11.守りの揺らぎ
「この城を守っている結界、もう長くはもたないと思う」
横にいたテオドールが、大きく目を見開いた。
「……それは確かなんですか?」
「うん」
アリスがうなずいた。
「この城を守ってる結界って、たぶん『悪意のある魔獣の侵入や攻撃を防ぐ』ものだと思う」
「……なるほど。それで魔獣が入ってこないのですね」
テオドールの言葉に、アリスはこくりとした。
「そういう結界って、外からの攻撃を全部弾くはずなんだけど、ドラゴンの咆哮を受けて、中の魔力がビリビリ震えているんだよね」
約3日間に渡る観察の結果、アリスは1つの結論に辿り着いた。
ドラゴンは、この古城を良く思っておらず、ときおり害意のある咆哮を叩きつけてきている。
そして、この咆哮に対し、結界内の魔力が震えている。
アリスの説明を聞いて、テオドールが深刻な顔をした。
「つまり、結界が緩んで、咆哮攻撃の一部が貫通してしまっている、ということですか」
「うん。もしかすると、あのドラゴン、結界があとどのくらいもつのか確かめているのかもしれない」
アリスの言葉に、テオドールが黙り込んだ。
空はますます暗くなり、生暖かい風が吹き始める。
ややあって、テオドールが口を開いた。
「結界、あとどのくらい持つと思いますか?」
「魔法陣を見てないから分からないけど、わたしの勘だと、長くて1年、短くて半年くらい」
「……つまり、もうあまり時間がないということですね」
「そうなるね」
アリスはため息をついた。
あくまで勘ではあるが、当たっている気がする。
「結界がなくなったら、ここってどうなると思う?」
「……どう考えても長くはもたないでしょう。ドラゴンに狙われているのなら尚更です」
テオドールが険しい顔で言う。
そして、気遣うようにアリスを見た。
「暗い顔をしていた理由が分かりました。こんな大事を抱えていたんですね」
「うん、確信が持てるまでは、言うわけにもいかなくて」
「そうですね……」
テオドールが、アリスの頭を慰めるように撫でる。
アリスはほうっと息をつくと、彼に軽く寄りかかった。
聞いてもらったことで、心が軽くなる。
その後、アリスたちはこれからについて話し合った。
「わたしは、ビクトリアさんに話をした方がいいと思う」
「そうですね、俺もそう思います」
テオドールが同意する。
「あとは――」
アリスがぐっとテオドールを見上げた。
「結界、何とかできるなら、したいと思っている」
数日過ごしたが、魔法を使えそうな人には出会わなかった。
そもそも何とかできる人がいたら、こんなことにはなっていない。
アリスが何とかしないと、たぶんこのまま結界は消えてしまうだろう。
「……でも、こんな話、信じてくれるかな?」
これは魔力の動きに敏感なアリスだから気が付けたことだ。
魔力の動きが分からない人間には分からないし、証拠を出すこともできない。
果たして、信じてくれるだろうか。
テオドールが、ふっと笑った。
「問題なく信じてくれると思いますよ」
「え、なんで?」
「真面目に働くアリスさんを見て信用に足る人間だと思ったでしょうし、たぶんですが、ビクトリアさんは特殊な能力がある人だと思います」
「特殊な能力?」
ええ。とテオドールがうなずいた。
「おかしいと思いませんか? 集落の人々の、我々の受け入れの早さ」
テオドール曰く、余所者が入ってきたら、2,3人くらいは
「お前たちなんて信用できねえ!」
と言い出して揉めてもおかしくないらしい。
「でも、ここは一切それがない」
アリスは、「ふうん」と首をかしげた。
そもそもあまり人と付き合いがないため、全然気が付いていなかった。
ちなみに、テオドールが最初に狩に行く時に、メンバーの1人が
「こいつ、本当に信用して大丈夫なのか?」
と疑いの目で見てきたのだが、オーウェンが、
「ビクトリア様が問題ないとおっしゃっていた」
と言うと、すぐに態度を改めたという。
アリスは、思い出した。
(そういえば、話してる最中に、目のあたりに魔力が集まっていた気がする)
身体強化の一種なのかな、と思う。
その後、2人は今夜ビクトリアと話をすることを決めると、静かに城壁を降りた。




