ジュドアの場合2
肩を落とすジュドアにグリフィカは話を続けた。
このまま幽閉されれば真実を知る機会が無いことは明白だ。
「ケルシー家もルベンナを養女であると認めていても薬師であるとは一度も言っていません。元より長男がケルシー家の知識は継いでいますからルベンナにはケルシーの名を持ってジュドア殿下に嫁ぐことを求められていました」
「なら、ルベンナは」
「ただ、ルベンナの名誉のために言っておきますが、彼女は純粋にジュドア殿下を慕っていたのですよ。初めての顔合わせでルベンナはジュドア殿下に恋をした。恋が冷めないように当主は根回しをしたでしょうが、篭絡しろとは言っていませんわ。むしろ、そんなことができるような性格ではありませんでしょう」
ルベンナと初めて会ったときからのことを思い返しているのだろう。
もし、恋に落ちなかったら当主は義務的に嫁げとは言ったかもしれない。
だが、ルベンナは恋に落ちた。
多くの欺瞞が満ちる場所でルベンナの嘘偽りのない言葉は救いだったのかもしれない。
「そういうことですからルベンナに薬師としての力量はありませんわ。たとえ風邪薬を調合できることを引き合いに出しても、巷の医師も調合できますから希少性はありませんのよ」
「・・・ルベンナはどうなる?」
「本人の意思とは関係なくと前置きすれば、ローランド殿下の側室か愛妾に薦められるでしょうね」
ケルシー家の当主が王族との繋がりを求めるならジュドアからローランドに乗り替えることが手に取るように分かる。
気休めを言ったところでジュドアの元にルベンナは残らない。
「俺は道化だな。甘言に惑わされ、愚かな選択をした」
「・・・・・・」
「その上、子種としての役割すら無いとなると、幽閉される意味があるのかと思うな」
「これからどうされます?」
「望めば毒を渡してくれるのだろう? だが、処刑されないことの意味と己が犯した罪について最期まで考えることにする。幸い時間は余るほどあるからな」
ジュドアに残された時間は少ないとグリフィカは予想していた。
幼い子どもに毒を盛るような王妃が、次代になりうるかもしれない子が産まれる可能性を見逃すはずが無い。
今回のことで王は責任を取って辞任することが決まった。
第二王子への監督不行き届きということで。
第一王子のローランドが着任することが決まっており、シルヴェリアとの間に子どもが出来れば、人知れず崩御するだろう。
「最後に、ひとつ聞いてもいいだろうか?」
「えぇ、答えられることならば」
「以前に、毒を盛るのは心苦しさ半分と言ったな。残りは何だ?」
そんな質問が来るとは予想していなかったグリフィカを瞼を瞬かせたが、何かを企むような笑みを浮かべた。
その笑みに質問を間違えたと思ったが遅かった。
「餞別に教えて差し上げますわ」
「やっぱり、いい」
「そう仰らずに、気になるのでしょう?」
グリフィカにからかわれていると分かっていても気になるものは気になる。
だが、遊ばれるのは面白くなかった。
「残りの半分は、都合の良い実験台が手に入ったと思っていましたわ」
「実験台とは何だ! 実験台とは! 人をオモチャにするな」
「オモチャにだなんて、わたくしは真面目に毒を盛っていましたのに」
「真面目にって何だ! 実験台に真面目もあるわけ無いだろう!」
ジュドアの反応が面白いグリフィカは、まだ続けた。
「わたくしが薬師だと言うことをお忘れではありませんか?」
「なっ何だ?」
「安心してください。新しい方を見つけましたので、今後はそちらにしますので、今度の方はジュドア殿下と違って文句も言わない大人しい方ですから飲ませ甲斐がありますわ」
「心底、同情するぞ」
グリフィカが言えば、ジュドアの幽閉は取りやめになっただろう。
だが、それでは諸外国に示しがつかない。
国の在りようというのをグリフィカも理解している。
それにジュドアの幽閉を止めるように進言してもジュドアを取り巻く環境は変わらない。
むしろ悪化する。
話は終わりだとジュドアは手を振った。
その意図を汲んでグリフィカは部屋を出た。
姿が見えなくなってからジュドアはグリフィカと初めて会ったお茶会を思い出した。
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城の庭で開かれたお茶会だが、ジュドアは機嫌が悪かった。
十歳になり婚約者を決めるという名目で入れ替わり立ち替わり令嬢たちがやって来る。
面白くもない話に付き合い、誰もが媚を売って来る。
うんざりしているところにグリフィカが来た。
「グリフィカ・ヴェホルと申します」
「ふん、座れ」
「失礼します」
ジュドアの態度の悪さなど気にも留めずにグリフィカは注がれたお茶を一口飲んだ。
最高級の茶葉を使ったお茶であるのにグリフィカは飲むのを止めて一言呟いた。
「まずいわ」
「はぁ? 最高級の茶葉を使っているのだぞ。まずいわけないだろう!」
ジュドアもさして美味しいとは思っていないが、面と向かって貶されて黙っているわけにはいかない。
今までの令嬢たちも美味しそうに飲んではいなかったが、言葉にしてはいなかった。
最高級の品だから子どもの口には合わないと思っていた。
「貴女、これを飲んでみて?」
「申し訳ございません。主君にお出しした物を使用人が口にするわけには参りません」
「そう」
お茶の入ったカップを持ってグリフィカは庭の池に向かった。
足音が聞こえて鯉が餌を求めて集まっていた。
鯉に向かってお茶をかけた。
暴挙とも言える行動に誰もが言葉を失う。
「ほら、池の鯉ですらお茶のまずさに気を失ってしまったわ」
「・・・淹れ直します」
「結構よ。これから、わたくしが淹れるわ。だって自分で淹れる方が美味しいもの」
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あの時のグリフィカの行動は突拍子もないものだったが、自分を守ってくれたのだと今なら分かる。
あの侍女はお茶に毒を入れていたのだろう。
だが、ジュドアと令嬢たちのポットを変えるわけにはいかないから毒入りのお茶を令嬢たちも飲んで顔を顰めていたのだ。
そして、今、目の前でお茶を用意している侍女とあの時の侍女は年を重ねたが同じ人物だった。
「お茶が入りました」
「いただこう」
「最高級の茶葉を用意してございます」
「初めて茶が美味いと思えた」
「さようでございますか。そのお言葉はきっと王妃様もお喜びになると存じます」
お茶が美味しくなったというのが何を意味するのか分からないほど子どもではない。
ジュドアの存在が脅威ではなくなったということを意味していて、誰がどんな思いを持っていたかを示すものだ。
「最後の晩餐には相応しい茶だった。王妃陛下には、そうお伝えしてくれ」
「かしこまりました」
王族としての最後の意地を持ってジュドアは幽閉される塔に向かう。
それから新王となったローランドとシルヴェリアの間に男女の双子が生まれたあとに、ひっそりと崩御したことが国民に伝えられた。




