12.やらかしと、大方向転換
本日3話目です。
テオドールの絶叫から、約30分後。
深刻な顔をしたテオドールが、暖炉に向かって、昨日ロッテからもらったパンの残りを温めていた。
その横では、アリスがしょげた顔で正座している。
「ごめんなさい……」
「いえ、いいです。やってしまったものは仕方ないので」
テオドールが苦笑する。
アリスが消した魔法陣の入れ墨は、上級騎士になった時に王宮で入れられたものらしい。
そして、この魔法陣が消えると、『死亡』か『裏切り』とみなされるという。
「以前、魔法陣を消して国外逃亡を図った騎士がいまして、王宮は彼を縛り首にしました」
ガイゼン王国は、山と海に囲まれているため、他国に行くルートは限られている。
そのすべてに検問が設けられ、騎士は、あっという間に捕まったらしい。
テオドールが冷静に言った。
「魔法陣は常に監視されていますから、今ごろ、王宮は俺の捕縛命令を出していると思います。たぶん、アリスさんと亡命しようとしていると思っているかと」
アリスは小さくなった。
まさか上級騎士が、あんな奴隷契約みたいなヤバい魔法陣を入れられているなんて、夢にも思わなかった。
良かれと思って消したら、とんでもないことになってしまった。
しょげかえっているアリスに、テオドールが温まったパンを差し出した。
「とりあえず、食べましょうか」
「はい……ありがとうございます……」
アリスは、パンを受け取った。
もぐもぐと食べていると、テオドールが慰めるように言った。
「しかし、驚きましたよ。あの魔法陣を寝ている間にあっさり消すなんて」
テオドールによると、引退した騎士が魔法陣を消す際は、1カ月くらいかかる上に、相当な痛みがあるらしい。
「さすがはアリスさんです」
「……それ、褒めてる?」
「ええ、まあ、一応」
そして、食べ終わると、テオドールが地図を取り出した。
ジッと見つめた後、ゆっくりと口を開く。
「これからについてなんですが、俺はもう国外へ逃げる以外ないと思います」
彼によると、彼はもともとアリスを国外逃亡させるつもりだったらしい。
国が、重要な魔法の開発に携わったアリスを、生かしておくとは思えなかったからだ。
城に行ってアリスを置いてきたフリをして、こっそり隣国へと逃がす。
1人で城に行くと言い張ったのは、背中の魔法陣にある探知魔法を逆手にとって、アリスを城に送ったように見せかけるためだったらしい。
「でも、魔法陣が消えた今、それもできなくなりました」
ものすごく申し訳なく思いながら、アリスがおずおずと言った。
「でも、国外に逃げるにしても、国境に検問があるんじゃないの?」
「はい、あります。でも――」
テオドールが地図を指差した。
「ここから行けば、検問はありません」
テオドールの指先が、そのまま広大な魔の森を突っ切った。
そのまま、森の反対側にあるノルティア自由主義国家を指す。
アリスは目を丸くした。
「魔の森を突っ切って行くってこと?」
確かに、この広大な魔の森に検問はない。
でも、奥には危険な魔獣がウヨウヨいるという話だし、日数だって少なく見積もっても10日以上は絶対にかかる。
テオドールが冷静に言った。
「ガイゼン王国は、亡命した者を必ず始末する国です。たとえ国境を越えられたとしても、生きていると思われている限りは、必ず追手が来ます。
でも、我々がここで消えれば、王宮側はきっと森で死んだと思うでしょう」
アリスは、なるほど、とうなずいた。
確かに、森に入ってそのまま行方不明になったとなれば、魔法陣を消して逃げたではなく、死んで魔法陣が作動しなくなったと思われるだろう。
その後、2人は今後について相談を始めた。
とりあえず、お互いが出来ることを改めて確認し、戦闘スタイルを決める。
「魔法陣を描く道具はもっとあった方が良い気がする」
「なるほど、では見つからないように取ってきます」
テオドールが、こっそり村に戻ってアリスの荷物から魔法陣を描く道具と、旅に必要なものを取ってくることになる。
彼が立ち去った後、アリスは小屋に籠って、攻撃魔法の魔法陣を作り始めた。
「とりあえず、昨日使えた氷槍の魔法陣かな。あとは水を出せた方がいいよね。せっかくだからちょっといじってみようかな……」
そんなことをブツブツ言いながら、魔法陣を考案する。
描き終わって少しして、テオドールが戻ってきた。
魔法陣を描く道具と共に、防寒具などが入った背嚢を背負っている。
食料については一応持って来たが、現地調達を前提にするという。
出発前に、彼はふとアリスに尋ねた。
「土を平らにするような魔法はありますか?」
「あるけど、何するの?」
「外の足跡を消せないかと思いまして」
アリスが小屋の外に出ると、昨日降った雨でぬかるんだ地面に、たくさんの足跡がついている。
「これを消すの?」
「ええ、念のため」
彼女は足跡を見つめた。
ポケットから、描いておいた魔法陣を取り出す。
そして、足跡が付かない場所まで行くと、それを発動させた。
【起動・水球:魔法陣】
小屋の上空に、100個以上、小さな水の球が現れた。
「こ、これは……」
驚くテオドールの目の前で、アリスが、パチンと指を鳴らす。
パンッ
水の球が一気に弾け、水が雨のようにザーッと地面に降り注いだ。
足跡が薄くなる。
「これでいいかな?」
「ええ、完璧です」
テオドールが感心したように言う。
「では、行きましょうか」
「うん、行こう」
アリスは、テオドールと拳をコツンと合わせると、覚悟の表情で魔の森の中へと入っていった。




