04.荒廃都市とその原因(1)◇
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宿を出たフェイヴァたちは、拠点となる建物を見つけるべく、商業区を北に向かった。
他よりも幅広く造られた道を通り、大通りに出た。フェイヴァたちの脇をすり抜けて行った班は、大通りを横切り商店と商店の間の細道に駆け込んだ。崩れかけた店先から顔を出した鼠型の魔獣──【地を弾む】が、牙を剥き出しにする。耳障りな声で鳴くと、三匹ほど仲間を引き連れて後を追う。
巨大な宿泊施設を翼竜を留め置く場所として利用できたことで、フェイヴァは楽観視してしまっていた。きっと自分たちの拠点となる建造物もすぐに見つけることができるだろうと。
けれどもそれは、間違いだった。
宿の大広間がほぼ完全な形を保っていたのは、巨額の建設費を投じて造られたからに他ならないのだろう。屋敷と遜色ないような造りや繊細な装飾が、元は都市一番の宿であったことを示しているように思えた。
商業区の中程で立ち寄った建物は、床が陥没していたり天井に穴が空いて埃が降っていたりと、散々な有り様だった。商業区は都市の玄関である。唯一の出入口である門扉は、商業区の前に設けられることがほとんどだった。魔獣の襲撃時、門扉は真っ先に突破されたのだろう。魔獣は商業区に雪崩れ込み、残された人間を襲い建物を破壊したのだ。商業区の荒廃ぶりは、寝泊まりできそうな建物がわずかしか残されていないことを意味していた。
「皆、この辺りで落ち着ける建物を探すつもりだね。わたしたちは場所を変えた方がいいかも」
「はぁ? んなもん、脅して奪えばいいじゃねえか!」
物騒なことを口にするリヴェンに、フェイヴァはひやりとした。彼なら実行に移しかねない。
「そんなことしちゃ駄目だよリヴェン!」
「そうだよ。ただでさえ魔獣が襲いかかってくるのに、班同士で争ってる場合じゃない」
「……あんた馬鹿?」
フェイヴァとサフィは、揃ってリヴェンを注意する。彼の短慮な発言に呆れたハイネは、わざとらしく溜息を吐いた。
「なんだとテメェら! 揃いも揃って腰抜けかよ!」
多数決で言えばリヴェンは敗北してしまっているわけだが、そんなことは意に介さず得意の暴言を吐く。
同じ建物を複数の班で利用することは許可されていない。この二日間、教官たちは翼竜を駆って上空から訓練生達を見張る。不正が判明すれば厳罰だ。それに、放棄された建物は所々崩れ、落ち着ける部屋は少ないのだ。貴重な空間を分け合って使うことに難色を示す者も多いだろう。
予想した通り、フェイヴァは細道の奥から響いてくる諍いの声を聞いた。リヴェンと同じような思考をする班もいるのだ。低俗な争いは、魔獣の襲撃によって中断することになるのだが。
「とにかく、この班の統率者はわたしだ。わたしの指示に従ってもらう」
「クソが。なんでこの俺が、二十番代の女の命令を聞かなきゃならねぇんだよ」
総合成績だけで言えば、リヴェンは十位でハイネは二十四位だ。実力だけを判断材料にするなら、リヴェンも統率者になれる可能性はあった。しかし。
「あんたは統率とか指揮から、最も遠い人間だからね」
「リヴェンはそういうの向いてないよ」
単独行動を好むリヴェンのことだ。土壇場になっても指示を出さず、ひとり先走る様子が目に浮かぶようだった。普段のリヴェンの様子を見ている教官の判断は正しかった。
「どういう意味だテメェらコラ!」
「リヴェン、興奮しちゃ駄目だよ。どうどう」
「俺は牛かっ!?」
ハイネは早々に商業区での拠点探しを諦めた。辺りに散らばる魔獣を排除しながら、都市の中心部である広場に進む。この先を進んでいくと、居住区に出るのだろう。打ち捨てられた木の看板に、区画の名前が刻まれている。
かつて都市の住民たちの憩いの場であった広場は、膝までの長さの雑草に覆われていた。休憩用に設置されていた長椅子は割れ、木片を撒き散らしている。
飛びかかってきたスライトの首を斬り落としたハイネは、顔を上げると吐息を落とした。
「あーあ」
