05.嫉妬◆
◆◆◆
翌日。昼食後の自由時間。
制服から私服に着替えたユニは、姿見の前で髪型を整える。瞳と同じ色の筒型の衣服は、群青から水色に変化していく色合いが鮮やかだ。まるで絵本に登場する姫が着用するような、柔らかくも華やかな色合いだが、服の裾にあしらわれた幾何学の透かし模様が大人らしさを演出している。成熟した身体つきと少女らしい可憐な顔立ちを併せ持ったユニの容姿に、良く映えていた。
極めつけは、紅雪の宝石を嵌め込んだ首飾りだ。光の当たる角度によって、赤くも白くも色を変え、ユニの胸元を彩る。
「よし、いい感じ」
鏡に向かってにっこりと微笑むと、ユニは飾りつけた箱を持って部屋を出た。
訓練室に向かうと、模擬戦闘を行っている訓練生の中に、ユニの目当ての人物がいた。訓練生の中でも特別背が高いというわけではないが、たくましく大柄な体つきをした男子の中でその細身は目を引いた。面差しにしても整っていて、切れ長の瞳はどこか気品さえ感じさせる。
赤味がかった瑠璃色の瞳。赤い瞳をした人間など聞いたことがない。鮮血の虹彩と聞けば、ほとんどの人間は真っ先に魔獣を思い浮かべるだろう。けれども、ユニはレイゲンのそんな瞳の色が好きだった。彼の虹彩もその秀麗な容貌も、見ているだけで胸が熱くなる。憧れよりも純粋な好意。出会った瞬間から、レイゲンはユニの中で特別だったのだ。
ルカが突き出した木剣を、レイゲンは目にも止まらぬ速さで弾き跳ばした。ルカが距離を取る前に踏み込み、喉元に切っ先を突きつける。模擬戦闘の様子を脇で見守っていたハイネは、ふたりに駆け寄った。
「お客さんだよ」
ハイネが顎をしゃくってユニを示すと、気づいたルカがにやりと笑った。後ろを振り向いたレイゲンは、ユニの姿を目にいれて怪訝そうな表情をする。
木剣を握ったまま歩み寄ってくるレイゲンに、ユニははにかんだ。高鳴る鼓動を聞かれないかと冷や冷やする。
「お疲れ様。今、時間大丈夫?」
「なんの用だ」
答える声は素っ気ない。いつものレイゲンだ。ユニは両手で持った箱を彼に差し出した。
「これ、あなたのために作ったお菓子なの。食べてほしくて」
「俺に? ……本当に貰っていいのか?」
箱の中身を聞いた途端、レイゲンは子供のような無邪気な喜色を浮かべた。瞳も心なしか輝いて見える。
好物である菓子を前にしたレイゲンは、普段の無愛想な顔つきが嘘のように嬉しげな表情をする。そのときの幼い少年のような顔は、お決まりの表情と落差がありすぎて、初めて目にしたユニの頬を赤く染めさせた。
(こんなに嬉しそうにしてくれるなんて……。もっと早くお菓子作りを習えば良かった)
慣れた手つきで器の中の材料を混ぜるフェイヴァを思い出して、我に返る。今まで何度もレイゲンに菓子を作ったフェイヴァは、どれだけ彼のこんな表情を見てきたのだろう。喜びやときめきは、悔しさに塗り替えられる。
「レイゲン、そんな顔するんだ。……いいな、フェイ」
ユニの言葉に、自身の表情の変化を知ったのか、レイゲンは無愛想な顔つきに戻った。が、瞳は包装された菓子に釘づけである。
「用はこれだけか」
ユニにとってやっと取れた貴重な時間を、レイゲンは早速終了させようとする。好物で釣っても、楽しい会話をすることはできないらしい。菓子はあくまでもきっかけ作りだ。ここからは、ユニ自身の力で会話を継続させなくてはならない。
「ねぇ、アタシ何か変わったと思わない?」
菓子から自分に注意を向けてほしいと発した問いは、功を奏した。レイゲンは箱からユニにちらりと視線を移し、首を傾げた。
「何がだ? さっぱりわからん」
「そう……」
レイゲンくらい優れた容貌なら、告白してくる女子はごまんといる。しかし彼は、それを契機に女子と仲を深めようという気持ちは一切ないらしい。実際、誰が彼に告白し手酷く振られたという噂をよく聞く。レイゲンの恋愛経験値は、驚くべきことに冴えない男子同然なのだ。
だから、レイゲンが自分の変化を察せないのは仕方がない、とユニは自身を慰める。相手に気づいてほしくて投げた問いに、自分から解を出さなければならないのはあまりに惨めだった。
