かった。それで、その、長老衆の方々は……」


「別れは済ませてきた。皆、納得してのこと。だからお前もそんな顔をするな」


 ラグナにそう言われ、ジノーファは弱々しく笑みを浮かべた。納得しようとは思っている。しかし胸中のもやもやはなかなか晴れない。だが思いつめたところでどうにもならないことは理解している。何より全力を尽くすと決めたのだ。悩んで、立ち止まっている場合ではない。


 ラグナと言葉を交わすと、ジノーファたちはさらに先へと進むことにした。次の目的地は縦穴広場。そこでまたエリアボスを討伐し、移住キャラバンを待つことになる。彼らが大広間を出ると、その後ろで出入り口が塞がれた。もう一方も同じように塞がれるはずで、これでモンスターが中へ入ることはないはずだ。


 閉塞の具合を確認して一つ頷くと、ジノーファたちは縦穴広場へと向かう。その道中、気持ちは焦るものの、彼らは急がず丁寧に進んだ。キャラバンの移動は文字通り道半ば。ここで躓くわけにはいかない。


 最初の大広間で十分に休むことができたので、彼らは途中で水場に寄ることなく、真っ直ぐに縦穴広場を目指した。この一ヶ月の間に何度も通ったので、地図を確認する必要もない。


 縦穴広場の入り口の前で、ジノーファたちは一旦立ち止まり、深呼吸をして集中力を高めた。二度目のエリアボス戦。これを終えれば、もうエリアボスと戦う必要はない。あとは普通のモンスターに注意すればいいだけになり、移住の大きな山場を越えたことになる。


「よし、行こう」


 ジノーファがそう声をかけると、他のメンバーは真剣な顔をして頷く。そして彼らは縦穴広場に足を踏み入れた。


 彼らが縦穴広場に入っても、エリアボスはすぐには現れなかった。しかし彼らは全員、油断することなく周囲に気を配る。そして次の瞬間、彼らの頭上で破砕音が響いた。砕けた岩の破片が降りそそぐ。もうもうと広がった砂煙の中から、エリアボスが姿を現した。


「ギョォォォオオオオオ!!」


 少々甲高い雄叫びが縦穴広場に響く。現れたのは巨大な鳥型のエリアボス。翼を広げたその幅は、恐らく十メートル近い。悠然と飛ぶその姿を見て、まるで神話に出てくるガルーダのようだ、とジノーファは思った。


 さて、縦穴広場の天井付近を飛んでいたガルーダだが、その眼がジノーファたちを捉えると、勢いよく急降下して彼らに襲い掛かった。ジノーファたちは散開して迎え撃つが、ガルーダは頭上からの一撃離脱を繰り返していて、なかなか反撃することができない。


「このっ……!」


 ユスフがライトアローを放つが、素早いガルーダを捉えることができない。散弾状にしても回避されてしまうのだから、その機動力には舌を巻く。嘴を回避しつつ、ジノーファはわずかに顔をしかめた。


(メイジがいないと……)


 メイジがいないと、こういう時に困る。攻撃手段が限られてしまうのだ。とはいえ、ないモノねだりをしてもしょうがない。それに、回避を繰り返すうちに、だんだんとガルーダの動きにも慣れてきた。


(ここっ!)


 ガルーダが急降下してきたそのタイミングを見計らい、ジノーファは身体を捻りながら大きく跳躍した。そしてガルーダと上下に重なるように交錯し、その瞬間に伸閃を放つ。不可視のその刃は、ガルーダの背中を斜めに切り裂いた。ただし、浅い。


「ギョォォオオオオ!」


 傷を負わされたガルーダは、怒りの咆哮を上げた。そして天井付近へ逃れると、翼をはためかせてホバリングする。動きが止まったのを好機と見てユスフが弓を構えるが、彼が攻撃を仕掛けるより前にジノーファが声を上げた。妖精眼でガルーダのマナの高まりを捉えたのだ。


「散開!」


 ユスフたちはすぐさまその指示に従った。それとほぼ同時にガルーダが大きく、そして何度も翼をはためかせる。その度に羽根が放たれ、ジノーファたち目掛けて降りそそいだ。


 放たれた羽根は、まるで矢のように地面へ突き刺さっていく。ジノーファの警告が早かったおかげで、ユスフたちの初動は早かったが、しかし数が多い。完全にはかわしきれず、彼らの身体に羽根が突き刺さった。それを見て、ジノーファはこう叫んだ。


「……っ、一旦通路へ下がれ! ここはわたしがやる!」


「申し訳ありませんっ!」


 ノーラは悔しそうにそう応えたが、しかし自分たちが役に立てないのは明白だったので、言われたとおり縦穴広場を出て通路まで下がった。そこで身体に刺さった羽根を抜き、回復魔法で治療する。