進行方向から徒党を組んで押し寄せてきたのは、スライトを率いた二頭の【人もどき】だった。筋骨隆々の肉体は、人間のように二足歩行している。刃の如き鋭い漆黒の爪が、地を蹴るたびに草を裂いて風に吹かれる。犬面から舌をだらしなく垂らして、ダウトフルは吠えた。久方ぶりに目撃した獲物に、らんらんとした赤い瞳を向ける。
「リヴェン、援護をお願い。サフィは散弾銃の準備」
「はぁ? テメェが俺を援護しろや!」
「別にどっちでもいい」
「わ、私も!」
サフィの横を走ったフェイヴァは、二人と並ぼうとする。
「いい。あんたはサフィのそばにいて」
ハイネの横に飛び出したリヴェンが、前方に駆け出して行く。ハイネはそれに続いて、魔獣の群れに突撃した。
前方からだけでなく、左右からも鼠が接近してくる。散弾銃を担いだサフィの顔が、しっかりと前方を向いていることを確認したフェイヴァは。
「ふっ!」
気合いを入れて、右から来た鼠の首を刃の一振りで撥ね飛ばす。左から跳躍し牙を剥き出しにした鼠を、右足で蹴りつけた。足に伝わってきた重い衝撃。肉は破れ頭蓋が割れたのだろう。赤黒い粘着質なものがあふれ出し、雑草を汚した。胴体が地面に叩きつけられて、果汁をたっぷり含んだ野菜を床に落としたときのようにひしゃげた。
(これ、すごく残酷な殺し方だよね……)
自覚はあるが、いつの間にかその殺し方に慣れてしまった自分がいる。
激発音が耳に突き刺さり、フェイヴァははっとした。サフィが撃った散弾が、ダウトフルに直撃したのだ。散らばった散弾が当たらぬように距離を取っていたハイネは、激痛に吠える人狼に肉薄した。上半身を捻るようにして大剣を薙ぎ払うと、胴に深々と刃を刻んだ。斬撃の勢いを受けてダウトフルはよろめく。流れるような動作で左手を地についたハイネは、両足を跳ね上げて傷口の上から蹴り上げる。仰向けに転倒した人狼に、止めを刺そうと大剣を振りかぶる。銃創は散弾を放り出し再生を始める。切創が塞がっていく。
決着が着くかと思われたとき、ハイネの背後から接近しているスライトの姿を目にした。新手だ。フェイヴァは駆け寄ろうとしたが、群がってきた鼠に阻まれる。
フェイヴァが後ろに下がると、前に踏み出したサフィが銃の引き金を絞った。銃身が激しく揺れ、撃ち出された散弾が跳びかかってきたスライトの顔面を捉える。フェイヴァはサフィを守るように前に出ると、鼠に近づきざま首を落とした。
ハイネを心配し首を巡らせると、フェイヴァは安堵した。ハイネに飛びかかったスライトを、リヴェンが仕留めていたのだ。ハイネは一頭のダウトフルにとどめを刺していた。
サフィが銃撃し、フェイヴァが大剣で急所を斬る。協力してスライトを倒した頃には、ダウトフルと相対していたハイネたちも決着を着けようとしていた。
リヴェンが精神集中を終えると、掌から雷撃が迸った。黄緑色に閃く稲光は、空気を焼きつかせながらダウトフルを貫いた。ハイネが距離を詰める間に人狼は起き上がる。首を狙い、ハイネは刃を突き出した。ダウトフルは上半身を屈ませるようにしてそれを避ける。繰り出された爪を、彼女は後方に跳んで躱した。
「テメェ、そのまま突っ立ってろ!」
「いたっ!?」
ハイネの背後から駆けてきたリヴェンは、跳躍するとあろうことか彼女の背中と肩を足場にした。ダウトフルの首に刃を振り抜く。勢いよく血を噴き上げて、人狼は倒れた。
「あんたね……よくも乙女の背中を足蹴にできるよね」
「乙女ぇ? テメェみたいなガサツ女のどこが乙女だよ。鏡見ろや!」
ハイネは掌を握り込むと、リヴェンに拳骨を振り下ろした。彼は敏捷な動作で回避する。
「おい、緑頭。さっさとやんぞ」
「そうだね。フェイヴァたちは周囲を警戒していて」
リヴェンとハイネは自分たちが仕留めたダウトフルに近づき、太い牙をな抜き始めた。班員に一つずつ配られた皮袋に、牙を放り込んでいく。
遠征の目的は二日間を無事に過ごすことだったが、殺した魔獣の部位を提出すると、評価に加点されるのだ。殺した魔獣の数を調べるために、特定の部位だけを提出しなければならなかった実地試験と、採点方式は同じだ。しかし今回はどのような部位でも提出が可能であり、後に武具店に卸され換金されるのだ。支払われた料金は班員で等分され、給金となる。
