飢餓
奪われ続ける日々の中、ミュゼルシアは現状を抜け出す術を常に探っていた。
産まれる前から離宮に閉じ込められ、紺碧の瞳があるとわかった今では、王族を抜けることすら許されないと知っていたからだ。
奪われ続ける人生など御免だ。
しかし、ミュゼルシアは王族で、民の税で生きている。
王族としての義務を果たさないことは、彼女にとっての正に反していた。
だから、画策したのだ。
最も効率的に、そして確実に逃げ出す方法を。
それが当時王太子であった異母兄との婚姻で、王家への意趣返しも兼ねた案だった。
ミュゼルシアに並々ならぬ思慕と憧憬を抱き、しかし妹であるという常識的な枷を持つ彼を。
国王と側妃に溺愛され、人を容易く懐に入れてしまうほど甘やかに育てられた彼を。
ミュゼルシアは、手中に収めたかった。
一番の敵である国王と側妃が、最も忌避する手段を取るために、テオバルトを利用したとも言える。
閨に積極的だったのも、テオバルトの興味を惹き付け夢中にさせる方が、側妃にダメージを与えるからだ。
婚姻してすぐに身篭ったと知った側妃は、発狂してしばらく使い物にならなかったというから相当だ。
あまりの狂乱ぶりに、第一妃の方がこちら側に傾いたのもよかった。
ジェスとラムのことは未だに怒りが収まらないが、最も過酷な北棟に幽閉することで、なんとか飲み込んだ。
王族として絢爛な生活に慣れきった元国王と側妃は、ある程度の調度品しかない状況に、最初の頃は怒り抗議してばかりだった。
そして、だんだんと気づいていく。
一日に与えられる食事が、質が悪くなり、味付けが薄くなり、量が減っていく。
それらすべてが、見張りを困らせるほど騒ぐたびに、一つずつ取り上げていく。
ひっそりと毒杯を賜るのでは、と見張りの兵たちの噂話が届く。
次の御子が産まれる頃には。いや、陛下の生誕祭の頃では。
疑心暗鬼になり、水や食事が喉を通らなくなった。
結果、極限状態に気が狂って殺し合ったらしい。
たまたま見張りの兵が、たまたまナイフを忘れたのがよくなかった。
互いに全身傷だらけになった遺体は、丁重に葬られた。
第一王妃は、ミュゼルシアの産んだ子供たちと日々楽しそうに過ごしている。
彼女には特に思うところはないので、子供たちを健やかに育ててもらえればいい。
子供たちは、ミュゼルシアが産みの母ということは知っているものの、王妃という認識の方が強いようだ。
それでいいと思う。
母を名乗るには、ミュゼルシアは色々なものが欠如している。
見かければ可愛い、愛しいとは思うが、だから踏みとどまろうとは思えない。
ミュゼルシアは、彼らをメリーアの子として平等に気にかけ、費用と環境だけを整えた。
今後、二度と子は産むまいと決めている。
母として失格なことは、自分が一番よくわかっていた。
────飢えている。ずっと、ずっと。飢え続けている。
与えられることは望んでいない。
でも、奪われるばかりで枯渇した心が、たった一つを求めて暴れるのだ。
もういいか、と思えたのは、六人目の赤子の声を聞いた瞬間だった。
度重なる出産で、ミュゼルシアはもう剣を振るう力をなくしていた。
昔から変わらないと夫は褒めるが、完璧に着飾った姿しか見ないのだから当然だろう。
髪の毛がごっそり抜けることも、吐く際に喉が切れて血が混じることも、味覚が変わったのも知らない。
知らなくていいから、伝えない。
美しいミュゼルシアの姿で、テオバルトの手から逃げ出してやりたかった。
「……目も見えず、離縁して、どうするのだ」
往生際悪く引き留めようとするテオバルトに、やっぱり笑いが漏れた。
────その気遣いを、あなたができる立場だと思うの。
素晴らしい勘違いだわ。無意識に口角が上がる。




