07.怪しいテオドール
本日1話目です。
夕食のあと、村長が尋ねた。
「明日からどうされるおつもりですかな?」
「とりあえず、森の中にある古城に向かいたいと思っています。どこにあるかご存知ですか?」
アリスの問いに、村長が考え込んだ。
「……昔聞いた気もしますが、詳しい場所までは」
「昔というのは、いつ頃ですか」
「いつでしたかな……」
村長が腕を組みながら考え込んでいると、お茶を運んできた奥さんが口を開いた。
「ほら、あの人ですよ。ずいぶん前に王都から来た、冒険家の」
「ああ、そうだそうだ。確か名前は……バッツさんだ」
アリスは目を見開いた。
バッツといえば、15年前に魔の森を探索したという冒険家だ。
村長の話によると、村長がまだ若い頃、バッツ一行が村にやってきたらしい。
「お強そうな方々が20人ほどいらっしゃいましてね。その時に”森の中で城を見つけた”という話をされていました」
「森のどのへんだと言っていましたか?」
「さあ……そこまでは」
奥さんが心配そうな顔をした。
「あんたたち、その城に行くつもりかい?」
アリスが「はい」と答えると、村長夫婦が顔を見合わせた。
奥さんが、おずおずと口を開く。
「差し出がましいことを言うようだけど、行くのはやめた方がいいと思うよ」
「私もそう思います。これは言ってはいけないことになっているんですが――」
村長が声を潜めた。
「15年前、最後に戻って来たのはバッツさんだけだったんですよ」
「え……?」
「つまり、バッツさん以外は、"全滅"です」
部屋がシンと静まり返った。
アリスはゴクリと唾をのみ込む。
村長によると、戻ってきたバッツもケガをしており、荷物を抱えて、そそくさと王都に戻っていったらしい。
その後、王都から役人が来て、村人たちを
『このことを他人に漏らしたら縛り首だ』
と脅して帰っていったらしい。
アリスは眉間にしわを寄せた。
「なんでそんな脅しを」
「……おそらく政治的理由でしょうね。当時それを漏らされたら何か不都合なことがあったんでしょう」
横で黙って話を聞いていたテオドールが、冷静に言う。
どうやら彼も初耳だったらしい。
その後も、村長の話は続いた。
森の浅い部分はキノコなどを取りに行けるくらい比較的安全だが、奥に行くと相当ヤバいこと。
村人はとても森を怖がっており、”奥に入ったら死ぬ”と子どもの頃から繰り返し教えられていること。
その話を聞きながら、アリスは身震いした。
ここに来るまで、昔いた孤児院のような、”明るい森の中にある古い建物”を想像していた。
でも、これはそういう生易しい感じではない。
(行かない方がいいんじゃ……)
*
その後、アリスたちはお礼を言って村長宅を出た。
外は真っ暗で、夜の鳥の鳴き声や、森がざわめく音が聞こえてくる。
ランプを持ったテオドールに並んで歩きながら、アリスが空を見上げた。
頭上には見たことがないほどたくさんの星が煌めいている。
「すごいね、星」
「ええ、本当ですね」
テオドールが、何か考えているような顔で相槌を打つ。
その星々をながめながら、アリスは内心ため息をついた。
突然、研究室から追い出され、
領主が要らない場所の領主になれと言われ、
住めと言われた城は、場所も分からない上に危険そうな場所――。
叙勲式からまだ10日くらいしか経っていないのが信じられないくらい、色々起きている。
正直頭が付いていけていない。
(とりあえず、宿に戻って魔法陣の本を読んで落ち着こう)
そんな現実逃避的なことを考える。
――しかし、話は思わぬ方向に転がって行く。
泊る家の前まで来ると、横を歩いていたテオドールが、突然こう切り出したのだ。
「明日ですが、俺が城に行ってきますので、アリスさんはここに残ってください」
急な申し出に、アリスは目をパチクリさせた。
「ええっと、テオドールが下見をした後、わたしも行くってこと?」
「いえ、アリスさんは行かない方がいいと思います」
「……? そうなの?」
「はい、なので、俺が1人で行ってきます」
「…………?」
アリスが首をかしげた。
なんか意味がよく分からない。
「わたしは行かない方がいいのに、テオドールは行くの?」
「……はい、様子を見て来た方が良いと思いまして」
テオドールが視線を逸らしながら言う。
「様子を見るって、何の?」
「……まあ色々です」
「色々」
「……はい」
テオドールがアリスの顔を見ないで答える。
アリスは、ジト目になった。
なんか様子が変だ。
(そういえば、旅の初めからずっと変だったよね)
これは1人で行かせたらダメな気がする。
考えた末、アリスはテオドールを見上げた。
「じゃあ、一緒に行こう」
「え?」
「村長さんが言ってた、キノコが採れるっていう森の浅い部分を一緒に探そうよ。今のテオドール、なんか怪しいし」
「いや、そんなことは……」
テオドールが目を泳がせる。
そして、絶対に譲らないぞという顔のアリスを見て、ため息をつく。
「……わかりました。では明日、森の浅い部分を一緒に探しましょう。それで城が見つからなかったら、また考えましょうか」
「わかった」
アリスはうなずいた。
とりあえず、明日は一緒に探してみよう、と思う。
(それに、森も見てみたいし)
周囲に満ちた魔力に、育たない作物。
研究者魂がくすぐられる。
特殊な何かのある森なのかもしれない。
その後、2人は星をながめたあと、静かに家へと入っていった。
本日はあと2話投稿します。