「この首飾り、昨日買ったの。似合ってる?」
「……ああ、まぁ」
胸元に手を添えて首飾りを示すと、初めてレイゲンは気づいたようだった。けれども、似合うとか綺麗だとか気が利いたことを言うわけではなく、歯切れが悪い返答をするだけ。惨めさがユニの中で肥大していく。
「アタシ、一番に貴方に見てほしかったのに。なんていうのかな……こう、もう少し気を使ってほしかったな」
「悪いが、俺に期待されても困る。そうだな、サフィに見せてやれば喜ぶんじゃないか」
確かに、レイゲンに褒めてもらえると当然のように考えるのはいけないことなのかもしれない。だがそれにしても、他に言い様があるだろう。気落ちするユニにとどめを刺すかのように、レイゲンは無慈悲な言葉を吐く。興味のなさを口に出して言わなくても。ユニはうなだれる。
「……もういいか?」
「何?」
「もう食べていいか、と聞いているんだが」
レイゲンは菓子が入った箱を示した。着飾ったユニよりも、レイゲンにとっては菓子の方が重要らしい。溜息が落ちた。ユニは頷く。
「どうぞ」
レイゲンは包装紙を剥ぎ、箱を開けた。中身はプリムタルトだった。フェイヴァが住んでいたフレイ国の伝統的な菓子の一つで、蜂蜜で煮詰めた果実が花弁のように盛りつけられている。
フェイヴァがハイネと話している間に焦げてしまった菓子は廃棄した。残った材料と買い溜めしていたもので作ったのが、この菓子だった。小麦粉の量が少なかったため、菓子は小さくなってしまった。それを切り分け味見と称して三人で食べ、残りの一切れだけをレイゲンに渡したのだ。
レイゲンは箱からタルトを持ち上げると、口許に運んだ。頬が緩み、自然と穏やかな表情になる。
「う……まあまあだな」
「そこは素直に美味しいって言ってくれないと」
自分の気持ちを正直に言葉にせず、ひねくれた答え方をしてしまうのも、レイゲンの悪い癖だった。相手に心を閉ざす故なのか、ただ単に気恥ずかしいからなのか、ユニには判断できない。
一言喋ったきりタルトを咀嚼していたレイゲンは、嚥下すると表情を曇らせた。何か思うところがあるのか、その顔には疑問の色がにじみ始める。
「……どうしたの?」
「これは、本当にお前が作ったのか? フェイヴァが作ったお菓子の味に似てるんだが」
ユニは唇を噛み締めた。
料理が好きではないユニと違い、菓子作りが趣味なフェイヴァはもう何度も菓子を作ってはレイゲンに渡している。彼はフェイヴァの作る菓子の味を完全に覚えているのだ。
そして、今回ユニが渡したプリムタルトは、砂糖の計量から果実を煮込む蜜の加熱まで、フェイヴァがすべて行った。レイゲンがフェイヴァ作だと疑うのも当然の話だ。
(……それだけじゃない)
フェイヴァの菓子の味を覚えてしまうということは、フェイヴァの菓子はそれだけレイゲンにとって好ましいということだ。それはそのまま、レイゲンがフェイヴァに向ける関心の高さを示している。彼がどれだけフェイヴァを気にかけているか、そして自分はレイゲンにどれだけ相手にされていないのか。自覚し認めるのはあまりに辛かった。
失望と有り余る悔しさを抱いて、ユニはレイゲンに背を向けた。彼のそばにい続けることが耐えられなくて、走り出す。呼び止められたが止まらなかった。
(……どうして、アタシが)
こんなことは今まで一度としてなかった。恋敵が現れても、好きになった相手は必ずユニを選んでくれた。振られたことなどなかった。相手はいつも、ユニの望む反応をくれた。
所詮それは、ユニが育った孤児院での話。狭い世界の話だ。井戸の中からいざ大海に出てみたら、自分の想像していた場所と違っていた。それだけの話なのかもしれない。けれど。
(フェイとアタシ、どこが違うっていうの……!)
認められなかった。悔しかったのだ。レイゲンに対して抱いた思いは、今までつきあってきた男子とは違っていた。今までよりも色鮮やかな特別な好意。なのに、自分の思いを差し置いてレイゲンの関心がフェイヴァに向けられるのが、腹立たしかった。