「ユスフ、あなたはジノーファ様の援護を」


 回復を終えると、ノーラはユスフにそう言った。彼女とイゼルとラヴィーネはこのまま通路で待機だ。忸怩たるものはあるが、足手まといになるよりはましである。


 ユスフは一つ頷くと、弓を握りしめて縦穴広場へ戻った。縦穴広場では、ガルーダがまた羽根を放っている。ジノーファはそれを回避するのではなく、両手の双剣を無尽に振るって切り払っていく。


 ユスフは入り口からほんの二、三歩のところで足を止め、弓を構えた。そしてガルーダ目掛けてライトアローを放つ。ガルーダはすぐに羽根を放つのをやめ、素早く飛び回ってライトアローをかわした。


 ユスフは立て続けにライトアローを放つが、しかし全て回避される。ただ、当っていないとはいえ、自分に届く攻撃はやはり脅威と思ったのだろう。ガルーダは急降下してユスフを狙った。


 ガルーダが向かってくるのを見ると、ユスフはすぐに身を翻した。縦穴広場から出て通路へ駆け込み、ガルーダの攻撃から逃れる。獲物を逃がしたガルーダは、天井付近を旋回しながら不満げに鳴き声を上げた。


「……ギョォ!?」


 その鳴き声が、突如悲鳴に変わった。ちょうど、隠し通路がある辺りでのことだ。ガルーダの翼の付け根の辺りに、ナイフが突き刺さったのである。


 隠し通路があるのは縦穴広場の上部だが、そこにいたのはイゼルだった。彼女は得意とする隠密魔法で気配を隠すと、ガルーダがライトアローを避けているその隙をつき、隠し通路まで移動したのだ。


 そしてそこで身を潜め、ガルーダが近づいてくるのを見計らってナイフを投げつけたのである。不意を突いたその一撃は、ガルーダを墜落させるにはいたらなかったものの、その飛行能力を大きく低下させた。


 ガルーダは何とか翼を羽ばたかせているが、しかし高度が上がらない。先ほどまでの滑らかな滑空がウソのように、ギクシャクとした飛び方をしている。確かに墜落はしていないがそれだけで、ジノーファにとっては大きな好機だった。


 ジノーファは双剣を構え、姿勢を低くしながら疾走する。それを見てガルーダは必死に羽ばたき、何とか高度を上げた。そこならば人間の手は届かないと知っているのだ。しかしジノーファは慌てない。彼は縦穴広場の壁面に向かって大きく跳躍し、三角飛びの要領でさらにそこからガルーダに向かって跳ぶ。


「ギョギョ!?」


 ガルーダが慌てて距離を取る。しかしジノーファが相手では、あまり意味のないことだった。彼が空中で伸閃を放つ。十分に魔力を練り上げて放たれたその不可視の斬撃は、ガルーダの片翼を大きく切り裂き、そして地面に叩き落した。


 そこから先は一方的な展開だ。エリアボスとはいえ、飛べなくなった鳥にできる事はない。ジノーファも、モンスターとはいえ敵をいたぶる趣味はなく、彼は素早く間合いを詰めると、伸閃を放ってガルーダの首を落とした。


「ギョ……」


 短い断末魔を残し、ガルーダは灰のようになって崩れ落ちた。後に残ったのは大きな魔石と、ガルーダが飛ばした鋭い羽根。どうやらこれが今回のドロップアイテムらしい。


「ジノーファ様」


 ジノーファが双剣を鞘に納めると、他のメンバーが彼のもとへ駆け寄ってくる。ジノーファが傷の具合を尋ねると、全員が「大丈夫」と答え、彼もようやく小さく微笑んだ。


 それからジノーファはシャドーホールを駆使して散らばった羽根を回収し、それからさらに奥へと続く通路を塞ぐ。それが終わると彼らは壁際に集まって身体を休めた。予定では、ラグナたち移住キャラバンの本隊が到着するまで幾分時間がある。それでその時間を使い、食事をしてから交替で仮眠を取るつもりだった。


「ジノーファ様、先に休んでください」


「ありがとう。そうさせてもらう」


 食事(もちろんドロップ肉を焼いた)を終えると、ユスフに勧められジノーファは先に仮眠を取ることにした。シャドーホールから毛布を取り出し、包まって横になる。ラヴィーネが傍にやって来て身体を丸めたので、ジノーファは小さく笑ってその身体を撫で、それから目を閉じた。


ユスフ「エリアボスを蹴散らすだけの簡単なお仕事です」

イゼル「あなたが蹴散らすわけじゃないでしょうが」

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