フェイヴァたちが使う片手半剣が熊型の魔獣の大腿骨を加工し造られているように、魔獣の牙や骨などは良質な武器となるのだ。訓練生たちにとって魔獣の死体は、金の成る木と同義だった。
フェイヴァはリヴェンたちから顔を逸し、サフィと一緒に魔獣の襲撃に備えた。ふたりが部位を剥ぎ取る役目を買って出てくれてよかった。フェイヴァにはどうしても抵抗感があるのだ。
魔獣の襲撃の度に足を止められ、ときおり休憩を取りながら進む。フェイヴァたちが居住区に到着した頃には、太陽が燦々と降り注いでいた。太陽の位置からして正午だろう。照りつける太陽は熱く、肌を焼くようだ。
空はこんなにも光にあふれているのに、地上にはどこか物寂しい空気が満ちていた。主を失った家々は、刻一刻と滅びを待つ。風の音が壁に反響し、まるで建物が泣いているように聞こえる。
「ここ、商業区より酷いね……」
歩き疲れて戦い疲れたサフィは、誰かの支えなしには歩けなくなっていた。彼の肩を支えながら、辺りを見回したフェイヴァは頷く。
フェイヴァは最初、商業区の荒廃ぶりが著しいと思った。けれども居住区も、その崩壊ぶりは勝るとも劣らなかった。倒壊して家の体を保てなくなった瓦礫や、屋根が崩れ家の中に降り注いでいるものもあった。辛うじて形を残している建物の外壁や、雑草がまばらに生える石畳は、赤茶色に汚れていた。
「これ、人の血だね」
外壁を見たハイネが言う。十七年の年月が、鮮血の色を褪せさせたのだろう。地や外壁を汚す血痕は、商業区よりも酷かった。
(授業で習ったことは本当だったんだ……)
遠征先であるこの都市が、いかにして荒廃したのか。フェイヴァたちは授業で学んでいた。教官が説明してくれた内容は、にわかには信じられないものだったが、惨劇が引き起こされた証拠を見せつけられると認めざるを得なかった。
屋根があって壁がある。その外壁に穴が空いていたり、扉が吹き飛んでいても妥協するしかない。家としての形を辛うじて保っている建物を発見したのは、太陽が地平線に沈む頃だった。茜色が目に突き刺さりそうなほど眩しい。
まず取りかかったのは、住居の確保だ。家の周囲と部屋の中に潜んでいた魔獣を退治する。そうしてやっと、部屋の中に荷物を置いた。訓練生全員に配られた背嚢の中には、一食分の水と食料が入っている。これはどうしても食糧が入手できなかった時のためだ。器や濾過器具、燐寸、その他諸々などが一組ずつ班に与えられていた。それらを詰めた背嚢は重く、ずしりと背中にのしかかる。フェイヴァたちは鞘を固定した帯の上から、その背嚢を負っていた。
身体を軽くすると、骨や牙を取り外に魔獣の死体を放り出す。幼体が生まれないように胴体を切り刻まなければならなかった。急速に腐敗が進むため、穴を掘って埋める必要がある。その作業の方が、小型の魔獣を倒すよりも時間がかかった。
魔獣を片づけて、やっと部屋の中をゆっくりと見回すことができた。壁に空いた穴が通じていたのは、居間のようだった。台所と食事をするための長机の間に、長台が設置されていて部屋を二つに区切っている。長台には敷物が敷かれ、不格好な羊のぬいぐるみが置かれていた。魔獣が荒らしたのだろう。長机は倒れており、置かれていたらしき花瓶は粉々になっていた。
人がいなくなった建物の中は、埃が積もり白く汚れている。まずはそれをどうにかしなければ、寝転がることもできない。フェイヴァたちは部屋の中から掃除道具を発見すると、手分けして清掃を始めた。予想した通りリヴェンは自分が座る椅子の埃だけを払うと、座って眠り始めた。
「起きろ自己中」
「ぶえっ!?」
塵取りに集めたごみを、ハイネはリヴェンの頭からかけてやった。埃臭さに覚醒したリヴェンは、両手で払いながらハイネをきっと睨みつける。
「何しやがんだ! この根暗緑頭!」
「あんた暇でしょ? 外に魔獣が集まってきてるから殺すの手伝ってよ」
「ふたりとも疲れてない? 私も手伝おうか?」
「ふたりに任せてばかりはいられないよ」
「少し休憩できたし、必要ないよ。あんたたちは部屋の中にいて」
ハイネの言葉に、フェイヴァは二の句が継げない。
どうして手伝わせてくれないのだろう。やはり頼りなく見えるのだろうか。胸の痛みをフェイヴァは自覚する。
(ふたりの力になりたいのに……)




