15.アリス、ドラゴンを見て思いつく
満月の2日後の、夕方前。
アリスは、鍛冶場で最後の魔剣――オーウェンの大剣の修繕に取り組んでいた。
【起動・再生:魔法陣】
アリスの体が黄金の魔力に包まれた。
髪の毛がふわりと揺れ始める。
アリスは羽ペンに魔力を通すと、剣の魔法陣に魔法のインクを入れた。
何度か調整を重ねる。
そして、
「できた!」
オーウェンの大剣が、見事修復された。
大剣を見つめながら、ガンツが感心したように言った。
「お前さん、本当に凄腕だな。元の剣を知ってるが、ここまでの凄みはなかった」
「はい、ちょっと魔力の流れを調整してみました」
アリスは嬉しくなった。
普通に褒められるのも嬉しいが、ちょっとした拘りが分かってもらえると更に嬉しい。
(楽しかったな、魔剣の修繕)
そんなことを考えていると、ガンツが思い出したように口を開いた。
「そういや、お前さん、そろそろ出発だな」
もともと、ここに滞在していたのは、ドラゴンを避けるためだった。
2日後にはドラゴンは現れなくなるため、これでいつでも出発できる。
ガンツが寂しそうに言った。
「なんかいる物はないか? パパッと作るぞ」
「ありがとうございます、テオドールに聞いてみます」
アリスは感謝を込めてお礼を言うと、鍛冶小屋を出た。
中庭を通って、部屋に向かう。
そして、部屋に入ると、アリスはパタンとベッドに倒れ込んだ。
仰向けになって天井をながめる。
「テオドールたち、どうなったかな……」
テオドールたちは、ここ2日ほど古城の中を探索している。
表面に見えている部分は全て探したので、今は隠し部屋のようなものがないか探している状況だ。
(今日で全部探し終わる予定だって言ってたけど、どうなったんだろう……)
天井をボンヤリと見つめていると、ドアが開いてテオドールが戻ってきた。
どことなく暗い顔をしている。
アリスは起き上がった。
「その顔……見つからなかったってことだよね」
「はい」
テオドールが椅子に座ると、少し悩むような顔で口を開いた。
「実はさっき、ビクトリアさんに『見つからなかった』と報告したら、『気にしないでくれ』と言われました」
「気にしないでくれ?」
テオドールがうなずいた。
「これは自分たちの問題だから、気にしないでくれ。予定通り、明後日立ってくれて構わない、と」
「……」
アリスは、ベッドから立ち上がった。
テーブルを挟んでテオドールの正面に座ると、両手で頬を、むにゅっと挟み込んで頬杖をつく。
テオドールがおかしそうに言った。
「アリスさん、顔が面白いことになってますよ」
「知ってる」
そう言いながら、アリスは思案に暮れた。
気にしないでくれって言われても、そういう訳にもいかないじゃん、と思う。
それに、研究者としてものすごく興味がある。
(この状態を放置するのも、こんなすごい結界の魔法陣を見ないで出るのも、どっちもナシだよね)
アリスは、顔をむにゅっとするのを止めると、真面目な顔でテオドールを見た。
「わたし、もう少し探してみたいんだけど、いいかな」
「もちろんです」
*
その後、2人はまだ明るいうちにと、外に出た。
中庭の真ん中に立つと、周囲を見回す。
「あとどこが残っているかな」
「そうですね……どう見てもなさそうな場所は残っていると思います」
2人はニッチな場所を調べまくった。
小屋のてっぺんや、中庭に落ちている大きめの石の下など、さすがにないだろうと思うところも含めて丹念に回る。
しかし、どこを見ても一向に見つからない。
*
そして、空が青色から茜色になったころ。
アリスたちは、最後に尖塔に向かった。
階段や手すりなど、恐らくないだろうと思いつつも念入りに調べる。
そして、最上階を探し終わると、アリスはため息をついた。
「もう探すところは残ってないよね」
「そうですね……」
2人は床に座り込むと、黙って外をながめた。
外にはドラゴンが飛んでいるのが見える。
「……なんか、見慣れてきたね」
「慣れって怖いですね」
そんな会話を交わすアリスたちの視界の先で、ドラゴンが首を持ち上げた。
口を大きく開くと同時に、悲鳴のような咆哮が聞こえてきた。
結界内の魔力がブルブルと震える。
アリスは思わず身震いした。
何度体験しても、この魔力の震えだけは慣れない。
――そして、彼女は、ふと気が付いた。
これって、ドラゴンの魔力が飛んできてるってことだよね、と。
(つまり、ドラゴンは、音と一緒に魔力を飛ばしている、ということ……?)
ドラゴンの特殊性ばかりに目がいって気が付かなかったが、
これはつまり、音に乗せて魔力を飛ばせるということではないだろうか。
(そうだ! きっとそうだ!)
アリスはポケットから紙と鉛筆を取り出した。
夢中になって分析を始める。
テオドールが不思議そうな顔をした。
「どうしたんですか?」
「魔力って、触らないと伝えられないと思ってたけど、音に乗せて拡散できるのかもしれない」
「音……?」
「つまり、大きな音を立てるとビリビリする感じの上に、魔力を乗せるってこと」
テオドールが、訳が分からないという顔をするものの、邪魔しないようにと思ったのか口を閉じる。
アリスはリュックサックを降ろすと、魔法紙やインク、羽ペンを取り出した。
魔法陣を2枚サラサラと描く。
そして、1枚をテオドールに手渡した。
「目をつぶってるから、これをどこかに隠してくれる?」
「どこでもいいですか?」
「うん」
アリスは、座り込んだ。
もう1枚の魔法陣を床に置いて、目をつぶる。
「もういい?」
「――はい、隠しました」
テオドールの声を聞いて、アリスは息を軽く吐いた。
紙に触れて魔力を込めながら、詠唱する。
【起動・魔力霧:魔法陣】
アリスの魔力がぐっと魔法陣に吸い込まれた。
目の前に丸い霧のような魔力が浮かぶ。
彼女は両手をゆっくりと上げると、思い切り手を叩いた。
パンッ
弾けるような音と共に、魔力が拡散された。
背後のほうで、魔力の気配がかすかに反応する。
アリスは、目をつぶったままその方向に指を指した。
「そこだ!」
目を開けると、そこには驚いた顔のテオドールが立っていた。
ポケットの中から魔法陣を描いた紙が出て来る。
「どうして分かったんですか?」
「音と一緒に魔力を飛ばした」
そう説明すると、アリスは勢いよく立ち上がった。
「よし! これで魔法陣を探そう!」




